219 同行理由
シュヴァルツの名前もあまり口に出さない方がいいと言われてコスモスは頷いた。
これもまた、呼び寄せてしまうからなのかもしれないが不便である。
(どうせ遭うことになるなら呼んでもいいとは思うけど。
準備していない時に奇襲っていうのも嫌よね)
どこかで自分の名前を呼ばれても無視してくれるのが一番だが。
そう思いながらコスモスは溜息をついて、ベッドの上で欠伸をする。
大精霊と散歩に行ったというのを聞いていたのかルーチェの姿はない。
ちょうど朝食の時間なので食堂に行っているのだろう。
「マスター、朝食はいいのか?」
「そうだね。あんまり気が進まないけど食べようかな」
「面倒な説明は大精霊に任せるといい」
「うん、そうするわ」
コスモスが移動したのを見てアジュールも影へ身を潜める。
食堂ではルーチェたちがいつものように食事をしていた。
おはようございます、と挨拶をしながら食堂に入ったコスモスは出迎えたアルズの隣に座らされる。
甲斐甲斐しく世話を焼く様子を見ながら溜息をついたルーチェに「大変だったみたいね」と同情の視線を向けられた。
「あぁ、朝からね。大精霊様は気まぐれだから」
「でも朝の散歩なんて精霊ちゃんが風の大精霊様に気に入られているって証拠じゃん。すごいよ」
「え、代わります?」
「遠慮しておくね」
だったら代わってくれと言わんばかりのコスモスの言葉に、その場にいる面々は何かあったのだろうと察した。
アルズは朝食の説明をしながら、空のグラスに牛乳を注ぐ。
「二人は特に動じなかったわね」
「先輩が一緒ですから」
「私も、大精霊様が一緒ですから心配はしていませんでしたよ」
コスモスが大精霊の指名を受けて朝の散歩をしていると伝えられた時に、取り乱して追いかけるかと思ったアルズは「そうですか」と答えただけだった。
「無理難題を押し付けられるかもしれないのに?」
「それもまた試練なれば受けなければいけないのでしょう」
「貴方は?」
「マスターがやるというのならついていくだけですよ」
苦難の道を行くだろうコスモスを少し楽しげに思っているのが声に現れている。
敬愛するマザーの娘と言えど、アジュールやアルズほど親密ではないからかと考えていたレイモンドはスクランブルエッグを頬張りながら綺麗な所作で食事をしている彼を観察した。
「まぁ、貴方ならそうよね」
「えへへ」
「褒めたつもりじゃないんだけど。まぁ、いいわ」
サラダを咀嚼しながら何か言いたそうにチラチラ見てくる少女に気づき、コスモスは首を傾げる。
「どうしたの?」
「ううん。何でもないわ。大精霊様に話を聞いてからでいいわ」
「そう」
朝の散歩で何を話したか、何があったのか知りたくてたまらないのだろう。
うずうずしている様子は歳相応で見ていて可愛らしい。
何度訪れたか分からない応接間で簡単に説明を受けた面々は、一人を除いて難しい顔をしていた。
これからも同行すべきか悩むようなことだというのに、一切動じていないアルズを大精霊は楽しそうに見つめる。
彼は日頃から言っているように、コスモスが行くというのならそれについていくだけだ。彼女の邪魔をするものを排除して助ける。
それが彼の生きがいになりつつあるのだろう。
最終的にはこの世界に残ってしまうアルズのことを考えると離れた方がいいと思っている。だが、距離を取ろうとすれば捨てられるように感じるのか、監視されているような気がして落ち着かない。
(こっちに残る時はアジュールにフォローを頼んでいるけど)
帰る前にはきちんとお別れをしようと心に決めながら、コスモスは一人頷いていた。
「マスターお茶のお代わり入れますね」
「ありがとう」
気が利いて優しい。そして仕事の腕も良い。
可愛い系ではあるが容姿も整っているのだが、どうやら好い人はいないらしい。
最初はどうなることかと思ったが、アジュールのことも先輩として敬い協力している。
最近はトシュテンからの仕事も増えているようだ。
「はぁ」
「予想はしていたけど、一番厄介じゃない」
「無理はしなくていいよ? 安全が一番だし」
「は? コスモスは私達がこの程度のことで同行を拒否するとでも思ってるの?」
