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第一部

「……今日から高校生か」


 日下部(くさかべ) 春樹(はるき)は手洗いをしながら鏡を前にして呟いた。

 長めの黒髪に、身長は百七十センチほどの、そこらへんにいそうな一般人だ。

 身支度を整え、ネクタイをキッチリ結んだ後、遂に普通の生活を送れることに歓喜していた。


「春樹。私は先に行きますよ」

「ああ、冬香(ふゆか)は寄ってくんだろ?」


 春樹は冬香に視線を移す。

 腰までの紺色の髪をポニーテールに束ね、スレンダーな身体を制服に包んでいる。世間一般的に、百人の男性が見れば振り返るほどの美人だ。

 同じ屋根の下にいる冬香は妹。ゆえに春樹は特にドキッとしたりはしない。

 冬香は中学三年生で、通う白花(しろはな)中学の生徒会長だ。ゆえに凛とした雰囲気を纏い、家の玄関を出ようとしていた。


「気をつけて行けよ」

「ええ、春樹こそ」


 冬香は学生鞄を両手で持ち、扉を開く。

 それを目で見送ってから、春樹も家を出ようした。

 だが、冬香が消し忘れたテレビに目が移る。

 ニュースキャスターが東京都北区の公園に立って、マイクを片手に言葉を並べていた。


『昨日未明、二階堂 昴君が行方不明になった現場です。この公園にいたという目撃情報があったものの、そこからの行方は掴めていません!』


 行方は掴めていない。ということは誰かに連れ去られたと、考えるのが普通だ。子供の誘拐事件は、ここ最近多くない。そう考えると、春樹には安心できる部分があった。

 春樹にはある秘密がある。それは口外できないし、そのせいで日常的な生活ができなかった。

 ただの誘拐事件であれば、日本の優秀な警察官がなんとかしてくれるだろう。そう思いながら、春樹はテレビを消すリモコンを手に取った。

 すると、ポケットにある携帯電話がバイブレーションを起動させる。それに嫌な予感がしつつも、春樹は電話に出た。


「……もしもし」

『あ、おはよう春樹君!』


 電話の主は、春樹のよく知る人物、兵藤(ひょうどう) 亜希子(あきこ)だ。いついかなる時もハイテンションが売りの、もうすぐ三十路の女性である。

亜希子からの電話というのは、毎回ろくなことがないのだ。そのため、春樹は大きな溜息を一つ吐いた。


「……なんですか」


 わざと気だるさを出した返事にも臆せず、亜希子は一言投げる。


『今からうちに来て』

「……はい」


 再び溜息を吐いて、春樹は家を出た。


 春樹の通う高校は徒歩で約十五分ほどの場所にある。しかし、春樹は本来登校すべき学び舎に存在していなかった。

 電話で亜希子から呼ばれ、春樹は学校とは完全なる逆方向にある白花警察署に寄っていたのだ。

 白花警察署の入り口には元気に手を振っていたスーツ姿の女性がいた。

 臙脂色のショートヘアーに愛らしい顔つきの二十代前半と思われる女性は、春樹を目に入れると微笑んだ。

 さらに溜息を吐いて、春樹は近づいた。


「おはよう! 春樹君!」

「……おはようじゃないですよ。こっちは、ようやく高校の入学式に出られるってのに、一体何の用なんですか」

「まぁまぁ、お怒りなのは申し訳ないけど、君達にしか、お願いできないからさ! 頼むよ!」

「はぁ……」


 背中をバシバシと叩かれ、春樹は項垂れて署の中に入る。

 春樹は今年高校生だが、今年十七歳だ。それには少々の事情があった。

 気だるそうに入り、地下に案内される。

 オートロックの鍵を回し、さらには南京錠まで外して、何重ものセキュリティーを突破していく。

 やがて何回目かの鍵を外して、一室に辿り着いた。


「……毎回思うんですけど、セキュリティー頑丈過ぎません?」

「当たり前じゃない! 君達は超最高機密なんだよ? これくらいはしないとね!」

「……逆に閉じ込められたら、出られなくなりませんか?」

「そのときは頼むよ!」

