第四部
「「やめなさいッ!」」
亜希子と冬香の悲痛な叫びが響いた。
アキュラが十字架を青い炎で燃やす光景を目の当たりにし、ショックを覚える。
だが、アキュラは手応えを感じず、手を引いてみると、そこにあったのは頭部がなくなった楓の死体ではなく、刀で攻撃を防ぐ春樹の姿。
既に限界を迎えていた筈の春樹が、動き出していたのだ。
神夢威で防いだのだろう。刃から鋭い視線がアキュラの双眸を貫く。
「……どこまでも外道だな」
春樹は既にまともな考えができるほど、理性を保っていなかった。三人が捕らえられたといっても、まだ理性を保っていなければと抑えていた春樹。さっきはまだ間に合ったから抑えられていた理性が、今、目の前でもう一度、春樹の大切な人を傷つけようとする行為に、怒りが目を覚ましたのだ。
刃からは神夢威の魔力が漂う。春樹自身からも湯気にも似た憤怒が迸っていた。
楓は瞳を強く閉じていたが、やがて暗闇の中で目を開けるかのようにゆっくりと開く。
そこには、春樹の背中。自分はまだ死んでいないことに安心してしまい、涙が垂れる。
「ぅ、ぅぅ……」
「楓……」
申し訳なさそうに名を呼ぶ春樹。何の関係もなかった楓に死を覚悟させ、恐怖を覚えさせてしまったことに春樹は反省した。
だが、己を責めるよりも春樹は、目の前の人間を睨みつける。
「関係のない人間を殺すことが正義なのかッ!」
「関係のない人間? そいつは、お前という悪に罪を与える為に命を捧げようとしたんじゃないか」
「それが本気なら、俺はお前を許さないッ!」
春樹から覇気が放たれた。
まるで台風にも似た突風にアキュラが飛び退く。
後方にいる三人にも風が吹き荒れる。
冬香が身を乗り出して叫ぶ。
「春樹ッ! あなたまた……ッ!」
すると春樹は視線だけを冬香に向けて言った。
「お前は口を出すなッ!」
「ひっ」
普段は威厳がある冬香ですらも萎縮させる春樹の怒り。それは徐々に冬香の中にある不安を募らせていた。
冬香の春樹への不安。それは一度理性が解き放たれると、訪れる考えなしに力を使役することだ。
すぐに亜希子も気がつき、叫ぶ。
「春樹君ダメだッ! また君は!」
「あんたには関係ない。これは俺の為の俺による、戦争だッ!」
春樹はアキュラを睨みつける。
「そんなに怖い顔をするなよ。悪として、お前は頑張ったと思うぜ? だが、俺は正義の勇者。ラスボスが進化するのはよく知ってる。安心してやられろ」
「やられる? 寝言は寝てから言え。俺はお前を全力で叩き潰す。生きられるかどうかは、お前次第だ」
眉根をピクリと上げ、不機嫌そうな顔をしたアキュラ。
春樹の表情は険しい。
「俺が生きられるか? 当然だッ、勝者が生き残るんだよッ! このクソ悪党がッ!」
挑発に乗ったかのようにアキュラも怒りを見せた。背後から津波のように青い炎が浮かび上がる。グランド・ブレイズ・フレイムと同じくらいの火炎量だ。
刀の柄を握り潰すくらいの力を込め、春樹は奥歯を血が出るほど噛み締めた。
「勝者? お前が勝つことはないッ! お前の敗因はただ一つ。それは、この俺をキレさせたことだッ! マニュアルッ! ギア――――300ッ!」
瞬間、さらなる突風が吹き荒れる。
春樹の吐く息がソニックブームとなり、アキュラの身体を貫く。だが、実態ではない為にすり抜ける。
壁を貫き、まるでドリルで貫かれたような穴ができた。
足元がひび割れ、コンクリートの破片が次々と部屋中に舞う。
超人にも似た春樹。その姿を目の当たりにした冬香と亜希子は目を見開いた。
「やめなさい春樹ッ! このままだと、土地ごと崩壊してしまいますよッ!」
「やめるんだ春樹君ッ! 私達は平気だから、だから抑えろッ!」
しかし、春樹に声は届いていない。
やがて姿を消した。そのとき、風は止んだ。
アキュラの身体が引っ張られたかのように天井に衝突した。
鉄板を激しく叩いた音が響く。
「ガハッ!? な、なんだと!? お、俺は実体化していな……いッ!?」
気がつくとアキュラの肩に刀が刺さっていた。
神夢威を纏った刀で刺され、魔法が解けているのだ。
まるで釣竿のように刀を扱う春樹。アキュラは餌で釣られた魚のようである。
天井を背に、肩を貫かれたアキュラ。その痛さに呻き声をあげるが、目を剥いて叫んだ。