(いや、普通に考えたらそうでしょう。レイモンドさんだって何度も考え直すように言ってたくらいだし)
短い間だったけれど、それでもルーチェとレイモンドの二人と旅ができたのはとても楽しかった。
コスモスは素直にそう思える自分に笑顔になる。
「はぁ。ルーチェはそう言うと思ってたよ」
「あら、だってここまで来て離脱したところで見逃してくれる保証なんてない、でしょう?」
「その通りだけれど」
娘の反応を予想していたレイモンドは苦笑しながらもため息をつく。
困ったような表情をする父親を見上げ、ルーチェは小首を傾げた。
「ふぅん。二人は旅人なんだろう? コスモスとそんなに関係が深いわけでもない。確かに、今ここで別れたとしても奴等は君たちを狙うかもしれないけど、対処できないほどじゃないだろう?」
何かを含むような物言いにルーチェはムッとしたような表情をするが、レイモンドは何も反応しない。
小さく笑って「荒事に対処するにも限界がある」とだけ呟いた。
「それに、利が無いと判断すれば奴等は君達から興味を失くすだろうし。いい分岐点だと思うけどなぁ」
「なにそれ。大精霊様は私達がコスモスと一緒にいちゃいけないって言うのかしら?」
「いいや、そうじゃない。覚悟は出来てるのかなって思ってるだけさ」
「覚悟ができてなかったら旅なんてしてないわ」
大精霊と親子のやり取りを少しハラハラとしながら見ていたコスモスは、アルズに菓子を渡されてとりあえず頬張る。
大精霊の隣に座っている巫女のイベリスは何も言わずに微笑んでいるだけ。
「そりゃそうだ」
「しかし、大精霊様のおっしゃる通りですよ。貴方達は貴方達のやるべきことがあるのでしょう。これからの戦闘は激化するかもしれませんし、御息女もできれば巻き込みたくはないとお考えでしょう」
今まで黙って聞いていたトシュテンが落ち着いた口調でそう告げる。
彼は覚悟をもってコスモスに同行しているのだろう。
アジュールやアルズとはまた違うが、コスモスを心配していることには違いない。
「それなら心配いらないよ。守って欲しいなんて思っていないさ。自分の身は自分で守る。旅をしている以上それは当然だからね。ボクもルーチェを守るだけで精一杯だけど」
「危険なのは承知だわ。でも、一緒にいるからこそ私達の目的も近いというものよ」
「あぁ、なるほどね。確かに普通に旅しているんじゃ無理だろうねぇ」
ちらり、と大精霊はコスモスへ視線を向ける。彼女は不思議そうにその視線を受け止めた。
その目が、彼らの同行する理由を知りたくないのかと言っているように見えてコスモスは口を開いた。
「理由を聞いたりはしませんよ。言いたくないならそれでいいですし。万が一、目的が被ったりした場合はできれば話し合いで解決したいですけど」
「それはないから安心して。私達の目的は天使の眼だから」
「ルーチェ!」
「父様、いつまでも隠したところでしょうがないわ。コスモス達は危機感なく自分達の情報をこうして教えてくれてるんだし。貴方達には必要のないものでしょう?」
あっさりと自分達の目的を教えてしまう娘に珍しくレイモンドの声が鋭くなるが彼女は気にしていない。
コスモスとアルズはきょとんとしていたが、トシュテンの表情は険しくアジュールは楽しそうな声を上げた。
元々知っていたのか大精霊と巫女に表情の変化は見られない。
「天使の眼……?」
ホルマリン漬けになった目玉を想像して、コスモスは慌てて頭を横に振る。
「天使の眼は神の遺物の一つだよ。元々は神殿が管理していたものだったんだけど、教会に強制的に接取されてね。挙句、消失した」
「消失?」
「管理がずさんだったんじゃないかなぁ」
揶揄するようにオーバーリアクション気味に大精霊はトシュテンへ目をやる。コスモスも眉間に皺を刻むトシュテンを見た。
「当時の情報は全て機密事項で外部に漏らすことはできません。私ですら閲覧できないですが、それだけ面倒なのでしょうね」
「あるかどうかも分からないそれを探してるってことは、あるってことなのかな」
「どうしてそう思うの?」
深いため息をついて何かを睨みつけるように目に力を入れるトシュテン。
彼が一体何を見ているのか分かるはずもないコスモスは、ぼんやりとそう呟いた。
その言葉に鋭く反応したのはルーチェだ。
