第05節
王城へと続く道には二人が立っているほかに誰も人の気配は存在していなかった。
二人の間には重苦しいまでの威圧めいた殺気にも似た気配が渦巻いているかのようにもうかがえる。
一人は体格のいい黒髪の青年。もう一人は全身を黒ずくめの装束で顔まで覆った小柄な体躯の人物。
両者は身構えたまま動くことなくしばし時を重ねていた。
「・・・・・」
身体の各所にゆるやかな曲線を有した小柄な人物、覆面の少女ティリアは対峙する赤い眼の青年ライサークの放つ気配に圧倒されそうになる。
ライサークはその場で静かに身を構えるが、その存在はティリアに対して無言の威圧を放っている。
「ひとつだけ聞いておきたい。」
「・・・・・」
しばらく無言のままに時間が流れる中、ライサークが口を開く。
「お前の主の意はどこにある?」
「主の意…」
「女王を助ける事か、それとも…」
「…私の意は陛下の御意にある。」
ライサークの言葉にティリアも返す。
「…成る程。」
ティリアの言葉を受けたとき、ライサークは威圧めいた気配を拭い去っていた。
「俺は依頼を受けてここにいる。お前の意が女王にあるというのであれば、俺達は共闘することが出来る筈だ。」
「…途中でお前を背後から刺すことがあるやも知れんぞ。」
「好きにするがいいさ。俺は俺の仕事をやるまでだ。」
未だに今日の営業を始めてはいない薄暗いままの酒場にカウンター越しに男が向かい合って立っている。
一人はライサーク。もう一人は酒場の主であり、傭兵ギルドの主でもあるドルクである。
そして酒場の分厚いカウンターテーブルにはいくつものラルク硬貨が散乱していた。
「話せ。一体王都で何が起こっている!?」
それらを指でかき集めながら、ドルクは口を開く。
「そうだな。まずこれは報酬の範囲ではないが、伯爵が死んだ。」
この場合、伯爵とはサレスティン伯爵を指す。報酬の範囲で無いというのはすでに巷では噂となっているものであったためではある。
「それで…?」
すでに聞き及んでいた故に表情を変えることは無かったか、淡々とした口調でその話の続きを促す。
この程度でライサークの表情を変えさせるに至らないこともドルクとしては承知しているのか、それほど間を開けずに言葉を並べ始める。
「まだ殺ったのが誰なのかは特定されてはいない。何しろ、伯爵の私邸に居た者すべて屍に変わっちまったんでな。」
「全員だと?」
「ああ、伯爵をはじめざっと100人以上の死体の山が出来ていたという話だ。警備軍の連中の見解は今のところ私兵連中による叛乱ではないかという線が出ていたりもする。」
ドルクの話によれば、サレス伯爵の私邸において囲われていた私兵同士で斬りあったかのような様子が見られ、伯爵もそれに巻き込まれてしまったのではないかという調べに達していることであった。
「まぁ表向きは私兵達の叛乱ということになっているようだが、実際のところはもう少しだけ根が深い。」
そこまで言ってからドルクは再びライサークの様子を垣間見る。
常に冷静な眼差しのまま続きを促すように頭を軽く振る。
「どうやらサーノイドの襲来による混乱に乗じて何らかの暴挙が行われるかもしれないという噂があったのではないかということだ。」
「暴挙…?」
「ああ。いわゆるクーデターだ。
サーノイドの襲来によって騎士団を出撃させ、その空になった王都において国王を今の座からひきずりおろすか、あるいは嗜虐するか。そうして自身が取って代わろうと考えようとしている奴がいるということだ。」
そこまで言ってドルクはカウンターに転がるラルク金貨の一枚に指を乗せ自身のほうに引きずり込む。
「…続けろ。」
ここから先においての情報にさらに料金が上乗せされることを示唆するものではあったがライサークは続きをドルクに続きを話すよう促す。
「しかし、知っての通りサーノイドの軍勢は騎士団が出撃することなく撃退された。
そこで当初の予定が狂ったことによって騎士団の長であるサレス伯を消しにかかってきた。長を失った騎士団は一時的とはいえ混乱が生じるだろうからな。そこにつけ入ろうと画策するとなると。今回の伯爵邸における一連の殺人劇の容貌が見えてくるかも知れん。」
そこでドルクは再びラルク金貨を一枚自身のほうに引きずりこんでいった。
「しかし伯爵を害そうと考える奴なんざそう多くは無いだろう。
考えられる奴とすれば、今花盛りともいうべきゴルドール侯爵か…もしくは…」
「…そういうことか。」
このときライサークの中に一つの仮説が立てられ、その瞬間、確信に変貌を遂げるほどの核心を手にしたことにより、ドルクの言葉を遮っていた。
「それなら結構だ。
丁度いい、それとだ…」
そう言ってドルクは小さく折られた紙をライサークに手渡す。
「ここにお前に指名された依頼が舞い込んできている。
内容はまだ俺も見てはいない。その内容を見たことによってどうするかもお前の自由意志に委ねるという依頼者からの言葉だ。」
ライサークは受け取った紙に書かれた文面に目を通し、ドルクに答える。
「…了解した。この依頼引き受ける。」
「よし、契約成立だ。」
依頼者との契約が成立したことで、ドルクはカウンターに置いているライサークが所持していたものに似た小袋をライサークに向けて放り投げる。
「成功の可否に関わらず報酬は手渡されるようにとのことでもある。そいつは確かに渡したぞ。」
片手で受け取り、手のひらに乗せた小袋の重さを量るように小さく振った後、ライサークは受け取った小袋を再びドルクに投げ返す。
「…ドルク、こいつは第3区に滞在する難民への物資にでも充ててやってくれ!?」
突然のライサークの提案にドルクも少々目を丸くする。
「…
それでいいのか…??」
ドルクは手にある袋の重さで概ねの金額を量った上で問い返す。
推量ではあるも、袋の中身は本来の傭兵の報酬などはるかに上回るものが入っていることが重さでうかがえた。
「そのほうが依頼者にとっては手向けになることだろうさ。」
それだけ述べてライサークは酒場をあとにする。
「わかった。お前がそう望むのであれば、そういうふうに取り計らっておこう。」
「…頼む。」
後に残された酒場の主、ギルドのマスターであるドルクはカウンターに残された紙面に目を向ける。
「やはりお前にとっては随分と因縁が強い場所なのだな、ここは…」
すでに去っていったかつての戦友でもあった赤眼の傭兵の行く末を案じてのことか、ドルクは意味深に呟く。
カウンターに残された紙面、そこに表記されている依頼者のサインには“ハシュマン・レグルド・フォン・サレスティン”とあった。
赤眼の傭兵に宛てた依頼内容はただ一言。
“国王を護れ”
それのみが書かれているものだった。