第08節
「う・・ん・・」
ガイナーが最初に眼にした光景は洞窟の入り口であろう場所だった。
「あれ・・俺、どうなったんだ??」
まだ朦朧としていたのだろう。未だに状況を把握しきれないまま天を仰ぐ。すでに日は暮れようとしていたが、それでも洞窟よりも明るいものである。
「ガイナー、大丈夫かい?」
「カミル・・」
カミルの姿を見て“はっ”となる。そのまま身体を起こして幼馴染の安否を確認しようとする。
「サリアは!?サリアはどこに!!?」
「大丈夫だ、意識はないが息はある」
ガイナーの横たわっていたすぐ横で同様に眠るように横たわっている。
「そうか・・よかった・・」
ようやく意識がはっきりしてきたのだろう、なぜこの場所にいるのかの疑問を投げかける。
「覚えてないのかい?」
カミルは洞窟での顛末をガイナーに語ろうとするが、ライサークにそれを制される。
「まずはここを離れたほうがいいだろう、もうすぐ完全に日が暮れる、そうなってからでは何かと面倒だ」
「そうだな。とりあえず村に戻ろう。二人とも一緒に来てくれるか?」
ガイナーはサリアを抱きかかえて村に戻る道を歩いていった。残る二人もまたガイナーのあとに続いていった。
結局村に到着したのは陽も暮れ、村人が寝静まったころだった。
「そうか、封印は解かれてしまったか・・・」
明朝になってからガイナーと依頼の報告にやってきたライサーク、そしてその場に居合わせたカミルの三人はジェノアの前で事の顛末を語る。
「すまない、じいさん、まさかこんなことになっちまうなんて・・・」
「いや、ガイナーが悪いわけではない、このような事態を見抜けなんだわしの責任じゃ」
「だが、封印されていた魔物はガイナーが消滅させた。おそらく何もないとは思うがな・・」
「と言っても、何も覚えてないんだよな~」
いまだにカミルに教えられた顛末にガイナーは首をかしげることしか出来ない。事実魔物を消滅させたのはガイナーなのだが、当の本人がそのときの意識がまったくないのだからどうしようもない。だが、それ以上に気になったのはあのときの声のほうである。
“戦士を・・”“全てが終わるその前に・・・”
その声が何を意味しているのかは不明だが、未だに脳裏に焼きついている。とはいえライサークは聞いていないという以上、空耳ということもありえなくもない。
そのため、ジェノアにも言えずにいた。
「ともかく、無事に帰ってきて何よりじゃった。しばらくの間ゆっくり休むといい」
「ああ、そうさせてもらうよ」
「これで依頼は果たしたことになるな。俺はもう行くことにする」
依頼の報告を終えたライサークはそのまま聖堂を去ろうとする。立ち去ろうとするライサークをガイナーは助けてくれたことへの礼を言うために呼び止める。
「ありがとう、ライサーク。助かったよ」
「ふっ、お前も技量はたいしたものだ、このまま腕を磨けばいいだろう。
また何かあったらいつでも呼んでくれ」
ライサークはその日のうちに村を離れていった。
それから数日はこれまでと同様に何の変哲もない平穏な日々が続いた、ただ二つのことを除いては・・・
一つはカミルがそのままメノアに滞在していることである。これまでの記憶を持たないカミルであったが、剣の腕前はガイナーすら手も足も出ないほどであり、もはや達人の域に達しているのである。それゆえにカミルは自衛団の若者達から剣の手ほどきを乞われるほどである。毎日陽のあるうちは剣の手ほどきに引く手あまたであった。二つ目はサリアのことである。サリアは意識がないままあれから数日間が経過していた。ようやく意識は取り戻したのだが、その身体は衰弱しきってしまっているため、未だにベッドから離れることが出来ないでいた。そのためか、ここ数日間ガイナーはサリアの家を足繁く通うようになっていた。
「サリア」
部屋をノックしてガイナーはサリアの家の中に入る。サリアはベッドで身体を起こしたまま外を見据えていたが、ここ数日訪れる来客に笑みを浮かべて迎える。
「今日も来てくれたんだね」
「まぁな・・
その・・身体は大丈夫なのか?」
ありきたりな質問だったのか?サリアは吹きだしながら答える。
「うん、身体はもう大丈夫だよ・・・フフ・・・」
「!?・・な、なんだよ・・?」
突然に吹きだす幼馴染に対して怪訝な表情を隠せないでいる。
「ごめん、ごめん、だって、ガイナーってば、この頃ずっと同じことしか言わないんだもん。なんだかおかしくって・・・」
