三題話
「聞いていた以上の有様だな……」
大半の建物が崩れ、畑や牧草地も焼け野原同然となった村の姿を目にして青年兵士は誰にともなく呟いた。先日まで王都を守護していた彼は、始めて見る戦争最前線の惨状にしばし呆然と立ち尽くす。
隣国との戦争は佳境を迎えていた。
双方共に被害は甚大。国土は荒れ果て、数え切れないほどの民がその命を喪っている。しかし、だからこそ両国とも、最早後には退けなかった。何としてでも戦争に勝利し、隣国を支配下におかねば自分の国が滅びてしまう。国としてギリギリにでも生き延びるためには隣国の資源や財産を得る他ないのだ。
兵士が訪れたこの村は現在、戦略上最も重要な地区の一つであった。村の外れにある砦は彼が住むA国の西方における軍事的拠点である。万に一つも隣国にこの砦が落とされてしまえば、なし崩し的に国土の西半分を奪われてしまうことは想像に難くない。砦を奪い合う激しい争いの中、多くの駐屯兵が命を落としていた。
青年兵士は王都の治安維持を専門とする部隊で実戦経験には乏しかったが、酷い人手不足の煽りを受けて砦の守護に駆り出されていた。
「どう思う?」
青年は同僚で、彼と同じように砦を守るため、王都からやってきていた友人の兵士に話しかける。
「どうってぇと……何だ?」
友人の兵士は顎の無精髭を撫でながら首を傾げる。
「何って……そんなの決まってるだろ。その……俺達、生きて王都に帰れるかな?」
青年の震える声は彼の本心から出たものであった。彼は兵士だ。しかし兵士である以前に一人の人間でもある。死ぬのは怖い。そして、それ以上に王都に残してきた父母や妹のことが気がかりでならなかった。
「隣国の兵士は屈強で、士気も高い。俺達みたいな戦いに関してはまるでシロウトの兵士で、この砦が守りきれるのか……?」
青年が青い顔をしているのをみかねてか、友人の兵士は努めて気楽そうな声の調子で彼の疑問に答えた。
「なあに、心配するこたぁねえよ。敵だってオレ達と同じで相当消耗してやがるはずだし無茶な攻め方はしてこねえよ。それに、なんつったってこっちにゃ噂の《新しい魔法》があるんだぜ?」
「新しい魔法……?」
「何だ、お前聞いてなかったのかよ? 何でも王都の天才魔法使いサンが画期的な大魔術を完成させたとかなんとか。それさえありゃあ敵の兵士なんざイチコロよ」
オレ達に仕事なんか残ってるわけねーよ、と友人は冗談めかして笑う。
「だと良いけど……」
青年は一抹の不安を抱えながらも、そう返した。
†
夜。
不気味に赤い満月が夜空の中心に輝いた頃、それは起こった。
『敵襲ッー!! 隣国が夜襲を掛けてきやがった!! 兵士は全員今すぐ、配置に付けー!! 繰り返すッ!! 奇襲! 奇襲だー!!』
見張り役の男の大声で青年は飛び起きた。周囲には慌しげに装備を整える同僚達の姿がある。
「おい! ぼやぼやすんな、敵襲だ!!」
友人が激しい口調で彼に言った。既に装備を整え、得物の槍を構えた友人は一目散に砦を出て行った。自分ものんびりはしていられない、彼は急いで鉄製の胸当てと兜を身につけると手近なところにあった剣を持って走り出した。
砦の外は既に大混乱だった。敵の砦への侵入を防ごうとする自国の兵士と、何とかして防壁を突破せんと試みる隣国の兵士とで激しい争いが繰り広げられている。青年が辺りを見回すと、自国の兵士が押されている所を見つけた。慌ててそこに加勢する。
「大丈夫かッ!?」
「すまない……まさか隣国のやつらめ、ここまでの戦力を温存していやがったとは……」
自国の兵士が毒づく。相手の兵士達の動きはこちらと比べものにならないほど洗練されていた。青年が剣の腹でかろうじて抑えている斧の重さも相当なものである。国中から適当に掻き集めてきたような一般の兵士とは格が違う。数多の戦場で勝利してきたであろう手錬れ達の気配。
「駄目だッ……こんなの、勝てない」
青年が目に涙を浮かべたその時、
爆音。
「お、おい! 何だあれ!?」
「う、嘘だろ……う、うわああああああああああああああああああああああ!!」
突如、戦場で巨大な爆発が起こった。爆発は周囲にいた数十人の敵兵をまとめて吹き飛ばし、地面に深い穴を穿った。相手の陣営に動揺が走る。
再び、爆音。
今度はさらに大きい。丁度敵兵が固まっていたところで大爆発が起こり、同様に爆風が多くの敵を葬っていく。得体の知れない攻撃に恐れをなし、逃げ出す兵士の姿もちらほら見えた。
「あ、あれが新しい魔法の力……!?」
青年は自分が戦場に立っていることも忘れ、あちこちで起こる爆発に目を奪われていた。
新しい魔法とは、戦場の至るところで自在に爆発を起こせる、というものだったのか。
「なんだよこれ……圧倒的じゃないか」
敵は見る見るうちにその数を減らしていく。しかし爆発の威力は一切衰えを見せない。逃げ惑う敵の中で又一つ爆発が起こった。
「すごい! すごいぞ!!」
青年は天に向かって咆哮する。気付けば彼の周囲を、未だ戦意を失っていなかったらしい数人の敵兵がとり囲んでいたが、そんなこと最早どうだっていい。あの魔法があればこの程度の敵、一発で木っ端微塵である。
「来いよ! お前たちもあの魔法の餌食になれ!!」
青年が叫ぶと、周囲を取り囲んでいた敵が一斉に彼に向かって突撃してきた。
十以上の武器が月の光を受けて鈍く煌く。
しかしそれにも青年は何の脅威も感じない。
あんなもので俺は殺されない。
青年は確信を持っていた。そしてその確信は事実に変わる。
実際、敵兵に殺されはしなかった。
無数の武器が彼に届くその瞬間“彼自身”が巨大な一つの爆発と転じたからである。
最後まで《新しい魔法》の素晴らしさを信じて疑わなかった青年は、魔法のおぞましい真実に最後まで気付くことはなかった。
新しい魔法とは兵士を爆弾に変える魔法だったのだ。
作者は戦争反対派。自爆テロとか超怖いですよね