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08 身の振り方

 このままでいけば無事に成人の儀を終えられそうだとマザーは笑顔でコスモスに告げる。

 油断は禁物だとコスモスが言えば、その通りねと苦笑された。

 笑っている場合ではないと思うのだが、マザーと話しているといつも調子が狂ってしまう。

「本番まで、あと少しか」

 いつものスペースで積み重なった本を眺めながら、コスモスは溜息をついた。

 マザーに言われた通りにしているが、本当にこれが自分のためになるのかと疑問だ。

 気分転換でもするかと彼女は仕事をしているマザーを見つめ、魔力と霊的活力(オーラ)を測定してみる。

「うーん」

 魔力は中の上、霊的活力(オーラ)は良好。

 しかし、納得がいかないとコスモスは首を傾けながらソフィーアが言っていた守護精霊の存在を思い出す。注意深く観察してもマザーの周囲にそれらしい気配は感じられない。

 見えないのは自分の能力が低いからだろうと思った彼女は、眉を寄せ頬杖をついた。

「マザー、私の能力高められたりしませんかね?」

「すぐにどうにかなるわけないでしょう。地道な努力の積み重ねが成果に現れるのよ」

「結構、順調に進みすぎてるんで何とかなると思ったんですけど」

 それはあくまで偶然にしか過ぎない、と言われコスモスは唇を尖らせた。

 確かに、恐ろしいくらいに順調でどこかで大きな落とし穴があるんじゃないかと思うくらいだ。

 今のところ何もなかったから油断しているんだろうと頭を軽く叩く。

「その調子で、貴方に関する情報も手に入るといいわね」

「やめてくださいよ。それはマザー頼みなんですから」

「分かっていますよ。ちゃんとしていますから心配しないで」

 そうは言っても情報が少なく、有益なものは何も入ってこないのが現状だ。焦っても仕方がないと言われる毎日だが、焦らずにはいられないとコスモスは呟いた。

 ソフィーアと一緒にいる時だけは忘れられるが、ふとした瞬間にひどい孤独感に苛まれる。

 どうして自分はこんな所に居るのか。どうしてこんな事をしているのかと分からなくなってしまうのだ。

「儀式が終れば本格的に貴方のことについて調べましょう。召喚者を見つけるにしても、気配すらなくて腹立たしいくらいよ」

「まぁ、いなくなってる可能性もありますし」

「生死の判断だけでも明確に分かれば対処できるんだけれどね」

 近くで誰かが召喚を行っていれば、その痕跡は必ず残るとマザーは言っていた。しかし今回はそれらしいものが全く見つかっていないらしい。

 召喚位置がずれたとしても誤差は大体決まっている。

 最初は特定にそう時間はかからないだろうと考えていたマザーも日数が経つにつれ、ただ事ではない何かを感じているらしい。

 面倒なことにならなければいいと思っているコスモスだが、彼女がこの場にいる時点で既に面倒なことになっているのだがマザーはあえて口にしない。

「さて、今日も練習にいってらっしゃい。姫との相性も影響しますからね」

「はーい」

 返事をして窓をすり抜けるコスモスについてく精霊たち。

 楽しそうな精霊の様子に笑みを浮かべたマザーは、順調すぎて怖いと呟いたコスモスを思い出して静かに息を吐いた。




 儀式までの日をソフィーアと長く過ごすようになってから暫く経つ。

 これも儀式が終ってしまえばなくなるんだろうと思うと寂しくなるが仕方がない。

「そうでしたか。この世界について知らないことが多いとは思っていましたが、そんなことが」

「あはは」

 この世界のことについて知らないことが多いコスモスは、ソフィーアに何度も不思議な顔をされてしまった。

 動植物の名前や、周辺の地理。誰もが知っているような伝説に、有名な人々。

 コスモスが分からないと言えば、驚いた顔はしつつも丁寧に説明してくれるソフィーア。マザーの娘なのに何故知らないのかと口にしない彼女に、コスモスは適当な嘘をついた。

 随分と長い間、遠い場所で眠っていたので記憶があやふやになってしまい知らないことばかりだと。マザーに呼び出されてここにいるが、正直ちょっと迷惑しているとも話した。

「なるほど。それではやはり、コスモス様は守護神様なのかもしれませんね」

「え、そんな凄くないよ?」

「いいえ。不可能に等しい私の成人の儀が滞りなく行えるのもコスモス様のお陰ですから」

 ただの人魂だと言えないのがこんなにも心苦しいものなのか。

 コスモスは複雑な表情をしながらソフィーアを見つめる。

 仮に本当の事を言ったとしたらソフィーアはどんな反応をするだろうかとコスモスは想像した。