サリアの指摘に表情をゆがめてしまう。しばらくの間サリアからは笑い声が止まることはなかった。どうやら本当に回復してきたということなのだろう。
完全につむじを曲げてしまったガイナーだが、さらに追い討ちを掛けるような言葉を投げかけた。
「ありがとう、心配してくれてたんだよね」
不意に謝礼を述べるサリアにまたしても表情を崩さざるを得なかった。どうも今日はサリアに先手を打たれすぎている気がしてならなかった。
サリアの笑いが止んだのを確認してからふとある質問をしてみた。
「その・・・いつからはじめていたんだよ?」
ガイナーからすればサリアが魔法の修練をしていたなんてことは洞窟に行く前日になってはじめて聞かされたことである。これまでそんなこと一言も聞かされたこともなかった。他の人であれば野暮な詮索かもしれないが、ガイナーからすれば旧知の人間、しかも幼馴染の心境の変化を聞いておきたかったのかもしれない。サリアもそれを察してか、ことの始まりを話し始める。
「ほんとはお父さんが死んだときに考えていたんだ」
「そんな時から!?」
父親が死んだときとなると3年も前からということになる。
「ごめんね、隠してたわけじゃないんだよ、ただ・・・」
「ただ?」
「心配かけたくなかっただけだよ」
「それだけなのか?」
なぜか妙な感覚だった。いつものサリアの返答とは微妙に違和感があった。
「まだ、何かあるんじゃないか?」
意外な返答にサリアも戸惑いを覚えた。だが覚悟を決めたのか、しばらくした後にサリアは表情を戻して語る。
「本当はね、封印を施しにいくということはね、自分の命を掛けて行うものなんだよ」
「!?
そ、そりゃぁそうだろう・・・どんなことでも真剣にすることは・・・」
「ううん、そうじゃないの!
封印の儀を行うものは文字通り命を掛けて行わないといけないものなのよ!」
サリアの言葉はガイナーに得体の知れない不安感を覚えさせていた。
命を掛ける。一生懸命にやるという意味などではなく、文字通りその生命を投げ出すということであるということを指すということだった。
ガイナーは自身の手のひらから汗が滲み出しているのがわかった。未だに拭えない不安感を募らせる中、サリアは言葉を続ける。
「覚えてる?十年前の地震で私のお母さんが亡くなったってこと。
あれはお母さんが、そのときに解けかかった封印を施したからなんだって随分たってから聞かされたわ・・・
私の家って代々からそういうことを行い続けてきていたんだってこと、ジェノア様に教えてもらったの、だから私・・・」
シーツを握るサリアの手がかすかに震えていた。眼にはうっすらと涙をうかべているのもわかった。
結果的には封印は解けてしまったために“封印を施した”ということにはならなかったわけである。そして、封印されたもの自体を消滅させたということだ。
だがもし、あのまま封印を行っていれば、サリアは一体どうなってしまっていたのだろう・・・?
結果論からいえば封印を解かれたからこそ助かったというだけで、一つ間違えていればサリアはここに帰ってくることはなかったのだから・・
「でも・・・
逆に心配させちゃったかな?」
ここにきてようやく出発のときのサリアのよそよそしい態度の理由に合点がいった。
実際に命を掛けたのはサリアである、彼女が覚悟を決めて望んでいた以上、他人は誰であれ部外者に過ぎない。
ガイナーはやりきれない気持ちでいっぱいになっていた。自分の知らないところで幼馴染が命を掛けたことをやろうとしていた。筋違いとはいえ、今まで何も知らせてくれなかったサリアに、ジェノアに、そして今頃になってそれを知った自分に・・・
「そうだな、だからそういう大事なことはなるべく早く言ってくれよ」
複雑な想いを巡らせてしまっていたのか、ガイナーは平凡な言葉を送る以外に出来なかった。
「その・・・・・」
「ガイナー?」
ガイナーも言葉を濁してしまっている。自覚がある上になかなか厄介である。
「・・・・・お、弟だからな・・・」
自分でもどうかしているというのはわかっていた。ただ、何故かその時は家族という言葉が不思議に引っかかった。
サリアもいつものガイナーの雰囲気じゃないと感じたのだろう・・・
クスリと笑みをこぼしながらも
「そうだね、ほんとに手のかかる弟だけどさ」
「うるせぃやい・・」
これまでの暗い雰囲気を吹き飛ばすかのように二人は笑っていた。
いまはこれでいい。現にサリアはこうして生きているのだから。
ガイナーはそう自身を納得させていた。
