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いえ、私はただの人魂です。  作者: esora
夢ではなく召喚
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01 鮮やかな夢

 空は青く、差し込む陽は穏やかで眠気を誘う。

 雑誌やテレビの中だけで見るような異国の景色は心躍るが、そろそろ慣れ親しんだ景色を見たいと彼女は呟いた。

「寝ても覚めても相変わらずか……はぁ、さすがに飽きる」

 外国を散歩している夢でも見ているのかと喜んだ最初の頃が懐かしい。どうせそのうち目を覚ませば忘れるんだろうなと楽観視していたあの頃がもう遠い昔のようだ。

「ほっぺた抓っても起きないし。夢なんだろうけど……どうしてこうなった」

 なんてことはない普通の生活を送っていただけのはずだった。

 いつものように仕事に行って直帰し、夕飯を食べて風呂に入って寝たと彼女は指を折りながら確認する。

 翌日は土曜日でダラダラするぞといつもより酒の量が増えたのが悪かったのだろうかと首を傾げ、昨日も同じことを思ったんだったと眉を寄せた。

 もしかして就寝中に三途の川を渡ったのかと思った彼女は、慌てて頭を左右に振る。

「……いや、シャレにならないわそれ」

 ぐるりと見回す景色は自分が生まれ育った場所とはかけ離れている。新鮮だとワクワクしたのは最初だけ。今や見慣れてしまったその光景には溜息しか出ない。

「五感もはっきりしてる。名前も住所も家族構成も覚えているから記憶喪失じゃない。さて、ここは一体どこで何故私はここにいるのか?」

 幸いなことに空腹は感じないのでどれだけ時間が過ぎようと死ぬことはないらしい。

 どうせ夢だからなと思いながら彼女は流れてゆく雲をじっと見つめた。

「現実かと思うほどの夢にしては長すぎるものね。寝て起きてを一体何度繰り返したことか」

 目にする物の色、質感、その明瞭さが夢にしては鮮やか過ぎる。

 自分の状況が分かっていくにつれて、焦燥は諦めに変わり愚痴を零す時間だけが過ぎていく。

「せめて誰か反応してくれればいいんだけど、みんな無反応だもんなぁ。透明人間も楽しいのは最初だけ、か」

 もし三途の川を渡ったとしたら透明人間というよりは霊体なんだろう。若くして突然の死、と心の中で自分に同情してみるが思ったほど悲しくはない。

「本当に死んだなんて思ってないからね。あの世にしては欧州みたいな所だし、素敵と言えば素敵よね」

 ぶつぶつと独り言を呟いていても誰も反応しないのだから気にしなくていい。

 寂しいと思うことすらなくなってきた今日この頃に、さすがに危ないなと自覚している彼女だった。

「仮に死んだとしたなら、誰か成仏させてくれないかなぁ」

 死ぬ前に海外旅行くらい行きたかったなと呟いても、周囲は静かなままで物音一つない。

 神聖なる場所で目覚め、ここで勝手に暮らし始めてどのくらいになるのだろう。

「せっかく、教会にいるっていうのに神のご威光は宗教違いの私には無効なのかしら」

 見たことのない像が祭壇に祭られているが、それは自分が知らないだけだろうと彼女は気にしない。

 ただ、早くこの現状から脱したいと強く祈るばかりだ。

 寝て起きたら元の日常に戻っていますようにと誠心誠意祈るものの、彼女の願いは叶わない。

