213 光満ちる部屋
静かな室内に自分達の立てる音だけが響き渡る。
見慣れた台座の上で静かに浮遊する結界石は光を放ち周囲を照らしていた。
ぼんやりと結界石を見つめながらコスモスはこれを汚し、強い魔物を配置して去っていく敵は一体どういう輩なのかと考えていた。
(台座は壊されていたけど、完全破壊とまでじゃなかった。結界石自体にも酷い損壊は見られない。壊さずに強力な魔物だけを配置って何の意味があるの?)
どうせすぐに人が派遣されて浄化されてしまえば終わりだというのに。
そこまで考えてから、やはり目的は風の神殿にあるのかと小さく唸る。
「マスターお茶飲みます?」
「あ、ありがとう」
「危機感がないのか」
「大丈夫ですよ、気配察したら先手必勝でしょう?」
にこにことしながらコスモスにお茶の入ったカップを差し出したアルズは、溜息をつくアジュールにそう言った。
「いやー、それにしてもみんな一緒で良かったね」
「油断は禁物ですが、別行動よりはマシですね」
レイモンドの言葉にトシュテンが苦笑しながら頷く。
アルズからお茶の入ったカップを受け取ったルーチェは、ふぅふぅと息を吹きかけお茶を冷ましていた。
「複数の場所が指されていたにも関わらず、その中でもここを最優先にすべきだってあの大精霊が言ったのよ。だとしたら、敵が狙うような何かがあるってことでしょう?」
「大精霊様の直感のようなものでしょうから信じるに値しますね」
「本当は自分が出向かなきゃいけないんだろうけど、神殿を留守にすることは避けたいって感じだったわね」
アクティブな性格のようなので、巫女と一緒に浄化巡りの小旅行なんて楽しいばかりだろう。
分身を置いても良さそうなものの、できるだけ神殿から出たくない様子の大精霊を思い出してコスモスは空になったカップをアルズに渡した。
「火の神殿の時の様になってしまえば、為す術もないですからね。警戒を強化していますが、それでもあの時の襲撃を思うと耐えられるかどうか」
「だからこそ、あの大精霊はできるだけ長くコスモスに留まって欲しかったのね」
「快適に過ごさせてもらってるからそのくらいの協力はするけど」
そうコスモスが苦笑すればアジュールが低く唸り何かを警戒し始めた。
同時にアルズも警戒態勢に入る。
コスモスは防御壁を重ね、レイモンドはルーチェを背後に庇いその場から跳んだ。
「チッ、どこから来た!」
突然現れた敵の気配に回避成功したレイモンドは腰に佩いた剣を抜く。ルーチェはいつでも発動できるように本を開いて術の詠唱を始める。
空間が歪み、そこから現れた魔物は確かにこの場には似合わぬほど強力だ。
「空間が歪んで?」
「そんな、こんなことが起こるとは……」
「ボケッとするな、距離を取れ!」
目の前で歪んだ空間に驚いたトシュテンだったが、アジュールの声にハッとして魔物から距離を取る。
結界石の近くに出現した魔物は咆哮すると、目的はそれしかないとでも言うように結界石に近づき台座を殴った。
「こっちには興味ない。あくまで目当ては結界石ってこと?」
「みんな! 動かないで!」
邪魔をするかと飛んでいこうとしたコスモスはルーチェの声に動きを止める。
魔物にあと少しで近づくところだったアジュールも大きく後方へと跳んだ。
「っ!」
何の予兆もなく真っ白になる視界に、コスモスも他のメンバーも動きを止めた。
コスモス以外は直視できない光の強さに目を瞑り手で眩しさを遮るしかない。
しかし、そんなことは無意味とばかりに強い光は容赦なく室内の物全てを貫いていた。
(うわ、眩しい)
思わず目を瞑ってしまったコスモスだったが、目を開いても痛みがないことに気づいて首を傾げた。
真っ白に塗りつぶされた中で魔物の悲鳴が少しだけ聞こえて消える。
部屋中に広がっていた光はいつの間にか収まっていて、何事もなかったかのような静寂が広がっていた。
結界石は先ほどと同じように発光しながら周囲を浄化し続けている。
台座は少し欠けてはいたが、機能を失うほどではない。
魔物の姿はなく、あるのは床に広がる黒と赤の染みだけだ。
「何だったの?」
「……魔物はもう消えた」
「は?」
「そのようですね。この床の染みは今まで何度も目にしてきましたから」
不機嫌そうに呟くルーチェにアジュールがそう答える。
ゆっくりと床に広がった染みに近づいた彼の隣で、トシュテンも眉を寄せて頷いた。
「つまり、空間の歪みから突如出現した強力な魔物は、これまた突然部屋を満たす光に消されたってことでいいんですかね?」
「アルズの言う通りよ。あの光が魔物を消した……あれは消したというの?」
「消した、で合っていると思うわ。それについては私よりも神官様の方が詳しいと思うけど」