「ふざけんじゃねぇッ! 俺は、俺は正義の勇者だぞッ! グランド――――」
「なんでもいいッ! お前を殺せるのなら、俺は大罪人にでも大悪党にでもなってやるッ!」
天井が貫かれた。
天高く飛び上がったアキュラの身体。肩口からの血液が夜空に舞う。
春樹の姿を探すも、アキュラからは全く見えない。
しかし、次々と身体が斬り刻まれるのを感じていた。
奴は、高速でいや神をも超える速度で動いているのだ。
徐々にアキュラの身体が宙に浮き、やがて先ほどまでいた場所が、ゴミ屑のように見える高度にまで到達した。
酸素が消え、呼吸が不可能になる。
「う……ぐッ」
「苦しいか?」
突然、背後から春樹の声がした。
春樹はギアをマニュアルで上げたことにより、身体能力は300倍を維持した状態なのだ。ゆえに呼吸など数時間はしなくても平気だし、跳躍も超人並みである。
アキュラの二の腕に刀が突き刺さった。しかし、酸素もないことから声すら出ない。
「お前は精神的な痛みを感じた筈だ。イジメを受けてなお、なぜ、人を傷つける? 俺はお前はまだ改良の余地があると思ったんだぞ」
「ば、バカ……が……」
アキュラは、そんなことなどどうでもいい。精神的な痛みとか物理的な痛みとか。アキュラにあるのは、復讐心のみ。
最後の最後でアキュラは走馬灯を目にし、やがて、ここでくたばるわけにはいかないと決心する。
「ボム・…………ブレイズッ!」
呼吸困難に陥りながらも呟いた言葉。
だが、発動はしない。
「……残念だが、お前は今、身体中に俺の魔力である神夢威が回っている。お前のギフトは発動できないぞ」
「ぐっ!?」
「今すぐ、楽にしてやる」
春樹は急降下を始めた。
刀でアキュラを刺したまま、まるで故障した飛行機が墜落するかのように落ちる。
アキュラの原型が留まるように速度を緩めていた。
やがて先程の倉庫が見えてくる。
春樹は刀に刺さったアキュラの身体を振り払った。
「お前に更生はできない」
「ぐっはぅぁっ!」
呼吸しながら落下していくアキュラ。
目を見開き、手を春樹に向けた。
「ぶ、ブレイズッ……・フレイムッ!」
青い炎が火柱となって春樹に襲いかかる。
春樹は刀を振りかぶり、火柱に向けてふるった。
青い火柱を真っ二つに斬り捨て、迫る春樹。
「うぉぉぉぉぉぉぉッ!」
アキュラが叫ぶ。
地面に着地するまで、あと数秒。
それまでにギフトが使えれば、実体化しないで着地すれば死なない。
青い火柱を上げたのは、春樹を殺そうとしたからではないのだ。さっきまで使えなかった青い炎が高度を下げることによって使えるか否かを調べたかっただけである。
しかし、それは成功した。
「俺の勝ちだッ!」
アキュラの身体が地面に叩きつけられる。
しかし、まるで水のように柔らかく跳ね返るアキュラ。
身体が実体ではないから、ダメージはないに等しい。
だが、アキュラの心臓に刀が突き刺さった。
「ぐふゥッ!?」
「言ったろ? 俺の勝ちだって」
「お、お、お前ぇェェェェェッ!」
バウンドしたアキュラの身体に乗り、刀を心臓に突き刺した春樹。
アキュラの身体は地面に叩きつけられた。
血飛沫をあげ、やがてアキュラは呼吸を止める。
「お、俺は……正義の……」
春樹が着地し、アキュラの前に立つ。
「お前は大罪人であり、悪党だ」
「…………」
アキュラは瞼を閉じ、息を絶えた。
春樹のギフトが解け、片膝がガクリと落ちる。全身の筋肉痛、さらにはどこかが骨折しているのだろう。大量の吐血をし、春樹の身体も前のめりになって倒れた。
「春樹ッ!」
冬香が叫んだ。
ギアを300にまで上げ、しかもギア持続型のマニュアルを使った。明らかに限界を超えたオーバーワークだ。
だが、春樹は冬香に視線を向けて微笑む。
「良かったよ……。冬香が、無事で……」
「ば、バカッ!」
春樹の微笑みに涙を流す冬香。
亜希子も泣きながら、バカだなと呟き、楓はただ号泣しているだけだった。
その光景は、長引いた戦いが終焉を迎えた瞬間でもある。
「確かに見事だった」
まだ、1人。たった1人の人間が生きていたのだ。この男さえ、倒せば終わりだったのかもしれない。
1人、拍手をしながら倒れた春樹に近づいてくる男。
春樹は男の顔を見て、顔を青白く染めた。
「お、お前はッ!」
「どうだい? 強かっただろ? 私の部下は」
