第二部
黒いパーカーの男がいなくなってから爆発は止んだ。
春樹は叫びながら、窓の外へと身を乗り出していた。
「冬香ッ! 怪我人の手当てを優先しろッ! 亜希子のさんッ! 今すぐに他の犯人を確かめてくださいッ!」
「春樹君はどうするつもりだ!」
「俺はアイツをぶっ倒す!」
身を乗り出して、二階から飛び降りる。
下には黒のワンボックスカーが止まっていた。
春樹は握っていた刀で、車の天井を貫く。
「逃げるつもりだったのか?」
車の屋根を斬り裂き、内部が露わになる。中にはエリーと、春樹が倒した三人の男。それに黒いパーカーの男が座っていた。
エリーは驚いた顔をして、呟く。
「化け物ね」
「何とでも言え」
春樹は刀を両手で握り、夜空に向けて刃を立てた。
「死んでも文句は言うなよ。神夢威ッ!」
刀が走る。
その瞬間、刀よりも何倍も幅がある車を呑み込んだ。
車は爆発し、破片も跡形もなく吹き飛ぶ。
中に乗っていた者達は、全員どんな手段を使ったか知らないが無事だ。
春樹は宙返りをしながら、後方に着地した。
対面するのは黒いパーカーの男。その後方には、動けない三人の男とエリーだ。エリーだけが目覚めているが、動けないようで皆仰向けだ。
「簡単にはいかないか。まぁボスから聞いていたから、しょうがないけど」
黒いパーカーの男は鉄の棒を握り、春樹と対峙した。
「先に名乗っておこうか。俺達は正義の味方のジャスティス。俺の名はアキュラ」
「随分とセンスのない名前だな」
「そうか? 意外と気に入ってるんだけどね」
戦闘の意欲がないのか。それとも春樹をなめているのか。どちらにしても、このアキュラという男は一筋縄ではいかないと感じた。
春樹は相手を簡単に殺してしまう力があるが、最初から全力でいかなければ、こっちがやられると判断する。
「オートマチックモード」
春樹の双眸が紅く光り、身体が急激に暖まるのを感じた。
「本気になるんだ? そっちがその気なら、こっちもその気で行くとしよう」
アキュラの周囲に青い炎が上がる。まるで、炎の防御だとでも言いたげだ。
「そんな炎、俺が斬り裂いてやる。神夢威」
再び魔力が灯る刀。
それを見て、アキュラは呟いた。
「それがどんな魔力も魔法も斬り尽くす、刀か」
春樹は驚きを隠せない。
今までの帰還者の中に、戦闘中に能力を見破る者はいたが、最初から能力を見抜いた者はいなかった。
だが、能力や名前を知られたからといって、戦いには関係ない。
会話中に春樹のギアは既に十五倍にまで増している。
「欲しいなぁ。悪のドロップ物は、勇者の物になるんだよな」
こいつは可笑しい。春樹は直感した。
帰還者の中には、現実を受け入れられない者もいる。そのジャンルに、アキュラは入るのだなと、思った。
だとすれば、未だに自分がこの世界の主役だと思って酔い痴れてるに違いない。
春樹は動いた。
「いきなりか」
アキュラは呟く。
神夢威を走らせる。
だが、何かを斬った感触はない。
春樹の太刀は、アキュラの手によって握られていた。
「ば、バカなッ」
「バカはどっちかな」
アキュラは刀ごと振り回し、春樹を病院の壁に吹き飛ばす。
背中を強く打った春樹は意識を失いそうになった。
だが、目の前に殺気を感じ、咄嗟に前転する。
アキュラは片手を壁に強く当てていた。
壁には無数の亀裂が入り、砕ける。
回避に成功した春樹は、起き上がり神夢威を構えた。
攻撃を躱されたアキュラは振り返り、持っていた鉄の棒を振り下ろす。
春樹は刀は使わずに、蹴りで棒での攻撃を防いだ。
足の裏で鉄の棒を防いだからか、痛みはない。
後方に引き、春樹は瞳を紅く光らせた。
「その瞳は可変式能力上昇系だろ? 知ってるよ。俺もそういう相手と戦ったことがあるからね」
「そうか」
相手は春樹の能力まで知っているようだ。瞳を鋭くしながら、アキュラの言葉を待つ。
アキュラは一度息を吐くと、サーカスのピエロのように狂気に満ちた笑顔を向けた。
「そんなに冷たくするなよぉ。その能力は一見最強に見えるが、実は一撃放つとゼロに戻ることくらい知ってるんだよぉ!」
「……キチガイだな」
汗が春樹の額を伝う。
今までの相手とは違うことがハッキリとわかる。奴は、この上なく危険な男だと再認識した。
青い炎もそうだが、身体能力も判断力も高い。
春樹は深呼吸して、微笑んだ。
「俺の能力を知って何の得になるのか知らないが、そこまで調べ尽くしてるのなら、さっさと殺せばいいだろうが」