魔物の姿は消えているが床に残る染みはその存在を生々しく物語っている。
これも消してくれれば良かったのにとコスモスが思っていると、ルーチェに話をふられたトシュテンは床のシミを見つめながら口を開いた。
「聖なる光ですね。神官であれば習得していますがあれほどの強さはありません」
「神官も位が上がったり強くなると、その威力も強くなるものなの?」
「はい、その通りです。高位であればあるほどその威力は強いとされていますね」
コスモスの問いに顔を上げたトシュテンは興味を無くしたかのように床の染みから離れ、結界石へと近づく。
「貴方のお仲間じゃないの?」
「事前に知らせは何も受けていませんが、私に言わずとも動ける方はいるでしょうからね。一般神官の私が知らないこともあるでしょう」
結界石に触れてその状態を確かめるトシュテンにレイモンドとアジュールは苦笑した。
ルーチェはわざとらしい溜息をついて、アルズにお茶を差し出されている。
もう襲撃はないと判断してのことだろう。
(光の中で、確かに見えたあの姿は……あの時のスタァだったわ)
それでもコスモスがその姿を見れたのは一瞬だけだ。
その一瞬だけでもあの美形が焼きついて離れない。
(強烈過ぎるほどの眩い光って、スタァにぴったりではあるけど)
一体何が目的であんなことをしたのかが分からない。
トシュテンの言う通り、聖なる光だというのならついでに結界石の浄化をしてくれても良さそうなものだ。
(魔物を倒していたのはスタァだとして、その目的は何なのか分からないわけだけど……)
少なくとも敵対はしていないはず。かと言って協力してくれているというわけでもないかもしれない。
彼は彼の目的があり、偶々こちらの利害と一致しただけの話の可能性もある。
(寧ろ、その可能性が高いかな?)
スタァについて調べたいと思ったコスモスだったが、これもまた余計な事なのかもしれないと思うと頭が痛い。
あちこちに首を突っ込んで寄り道している場合ではないというのに、巻き込まれる運の無さを呪えばいいのか、結局放っておけない自分の性格が悪いのかと思わず唸り声を上げてしまった。
「マスター」
「分かってる」
その場でその姿を見なかったとしても、アジュールはある程度何がそこにいたのか分かっていたのだろう。
害あるものではないから行動しなかったのか、動けなかったのかは分からないが。
(聖なる光とアジュールなんて、相性最悪かしら)
「とりあえずここの結界石は無事なんでしょう? だとしたら一旦神殿に戻ってから他に目星をつけていた場所のことを考えない?」
「そうですね。ひとまずは神殿へ戻りましょう」
「はぁ、こんなこと今までに経験したことないわ」
「いい経験できて良かったね、ルーチェ」
この場でやることはもうないだろうとコスモスが言えば、結界石の状態を確認していたトシュテンが頷く。
戦闘にはならなかったのに疲れた様子を隠しもしないルーチェをレイモンドが抱え上げる。
少し不満そうにしたルーチェだったが、楽さには勝てないのか文句は言わなかった。
「ふーん、なるほどね。ま、他の場所はうちの神官でも間に合うかな」
「危険じゃないんですか?」
「今回、先回りされたことで相手も警戒してるだろう? それに毎回毎回、強化した魔物を消されてるんだよ? 様子見するにしたって躊躇うってば」
神殿に帰ってすぐに報告しようとしたが、コスモスとルーチェが滞在している部屋に何故か大精霊がいて寛いでいた。
出向く必要がなかったのはありがたいが、レディの部屋で何をしているんだとルーチェの表情は険しい。
怒りをぶつける前にとコスモスが報告をすれば先ほどの反応だ。
「そうですかね。怒って乗り込むというパターンもありますよ」
「それはないね。地味な嫌がらせをしてきたくらいだから、大胆なことはしないと思うよ。君達が出かけてる時に丁度こっちもお客が来てね」
ルーチェはアルズを手伝って一緒にお茶を入れている。運ぶ手伝いをしているのはレイモンドだ。
(ここに来てから良くお茶飲んでるけど、美味しいのよね)
流石お茶も有名なエテジアンは違うと思いながらコスモスは温かいお茶を飲んでホッと息を吐いた。
「対応できたのか?」
「誰だと思ってるのかなー」
「神殿の外観も中も損壊はないようだ。少し結界に揺らぎが見られるがあの程度なら問題ないだろう」
「うわ、どこ?」
やはり想像通り襲撃があったのかと思いながらコスモスはアジュールと大精霊のやり取りを眺める。
疲労もあったのか、ルーチェはもう眠そうだ。
「裏の出入り口付近と、鐘楼の近く、それに……」
「え、結構多いけどそれ大丈夫じゃないんじゃあ」
「神官宿舎にある中庭と、巫女様の部屋の近くですよね」
「は?」