「……考えなしというか、なんというか……」


 亜希子の無駄な明るさや、閉じ込められたときのことなど、色々呆れて春樹は部屋に入る。

 中には地下室だからか、窓はない。大理石と思われる床を踏み、真っ白の壁に目を配る。

 中央にある高級そうなソファには、既に先客がいた。


「テレビは消しましたか? 春樹」

「わざとか冬香」

「ええ」


 先に登校した筈の冬香はニコリと微笑み、テーブルに置いてあったお茶を口につける。優雅にお茶を啜っているところを見ると、収集されたことに驚きはないようだ。

 冬香は制服のまま、鞄からノートパソコンを取り出し、起動させた。

 すぐに立ち上がったパソコンの画面を睨みつけるように見つめ、キーを叩く。

 やがて、手を止めて、春樹と亜希子に画面を見せた。


「亜希子さんが呼んだ理由は、これであってますか?」

「ええ! 相変わらず冬香ちゃんは察しが良くて助かるわぁ!」


 亜希子が微笑むのを横目に、春樹は画面を見つめる。そこには、今朝見たニュースの記事画面映っていた。

 小学六年生の行方不明。一見、普通な事件だが、冬香は何を感じ、亜希子は何故春樹を呼んだのかサッパリわからなかった。

 そんな春樹の内心を読み取ったのか、冬香は唇を動かす。


「普通の誘拐事件と春樹は言いたいのでしょう」

「ああ。今朝もそう思ったんだが」


 冬香は春樹を数秒見つめ、溜息を吐いた。


「本当に鈍いですね。この事件は目撃情報があったというのがポイントです。場所は東京都の北区ですし、不審人物や車があれば監視カメラで特定するのは可能なわけで、誘拐事件と決めつけるでしょう。ですが、誘拐事件とは判断していないのです。つまり、周囲の監視カメラに被害者や第三者は映っていなかった、と判断できます。私の読みは正しいでしょうか? 亜希子さん」

「ええ、こっちが驚くぐらい読みはあっているわ」

「マジかよ……」


 春樹は半分呆れながら冬香を見つめる。

 すると亜希子は、書類をテーブルにぶち撒けた。


「これが今回の事件に関する書類よ」


 その何枚かを春樹は手に取り眺める。行方不明となったのは現場となった公園近くに住む二階堂 昴、小学六年生。行方不明となった時間帯は二十時から二十一時で、保護者の喧嘩最中に行方を眩ましている。

 さらに公園に入る姿を監視カメラが目撃していた。だが、出るところは映っていない。

 加害者と見られる人間も特定はできていないようだ。

 何かと不思議なことが多い。公園は小さいが出入り口四方に監視カメラがつけられているという。これもモンスターペアレンツの効果か、公園も安全な場所に変わりはなくってきているのだが、その監視カメラの目を盗んで第三者は誘拐、または被害者をどこかへ運んだのか。

 謎は多い。冬香もあえて誘拐事件とは判断していないみたいだ。


「……まぁ誘拐事件なんじゃないか? 犯人が頭良いってだけだろ。何も俺らが動くことじゃない筈だ。冬香、学校に行くぞ」


 ソファに座ることもせず、春樹は部屋を出ようとしたが、冬香は春樹の言葉に耳も貸さずに書類に目を通す。どうやら集中しているようだ。

 亜希子は何も言わずに真面目な顔をして冬香を見つめる。


「……どうしたんだよ」

「春樹、これが本当に一般人にできることかしら?」


 冬香は書類の一部を春樹に差し出した。そこには超極秘と記され、情報が書きこまれている。

 そこに書かれているのは、近隣の住民から寄せられている言葉だ。

 叫び声がして、公園を覗いた者からの情報で、青い炎を見た。と記されていた。


「……目撃情報があるなら、そこから犯人を特定できるんじゃないか?」


 春樹の言葉に亜希子が答える。


「あのね、春樹君。普通の警官なら、近隣の住民が青い炎を見たといったら明らかに不審に思うでしょ? 一般人が言う青い炎は、どちらかというと幽霊とかの部類に入るオカルトよ。それか、酸素を多く含んだ炎くらいにしか判断はしないわ」

