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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
夢ではなく召喚
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02 花の名前

 自分の事を分かっていない。

 そう告げるマザー・プリンに自己紹介しようとした彼女だが、名乗る直前に祖母の言葉が頭に浮かんで動きを止めた。


『名前をみだりに教えちゃ駄目だよ? 魂を喰われてしまうかもしれないからね』


 なぜ今ここでそんな事を思い出すのか不思議になったが、彼女は名乗ることを戸惑ってしまう。

 万が一、祖母が言っていた通り魂が食われたらどうしようかと不安になったのだ。夢か霊体か分からぬ状況でそんな些細なことをとも思うが、なぜか引っかかる。

 適当に偽名でも使うかと彼女が悩んでいるとマザー・プリンがにこりと微笑んだ。

「まぁ、いい心構えだわ」

「は?」

「誰が相手でも、警戒するに越したことはないわね。でも不便だから……そうねぇ。私が貴方に名前をつけてあげるから、貴方も私に名前をつけてちょうだい?」

 名前をつけられるのは分かるが、わざわざ老婦人の名前をつける意味が分からないと彼女は首を傾げた。

 プリンさんでは駄目なのかと尋ねれば、彼女はつまらなそうに肩を竦めて「面白くないじゃない」と告げる。

「え、いや名前に面白いも面白くないもないでしょう?」

「あら、だっていい機会なんだもの。華やかな名前をつけてちょうだい。フローレンスとか、ジュリエッタとか」

 これはそういう遊びなのかと思った彼女は、華やかな名前と言われて眉を寄せる。

 手元に携帯端末があれば便利だっただろうが残念ながら持っていない。

 夢の中ならどこからともなく出てきてもよさそうなのに、と溜息をついて彼女は小さく唸り始めた。

「よし、決めたわ。ちょうど時期だからコスモスがいいわ。貴方の名前はコスモスちゃんね」

「はぁ」

 コスモスということは今は秋なのだろう。

 彼女が外を見た感じでは初夏のように見えたのだが。

 現実世界を反映しているのか、と納得したように彼女は頷いた。

「はーい、じゃあ次はコスモスちゃんの番よ」

「えーと、フローレンスかジュリエッタ」

「あらそれは駄目よ。私が例としてあげた名前だもの。それ以外でね」

 華やかな名前がいいならそれでいいじゃないかと呟く彼女に、マザー・プリンは「だめよ」と笑顔で首を横に振った。

「えー、それじゃあ花繋がりでガーベラとか?」

 なぜガーベラなのかというのは、彼女の頭に浮かんだ花がたまたまそれだったからである。

 それが駄目だったら自分が知る花の名前を言っていこうと思っていると、マザーが不思議そうな顔をして彼女を見つめていた。

「ガーベラ……どういう意味なのかしら?」

「え? 花の名前ですけど」

 コスモスが存在してガーベラは存在しない。そういう設定の夢世界なんだろうかと思いながら彼女は眉を寄せる。

 変な夢だが夢とはそんなものか、と一人納得して頷いていると「ガーベラ」と呟きながら目を細めていたマザーが優しく笑った。

「そう。ガーベラ、いい響きね」

 どうやら気に入ってくれたらしい。

 他にも色々候補はあるけれど、と彼女が言うもマザーはガーベラを大層気に入った様子でそれがいいと告げる。

 どんな花なのかと聞かれた彼女は、ガーベラのミニブーケを想像してそれを出現させた。

 ポンと突然現れたミニブーケに「あら」と声を上げたマザーは、その明るく可愛らしい花に微笑を浮かべる。

 マザーが花に触れればミニブーケは一瞬で消えてしまった。

「可愛らしく元気で明るい花ね。素敵だわ」

「はぁ」

「あら、間の抜けた顔しちゃってどうしたの?」

 マザーは演技をしているようには思えない。

 そういう設定なら自分が知っていて彼女達が知らないことがたくさんあるんだろうとコスモスは不安を覚えた。

 夢にしては長い滞在、霊にしても成仏せずにこのままなら悪霊化だ。

 マザーは自分を霊だと思っていたが、コスモスと名付けられた彼女は未だ夢を見ている可能性を捨て切れていない。

「あの、ガーベラさん。私本当に死んじゃったんでしょうか。死んだ原因に心当たりもなくて、死んだというのは夢の中での設定に思えてしょうがないんですけど」

