03 中途半端
今の自分を受け入れてくれた存在がいるか否かでこうも気分が違うのか。
そんな事を思いながら、コスモスは見慣れてしまった礼拝堂をぐるりと見回した。
気持ちよく眠れたから今度こそ元の日常に戻っているはずと思ったが、そう上手くはいかないらしい。
「そりゃ、そこまで都合よくはならないか。ま、いいけど」
溜息をついて立ち上がったコスモスは壁をすり抜けて廊下へ出た。
今までと何も変わらないのに、彼女の顔は今までより明るい。
行き交う人々が彼女をすり抜けて行っても、寂しそうな顔はせず鼻歌まで歌い始めた。
コスモスとしてもずっとこのままは嫌だが、どうにもできない以上ジタバタしてもしょうがないと納得したのだろう。
それに彼女はもう一人ではない。
恐らくそれが一番彼女に変化を与えたものだ。
「コンコン」
「はい、どうぞ」
「失礼します」
「いらっしゃい」
ノックの音を声で知らせると返事がくる。
それを聞いたコスモスは慣れた様子で最上階にあるマザーの執務室へと入っていった。
広く立派な室内に入ると落ち着くのは何故だろうかと首を傾げ、コスモスは書類を読んでいるマザーの下へ向かう。
初めてマザーの部屋に訪れた際ノックをしてから入ったのだが、誰もいないのにノックの音がすると警備していた神官兵を驚かせてしまった。
最初はその程度で驚くなんて情けないと思っていたコスモスも、恐怖からノイローゼになり神官兵が何人も代わってしまったとなれば心苦しくなる。
だからノックは口で表現するようになったのだ。
「また、変わっちゃったんですか?」
「ああ、気にしなくて大丈夫よ。貴方のせいじゃないから」
「でも私のせいで……」
「そうね。競争倍率高くなって殺気立ってるのは間違いじゃないわね」
恐怖でノイローゼになった兵が何人もいるのに、競争倍率が高いとはどういうことか。
さっぱり繋がらないと眉を寄せたコスモスに、マザーは彼女の勘違いを察して大声で笑った。
「うふふふ、違うのよコスモス。精霊のいたずらが幸運を呼ぶように、ご利益があると噂なのよ」
「え、恐怖じゃなくて? だって、誰もいないのにノックの音がするとか、怖がってる様子でしたけど」
「初めはね。でも、それを聞いた神官兵の結婚が決まったり、臨時収入があったりと小さな幸せが続いたようで、幸運の予兆だって噂されているのよ」
ぽかん、とした顔をして眉を寄せ首を傾げていたコスモスはどうしてそうなったと言わんばかりだ。
酷い顔をしているとマザーに指摘されたが気にせず、コスモスは扉を振り返る。
「そんなの偶然、でしょう?」
「ええ、もちろん。貴方のノック音を聞かなくても結婚は決まっていたでしょうし、臨時収入だって得ていたでしょうね」
「訂正しないんですか?」
「面倒だもの。彼らが盛り上がっているところに水を差すのも悪いじゃない」
ふふふ、と穏やかに笑っている老婦人だが結構酷い人だとコスモスは身震いをした。優しくて素敵な老婦人にしか見えないだけに余計恐ろしい。
何も知らず思い込みで期待し、喜んでいる神官兵が少し可哀想になってたまには普通にノックをしてあげようかと思うコスモスだった。
「さて、もうすぐ二週間になってしまうわね」
「ですね。何か情報はありましたか?」
「そうねぇ。悪い話といい話があるんだけれど、どちらから聞く?」
「えっ?」
どちらも聞きたくないが、悪い話から先に聞いたほうが後々楽になるかもしれないと考えコスモスは悪い話を選ぶ。
眉を寄せながら「悪い方を」と呟く彼女にマザーは読んでいた書類を机の上に置いて息を吐いた。
「コスモス、貴方はどうやら召喚されたみたいよ」
「は?」
言われた意味が分からず「しょうかん?」と首を傾げるコスモスに、マザーは苦笑しながら説明し始める。
大きな力を持つ存在の力を借りる為に行う契約魔法が召喚であり、コスモスはそれによってこの世界に来た可能性が非常に高いとマザーは言う。
突拍子もない事を言われたコスモスは、未だ信じられないといった顔をして首を傾げ続ける。
「異世界人召喚なら、ニュースとかでちらほら聞いたことはあるけどまさか」
「あら、聞いたことあるの?」