 きっとがっかりするに違いない。召喚失敗したと思われる異世界の人魂に何の価値があるというのか。

 今の自分がこうして慕われているのは、徳望のあるマザーの娘という位置にいるからだとコスモスは理解していた。

 そう考えると、恵まれているとは思う。

 本人の了解も得ずにいきなり召喚された挙句、それが中途半端な状態なので不幸には変わりないが。

「娘である私が守護神なら、マザーは何かしらね。大守護神?」

「まぁ、そうでした。ふふふ」

 油断は敵だ。

 ケサランや他の精霊たちの調子は良く、このままでいけば滞りなく儀式は終了するだろう。

 しかし、万が一を忘れてしまえば最悪の事態になった時対処ができなくなってしまう。その時の対処法も考えつつ、儀式の成功を祈りながら何度も同じ手順を練習するしかない。

 飽きたなんて言ってられないわ、と心の中で呟いたコスモスはここ数日で変化した空気に溜息をついた。

 儀式の日が近づいているので国全体が浮き足立っているような雰囲気になっている。

 それを敏感に感じ取っているのか、コスモスは最近勉強に身が入らなくて困っていた。

 マザーに言えば集中力の問題、自分との戦いだと笑われてしまう。

「分かっていると思うけど、安心するのは儀式後にしようね。何があるか分からないから」

「は、はい。そうでした。コスモス様とお話していると、楽しくてつい浮かれてしまって」

「それはありがとう。国中もウキウキしているから、仕方がないかもね」

「気を引き締めて本番まで集中します」

 苦笑するコスモスにソフィーアは表情を変え、深呼吸を繰り返す。

 練習だけではなく、自分との相性も重要になるらしいから何気ない会話も大切だとコスモスが言えばソフィーアは困った顔になった。

「それなりに仲良くなったと思うから大丈夫だとは思うけど」

「そうですね。確かに、それはとても重要な事です。守護精霊と相性が良くても感情の揺れによってその力の強さは大きく変わるらしいですし」

「それはそれで、大変よね」

 魔力が弱くとも相性さえ良ければ精霊に愛されその力を使えるわけだが、相性が第一なだけあって仲違いしたりすると力が落ちる。

 思いが通じ合っていないと力も半減してしまう。

 それは守護精霊と姫であっても例外ではない。

 精霊との絆を結び、強く育んでいくのが精霊魔法を扱う者にとっての重要な基礎だ。

「絆か」

 自分と精霊の間には絆があるんだろうか。

 実感がないコスモスは、首を傾げながら頭上のケサランや周囲を浮遊する精霊たちのことを考える。

 ケサランが自分を気に入ってくれているから、他の精霊たちも協力してくれているんだろう程度にしか考えていなかったが何故彼らは協力してくれるんだろうか。

「キュル、キュルル、ルル」

「あぁ、姫が可愛いからね。うん、それはそうね」

「キュル、キュル」

「そっか。そうだったね。精霊としての沽券に関わるんだったわ」

 すっかり忘れていたとコスモスが呟けば、彼女の頭上でケサランが跳ねる。

 大事なことを忘れるとは何事か、と怒っているようにも見えるがコスモスは気持ちの篭っていない謝罪で適当にあしらった。

「沽券?」

「あ、いいのいいの。こっちの話で姫は関係ないのよ」

「そうですか。ふふふ。それにしても、コスモス様が楽しそうで私も嬉しいです」

「楽しそう?」

「はい!」

 これが彼女には楽しそうに見えるのか、と複雑な気持ちになりながらコスモスは苦笑した。

 ケサランはそれに答えるように上機嫌で鳴き、つられるように周囲の精霊たちも鳴き始める。

 遊びじゃないんだぞとコスモスが視線にこめて引き攣った笑顔を浮かべれば、精霊たちは一瞬で静かになった。

「姫は忙しそうね。当然だろうけど」

「そうですね。やる事が多いですが、辛くはないのでご心配には及びません」

「楽しいの?」

「ごめんなさい。不謹慎ですね」

 責めたつもりはないのだが、状況が状況だからかそう受け取られてしまったらしい。慌ててコスモスは他意のない質問だと付け加える。

 しかし、ソフィーアは気が緩んでしまう自分が情けないと俯いてしまった。

「あんまり、緊張しすぎても駄目だと思うからいいんじゃない?」

「そうでしょうか。上手く行くかどうかも分からないうちから浮かれてしまうのは……」

「綺麗なドレスだったね。お針子さんたちも嬉しそうだった」

「はい!」

 伝統あるドレスで少し流行のデザインを取り入れていると話すソフィーアは、当日身につけるアクセサリーについてもコスモスに詳しく教える。

 どんな手順で清められ、どこから採掘されて誰の手によって加工されるのか。加工方法は身につける相手によって違うので当日まで見るのを楽しみにしていると告げる様はまるで普通の女の子のようだ。

