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第二部

 身体能力が著しく低下する。暑さは気の持ち方次第でパフォーマンスの低下を防ぐことができるが、寒さは気の持ちようだけでなく、身体機能が生命維持の為に体温を高くする為に、機能停止する部分があるから、パフォーマンスの低下は逃れない。

 冬香にとってもそれは変わらないのは同じだ。

 エリーは氷魔法ギフト。アックスは斧を使った武器強化ギフト。ランサーは槍を主軸にした武器伸縮系ギフト。レイブは動きに特化した身体能力上昇系ギフトだ。

 全員、まとめて相手をするのはキツイ。だが、こちらが本気にならなければ、終わりそうにない。

 冬香はオールアップで武器召喚ギフトを呼び出した。


「ウェポン・アームズ」


 両刃の剣、刀、斧、槍、鞭、短剣、細剣と周囲に現れる。

 そのうちの短剣を逆さに握った。

 巨大冷凍庫と化した倉庫に具現された、残りの武器が消える。

 次に冬香は身体能力上昇系ギフトを発動させた。これは春樹のような可変式ではなく、通常の二倍ほどあげるだけのギフトだ。


「キルティング」


 これだけ発動した冬香の残り魔力は、一割から二割。オールアップを一回だけ発動することができるが、その一回を発動したとしても、呼び出したギフトが扱えるかは微妙だ。

 もっと魔力量が多ければ、と歯軋りをしたくもなるが、今は戦闘中なので取り乱したりはしなかった。


「本気になったか? ガキ」

「ガキと言いますが、私とあなた。胸の大きさは変わらないと思いますけど」

「そういうこと言ってんじゃねぇよッ!」


 エリーは怒り叫んだ。

 その瞬間、大寒波にも似た風が冬香を襲う。

 凍りついていく四肢。炎の大蛇が生きていれば、防ぐことは可能だったが消えてしまった今、我慢するしかない。

 ただの寒波を防ぐ為に残りの魔力は使うのがもったいないのだ。

 冬香は気を引き締める。

 三人が同時に襲いかかってきた。

 ランサーが槍を突き出す。

 冬香は短剣で防ぎ、受け流した。

 斧が振りかぶってくる。

 前転をして、斧を回避。

 目の前に拳を構えたレイブが迫る。

 冬香は同じ攻撃パターンしかしない男達に、疑問が生まれた。

 奴らにはチームワークがない。独自の攻撃を繰り出すだけで、連携されてないのだ。

 ともなれば、奴らは一対一で相手をすれば、そこそこの実力を発揮するのだろうと感じた。

 冬香は短剣を走らせる。

 短剣の刃とレイブの拳が衝突した。


「ふっ……」


 顔が凍りついたまま、レイブは言い放つ。


「我の拳は鉄より、鋼より硬い。そんなもので殺せると思うなよッ!」

「ぐっ!?」


 冬香はレイブの拳を受けた。

 まるで車にぶつかったかのような重さ。

 ペットボトルのように軽く吹き飛ぶ冬香。

 腰から地面に落ちた。

 仰向けに転がった冬香は起き上がろうとする。だが、絶対零度に近い空間で思うように身体が動かない。

 ランサーが視界に写った。

 矛先が冬香の双眸を捉えている。

 首だけ動かし、伸びてくる槍を避けた。

 だが、頰に擦り、切り傷が垂れる。


「大地の轟ッ!」


 ランサーが去ったかと思えば、斧が冬香の身体を切り刻もうと降りてきた。

 冬香は即座に短剣で攻撃を防ぐ。

 地面に寝転んだ冬香は、歯軋りをしながらアックスの攻撃を防ごうとした。

 だが、斧と短剣が衝突すると、冬香の華奢な身体に途轍もない重みが襲う。

 ビルでも乗せられたかのような重さ。

 冬香の横たわる地面が、蜘蛛の巣状にひび割れた。


「かはっ!?」

「悪いな。これが俺らの正義なんだよ」


 アックスは斧を持ち上げる。

 すると、エリーが天井を睨む冬香の元へとやってきた。


「言い様ね。ガキなんだからガキらしくしていればいいものを。あたしの手を煩わせるなよ」

「ああああああッ!?」


 冬香の手をハイヒールの踵で踏む。

 悲鳴が倉庫内に響く。

 そこに天堂の姿はない。

 痛みに耐えながら、冬香は天堂が逃げたと思うと安心していた。自分が死ぬのならまだしも、他の人は巻き込みたくないのだ。