「呼ばれて戻ってきた人が世界中でもそれなりにいて、眉唾程度に話を聞いてはいましたけど」
新手の宗教か何かかと胡散臭い目で見ていた彼らの話がまさか本当にあったことだとは思わないだろう。頭のおかしい人が目立ちたいばかりにそう言っているのだと思っていた。
マスコミはそういうブームを作るのが好きなので、世間の注目を浴びている彼らを煽てて上手く利用しているんだろうと。
「確かに、政府は否定してますけど秘密裏に彼らは保護されているとか、監視されているとか噂はありましたよ? 軍事利用がどうのこうのって」
「軍事利用ね。世界が違うからこそ元の世界では有り得ない能力を発揮するだけであって、戻れば前と同じはずだけれど」
「そうなんですか? まあ、まさかそれに私が? いやいやいや」
「否定的ね」
喜ぶでもなく、悲しむでもなくただ面倒くさそうな表情をするコスモスにマザーはくすりと笑う。
彼女の話を聞く限りではコスモスもその稀有な人間の一人になっているのだから、もっと喜ぶものだと思っていたらしい。
「事前説明なしでいきなりこんな状況で、嬉しいなんて喜べるほど幸せな頭はしていませんよ」
「ふふふ、コスモスらしいわね」
「第一、私を召喚して何になるんです? そもそも召喚した術者? はどこにいるんですか。問いつめたいですね」
どうせ間違って召喚してしまったとかくだらない理由だろうと想像しながらコスモスは溜息をついた。
がっくりと肩を落とした彼女をマザーが慰めれば「大丈夫です」と無理した笑顔が浮かべられる。
「それについてだけど、貴方を召喚した術者はまだ特定できていないのよ。ごめんなさいね」
「それなのに召喚された可能性が高いんですか?」
どうやらコスモスと同じような世界から来ている人物は皆、召喚されてこちらに来ているのでその可能性が高いと判断したらしい。
はっきりした事は術者でなければ分からないと言われたが、夢でもなく死亡したわけでもない三つ目の可能性にコスモスは困惑していた。
「召喚された人に会えば分かりますかね?」
「それは推奨しないわ。貴方がどういう理由でここにいるのか分からない以上、他の召喚者との接触は極力避けるべきよ」
「情報を得られそうな気がしますけど」
協力してくれるように頼めば、誰か力になってくれるんじゃないかと思うコスモスだがマザーの様子を見て言葉を止める。
そう簡単にはいかない何かがあるんだろうかとマザーを見つめていると、コスモスの視線に気づいた彼女が「鋭いわね」と呟き苦笑した。
「術者によって召喚された人物は、よほどの事が無い限り術者の元に現れるわ。けれど、貴方は違う」
「ですね。気づいたら礼拝堂でしたからね」
近くで召喚した人がいて、ちょっとだけ位置がずれてしまったんじゃないかと言うコスモスにマザーは静かに首を横に振る。
「貴方が出現した礼拝堂周辺で召喚を行える人物と言えば私くらいしかいないのよ。異世界人召喚に関する儀式は面倒で、膨大な魔力を消費するからそれを制御できるだけの者でなければ扱えないの」
「はぁ……一介の、魔法使いが簡単にできるわけじゃないと?」
「ええ。まぁ、手間を惜しまなければできない事もないけれど、力のある術者の暇つぶしや存亡の危機に瀕してない限り簡単に行えるものではないのよ」
物語の中では簡単にやっているようなものだが、そんなに面倒なのかとコスモスは驚く。
確かに彼女が知る物語の中では、国が滅亡しそうだったり生命の危機が迫っている状況で呼び出される場合が多い。
「それに、そんな手間隙かけて呼び出すようなものだから、呼び出す人物も特有な力を持っているものなの。英雄に近い扱いをされて呼び出した者も敬意を払うのが礼儀なのよ」
「お城の魔法使いとかが、気まぐれにとか……」
「無いわね。この国で一番魔術に長けているのは私だもの」
きっぱりと否定されてコスモスは召喚という可能性は低いんじゃないかと思い始める。
マザーは同じような世界から来ているから可能性が高いと言っているが、召喚される理由も分からなければ彼女が言うような特有の力を持っているわけでもない。
霊と見間違えられる程度のものをわざわざ呼び出す理由がないだろう。
「でも、他の術者ができないわけじゃないんですよね?」