「せめて透明人間じゃなかったら……ううん。逆にそっちの方が危ない? いや、でも死んだり殺されたりする衝撃で目が覚めるかも?」

 このままでは精神崩壊して悪霊になるのが先か、無事に成仏できるのが先かと溜息をついた。自然とその二択しか考えられない時点で随分と追い詰められている。

 そう自覚していても他に方法も相談相手もいないのだからしかたがない。

「はぁ。参ったわ」

 ふと彼女は遠くから聞こえてくる足音に顔を上げた。

 壁にかけられている時計を見れば、いつもの時間が来たのが分かる。

 室内に入ってきた少女を眺めながら、彼女は長机に肘をついた。

 ここで目が覚めてから毎日決まった時間にやってくる少女は、今日も熱心に祈りを捧げている。

「はぁ。お人形さんみたいに可愛くて綺麗なこの子が唯一の癒しよ。本当に、荒んだ心が癒されるわ」

 これで少女が自分に気づいてくれればもっと嬉しいんだけど、と彼女は思うがその思いは届かない。

 毎日壁に話しかけて状況が打破できない現状にストレスがたまり、喚き散らしながら暴れたが壁も天井も床も全てすり抜けてしまい空しくなるだけだった。

 痛くないのは嬉しいが、どうせなら自傷してでも生きているという実感を得たかったと彼女は自分の手を軽く握る。

「ポルターガイスト騒ぎになって、やっと気づいてくれると思ったけど駄目だったなんて。暴れるのも凄く疲れるから大変なのよね」

 力の限り暴れれば周囲の物が動かせると知った彼女は、一生懸命暴れた。

 誰か気づいて、私はここにいると。

 そのお陰で怪奇現象解明の為に何人かの神官らしい人物が来たのだが、残念ながら彼女に気づく者は一人もいなかった。

「あれだけ暴れて騒ぎになったのに、どうして誰も気づかないのよ! 悪霊扱いされないだけマシだけど、今思えばもう悪霊扱いされたほうがマシだわ」

 気味悪がられると思っていたが、怪奇現象を調べに来た職員達は皆興奮した様子だったのを思い出す。

 祭具や備えられた食物が無残に散らばっているというのに、嬉々としてそれらを見つめていた彼らはとても異常だった。

「壊れた祭具の欠片とか、大事に持って帰る意味が分からない。頬を染めてお礼を言うなんてマゾなのかしらね」

 礼はいらないから自分を早く見つけてどうにかしてくれと思う。

 彼女も流石にこの状況で一週間を超えるのは辛いのだろう。

 諦めたからいい、と言いつつも誰かが気づいてくれるんじゃないかと期待してしまうの繰り返しだ。

 だから毎日無駄だと思っていても彼女はやってくる人々に話しかけずにはいられない。

「暴れたせいでここから出られなくなったのは困ったけど」

 彼女がいるのは教会の礼拝堂だ。ポルターガイストを起こしてからは礼拝堂から外には出られなくなってしまったのが痛い。

 今まで軽々とすり抜けられていた壁、床、天井のどれもすり抜けられなくなってしまったのだ。

 しかし、思い切り殴ったり体当たりしても痛みはなく怪我をすることもない。

「悪霊として退治するつもりで閉じ込めたなら早くして欲しいわ。もう、こんなの悪夢でしかない」

 彼女はそう呟いて少女を見つめる。

 祈る少女の艶やかな銀髪は淡く青みがかっており、触り心地が良さそうだ。

 均整のとれた容姿も完璧な作品だと思えるほどのもので、生きた人形のように美しい。

 今まで生きてきた中でこれほどの美少女がいただろうか、と彼女に衝撃を与えるくらい少女は綺麗だった。