 最も、帰還者と戦うのは自分だけでいいとさえ、冬香は決めつけていた。

 そう思うと自然と気が緩んでくる。

 踏まれている右手の痛みが、寒さで麻痺してきた。

 冬香の瞳から徐々に光が消えゆく。

 そのとき、微かにだが春樹の姿が見えた。

 春樹が微笑んで、誰かと歩く光景。その隣にいるのは冬香じゃない、とても綺麗な人だ。

 冬香は思い出した。

 何故自分の人生を犠牲にしてまで戦うのか、それは春樹の行った異世界へ行き、血の繋がらない兄の恋心を奪った女と正々堂々勝負し、勝って春樹と両想いになること。

 それが冬香の目標だ。

 やがて、痛みが完全に消える。

 そこにエリーのハイヒールはなかった。

 冬香が死んだのだと思ったのだろう。だが、冬香も春樹も、のたれ死ぬほど弱くない。

 残った魔力を全て使い、回復系ギフトに使う。

 傷がみるみる回復し、一時的にだが動けるだけの体温に戻った。

 ジャスティスの人間は、冬香に背を向け、どこかへと向かう様子だ。


「……待ちな、さい」


 呼び止めた冬香。

 その声は弱々しかったが、確かに息を吹き返した声音だ。

 エリーが振り返った。

 その瞬間、アックスの後頭部を掴み、壁に叩きつけた冬香の姿が写る。

 壁に貼り着き、顔面から凍ったアックス。

 声にならぬ叫びを上げ、遂には意識を失った。

 ランサー、レイブが後退る中、エリーは微笑んだ。


「ガキぃ、化け物じゃないか」

「言われ、慣れてます……」


 最早ボロボロの冬香。制服は至るところが千切れ、傷口は生々しい。しかし、戦う意識は確かに見られる。

 レイブ、ランサーは冬香に向かって駆け出した。

 冬香は短剣を構え、迫り来る二人を見据える。

 ランサーは槍を伸ばした。

 光の如く伸びる槍を紙一重で躱す。

 すぐに詰め寄るのはレイブ。

 レイブは右、左のワンツーパンチを放つ。

 その攻撃を短剣で、攻撃を受け流す。

 金属音が響く。

 冬香はレイブの片腕を掴み、攻撃の勢いを利用して背負い投げを放った。

 背中を強く打ち、レイブは呻き声をあげる。


「ぐっ」


 空かさず、短剣でトドメを刺そうとした冬香。

 だが、そうはさせまいと槍を伸ばすランサーが迫る。

 矛先を白刃取りで、冬香は掴んだ。

 受け流す要領で矛を倒れているレイブの腹部に突き刺した。

 レイブの腹部が赤く染まり、苦痛の表情を浮かべる。

 仲間を刺してしまったランサーは同様した。そんなランサーに、冬香は飛び膝蹴りを放ち、顔にダメージを負う。

 よろけるランサーに空かさず冬香は、脇腹を短剣で刺した。

 ダメージを負ったレイブは、寒さと痛みで意識を失い、ランサーは脇腹の痛みでうつ伏せに倒れる。

 冬香は後頭部を踏みつけ、ランサーの顔が凍りつくのを待った。

 やがて、呼吸しようと必死だったランサーだが、意識を絶つ。

 冬香は一瞬こそ、フラついたが気を取り直してエリーを睨みつけた。


「……はぁはぁ」


 寒さで意識が飛びそうなのは冬香も同じだ。寒さと痛みが混ざると死ぬ危険すら出てくる。一応、致命傷こそ与えなかったものの、三人の男は生きているかどうか不明だ。

 しかし、ただ一人エリーは極寒の中、平気そうである。


「……使えないわね。ガキ一人倒せないとは」

「では、あなたが……手を下せばいいだけ、ですよね」


 いつ意識が飛んでもおかしくない状態の中、冬香は余裕があるかのように微笑んで挑発した。

 攻撃を複数回受け、更に魔力が極限にまで減っている冬香は未だ倒すのはキツイ。

 しかし、ここで倒れてしまっては全てが台無しだ。いや、死ぬわけにもいかない。

 冬香は短剣を構え、エリーを睨んだ。


「まぁいいわ。弱ったガキなんざ、赤子の手を捻るかのように簡単。すぐに楽にしてあげるわッ!」


 エリーは地面を踏みつけた。

 氷の破片が宙に舞う。

 腕を組むエリーの頭上まで浮くと、破片は電柱の如く太くなり、巨大な氷柱と化した。それが八本ほど存在している。

 冬香は短剣での防御は不可能だと感じた。受け流すしかない。

 そう考えていると、エリーが攻撃を仕掛けた。


「グレイス・アーツッ!」


 八本もの巨大氷柱が冬香に向かって走る。

