表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/13

婚約者です

寿退社。

ずっと憧れていた言葉だ。

大学生の頃はぼんやりと将来は寿退社するのだろうと思っていた。

だが、働き始めて6年。

私ほどその言葉が似合わない人はいないだろうということがひしひしとわかってきた。

同期(といっても5人だが)はすでに皆結婚して退職しており、後輩も何人か寿退社している。

上司からは君はもうこの会社と共に生きるんだろう、と何度も言われた。

地味で見るからに恋人のいなさそうな私を、後輩が影で生き遅れさん、と呼んでいるのも知っていた。


そんな私が四月から営業補佐に異動だなんて悪い夢だと思いたかった。

他人と接することを避けてきた私にとって営業という仕事は天敵であり、制服から一転して毎日オシャレなスーツに身を包まなければいけないのかと思うと目眩がした。

オシャレな服を揃えるくらいなら衣装を買い漁りたい。


だからよっちゃんの寿退社という言葉はとても甘かった。

思わず頷きそうになったがなんとか理性で押し留めた。


「とりあえず、」


「とりあえず?」


「婚約から始めない?」


「いいよー!」


それから私とよっちゃんはたくさん話した。

よっちゃんの店の話や私のコスプレの話など話題は尽きず、気づけば次に会う日取りを決めていた。



★ ★ ★



よっちゃんと再会してから2ヶ月が過ぎた。私が寿退社したい旨を告げると上司はぽかんとしていた。

まさに青天の霹靂。

噂を聞いた後輩達から根掘り葉掘りよっちゃんの事を聞かれて適当に答えていると尾ひれや背びれがじゃんじゃんついた噂が流れていった。


そし今、新たな噂が流れようとしている。


津宮(つみや) 愛美(まなみ)さんはいらっしゃいますか?」


受付の女性は尋ねてきた男性の顔を見て、言われた言葉を噛み締めて、また男性の顔を見た。

生き遅れさん、と言われていた女性のことをこんなイケメンが訪ねるなんてあり得ない、と考えた。


「失礼ですが、どちら様でしょうか。」


「ああ、すいません。私、東雲 陽慈と申しまして、津宮さんの婚約者です。」


ぴたりと空気が止まった。

止まった空気の中で受付の女性はなんとか声を振り絞ってあちらにかけてお待ちください、と言った。


同僚の女性と目配せするやいなや女性は内線で呼び出せば良いのにわざわざ愛美のいる事務室へと行き、同僚の女性は陽慈にお茶を淹れた。



★ ★ ★



「津宮さん。 婚 約 者 の方がお見えになっていますよ。」


受付女性の大きな声に事務室はしーんと静まり誰もがぴたりと動きを止めた。

愛美のパソコン画面は押されっぱなしのキーボードのおかげでああああ、という文書が延々と作り上げられていった。


一番に気を取り直した愛美は立ち上がり、急いでロビーに向かった。

いくつもの足音が愛美に続いてロビーへと向かう。


「よっ、」

「愛美!」


愛美が声をあげるより先に陽慈が立ち上がって手を振る。

濃いグレーのスーツに銀の眼鏡がよく似合っていた。

後ろの誰かがきゃっ、と愛らしい声をあげた。


「近くまで来たから迎えに来たよ。仕事、まだ終わらないかな?」


「うん、まだもう少し」

「いやだわ津宮さん!そんなの私達が代わるから帰宅の準備していらっしゃい。」


「そうです先輩!ゆーっくり念入りに準備していいですからね!」


愛美の言葉は後ろから追いついてきた同僚達の声によって潰された。

もちろん同僚達の目は愛美ではなく陽慈を見ている。


「いつも愛美がお世話になっております。」


にこりと爽やかで人当たりの良い笑顔を向ければ誰もが頬を赤らめた。


「いいええ!津宮さんはとても優秀で私達もとても助かっておりますの。」


「後輩一同、先輩を目標に頑張っています。」


どこからそんな嘘が出てくるんだと呆れながら愛美は更衣室へと向かった。



★ ★ ★



「なんで突然きたのよ。びっくりするじゃない。」


「ごめんごめーん。とまくんに言われて。」


「そうじゃないかと思った。」


へらへらと笑いながらよっちゃんはサラダを盛り付けていく。

私はため息をついて明日同僚達や尾ひれ背びれを聞きつけた他の科の人に何を言われるかと考え、ぶるりと背中を震わせた。


「そのスーツもとまくんの?」


「もちろん!」


私は菜箸でよっちゃんが丁寧に畳んであるスーツを指した。

よっちゃんは嬉しそうに笑ってにへら、と締まりのない顔をした。

ガチャ、と遠くで玄関が開く音がした。

よっちゃんはサラダを放り出して玄関へと早歩きした。

走ると埃が舞う、と怒られるのだそうだ。


「ただいま愛美。」


「おかえりとまくん。今日ハンバーグだよ。」


「やった。」


「とまくん、カバン持ってくよー。」


「いや、着替えるからいい。」


とまくんの言葉にあからさまにしょんぼりとしょげるよっちゃんは飼い主に遊んでもらえない子犬のようだった。


「陽慈、スーツ持ってこい。」


とまくんは今日よっちゃんが着ていたグレーのスーツを指差すとさっさと着替えに行ってしまった。

よっちゃんはさっきまでのしょんぼりは何処へやら。

嬉しそうに笑ってとまくんの後をついて行った。

ようやくヒロインの名前がでてきました。

「愛美」の「愛」の字をとってコスプレ時の名前を「アイ」にしました。

ちなみに愛美は名前負けしてる、と思っているので名前に少しコンプレックスがあります。

そして謎の人物とまくん現る!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