「まぁ、こんなに接近して美少女をガン見できる機会はまずないからありがたいけど」

 至近距離で見つめても少女は祈りに夢中で彼女の気配すら気づいていない。

 服を引っ張ったりできればいいのだが、生憎彼女にそんな事はできなかった。

 少女に触れようとしても、スカッとすり抜けてしまうだけ。

 本当に触れたりと思うなら騒ぎを起こした時のようにしなければならない。それは目の前の美少女を傷つけることであり、彼女にそんなことできるはずもなかった。

「はぁ。肌綺麗だなぁ。睫毛も長いし、可愛いなぁ。写真撮れたら良かったけど、スマホも何も持ってないからなぁ」

 これはしっかりと目に焼き付けるしかない、と呟いてカッと目を見開く彼女は暫くすると立ち上がって溜息をついた。

 軽く頭を横に振って額に手を当てる。

「……むなしい」

 毎日毎日、自分は馬鹿じゃないのかと呆れた彼女だが、美しいものを目にすれば誰でもそうなると一人頷いた。

 私は悪くない、通常の反応ねと呟く声に答えるものはおらず彼女は少女へ視線を移した。

「うーん。これが物語なら、この子が私を見つけてくれて、成仏する手伝いをしてめでたしめでたしなんだけど」

 自分の知らないうちに変な場所に飛ばされ、目覚めたら霊のように透明になっていたなんてあまりにも現実離れしすぎている。

 長い夢を見ているという可能性もまだあり、そちらの方が可能性は高いだろうと彼女は思っていた。

「どんな衝撃を与えても目覚めないということが問題だけどね」

 力強く頬を抓っても痛みに悶絶するだけで夢から目覚める気配は全くなく、衝撃が足りないのかと勇気を出して壁に向かって頭をぶつけようとしても柔らかな感触に跳ね返されてしまう。

 怪奇現象を起こす前まではすり抜けてしまっていただけに、反応があるだけまだいいかと前向きに考えることにした。

「失礼します! ってやっぱり今日も駄目か」

 深々と一礼をしてから勢いをつけて彼女は少女に向かって抱きつく。

 しかし、想像通りすり抜けてしまい彼女は床にごろりと転がった。

 悪寒くらい感じても良さそうなものだが、少女は祈りを捧げる姿勢のまま微動だにしない。

 毎日見る光景だが、少しくらいの変化があってもいいだろうと彼女は肩を落とした。

「あー誰にも気づかれないのが、こんなにキツイとはね。私なんてもうすぐ一週間のペーペーだけど、こんな状況が続いて成仏すらできず悪霊化する人の気持ちが何となく分かるわ」

 ステンドグラスから差し込む光に照らされた少女には、今にも天からの祝福が与えられそうな雰囲気がある。

 神秘的で綺麗で汚しがたいその光景は、まるで美術館に展示されている絵のようだ。

「一人でもいいから、私の声が聞こえるような人がいればいいのに! いそうな場所なのに皆無ってなんなのここ! 修行足りないんじゃないの!?」

 落ち着いたかと思えば急に喚く彼女の精神状態は非常に不安定だ。感情の起伏が激しくなっているのは自覚しているらしいが、こんな状況で落ち着けるわけもない。

「あー駄目だ。暴れてポルターガイストしても疲れるだけで……あの子怖がらせるわけにもいかないか」

 思っていた以上に疲労が溜まっていたのか、彼女の瞼が徐々に下がってくる。

 こんな状態でも眠気は感じるなんてと呟きながら、彼女は目を閉じた。

 きっと、次に目を覚ましたらいつもの光景が待っていると淡い期待を抱きながら。 

 

 