「そうねぇ。でも、身の程知らずが下手に召喚を行えば己の命を失う危険が高くなるだけよ。それすら厭わず無理に召喚術を使用したのだとしたら、コスモスがここに存在する理由にはなるわね」
「対象は選べないんですか?」
「力のある術者なら可能よ。でも、未熟だったり力の無い者が無理に行えば失敗して命だけ取られる可能性が高いわね。そういう術者は力がないばかりに、中途半端で呼び出してしまったりするものよ。今の貴方のようにね」
同情するような視線を向けられたコスモスは意味が分からずきょとんとしていた。
どういう意味だろうと考えていると、実体を伴わず中身だけ抜け出た不安定な状態が最たる例だと言われる。
その言葉を聞いた瞬間、コスモスは体の芯から冷えていくような感覚に襲われて怖くなった。
彼女の感情に反応してか、ガタガタと室内の調度品が揺れ始める。
「落ち着きなさいコスモス。貴方はまだちゃんと生きてるじゃない」
「生きてるって、言うんですか? これ」
下手をすれば処理されるような存在じゃないのかと警戒するようにマザーから距離を取るコスモス。
怯えているわりに冷静な考えが出来ているじゃないと褒めるマザーの言葉も、笑って流せるほど今のコスモスに余裕はない。
「だから最初に楽にしてあげようと思ったのよ。自覚しないまま楽に消えるならその方がいいでしょう?」
「ひどいけど、確かに……」
あれはそれも含めての行動だったのかと驚いたコスモスは、最初からマザーが召喚という可能性を考えていたことを知った。
あの時言ってくれれば良かったのにと思うが、言われたところでどうにもならなかっただろう。
「幸い、自我ははっきりして危害を加える様子もない。力の制御が上手くできない様子だけど、教会内にとどまれるくらいだもの。保護する対象だと判断したのよ」
「はぁ。あの、色々暴れたりしたのにそれはいいんですか?」
「あんなの可愛いものだと言ったはずだけど」
何となく凄い人なんだろうなと思っていたコスモスだが、消えなくてすんだだけでまだ警戒はされているのかもしれないと思うと寂しくなった。
マザー達からして見ればコスモスは異物であり警戒するのは当然のことだ。
自分の事が見える人物と出会えて気分が昂ぶりすぎていたのかもしれない、と浮かれていたここ数日の自分を反省する。
「とにかく、術者が見つかれば分かるんですよね」
「恐らくね」
「恐らく?」
「召喚魔法は本当に難しいのよ。異世界人召喚ともなれば成功する確率は限りなく低い上に、術者の命は発動の対価として必ず奪われることが多いわ。もし、仮に成功したとしても望み通りの人物を召喚できる可能性はゼロに近いわね」
リスクしかない。
そんな事をしてまで異世界人召喚を行うとなれば、相当切羽詰った状況でない限りは有り得ない。
「そんな危険を冒してまで、わざわざ異世界人召喚を行うような馬鹿がいるとは思いたくないんですけど」
「全くいないと言えないのが悲しいわね。愚か者はどこにでもいるものよ」
マザークラスの術者であれば恐らくコスモスはその術者の元に呼び出されていたはず。
何らかの原因で礼拝堂まで飛ばされたとしても、苦労して呼び出した以上探しに来るはずだ。
しかし、術者が未熟で無理に異世界人召喚を行った場合、召喚された人物は中途半端で呼び出され術者は死亡しているということになる。
それに一番当てはまるコスモスは、全身から力が抜けてその場に崩れ落ちた。
「コスモス! しっかりなさい、貴方はここに存在しているでしょう?」
「でも、だって……」
こんな状態では元に戻れる可能性は限りなく低い。
自分の肉体はどうなっているのか、成仏しか道がないのだとしたらもうそれでいいと自棄になりながらコスモスは静かに絨毯を見つめた。
静かに近づいてきたマザーはコスモスの隣にしゃがむと彼女に手を差し伸べたが、払われてしまう。
「貴方には酷な話だとは思っているわ。けれど、確定ではないけれどその可能性もあるから知っていて欲しかったのよ」
「そんなの、知らせないで甘いことだけ言って消せば良かったじゃないですか!」
八つ当たりだとは理解しているが、感情が追いつかない。