「そうねぇ。貴方の夢じゃないとは言い切れないわね」

「ほんとですか!?」

 夢の可能性もあるなら、そっちの方が良いに決まっている。

 思わず興奮してしまったコスモスが大声を出すと、老婦人は驚いたように大きく瞬きをしてから苦笑した。

「けれど、貴方の現状はどちらも似たようなものと言えるかしらね」

「似たようなもの? 死亡と夢は全く違いますよ?」

「貴方が死亡しているのか夢を見ているのか、はっきり分からないけど私の目の前にいる貴方は霊体よ」

「えっ、それって死んでるってことじゃ」

 そういう設定、そういう設定、とショックを少しでも和らげる為に自分に繰り返し言い聞かせながらコスモスは視線を彷徨わせた。

 霊体という言葉を聞いた瞬間、指先から冷えを感じてぶるりと身震いをする。

 視界が陰って窓の外に広がる暗闇が手招きをしているようにさえ見えてしまった。

「落ち着きなさいな。死亡しているとは限らないでしょう?」

「どうしてですか」

「今の貴方は霊体、魂と呼ばれるものね。つまり、肉体から中身が離れているということよ」

「だから、それは……」

 魂が抜けたということはつまり死んでいるということだろう、と呟くコスモスの頭をマザーは困ったように撫でる。

 優しい手の温もりに涙が出そうになりながら、コスモスはグッと拳を握った。

「死んでいるとは限らないでしょう? 何らかの原因で中身が飛び出ただけで、戻れるかもしれないもの」

「戻れる?」

「保証はできないけれどね。彷徨える子じゃないことだけは確かだわ」

 光の玉をぶつけられた時にも言われたとコスモスは首を傾げた。

 あれで成仏しなかったから霊じゃないと思っていたが、たまに消えるのが嫌で跳ね返す個体もいるらしい。

 ちなみにガーベラが放つ光の玉を跳ね返せるものはおらず、一発で成仏すると聞いてコスモスは眉を寄せた。何も感じずすり抜けていった光の玉に上手いこと当たっていれば、この状況から抜け出せたかもしれないと思ったからだ。

「現世に未練がある霊魂は成仏しにくいわね。それに、貴方は魔法も扱える。霊体であれだけの力を扱える個体なんて見たことも聞いたこともないわ」

「まほう……そういう、設定?」

「あら、またそうやって逃げるの?」

 ぐさり、と心に突き刺さる言葉をガーベラは笑顔で告げる。言葉が出なくなってしまったコスモスを見つめていた彼女は「少し意地悪しすぎちゃったかしら」とコスモスの手を握った。

「だって、いきなりわけ分からない状態で。夢かと思ったのに全然目覚めないし、幽霊みたいに怪奇現象起こすし。私が一番自分のこと分からなくて怖いんですよ」

「そうね。大人だからって、何でも理解して受け入れられるわけがないものね」

「そうです。誰も気づいてくれないし、悪霊化してさっさと消された方がマシでしたよ」

「それは悪かったと思っているわ。それで、コスモスはこれからどうしたいの?」

「そりゃ、帰りたいです。元の世界、いつもの日常に」

 代わり映えがしなくてつまらないとか文句を言っていた頃が懐かしいとコスモスは呟いた。こんな刺激は求めていないと溜息をついて、自分が送っていた生活をマザーに教える。

 キラキラ女子とは到底言えないが大きな不満はない生活だった。

「コスモスの話は興味深いわね」

「そうですかね」

「そうよ。じゃ、元の生活に戻れるように私も協力するから、貴方も前向きに過ごすといいわ」

「ありがとうございます。ガーベラさん」

 ここでの待遇は自分が保証するとマザーは自分の胸に手を当てて微笑んだ。

 自分の存在を認識できる人物に受け入れられたコスモスは、瞳を潤ませながら頭を下げる。

「あ、それと私の事はマザー・プリンでいいわ」

「え? あぁ、そうですか?」

「もらった名前はもったいないもの」

 名前がもったいないとはまたおかしな話だと思うが、コスモスは「そうですか」と頷く。本人が呼ばれたいように呼ばれるのが一番だと思ったのだろう。

「夜も遅いけれど、貴方の身なら大丈夫ね……」

「ん?」

「悪いんだけれど、ちょっと頼みがあるのよ」

「頼みと言われても、ほぼ何もできませんよ?」

 コスモスは何かを持ったり誰かに話しかけたりすることはできない。話しかける相手にコスモスが見えるなら可能だろうが、目の前の老婦人以外に自分が見える人はいないだろうと彼女は思っていた。

