01
世界は平和を取り戻し、復興に向けて各国が協力している。
その際、一部王族やら貴族やらの整理が行われたらしいがそんな事コスモスには関係ない。
「はぁ。何やってんだろう」
「何って、仕事でしょ」
「正論ですけどね。ノアさん、何で私が書類仕事してるのかなって疑問なんですよ」
「しょうじゃないじゃない。貴方がここの代表なんだから」
机や室内に積み上げられる書類の山。
それを目にしたコスモスが思わず「嘘でしょ」と呟いてしまったのも無理はない。
ノアに監視されながらコスモスは必死に手を動かす。
「えー、だって私は一時的な存在だから代表は別にしてって……あっ」
「思い出したようね。そう、ここは教会の管理下。そしてマザーの娘である貴方の城として周知されてるわ。権利譲渡しようとしたらマザーに反対されたでしょ」
有能なトシュテンはマザーのいる教会本部へ戻り、意外と何でも器用にこなす鎧は見た目を理由に断られた。
「はぁ。ノアは表に出るの嫌だもんね。押し付ける人がいないんだった」
「はっきり言ったわね」
「どうせ形だけならマザーってことでいいのに、『それなら貴方でも問題ないじゃない』って笑顔で言われたらね」
いつ帰ってくるか分からない娘に対してそんなことを言うのはマザーくらいである。
元の世界に帰れたことを喜んでくれたが、それはそれらしい。
何度目か分からぬ溜息をつきながら、コスモスは椅子の背に体を預ける。
高く積まれたクッションの上でころり、と転がる人魂の姿はノアにとって見慣れたもの。
「女神様に帰還する術も、向こうでの生活も保障されてるんでしょ? だったら便利に使われてもしょうがないじゃない」
「うぐっ……契約には書いてなかったのよね。でも、そうかぁ。いい思いはさせてもらってるし」
「そうよ。美味しい話には裏があるんだから。いい思いしてるなら、働かないとね」
そう言われてコスモスは遠い目をした。
神様との契約ほど恐ろしいものはないでしょ、と告げるノアを見つめてその通りだとしみじみ感じる。
既に契約完了した後で言われてもどうしようもないが。
「うん。まぁ、このくらいでいいわよ。あとはこっちでやっておくわ」
「いいの?」
「しょうがないでしょ。それに世話になってる分、留守は守るから心配しないでちょうだい」
「ありがとう」
生気を取り戻したように軽く飛び跳ねるコスモス。
そんな彼女に苦笑しながらノアは書類を確認して箱に入れた。
「じゃあ、いって……」
「出かける前に、食事を済ませてからね。どうせそのまま直行する気なんでしょう? しっかり食べていきなさい」
むんず、とコスモスを掴んだノアはそのまま部屋を出て行った。
行動が把握されていることに苦笑しながら、コスモスはされるがままだ。
途中、ノアの弟子が訓練しているのを見かけて彼女は片眉を上げた。
「弟子くん、随分と強くなったよね。いつもと同じ感じだからつい騙されちゃうけど」
「あんなのまだまだよ」
「メランの一部を吸収したとはいえ、あんなに安定してるから弟子くんの方が分身とは思えないよね」
「今はもうあの子が本体よ。いや、メランとは違うモノになったって言った方がいいのかしらね。特注した仮面の力まで取り込んで顔まで変わっちゃうし」
溜息をつくノアにコスモスは弟子が鼻歌交じりでスケッチブックにいくつもの顔パターンを描いている姿を思い出した。
お世辞にも上手いとは言えないが、ゲームでのキャラメイクをするような感覚で彼なりのこだわりが詰まっているんだろう。
(さすがに、メランと同じ顔ではね。生きづらいものね)
ちなみに最終的なメランと同じ顔になってノアに怒られたのはつい先日のことだ。
彼としては冗談のつもりだったらしいが、あまりにもタチが悪すぎる。
鎧が爽やかな声で「やっぱり君はメランだね」と言って彼にとどめをさしていた。
食事を終えた後、コスモスがパサランと一緒に荷物の確認をしているとノアが現れる。
「忘れ物はない? あってもどうにかしなさい」
「はい、どうにかします」
「おや、まだ支度が終わってなかったのかな?」
「あら。呼ばれてもないのに来るなんて過保護じゃないかしら」
「キミに言われたくないなぁ」
まるで母親のように持ち物チェックをするノアの背後から、鎧がぬっと姿を現した。
気配なく現れた彼が気に触ったのか、ノアは腰に手を当てて鎧を睨みつける。
しかし、鎧は全く気にした様子もなく爽やかな声で返した。
恐らく笑顔なのだろう、とバチバチと火花を散らす二人にコスモスは苦笑する。
「女神様にも報告済み、マザーにも一応報告しておいたし、よしっ」
「何かあればすぐに連絡してちょうだい」
「はい。行ってきます」
ノアと弟子に見送られてコスモスと鎧は転移装置に乗ってその場から消えた。
設定していた転移先に無事着いたようだと周囲を見て確認する。
転移装置から出ようとしたコスモスは鎧につかまれ「ぐえっ」と声を上げた。
「転移先がずれてる。無闇に飛び出ない方がいいよ、コスモス」
「確かにちょっとズレてるみたいだけど、場所は同じでしょ?」
「だから、危ないと言っているんだ。彼女が転移先を間違えたとは思えない。それに、城にある転移装置はちゃんと調整されているから誤差が生じるなんてこともない」
それはつまり、誰かが意図的に転移先の座標を変えたということになる。
そう理解してコスモスは自分を掴む鎧の手を振り払おうとして止まった。
「うん、大正解。その通りだけど、そこまで警戒することないと思うな」
「あ、スタァ」
「……どうして貴方がここにいるんです?」
「どうしてだと思う? 少し考えたら分かるだろう?」
ふふふ、と笑うスタァは白い柱にもたれるようにしてにこりと笑った。
そよそよ、と穏やかな風が吹き鮮やかな花の香りがコスモスを包む。
こんな場所があったのか、と思いながら警戒している鎧を窺った。
「なるほど。座標をいじったのは貴方ですね。何用でしょう」
「何って、人手が足りないと思って来てあげたんだよ」
「うーん。面白そうだから見物に来たって正直に言いません?」
「ふふふっ。そうだね。確かにその通りだ。認めよう」
未だ装置の上から降りずに警戒する鎧に、スタァは両手を上げて柱から離れると転移装置に近づいていく。
「けれど、本当に助力という気持ちもあるんだよ」
「信じられませんね」
「コスモスの右腕でもあるアジュールはアルズを連れて里帰り。ルーチェとレイモンド親子も帰郷してるだろう? 城を空にするわけにはいかないからノアとその弟子が残る。であれば、コスモスは単身で乗り込むんじゃないかと思ってね」
「はぁ、それで心配して先回りしてくださったんですか」
呆けた声で呟くコスモスにスタァはにっこりと微笑む。
「そうそう。まさか鎧が同行するとは思わなかったけど、考えてみれば当然だね」
「……」
「ふふっ。そう警戒しないでくれるかな? 敵対するならまどろっこしい真似はしないよ」
そう言ってスタァは目を細める。
無言で彼を見ていた鎧は、ゆっくりと溜息をついて転移装置から降りた。