なぜ自分がこんな目に遭わなければいけないんだと搾り出すような声に、マザーは優しくコスモスの背を摩った。
「正直に言うと消せないのよ。私だって貴方がそれで楽になれるのならそうしてあげたいわ」
「うそ」
「嘘じゃないわ」
コスモスが疑うようにマザーを見れば、彼女の紫水晶の目が真っ直ぐに見つめている。澄んだ瞳に吸い込まれそうになりながら暫く見つめていると、少し気分が落ち着いたような気がして深呼吸をする。
「ごめんなさい。マザーに当たってもしかたないのに」
「いいわよ。冷静に理解する方が恐ろしいわ」
「術者見つけたところで、どうなるか分からないんですね」
「ええ。生存している事を信じて捜索は続けるつもりよ。貴方が元の世界に帰るとしても術者がいなければ話にならないもの」
追い討ちをかけるような言葉にコスモスは深い溜息をついた。
召喚されたのであれば、自分を呼び出した術者が全て悪い。
「見つかると思いますか?」
「捜索はしてみるけど、あまり期待しないほうがいいわね」
死亡している場合は元の世界に帰れないのかとコスモスが問えば、マザーは一瞬言葉に詰まった反応をして静かに頷いた。
「もし、どうにもならなかったらここに住み着こうかな」
「あら大歓迎よ」
軽い気持ちで言ったコスモスだが、あっさり受け入れられて泣きそうになった。こういうふとした優しさにツンと鼻が痛くなる。
「もし仮に、術者がいたとしても貴方をあっさり渡すことはしないけれど」
「え?」
「ここからはいい話よ。コスモス、私の使い魔になりなさいな」
それのどこがいい話なんだろうと涙が引っ込んでしまったコスモスは訝しげにマザーを見つめた。
にこにこと笑うマザーは冗談で言っているようには見えない。
異世界人召喚によってこの世界に中途半端に呼ばれた可能性が高い上に、術者は生死不明で行方も分からない状況で何を言うんだろうかとコスモスは眉を寄せた。
不快感を露にする彼女を見ながらマザーはくすくすと笑う。
「ああ、言い方が悪かったわね。私は貴方を“友人”だと思っているわ。だから力を貸して欲しいのだけど、貴方の状態では“使い魔”にするしかないのよ」
「どうして使い魔なんですか?」
「便宜上で契約はしないわ。私の手伝い、補助をして欲しいのよね」
その為にも使役関係を作っていたほうが何かとやりやすいのだとマザーは言うが、コスモスは胡散臭い表情で彼女を見つめる。
使い魔なんて便利にこき使われるようなものだろう。
弱っているところにそうやってつけ込むのか、とコスモスの目が鋭くなった。
「理由を教えてください。いい話とは思えません」
「そうね。今の貴方は浮遊霊のようなものよね?」
「成仏もできないみたいですから、タチ悪いのは分かってますけど見える人が少ないし……」
少ないとは言うが実際コスモスの姿が見えて声が聞こえるのはマザーだけだ。
世界は広いだろうから城下町にでもいけば他にも自分が認識できる存在はいるはず、と彼女は淡い期待を抱いていた。
「私は球体の姿も声も聞こえるけれど、私以外に貴方を認識できる人はいないでしょう?」
「で、でもいるかもしれませんし! え、球体?」
「あら。貴方自分の姿も知らなかったの?」
「え、普通に人の形してますよね。背中摩ってくれたり頭撫でてくれたりしたじゃないですか」
驚いて自分の手を見るコスモスは、二十年以上慣れ親しんだ自分の体が今まで通りはっきり見えていることにホッとする。
しかし、そう見えているのは自分だけで他人から見ればマザーが言う通りただの浮遊する球体に見えているのかもしれないと顔が青くなった。
「私には貴方の人としての姿もちゃんと見えるわ。体の中央にこのくらいの大きさの球体も見えるけれど」
「球体……」
「疲労が大きかったりすると人の姿は消えて球体だけになるのが多いみたいね。それも恐らく力の制御が上手くいっていないからでしょうけど」
マザーが教えてくれた球体の大きさは大体バスケットボールくらいだ。その球体はオーラを纏っており感情と連動しているように色を変えて面白いと教えてくれる。
人としての姿は視認できるが、マザーの言う球体が見えなくてコスモスは無言で自分の体を手でかき混ぜるように動かした。