 こんな一面もあるんだなと思いながらコスモスは笑みを浮かべる。

「そう言えば、隣国の知り合い? も来るのよね」

「はい……」

「あ、ごめん。嫌なこと聞いちゃった?」

「いいえ!」

 隣国には幼い頃に仲良くしていた人がいると聞いていたことを思い出したコスモスが尋ねると、ソフィーアの表情が一気に暗くなってしまった。

 まずいことを聞いてしまったと慌てるコスモスに、ソフィーアは首を横に振って否定する。

「その、婚約者もいるのですが……使えぬ私を妻にと彼が未だに思ってくださるかどうか」

「あー。それは、お父さんたちが上手くやってくれるんじゃないかな?」

「はい。お父様とお兄様にはお願いしていますが、実際に会うとなると私もどうしたらいいか分からなくて」

「避けるわけには……いかないよね。逆に不自然だ」

 とても良い人だから自分以外の良い人を妻に迎えて欲しいと祈るように呟くソフィーア。そんな彼女を見ながらコスモスはマザーの言葉を思い出していた。


『貴方を妻にと求める方々は貴方が思っている以上に大勢いるのですよ』


 婚約の話がなかったことになれば、そのチャンスを狙ってソフィーアを妻にしようと思う者が出てくるだろう。

 保護者目線になって考えてしまうコスモスは、彼女の婚約者のことが気になった。

 もしその人物が信用できるとしたら、秘密を打ち明けて協力してもらうのもいいだろう。しかし、その秘密が国家の信用さえ揺るがしかねないこととなると難しい。

「ちなみに、どんな人なの?」

「とても優しくて素敵な方です。ベッドから出られぬ私のために、花を摘んできてくれたり外の話をしてくれたり。とても楽しいひと時でした」

「へー」

「ですが、成人の儀のために教会へと移ってからは連絡をとっていないので、どうなっているかは分かりません」

 ソフィーアだけに守護精霊がつけないのは神のいたずらか。だとしたら相当性格が悪いに違いないとコスモスは力強く頷いた。

 世界広しと言えど精霊がろくに近づけぬ上に加護の貰えぬ姫など前例がない、と頭を抱えていたマザーの言葉を思い出して彼女は眉を寄せる。

 どうして彼女だけこんな目に遭わなければいけないのか。

 考えたところでどうしようもないが、不思議でたまらない。失敗するはずがない儀式ができない、精霊たちも前代未聞だとうろたえるほど。

 精霊たちから災厄の烙印を押されないだけマシか、と考えながらコスモスは眉を寄せたまま小さく唸る。

「そっか。儀式が終っても、終ってからが本番なのかもね」

「はい、そうですね。でもおかしな話です。つい最近までは何とか儀式さえ乗り越えられればと思っていたのに、今ではこうしてその後のことまで考えてしまっているんですから」

 成人の儀を無事に終えたとしても油断はできない。

 気を抜けばすぐに幽閉か処分が待っている。

 マザーを信じるなら成人の儀が無事に終了した後も教会に残れば、平穏な生活が送れるらしいがどうなる事やら。

「手紙のやり取りとかはしていないの?」

「送られては来ますが、検閲された後ですので」

 仕方がありませんと笑う姫にコスモスは胸が痛む。

 けれどもこれも彼女と国を守るために必要な事なんだろう。だとしたら、酷いと非難する事もできないなとコスモスは複雑な表情になった。

「検閲するのは、家族の人かな?」

「はい。主に父ですが父の公務が忙しい時はイスト兄様がしてくださいます」

「今も来るの?」

「はい。近況を聞かせてくださいます。政治学の勉強は眠くなるとか、剣術の腕を褒められたとか」

 直接会えなくなっても、検閲されているのを承知で手紙を送ってくる婚約者。

 よほど強い思いがなくては続けられないことだ。

 嬉しそうに手紙のやり取りを話すソフィーアは、恋の話に花を咲かせる妹に重なって見えてコスモスは目を細めた。

 彼女の頭上にいるケサランもその雰囲気に嬉しそうな鳴き声を上げる。

「儀式が終ったら、姫はどうするの?」

「マザーのお言葉に甘えて、教会でお世話になろうかと思います。色々考えましたが、それが一番いいと思って」

「そうだよね。屋敷に篭りきりってワケにもいかないだろうし。教会にいる限りは他の王家や貴族も手を出せないからね」

 辺鄙な場所の変な塔に行くよりはいい、と呟いたコスモスに一瞬驚いた顔をしたソフィーアは小さく笑う。

 あの頃の悲愴さも今はない。

 教会で人々のために働き、祈りを捧げながら静かに過ごせるのならそれほど幸せなことはないと思うからだ。

 今こうして儀式の日を心待ちにしている自分がいることも驚きだとソフィーアは苦笑した。

 マザーからコスモスを紹介されてからこれほど変わるとは思っていなかっただけに、彼女の凄さを改めて感じる。

「家族も教会に住むとか言わないといいね」

「え、それは……それは、ないと……思いたいです」

「ごめん。ちょっとした冗談のつもりだった」

 笑顔のソフィーアが目を泳がせ、顔を逸らす。ない、と否定できないだけに彼女はそれが一番怖いと呟いた。



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