冷酷に見下してくる男に春樹は叫んだ。
「天堂ッ!」
天堂 満はトンファーを装備して、ニコリと悪意のある笑みを見せた。
亜希子と冬香が天堂を睨むと、天堂は鼻で笑いながら二人を見つめる。
「君達の最後の希望がこうして、ボロボロなんだが、どうかな?」
「お前の目的はなんだ!」
亜希子の強い問いかけに対し、天堂は笑って返した。
「俺の目的? そんなの決まってるだろ。この国に革命を起こし、一般人を悲惨な目に遭わせ、異世界へのゲートを開くことだ。そうすれば、帰還者が増え、いずれは日本が超人的な国家となる。それはお前ら警察も望んでいることだろ?」
「望んでる? 何を言ってるんですか」
冷静に冬香が返す。
しかし、天堂はそんな冬香の言葉に笑って返した。
「望んでるとも! 少なくとも、君達の父、日下部 秋人以外の上層部はね! 俺は、お前達の父親に酷い目に遭わされたよ」
「なんだと!?」
春樹が目を見開く。
秋人は寡黙だし、厳しいことを言うが、正直なところ悪い人間ではない。どちらかというと、正義感が強く警官からは憧れだと耳にすることがあるくらいだ。
その父に酷い目に遭わされたというのは信じ難かった。
「君達の父、あれには大変世話になったよ。悪は裁かれるべきなのに、途中で止めてばかり。さらには、攻撃が過激とか言ってお前らみたいなガキのお守りを任されたしな。散々だったが、結果的にはお前らのお守りで良かったよ」
「俺らの目を出し抜いたって言いたいのか!」
春樹は全身の痛みに耐えながら立ち上がる。足が震え、産まれたばかりの子馬のようだ。それでも、瞳に宿る光は死んでいない。
そんな春樹を見つめ、天堂はトンファーを軽く振り回す。黒光りするトンファー。質はこの世界にはなさそうなものだ。
「簡単? バカだな。きっとあの男の元にいたら、すぐにバレていたよ。不幸中の幸いだよ、まったく」
「ふざけやがって……ッ! オートマチックッ!」
ギフトを発動させ、身体能力を上げることによって春樹の身体は通常時に戻った。
しかし、見た目ではわからなくとも、内部はボロボロもいいところ。春樹は刀を構える。
「そうか。そういえばお前も俺と同じ可変式能力上昇型ギフトだったな。だがな――――」
話していた筈の天堂が消えた。
春樹はギア4の状態で、天堂の姿が見える。だが、攻撃を避けれず刀で防御した。
そのとき、刃が呆気なく折れ、破片が飛び散る。
「なッ!?」
天堂は刃をトンファーで軽く破壊してみせたのだ。
一度距離を取り、微笑む。
「俺はお前とは違う。俺の能力可変式は魔法によって上げるものだ。つまり、お前のようにリスクがあるわけではない。残念だったな」
「リスクがない……だとッ!?」
次の瞬間、春樹の腹部に鈍い痛みが走った。
胃液と血を吐き、吹き飛ばされた春樹。
背中を壁に打ち付ける。
「がッ!?」
トンファーで腹部を殴られた春樹は、腹を抑えながら意識を保とうと必死だった。
顔を上げ、春樹は天堂を睨みつける。
「……お前は、死んだ筈じゃ……ッ」
「俺が? 死んだフリに決まってるだろうが。俺が死んだと思えば、犯人として俺が浮かぶことはなくなるから、死んだことにしただけだ。そんなことにも気づかないから、バカなんだよ」
だとしたら、天堂の死体と処理されたのは赤の他人ということだ。
「じゃ、じゃぁ……エリーは……」
「めでたいな。あいつらは俺の第二のギフトで操った手数に過ぎない。そうだな、バカなお前でも、最後はこうしたほうが幸せか?」
天堂は片手を亜希子、冬香、楓に向ける。十字架に括り付けられていた三人の錠が解かれ、三人は着地した。
そのまま、瞳を春樹に向ける。
「ま、まさかッ!?」
「こうされた方がお前にとっては幸せだろ? お前は上官に、妹に、友人に殺される。幸せな人生だったなッ!」
「クソがッ!」
春樹はよろけながら立ち上がり、天堂を睨みつけた。
「さぁ、死にゆくのだ。日下部 春樹」
「春樹君。死んでくれ」
「春樹。死になさい」
「春樹君。お父さんの前に殺してあげる」
四対一の状況に春樹は、逃げ出そうとしない。
しかし、相手が悪過ぎる。春樹の瞳は、困惑の色を浮かべていた。
「イッツァ・ショータイムッ!」
天堂の声が響く。
それと同時に、三人が春樹に向かって走り迫ってきた。