 今までのは長い夢で、起きたら代わり映えしなくとも大切な日常生活が戻ってくる。

 欠伸をしながら見慣れた室内に安堵して、あと五分と二度寝ができたらいいのにと彼女は溜息をつく。

 目を覚ましても変わらない室内に何度がっかりしたことだろう。

「やっぱり、無理か。夢が深すぎるのか、本当に霊体なのか。霊なら何で死んだのか不思議なんだけど」

 死亡原因が分からないので夢だろうと思っても、これだけ起きない夢もあるのか不安になってくる。

 夢でも霊でもいいから早く見慣れた場所に戻してくれ、と何度目か分からぬ愚痴を零して彼女は暗くなった礼拝堂を見回した。

 ふと、人影に気づいてびっくりした彼女だが思わず驚いていないフリをして恥ずかしそうに目を伏せる。

「もー、何やってんの私。そして、まだいたのねお嬢様」

 眠りに落ちる前と同じ格好のまま祈りを捧げている少女に溜息をつく。

 何をそんなに毎日熱心に祈っているのやら、と思いながら少女の身が心配になった。

「全く、困ったものですね。早くお戻りなさい。皆、心配していますよ?」

「!?」

 今まで聞いた事のない声が聞こえてきて驚いた彼女は恐る恐る声がする方へ顔を向ける。

 そこにいたのは上品な老婦人だった。

 初めて見る人物に大きく瞬きをしながら彼女は老婦人を観察した。

「ごめんなさい」

「貴方の焦る気持ちもちゃんと分かっていますよ」

 眉を寄せて少女を見つめていた老婦人は、口元を緩めると今まで咎めていた口調が嘘のように柔らかなものへと変化した。

 瞳に満ちるのは慈愛。全てを包容してしまえるような雰囲気は、どことなく幼き思い出に残る祖母に似ていた。

 教会の職員にしては着ているものが違う。

 上役に位置する人物かと彼女が考えていると、少女に近づいた老婦人が立ち上がった少女に微笑んでいた。

「でも、じっとしていられなくて……」

「だからと言って根をつめても良い結果は得られません。まだ時間はあるのですから、また明日にしましょう?」

 優しく、諭すようなその口調に柳眉を寄せていた少女はゆっくりと顔を伏せて息を吐く。

 唇を噛み締めながら暫くそのままでいた少女は、顔を上げるとローブの裾を軽く摘んで一礼をした。

「はい。おやすみなさいませ、マザー・プリン」

「ええ、おやすみなさい。ソフィーア」

 そう言葉を交わして美少女は静かにこの場を去っていってしまった。

 美少女の名前はソフィーア。そして老婦人の名前はマザー・プリン。

 ここにきてやっと少女の名前が分かった彼女は、新しい発見に心が浮き足立つ。

 可愛らしい名前だ、と呟いて何を真剣に祈っていたのやらとぶつぶつ呟いた。

「あらあら、すぐにどこかへ行ってしまうかと思えば随分豪胆なのね」

「ごーたん?」

 他に誰か人がいるんだろうか、と不思議に思って彼女は周囲を見回すが誰もいない。

 しかし、紫水晶のような瞳は真っ直ぐ彼女に向けられている。どうせ自分の周囲に何かいるんだろうと軽く肩を竦めた彼女は、後方を注意深く見つめた。

「え、誰かいるの? いや、何か? 悪霊とかなら私も似たようなものだから見えそうなものだけど……いやだなぁ、怖いなぁ」

「何を言っているのやら。普通はとっくに浄化されてるはずだけれど、まだ何か心残りでもあるのかしら?」

「浄化? できるなら私だってさっさとやってほしいわ。見えない聞こえない、何も出来ない人達ばかりで嫌になる」

 そして浄化される対象もどうせ私じゃないんだろう、と拗ねたように呟く彼女に少し戸惑った声が聞こえる。

「あら? 私には貴方しか見えないのだけど、他にも何かいるのかしら」

「あーはいはい。どうせそれも私以外に言ってるんでしょう? 分かってます、分かってますよ」

「よいしょ。私が見えるのは貴方なんだけれど?」

 苦笑しながら腰を下ろす老婦人に真っ直ぐ見つめられ、彼女は眉を寄せる。

 自分を指差して首を傾げると笑顔で頷かれたが彼女は信用しない。

「精霊のいたずらがあったから来てみたけれど、貴方は精霊じゃないものね」

「いたずら? えっと、失礼ですが教会関係者ですか?」

「一応そうなるわね」

「私、一週間近くここにいて誰にも気づかれないまま悪霊化しそうだったんですけど! というかもう半ばそうなってるかもしれないんですけど!」

 報告を受けていたならもっと早く来てくれと声を上げる彼女に反応して、祭具が震えて壇から落ちた。

