結婚しよー
「じゃあさー、僕と結婚しよー。」
たっぷりと5秒間黙っても私の思考は停止したままで、口からは何も言葉が出てこなかった。
「あ!彼氏いるとかー?」
「いない、けど。」
「良かったー。」
何が良かったのかと再び問いつめたい心にフタをして私は大きく深呼吸した。
「私、よっちゃんの事何も知らないよ?よっちゃんもそうでしょ?だから、」
「じゃあ自己紹介しよう!」
だからだめだよ、と続く言葉はよっちゃんの明るい声にあっさりと潰されてしまった。
よっちゃんはカバンをごそごそと探るとスッと私に名刺を差し出した。
「東雲 陽慈です。27歳です。えっと、雑貨屋を経営してます。」
名刺をまじまじと見ながら私が一番に考えたのは陽慈って名前だったんだ、だった。
名刺にはオシャレな字体で名前と住所と電話番号、そしてお店の名前が書いてあった。
「シュガー、ハウス。」
「僕のお店だよー。可愛いでしょ。」
「うん。」
「えっと、大学は経済学部で、経営学を専攻してたよー。」
よっちゃんはさらりと大学名も言った。
トップクラスのエリートが通う大学だった。
目眩がした。
「お店はインターンシップでお世話になった人にオーナーさんを紹介してもらったんだー。」
「インターンシップ?大学こっちじゃないのに?」
「こっちのハローワークが斡旋してるインターンシップに行ったの。暇つぶしになるかなあと思ったんだけどすごくよかったよー。」
「ちなみにどこに行ったの?」
「印刷会社。」
予想の斜め上の回答だった。
経済学部なのだからてっきり銀行や証券会社かと思っていた。
というかインターンシップは暇つぶしではありません。
「大学院まで進んでー、こっち戻ってきてー、夏休みとかで手伝いはしてたけど本格的に色々教わってー、去年オーナーさんからお店を譲り受けたの。」
空いた口が塞がらなかった。
地元の大学に進んで必死に就活をしてなんとか内定をいただいた私とはなんというか、全てが違った。
「インターンシップでお世話になった人と、んーと、6年?くらい付き合ってるよー。」
「彼女いるの!?」
「うーん」
じゃあその人と結婚すればいいじゃない!と言おうとしたがその言葉が出てくることはなかった。
「男の人だから彼氏、かな?」
わたしの思考は再び停止した。
ヒーローであるよっちゃんの名前がでてきました。
ふわふわのんびりした優しい人、というイメージで太陽の陽と慈しみの慈で陽慈にしました。