「お前も気づいていたか」
途中で会話に入ってきたアルズがへへへっと笑いながら得意気に胸を張る。
アジュールが感心したようにアルズを見る一方で、大精霊は怖い顔をしてコスモスの足元に伏せる獣を見下ろした。
「ちょっと、コスモス借りるから。あぁ、夕飯の準備はしてあるから風呂に入ってから来るといいよ」
「えっ、ちょっといくら大精霊様とは言えマスターをそんな風に扱うなんて!」
むんず、と掴まれたコスモスは「ぐえ」と色気の無い声を出しながら大精霊の手を振り払おうとする。
痛みは遮断できるはずだが、五感はできるだけ残しているのが仇になったのだろう。大精霊の指が食い込むくらい強く握られているので痛くてしょうがない。
痛いから少し力を緩めてくれと彼女が言っても声は届かぬ様子で、心配したトシュテンが手を伸ばす前にコスモスは大精霊の手をするりとすり抜けた。
そしてそのまま下顎にぶつかっていく。
「うぐっ!」
「はぁ。手伝わないなんて誰も言ってないじゃないですか。乱暴するなら拒否しますけどね」
「いや、ごめんコスモス。ちょっと、加減がきかなくて」
「え?」
「全面的に僕が悪かったよ。一緒に来てくれるかい?」
わざとじゃないんだと笑う大精霊に、コスモスは何を言っているんだという雰囲気を全面的に出して首を傾げる。
その威圧感に流石の大精霊も驚いたのか、全面的に自分に否があると認め協力を願い出た。
最初からそう言ってくれればいいのにと呟いて、コスモスはカップの中に入ったお茶を飲むと「ごちそうさま」と言ってふわりと浮かぶ。
差し出された大精霊の手に乗って部屋を出て行く二人を追いかけるのはアジュールだ。
「私が行く。お前たちは言われた通り風呂に入ってこい」
「ふぅ。分かりました」
自分が、と駆け出そうとしたアルズはアジュールの言葉に大人しく従うと部屋を去る獣の姿を見送った。
「良いのですか?」
「先輩がいれば大丈夫でしょうし、何かあれば報せてくれますよ。そういうオールソン氏もいいんですか?」
「結界の補修をするなら力になれると思いますが、こちらにはこちらのやり方があるでしょうし大精霊様直々に助力を頼まれたのは御息女ですので」
神官と言えど風の神殿には風の神殿のやり方があると気を遣っているのだろう。
自分と比べて大精霊様のことも苦手にしているようだし、と思いながらアルズは伸びをした。
「長期滞在してるせいか、精霊ちゃんの大精霊様に対する対応が雑になってきて笑っちゃうよねー。本人の前で笑ってたら罰が当たりそうだけど」
「神殿内ですから大精霊様は把握されていると思いますよ」
「うわ、コワッ! でも、それもそうか」
面白いと笑っていたレイモンドだがトシュテンの指摘に表情を変える。
彼に凭れかかるようにして眠っているルーチェはそんな騒がしさにも起きる気配はなかった。
「さて、我々は身奇麗にして食事に備えますか。ルーチェ嬢は寝かせておきますか?」
「うーん、そうだね。起こすのも忍びないけど、ここで起こさなかったら余計に怒られそうだからなぁ」
「あ、だったら女の神官さん呼んで来てお風呂に連れて行ってもらいますね。それだと安心ですよね?」
「おー、アルズ君気が利いてるね」
パタパタと神官を呼びに行くアルズに礼を言ったレイモンドは、浮かべていた笑顔を消してトシュテンへと目をやる。
「それで? ボクらは風呂に行って食堂で彼女達を待つだけでいいわけ? アルズ君も気づいていないわけじゃないと思うけど」
「いえ、彼はまだ気づいていないでしょう。ですが、心配はいらないと思います。大精霊様に御息女もいますから」
「はぁ。そっかー、それならいいんだけど」
疲れたと呟いて肩の力を抜いたレイモンドはふと気になっていたことを口にする。
「大精霊様さ、内部に裏切り者がいるの分かってて結界の修復せずにそのままにしておいたとしたら、性格悪いよね」
「大精霊様ですからね。人とは考え方も違いますし」
「すみませーん」
そう言って部屋に入ってきたアルズは申し訳なさそうな顔をしてレイモンドに謝った。
「近くにいた神官さんがちょうど女の人だったのでお手伝いしてもらおうとしたんですけど、いきなり攻撃されたのでちょっとサクッとやっちゃいました」
「わお、アルズ君すっごい」
「僕も仮にも神聖なる神殿内でそんなことするつもりなかったんですけど……」
「案内してもらえますか?」
「はい、こっちです」
気がづいたら体が動いていて対処していたという話だろう。正当防衛ですと拳を握って訴える美少年に苦笑するレイモンド。
トシュテンは彼に案内されるようにして部屋を出て行ったが、アルズを咎めるようなことはしないだろう。
「一人じゃないってか。タイミングいいけど厄介だね」