 職員の中でも霊感があるとか、力が強いという人物がいたのだがコスモスが見える者が一人もいなかったからだ。

 自分を頼るくらいなら他に頼んだ方がいいんじゃないかと尋ねるコスモスに、マザーは「貴方に頼みたいのよ」と微笑む。

「夜のお散歩と気晴らしも兼ねて、ね」

「はぁ」

「難しいことじゃないわ。この建物からまっすぐ北に行くと小さな森があるの。その森の中にある湖に私の知り合いがいるはずだから、その子の様子を見てきて欲しいのよ」

「見るだけでいいんですか?」

「ええ。きっと、あの子にも貴方は見えないだろうから」

 都合が良いわと呟くマザーの言葉を聞かなかったことにして、コスモスは彼女が指差す方向を見つめながら小さく頷いた。

 礼拝堂に閉じ込められてからは窮屈で仕方がなかったので確かに気晴らしにはなりそうだ。

「貴方を対象から外しておいたから、もう自由に出入りはできるはずよ」

「え、いいんですかそんな」

「悪さできるほど、度胸もないでしょう?」

「うっ、でもほらイタズラしましたし」

「あんなの可愛らしいものじゃない」

 精一杯の抗議と感情の爆発による怪奇現象を可愛らしいものと笑って片付けられたコスモスは、傷つきながら「あはは」と乾いた笑い声を上げた。

 どこにでもいるような人の良い老婦人にしか見えないが、マザーの実力は相当なものなのかもしれない。

 逆らわずに有難く好意をちょうだいしておこう、と決めたコスモスが壁をすり抜けようとすれば呼び止められ天井を指差される。

「え、上から行けってそんなの無理ですよ。普通にここから行きますって」

「飛んでいった方が早いと思うわよ。私はここにいるから、いってらっしゃい」

「とんで……」

 壁をすり抜けられるなら天井だって容易いだろう。

 問題はあの高さまでどうやって行くかだ、と眉を寄せたコスモスは溜息をついて首を左右に振った。

 どうにでもなれ、と軽く膝を折って上階目掛け床を蹴る。

「うわぁ、こんな事できたのか私……」

 目を瞑ってすり抜けた頃合を見計らい、ゆっくりと目を開くと視界に広がる星空。

 コスモスは自分が浮遊していることに驚きながら、その場でくるくると回っていた。

 彼女の足元には礼拝堂の屋根が見える。

「こんな外観だったのね。へー、あっちが食堂で、その奥が宿舎か。庭も意外と広いのね」

 思ったよりも立派な建物だったんだなと思いながら彼女は周囲を見回す。

 他に気を取られて目的を忘れそうになったので、慌てて北の森を探した。すると、ある方向を向いた瞬間に視線が一箇所に吸い込まれるような感覚に襲われる。

 暗闇にすっかり慣れた目を凝らせば、森と湖が見えた。

「目的地発見、と」

 地を蹴るように宙を蹴ることができたと驚きながら、弾丸のように飛ぶ自分に驚愕する。

 北の森を過ぎてしまうんじゃないかと心配したが、速度は緩やかに低下していき森の上空に来る頃には自在に飛べるようになっていた。

「湖はあるけど、知り合いらしい姿はないなぁ」

 ゆっくりと降りれば音もなく着地する。

 草を踏みしめる音すらしないので、音に気づいた何かに襲われる心配もないが寂しい。

 魔物がいるかもしれないから気をつけてねと笑顔でマザーから注意された事を思い出し、周囲の気配を探りながら歩を進めるがそれらしい姿は見られない。

 魔物も夜は眠るもものだ、と勝手に思いながら誰かいないかと探す。

「あれかな? 誰か来た」

 コスモスが歩いてきた方向の逆から人影が現れる。その人物は、湖の端にある大きな豆大福のような石の上に座って大きく伸びをした。

「こんばんは、マザーに言われて様子を見に来ました」

 深呼吸をして大声でそう呼びかけるコスモスだが、石の上に座っている人物は微動だにしない。

 聞こえないフリをしているようには見えないのでマザーが言っていた通り、自分が見えないんだろう。

 もしかしてマザーの他に自分が見える人物がいるかもしれないと期待していたコスモスは、見えたから何なんだと呟いて苦笑した。

「様子を確認したので帰ります。おじゃましました」

 聞こえてないとは知りつつも一応、そう挨拶をして再び宙に浮く。

 帰りは速度調整をしながら周囲の景色を眺め、時に立ち止まって気になるものに近づいたりしていたコスモスは大きな街を見つけて目を輝かせる。

「教会の近くにお城……結構大きいな」

 ぐるりと強固そうな塀で囲まれている中に、一際存在感を放つ立派な城。

 夜でも分かる美しさと荘厳さに小さく口を開けたまま「凄い」と呟いたコスモスは、城下町と思わしき場所に寄り道することにした。

 町の中央は広場のようになっていて、噴水が月明かりを反射して輝いている。

 ちらほら見られるカップルの姿に寂しさを感じながら溜息をついた。

「あの子はここのお姫様かな。きっとそうだわ」

 祈りを捧げに来る美少女を思い浮かべてコスモスは教会へと戻った。

 待っていたマザーに、湖にいた人物の様子を告げて町や教会を見て感じたことを話す。

 初めて飛んだ感覚と自在に飛行できるようになったことも興奮しながら話すコスモスを、マザーは穏やかな表情で見つめていた。

「ありがとう、コスモス。気晴らしにもなったようで何よりだわ」

「思ってたより楽しめました。ありがとうございます」

「うふふ。これから貴方は出入り自由なのだから、明日も散歩してらっしゃい」

 あまり遠くへ行っては駄目よ、と子供に注意するような口調に思わず笑ってしまいながらコスモスは「はい」と頷く。

 大きな欠伸をしたコスモスは、うとうとしながら眠りに落ちた。

 マザーは穏やかな表情で寝息を立てる彼女を見つめながら「ふふふ」と微笑んだ。

「おやすみなさい、コスモス。良い夢を」



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