サリアの家を後にしたガイナーはそのまま鍛冶屋のほうに歩を向けた。結局あの戦いでガイナーの剣は完全に折れてしまったため、最早修復の見込みなしといわれてしまったのである。
そしてカミルの剣の修復も依頼していた。
「こいつはここじゃどうしようもないわい!」
カミルの剣には親方は完全にさじを投げていた。
「この剣はただの剣じゃない、まずは材質じゃ、こいつに使われているものはこれまで見たことのないものじゃ、おそらくジルゴン鋼、もしかしたらテクタイト鋼やもしれん。
とにかく、この材質がなければ剣の修復は不可能じゃよ。」
「そうか・・・」
「それにな、こいつには複雑な魔力が剣の中に埋め込まれているようなものじゃ、おそらくこの剣を造ったところでなければどうにもならんわい」
それはここでは剣の修理が不可能であるということを意味していた。
「どうしようもないってわけか・・・」
「だが、この剣はカミルの手がかりなのだろう、このまま持っておいたほうがいいだろうな。そのかわりこの剣用の鞘をよういしてやるわい。」
「わかった。助かるよ。それじゃ、カミルにはそう言っておくよ。あと俺の剣なんだけど・・」
「わかっとる。もう少し丈夫なやつを新調してやるわ、もうしばらく待っておれ!」
「サンキュ、親方」
親方からのカミルに会いに自衛団の詰所のほうに立ち寄ってみると、カミルは詰所の前で自衛団の若者達相手に剣の手ほどきをしていた。達人の域の技量の持ち主から戦い方を教えてもらいたいという若者が殺到している。現に剣の相手をしてもらおうと行列すら出来ているほどで、さらには若い女性の姿もちらほらと見かけられた。
「おいおい・・・」
若者達が剣の相手をしてもらおうとしているのはわかるが、普段女性が近寄るような雰囲気でもない詰め所にこれほどの女性がやってくるのも初めてのことである。
それも無理からぬことであろう・・
カミルは男性から見たとしても惚れ惚れするほどの美丈夫である。男性でそうなるのだから女性がその美丈夫を見てしまうと立ち止まらずにはいられないのも無理はない。
行列を見る限りではいつまでたってもカミルの手が空くことはないと悟ったガイナーは自衛団の若者達の中に割って入り声をかけた。カミルもまた手を止めてガイナーに応えた。
「みんなの意気込みに圧倒されてしまうよ」
「ああ、みんな村を護るために必死なんだよ」
「そうだね、こんな素性の知らない僕なんかで役に立てるのなら何だってさせてもらうさ」
カミルは西の洞窟で倒れているのをガイナーたちに助けられたままメノアに滞在している。手がかりといってもカミルの持ち物といえば鍛冶屋に預けていた朽ちた剣のみである。
後一つの手がかりとすればカミルのその瞳だろう。この美丈夫についているサファイアにも似た穏やかな輝きこそまさしく彼がファーレルであることの証明になる。だが、あの大戦終了直後では、それぞれの種族はお互い完全な鎖国状態だったため、種族の生存圏は特定できたものではあったが、二千年たった今ではライティンを中心としてファーレル、ヴァリアス、そしてレミュータの一部の人間はライティン達が暮らすテラン大陸東部で生活、交流を行っているのが現状である。それゆえにファーレルというだけでカミルの素性を探すことは現段階では容易なことではない。
「せめてケインがいればよかったんだけどな・・・」
ケインもカミルと同様にファーレルであった。彼もまた、ガイナーが引き取られたころにメノアを訪れ、そのまま村の住人として存在してきたのである。
「ありがとうガイナー、君には感謝してるよ」
「いや、感謝するのは俺のほうだよ。カミルがいなかったら洞窟の奥でどうなっていたことか」
謝礼の掛け合いになるところを切り上げて、ガイナーは鍛冶屋の親方のことづてをカミルに切り出した。
「そうか、親方さんがそんなことを・・・」
カミルも自身の剣が普通のものではないことに気づいてはいた。だがそれでもわずかな希望にすがってみたいと思っていた。
「大丈夫だよ、きっと記憶はすぐに戻るさ」
これは気休めに過ぎないことなのではあるが、カミルにとっては何よりも心強い言葉でもあったことは間違いない。
「ありがとう。親方さんにはそのうち取りに伺うと伝えておいてくれないか?」
「ん、了解。」
ガイナーとの会話を終えたカミルは再び剣の手ほどきに戻っていった。
ガイナーもまたカミルのことづてを行うために鍛冶屋のほうへともと来た道を返していった。
この平穏な時間が続くものと村の人間皆がそう思っていたに違いない。だがその希望はこの夜に打ち砕かれてしまうことになるのだった。