「オカルトの部類? つまり、聴き込みをした警官は、近くに犯人がいるという恐怖で、おかしなことを言ったと思ってるのか?」

「そう判断するのが普通よ」


 確かに近隣の人からしたら、近くに子供を連れ去るような異常な人間がいるとなれば、変にもなるだろう。さらにそれを一般人である警官が、青い炎を見たなんて聞けば正常な精神状態ではないと判断する。

 それが、普通なのかもしれない。


「この情報から察するに、青い炎が少年に降り注げば、遺体が跡形もなく消え去り、誘拐だと思い込ませられる。そこに亜希子さんは着目したわけですね」


 冬香は淡々と語り、亜希子を見つめた。


「ええ。この青い炎が、もし人の手によって具現されたものだとしたら。冬香ちゃんの言う通りだし、まず一般人である警官の手には負えないわ」

「まずは、本当に青い炎が見えたのか、確認するのが先ですね」


 話を進ませる亜希子と冬香。その会話を聞くと、今から学校に通えなくなると判断した春樹は口を挟んだ。


「ちょっと待て。冬香、学校はどうするつもりだ」

「調査が先です。人々の生活を守るのは私達に課せられた義務と同じ。学校など悠長に通ってなんかいられません」


 春樹は立ち上がった冬香を睨みつけると、冬香も負けじと春樹を睨みつける。険悪な雰囲気に、亜希子が苦笑いで止めに入る。


「まぁまぁ、春樹君は学校に通いたいんでしょ? なら、調査は私と冬香ちゃんが――――」

「そういうことじゃありませんッ! 俺は冬香の保護者として、不登校するのを許せないだけですッ!」


 言葉を強める春樹に、冬香も応戦した。


「では、私が学校に通っている間に誰かが次、襲われたらどうするんですか? それで命を落とされても、私は学校を優先しろと? 命よりも自分自身の勉強や遊びに集中しろと言っているのですが?」

「冬香ちゃんも抑えて!」


 なんとか抑えようとする亜希子。だが、冬香も熱が入って、春樹に負けようとはしない。

 そんな中、警官が二人部屋に入ってきた。


「兵藤主任! いつになれば……って、この学生達は!?」


 身長が低い警官が驚く。今にも取っ組み合いになりそうな雰囲気の二人に、しどろもどろになる。

 そんな中、もう一人の警官が二人の間に割って入ってきた。


「落ち着きなさい。君達が、日下部警視総監の御子息の春樹君と冬香さんだね?」

「あ?」

「はい?」


 春樹と冬香の二人が男を睨みつける。

 男は気の良さそうな顔をした男だった。筋肉質なのか、スーツを着てても肉体が凄まじいことがわかる偉丈夫な男だ。

 男は内ポケットから刑事手帳を取り出し、二人に見せる。


「初めまして。今日から二人の部下になる、天堂(てんどう) (みつる)です。お見知り置きを」


 自己紹介にポカーンとして、春樹と冬香は亜希子を見つめた。

 亜希子は突然入ってきた二人に苦笑いしながら、春樹に目線を移す。


「……言い忘れてたわ。今日からあなた達の部下になる、天堂と三島よ」

「は? 部下?」

「そうよ」


 部下という言葉に、春樹の脳がついていかなかった。

 だが、冬香は依然眼光を鋭く尖ったままだ。その視線の先には、天堂と三島がいる。

 二人は美人である冬香の睨みに、挙動不審になった。その間に亜希子が入り、冬香に説明を始める。


「上からね、あなた達の学業に支障も出ると思っての指示なの」

「……当然、信頼できる人物ですよね?」


 意味ありげに冬香は言った。

 その言葉に亜希子は頷いて答える。


「当然よ。彼らは、あなた達と同じ異世界から戻ってきた人物、異世界帰還者よ」


 その言葉に春樹は驚き、二人を見つめた。

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