霧や煙に手を突っ込むような感覚しかせず、不思議に思っているとマザーが鳩尾あたりに手を伸ばしてきた。
「あはははは、うわぁ、くすぐったいー」
「あらあら」
こそばゆさに身悶えて体をくねらせると、マザーはすぐに手を引っ込めてコスモスの反応を見る。
不思議な顔をして自分の鳩尾に手を突っ込んでは首を傾げる姿に、マザーは思わず笑ってしまった。
「人魂か……。そうか、そう見えるんだ」
「ともかく、中途半端な人魂の姿であれ異世界から召喚されたとしたら力は強いはずよ。術者が傍にいなくて契約も中途半端なら他者が割り込むこともできるわ」
「割り込む……」
「そう。楽して強い存在の力を手に出来るなら、それに越したことはないでしょう? 首輪がついていなければ、我先にと首輪をつけたがるものよ」
首輪、と聞いて咄嗟に自分の首を守るコスモスにマザーは笑いながら「怯えすぎよ」と彼女の頭を撫でる。
どう考えても自分に首輪をつけて使役させたいとしか受け取れないと呟くコスモスに「間違いではないわね」とマザーはウインクをした。
「でも、特有の力なんてないですし。力が強いとか言われても中途半端だとしたらそれすらないのかも……」
「貴方の場合は上手く制御できていないだけだと思うわ。覚えれば自衛にもなるから、私の使い魔になる話は悪くないと思うけど」
「寧ろ、現時点でそれしか手はないですよね」
「理解が早くて助かるわ」
自衛にもなるという言葉に反応して、目の前の老婦人を心から信じるしかないかとコスモスは悩む。
怪しいところはたくさんあるが、ここまで自分の不利益になりそうな事まで話してくれる姿勢は信頼してもいいような気がしたのだ。
そして何より、この人物はいい人だと直感が告げている。
当たり外れが多い直感だが頼りになるのは他にいないので、マザーの申し出を受けるしかないかとコスモスは小さく唸った。
「保護という名目で私に首輪をつけておけば、術者が現れた時に対処が取りやすいって事ですか? 話を聞いて考えると、私を召喚したかもしれない術者は危ない人みたいですし」
「もう、コスモスは素直よね。そんなことだとすぐにカモにされてしまうわよ」
「マザーと駆け引きした所で私の現状が変わるわけじゃないですし。私が頼れるのはマザーしかいないんですから」
分かっていて追い詰めているのはマザーでしょう、と拗ねたように口を尖らせるコスモスにマザーはにこにこと笑う。
コスモスが他者の手に渡って何かされるくらいなら、手元において監視していた方が安心するだろう。
自分のような中途半端な異世界人でも、駒として利用したいくらいこの存在は大きいのかと彼女が問えばマザーは笑顔で返す。
「だから、そんな事聞いたら駄目よ? はぁ、本当に生まれたての赤子のようで心配だわ」
「成人超えたいい大人なんですけど……」
無知という意味でそう言っているならその通りだと反論できないコスモスは、ゆっくりと立ち上がったマザーが思案する様子を見て大きく伸びをする。
色々と考えることが多くて疲れてしまった今の自分は、球体で見えているんだろうかと鳩尾あたりを見つめた。
「コスモス、使い魔の件はなかった事にするわ。貴方、私の娘になりなさい」
「は?」
使い魔から娘へランクアップした事は嬉しいが、友人でもいいんじゃないかとコスモスは思う。
手伝いをするということに変わりがないならわざわざ娘になる理由が分からないと、嬉しそうに何度も頷くマザーに手を伸ばした。
「人魂を娘って……マザー、大丈夫ですか?」
「あら、おもしろいじゃない。それに、本当に私を母と慕えと言ってるわけじゃないから心配しないで」
「いや、そうじゃなくて……助手とかでも」
「はい。じゃあお話はおしまいね。私はこれから仕事に集中するから、貴方は散歩でもしてらっしゃい」
まだ聞きたいことはあるのに強制的に部屋から追い出されてしまう。
もう一度部屋に入ろうかと思ったコスモスだが、居座ったところでマザーは相手にしてくれないだろう。
「しょうがない。マザーに任すしかないんだから大人しくしてよう」
溜息をついた彼女は何もできないもどかしさを感じながら、その場を後にした。