 冬香はエリーに向かって駆けながら、氷柱を躱し、受け流す。

 氷柱の速度は銃弾以上。目に見えないが為に、飛んでくるタイミングや、方向は目で見て予測するしかない。

 冬香は氷柱の鋭利な先端を横側から手を添えることによって受け流す。

 巨大なガラスが割れるかのような音が響く。

 冬香は全ての氷柱を回避し、短剣を構えてエリーの目前に迫った。


「単調過ぎて、欠伸がでますっ」

「クククっ!」


 冬香は短剣をエリーの喉元へと走らせる。

 余裕の笑みを浮かべるエリーは、足元をもう一度踏んだ。

 すると、冬香の足元から、氷の針床が浮かび上がる。

 すぐにジャンプした冬香。だが、氷の針床が冬香の身体に迫った。


「くっ!」


 焦りの色が見える冬香。

 エリーは誰かを騙したかのような笑みを浮かべ、針床が天井まで伸びるのを眺めていた。

 攻撃をキャンセルしたが、身体能力が二倍と言っても、真上に跳んだ冬香に針床が突き刺さってしまう。

 冬香は足元に短剣を向けた。

 迫る数千本の氷の針に向かって、冬香は空かさず短剣で受け流す。


「なっ! バカなっ!」


 冬香は氷の針を全て躱し、地面に着地した。

 ところどころに針が掠った傷があるが、ダメージは与えてないに等しい。

 腕組みをし、余裕の表情を浮かべていたエリーだったが、焦りが見え始める。


「これはどうだッ!」


 エリーは片手を天井に向けて掲げた。

 天井に生えていた氷柱が次々と冬香めがけて落ちてくる。

 その全てを冬香は華麗に躱して見せた。

 最早、手など使う必要もないと言わんばかりに、ステップを刻みながら避ける。

 やがて氷柱全てが地面に落ちると、エリーは笑い始めた。


「あははははははッ! まさか、ここまでとはね。正真正銘の化け物ね! クソガキのくせにッ」

「そう、ですか」


 冬香は短剣を両手で握り、切っ先をエリーに向ける。


「認めてあげるわ。あんたはあたしより強い。だけどね、勝つのはあたしだァァァッ! オール・グレイス・アイスブレイクゥゥゥゥゥッッッ!」


 全ての氷がエリーの手元に集まり始めた。空間全てを凍らせていた寒気、氷、氷柱、全てがエリーの手元に集約し、大砲のような氷柱が完成する。

 全長はクジラと遜色ない。

 威力は恐らく、この倉庫――――いや倉庫街を粉砕するくらいはあるだろう。

 逃げることはできない。逃げれるほどの大きさではない。

 冬香は超巨大な氷柱を前に、深呼吸をした。

 春樹ならどうするか。

 一瞬だけ考えて、冬香はすぐに顔を上げた。

 彼ならば正面突破する。


「……お兄ちゃん」


 冬香は呟き、瞳を輝かせて、地面を蹴った。

 エリーも超巨大な氷柱を投げる。

 短剣の切っ先と、氷柱の先端が激突した。

 衝撃が冬香とエリーを襲う。

 奥歯を噛み締め、冬香は短剣に力を込める。


「うああああぁぁぁぁっ!」


 負けそうになった冬香。

 だが、すぐそこにいなかった筈の天堂が目に映った。

 彼は意識を失っている。

 ここで負ければ、彼まで巻き込んでしまう。

 冬香は最後の力を振り絞り、魔力も全て力に乗せ、全力で氷柱とぶつかった。

 やがて、氷柱にヒビが入る。

 そして、遂に超巨大な氷柱が割れた。

 ガラスを叩き割った音の数十倍もの音量を響かせ、倉庫内に氷の破片が散る。


「ば、バカなッ! ……ぐうッ!?」


 エリーが動揺している中、腹部に何かが突き刺さった。

 そこには傷だらけの冬香が握っていた短剣がある。

 冬香は途中で短剣を投げていたのだ。

 致命傷を負ったエリーは吐血し、前のめりに倒れた。

 目の前にはボロボロなまま立っている冬香がいる。


「……く、くそ……が、きがぁ……」


 呻き声にも似た言葉を残し、エリーは意識を消した。

 冬香も片膝を着き、緊張の糸が解ける。

 やがて、魔力の大量消費により激しい頭痛が襲う。

 立ち上がろうとしたが、冬香の身体は限界を迎え、前のめりに倒れた。

 消えゆく意識の中で、冬香は呟いた。


「おにぃ……ちゃ、ん…………」

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