「早く死にたいのかい? まぁ、それもいい。悪が死ぬのは時間の問題だからね」
アキュラが動き出した。その速度は、やはり黒いダウンジャケットを着ていた男と変わらない。
気がついたら目の前に迫っている速さ。それは一瞬だ。
春樹の顔はアキュラの片手に鷲掴みされている。
「消えろろろろぉぉぉぉぉッ!」
頭部を押され、春樹の身体が地面から離れた。
後方には木がある。
春樹は後方の木に激突する前に、顔の前にある腕を掴んだ。
アキュラの攻撃の勢いを利用して、そのまま後方にアキュラをぶん投げた。
だが、木に着地し、春樹に向かって飛んでくる。
春樹は神夢威を構え、刃を走らせた。
しかし、春樹の攻撃はアキュラの棒と衝突する。
鍔迫り合いとなったアキュラと春樹。
狂気の笑顔を見せ、アキュラは叫んだ。
「消えろッ! 社会のゴミがァァァァッ!」
叫びに反応するかのように棒を青い炎が包む。
春樹も叫んだ。
「どっちがゴミだッ! ギア、35ッ!」
その瞬間、棒が消えた。
アキュラの身体は吹き飛び、後方の木に背中を打ち付ける。
まるで岩を砕くような爆音が響く。アキュラが背中を預けた木に、蜘蛛の巣のような亀裂が入り、木さえも姿を塵と化した。
アキュラはそのまま倒れる。
「バカが……」
春樹は独り言を呟き、神夢威についた埃を払うかのように素振りをした。
ギア35は能力を三十五倍にまで上げた状態だ。春樹の能力のデメリットは、五十まで上げるのが限界なことだ。自動的に上がっていくオートマチックモードでは、一度攻撃をしないとゼロにならないので、使い所を誤ると危険なのだ。もし五十を超えた場合、春樹の身体がもたない。
ギア二十倍にでも上げれば、次の日は一日中ベットと友達は確定だ。
ギア35の一撃を使ったのだ、春樹の身体はボロボロである。
しかし、アキュラは立ち上がった。
「なっ!」
「何か、言いたそうだね」
不敵な微笑みを溢し、まるで攻撃など喰らっていないような状態だ。
春樹に焦りが生まれた。
最早、立っているのが限界なのだ。
そして、身体にその負担が遂に訪れた。
片膝を着き、汗が浮かぶ。
「さぁて。勝手に自滅してくれたし。これから燃やして証拠隠滅といこうかな」
「この……ゴミ虫がッ」
「どっちがゴミ虫なのかな。まぁいいや」
アキュラは春樹の前に立ちはだかる。
見上げたアキュラの顔は、冷酷さを滲ませていた。
春樹は自身の身体に動けと叫んだ。だが、言うことをまるで聞かない。
「消えろ」
アキュラの片手に青い炎が灯る。
その手を春樹の顔面めがけて伸ばしてきた。
春樹は喉を生唾で濡らす。
死ぬッ!
そうリアルに感じたのは過去数回だ。
走馬灯は何度も見ているからか、見ることはなかった。
「やめろぉぉぉッ!」
だが、人の優しそうな顔をした男が近づいてくるのが視界に入る。いや、今はそんな優しそうな顔にも怒気が宿っていた。
アキュラの手が止まり、突然の叫び声のする方へと視線を移す。
そこには拳銃を持った三島の姿があった。
「……運が良いね」
アキュラは静かに呟く。
三島の後ろには亜希子、冬香に天堂がいた。
そのほかの警官も駆けつけ、三島の後方には多勢の人が、春樹とアキュラを見つめる。
踵を返し、背を向けたアキュラ。
「待て!」
三島が拳銃を放った。
だが、アキュラの背に命中した筈の弾は、アキュラをすり抜ける。
唖然とした三島は、混乱した。
「待て、アキュラ。お前は何故こんなことをする」
春樹は去ろうとしたアキュラに問う。
アキュラは足を止め、顔だけ振り返らせた。
その表情は、先ほどまでには見られなかった顔だ。
真っ黒な何かが支配したかのような顔つきだった。
「それはなぁ、お前らみたいな何も知らないで生きてる奴を殺す為だ。イジメられた奴は天才かもしれない。だが、イジメられたが為に、その才能が潰れる。なのにイジメた凡人が社会で使われる。それが理不尽でなくて、何を理不尽と言う? 俺はイジメをする人間、してきた人間を一人残らず駆逐する。この世界からなッ」
まるで吐き捨てるかのように言い放った言葉が、春樹の心につっかかった。
何も言い返せない自分が悔しい。
瞳を伏せ、春樹は崩れた。
「これだけの人数を相手にするのは流石に無理だ。それでは失礼するよ」
「待ちなさいッ!」
亜希子が叫んだ瞬間、警官達の拳銃が一斉に発砲する。
だが、アキュラは倒れていたエリーや、自分自身、他の三人ごと青い炎で包みこんだ。
その青い炎に銃弾が命中する。
だが、青い炎が消えると、そこには何も存在していなかった。




