幼馴染のよっちゃん
自己紹介が遅れました。
私はアイです。
もちろん本名ではありません。
男装コスプレイヤーです。
「いつものブース行く?」
「行く。」
私よりも10センチ以上背が低い彼女はユキ。
私とペアでコスプレをしてくれる相方です。
ユキと私は身長差から男女ペアのコスプレをよくします。
「このビーズ刺繍凝ってるね。」
「そうだね。」
いつもの、とは手作り雑貨ゾーンのこと。
私とユキが今日参加しているイベントはコスプレもできるし同人誌も売れるし手作り雑貨も売ることもできるという雑多なイベント。
都会では珍しいけど、田舎では月に一回は開催されている。
手作り雑貨はオリジナルはもちろんのこと、キャラモチーフのアクセサリーや一見するとオシャレだけどよく見るとキャラの要素がふんだんに盛り込まれたストラップも多く出品されている。
ユキが手に取ったストラップはデフォルメされたキャラクターがビーズでかたどられていた。
このストラップを一つ作るのにどれほど時間がかかるのか、と考えて目眩がしそうになった。
「あ、」
「あ、」
ストラップの横に陳列された紫のティアドロップ型ビーズが光るピアスを見ようと手を伸ばすと同じ考えを持っていたのであろう男性と手が触れた。
少女マンガではあるまいしさっさと謝ろうと相手の顔を見ると、相手の男性はぽかんと口を開いたまま私の顔をまじまじと見ていた。
やばい。
男装コスしたまま女性用の小物を見ているから不振に思われているのかも。
でも相手も男性だし、お互い様では?
などと失礼極まりない事を考えていると男性の口からぽろっと言葉が飛び出した。
「プリンセスまあちゃん?」
「は?」
ユキが不思議そうな声をあげる。
私はさああっと全身から血の気が引くのを感じた。
「どうして、それ、を?」
おそるおそる口を開くとこの世の終わりを告げるかのような陰鬱な声が漏れ出た。
「僕だよー、よっちゃん!小さい頃遊んだよねープリ」
「あー!」
おぞましい過去の扉を開くキーワードである言葉がこの世に飛び出る前に私は声をあげて阻止し、さらに無理矢理相手の口を手で塞いで二重に阻止する。
「一時間後、自販機、集合。」
一言ずつ発音よく区切りながら告げると相手はこくんと大きく頷いた。
「私は、今は、アイ。」
相手がふたたびこくんと頷いたのを確認して口元からゆっくりと手を離す。
たぶん今の私は鬼さえも裸足で逃げ出すような凶悪な表情をしているだろう。
「じゃああとでねー、アイちゃん。」
ゆるりと引き締まりのない、だが見る者を安心させる笑顔でひらひらと手を振って人ごみの向こうに消えた。
「誰?」
「幼馴染のよっちゃん。」
「プリンセスって?」
「一生のお願いだから聞かないで。」
「わかった。」
よっちゃんとの予期せぬ久々の再会にどっと疲れた私はユキに今度埋め合わせをする、とことわってキャリーをひいて女性用更衣室に入った。