「そう思わなかったら二人がこんな風に旅してないかなと思って。何か、手がかりを見つけたのかなぁと」
「……精霊ちゃんて、変なところで鋭いよね」
「偽物の可能性も高いけど、実際に確かめてみないとってことか」
自分の想像での話だったがどうやら当たっていたらしい。感心したように見つめてくるレイモンドの視線に照れながらコスモスは誤魔化すようにお茶を飲んだ。
「お二人が天使の眼を探す理由をお伺いしてもよろしいですか?」
「簡単な話よ。神殿が管理を委託した一族の生き残りってだけ」
「……ん? 教会が神殿から取り上げたのにもしかして一族襲われちゃったの?」
あっさりと言ってくれるが重要なことではないのか、とコスモスは驚く。
聞いておきながら黙ってしまうトシュテンに代わり、彼女がそう尋ねるとレイモンドが答えた。
「そうそう。教会に管理が移ってからボクらの仕事も終わったんだけどね。どうやら知らなかったやつらに襲われちゃってね。生き残りは他にもいるだろうけど、できるだけ接触しないようにしてるよ。あの惨劇は忘れたくても忘れられない。だけど、忘れてしまいたい人もいるだろうからね」
「え、神殿から取り上げた挙句に貴重品を消失させる教会ってろくでもないのでは?」
大精霊ですら思っていても口に出さなかったことを、コスモスがはっきり言ってしまう。
しかも教会のトップであるマザーの愛娘であるコスモスが、だ。
トシュテンは苦虫を噛み潰したような顔をして、アジュールは笑いを抑えきれず体を震わせていた。
「教会と言えど、全てが善人じゃないでしょうからね。それにしてはずさんですけど」
「あれか。管理責任者やそれなりの地位にいた人物も同時に消えたとかありそうだな」
のんびりとした口調でアルズがそう告げ、アジュールが笑いを堪えながら頷く。
「フフフ。本当に容赦ないよねぇ。コスモスは一応マザーの娘だろう?」
「それはそうですけど、それとこれとは別というか。教会内部の人間が裏切ったのなら、暗殺部隊とか動いてそうですけど小説の読みすぎですかね」
「あははは! そりゃ面白い。そう仮定したとして、未だに天使の眼が見つからないということは返り討ちにあったか潜み方が上手いって話だろうねぇ」
「だが、なるほど。天使の眼を探すのであればこれほどの好機はないだろうな。マスターがマザーの愛娘ということも分かっていたというわけか」
「話では知っていたわ。隠す様子もなかったし。でもまぁ、貴方達が眼の行方について全く知らないっていうことも分かったわ。神官さんは知っていても喋れない様子だし、それについてはとやかく言うつもりはないわよ」
そんなに有名だったのか、と驚くコスモスだがルーチェの言葉に今までの行動を振り返る。
(確かに、隠す様子はなかったわね。まぁ、分かったところでどうということもないしと思ってたからかなぁ)
「おや、無理矢理情報を聞き出したりしないのかい?」
「無駄なことはしないの。普通の神官ぶってるけど中身は違うでしょうし。戦いにもある程度慣れているからそういう手は効果がないと父様が言っていたもの」
「ハハハハ」
笑って誤魔化すレイモンドはトシュテンの視線に気づきながらも無視をして巫女へウインクを飛ばした。
「今更追う理由は?」
「簡単に言えば、復讐かしらね。あと、天使の眼の再封印」
「誰に言われたわけでもないのに?」
「明確にはそうね。でも、神託を受けた以上は動くしかないわ」
「……はぁ。女神か」
「ただの夢なら流していたけど、何度も同じ夢を見るなら動くしかないもの」
面倒なことをしてくれる、と呟いた大精霊に巫女が彼を窘める。
コスモスは万物を魅了する笑顔を浮かべて、うふふと笑う女神の姿を想像し小さく笑った。
「確かに再封印は一族じゃないとできないか。だとすれば、一族が襲われたのはそれも理由かな?」
「多分ボクはそうだと思ってますよ。そうなると、相手は一族のことも良く知っていた人物ってことになりますけどね」
「一族の中に裏切り者がいてもおかしくないって私達は考えているの」
何が目的なのかは知らないが、裏切り者などどこにでもいるものだろう。
彼らがその報いを受ける時がくるのだろうかと思いながらコスモスは軽く目を瞑った。