 天井からぶら下がる照明器具も不自然に揺れ始める。

 私は悪くないと彼女は悪びれた様子も見せず威嚇するネコのように目を吊り上げた。

「あらあら、それは災難だったわね。私のところまで来てくれれば対処できたかもしれないのに」

「そんなの知りませんし! そもそも、怪奇現象起こしたせいか礼拝堂から出られないですし!」

「あぁ、精霊を逃がさないために結界を張ったせいね。それは私から謝罪するわ。ごめんなさい」

 軽く頭を下げた老婦人は丸眼鏡を押し上げてじっと彼女を見つめた。

 ようやくまともに会話できる人物と出会えたことに感動している彼女は、気が緩んで泣きそうになった。

 会話が出来る、反応があるというのはこんなにも嬉しいものかと実感しているとサッカーボール大の光の玉が彼女の体をすり抜けていった。

 熱くもなく寒くもない。痛みも痒みも感じないができれば事前に何をするか言って欲しいと彼女は老婦人にお願いした。

「あら、ごめんなさいね。彷徨える子ならこれで一発なんだけれど」

「さまよえるこ? 成仏できない霊とかのことですか?」

「ええ。浄化の光も無効なんて、不思議な子ね」

「ということは、霊じゃない? そうなると、やっぱりここは夢の中?」

 この老婦人ならどんな悪霊でも今の一撃で簡単に浄化させてしまえるだろう。

 それが効かない自分は霊じゃないのかと彼女はちょっと嬉しくなる。

 これで夢の中の妙にリアルな出来事だという可能性が高くなった。

 しかし覚めない夢というのは厄介である。

「あら……これは貴方の夢なの?」

「夢でしょう?」

 霊じゃないとすれば夢の中しかない。

 制御が上手くいかないけれどと呟いた彼女を老婦人は穏やかな表情で見つめている。

「そう。貴方の夢なのね」

「だと思いますけど。霊じゃないなら」

「じゃあ、私を若返らせる事はできるかしら?」

 何故そんな事を、と呟いた彼女は夢の中という状況を思い出して「ああ」と呟いた。

 ここが自分の夢の中なら、何でも思い通りいくはずだろう。

 しかし、上手くいく気がしなかった彼女は小さく唸りながら眉間に皺を刻んだ。

 それを見た老婦人は「強く思い描けばいいのよ」と言って笑う。

「強く思い描く? 想像しろってことですか……うーん」

 上品な老婦人の若い頃を想像してみろということか。

 それはきっと美人に違いないと思いながら、彼女は頭の中に老婦人の若い頃を想像してみる。

 ロマンスグレーの髪も昔は艶めく黒髪で、腰まで長い髪の毛は綺麗に纏め上げてみようとか、目元は涼やかで、紫水晶の瞳は自信に満ちている様子と結構ノリノリだ。

「ええと、体形はスレンダーで手足はほっそりとしていて長くしなやか。気高い雰囲気を纏わせている、理知的な美人さん」

 目を瞑って想像していた彼女の耳に老婦人の声が聞こえる。

「まぁ!」

 驚きの声に彼女が目を開くと、プリンお婆さんがプリンお嬢さんに変わっていた。

 想像とは少し違う部分もあったが、大体思い描いた通りにできてしまった彼女は自分の力が怖くなる。

 夢の中とはいえここまでできてしまう自分が恐ろしいと己に少し酔いしれた。

「え、これ本当に私が?」

「ええ。そうよ。ふふふ、懐かしいわね」

 こんな事ができるならもっと違うこともできたんじゃないか、と考える彼女だが何をしたらいいのか浮かばない。

 さっさと目覚める、と強く思っても何も変化は無いので自分以外に対してでなければできないことなのかと眉を寄せた。

 マザー・プリンは若返った姿がよほど嬉しいのか、目を輝かせながら鼻歌を歌っている。

 軽やかに立ち上がってクルクルと踊る姿を眺めながら彼女は溜息をついた。

「元に戻らなかったら何かと不都合があるんじゃないですか?」

「あら、平気よ。効果持続時間は短いはずだから、すぐ元に戻るわ」

「そういうものなんですか」

「ええ。力を使う貴方が自分の事を何も分からないようだけど」

 その通りだと力強く頷いた彼女にマザー・プリンは困ったように笑う。

 名前、生年月日、家族構成、住所、職業と今まで生きていた記憶はしっかり覚えている。

 けれど、こんな状況になった理由が良く分からない。

 夢なら早く覚めて欲しい、と不機嫌そうに呟く彼女の言葉を聞いたマザー・プリンは「焦らないことね」と歌いながら綺麗に笑った。



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