第11節
王都から王城までの距離は徒歩での場合、日が昇る頃から歩き始めても陽が傾き始めるまでの時間を要すると言っても過言ではない。
王都と王城の間には貴族たちの邸宅が存在し、その一つ一つが王都の一区画以上の敷地面積を有する。
貴族達の邸宅でその大きさともなれば、この国の主たる者が住まう居城になれば巨大なものとなることは言うまでもない。
完全な縦社会でもあるこの国において、国王を超える力を有するものというものはあってはならないものでもあり、それを超えるものは国王の名において粛清の対象ともなりえるものであった。
王都第2区である市街を進んで貴族の邸宅が並ぶ第1区に続く内門を抜けると、市街ほどの人通りも見られることもなく、見かける人のほとんどは貴族の邸宅の前に立って門番を勤める私兵たちである。
貴族の邸宅が並んでいるとはいえ、あくまで国王の側に邸を構えるという名目に過ぎず、実際に立ち並ぶ邸宅に居を構えるものは政務における実質的な役割を担うものに限られ、残りの者達は王都郊外に有する自らの領地に腰を据えている。
ガイナーたちは市外よりも厳粛な感じを思わせる邸宅がありながら、どこか閑散とした感じが拭いきれない王都から王城へとつづく一本道をひたすら歩き進む。
目指すはこの道の終点に有するこの国の一番巨大な建物、ラクローン王城。
王城への道を指し示したティリアと呼ばれた女性はすでに宿屋を出たあたりから姿を消していた。
「あとのことは王城に着けばわかる。王城の門の前でお前の名を出せばいい。」
「!?
王城の人は俺の事を知っているのか!?一体なぜ…!?」
「王城に行けばわかるといった筈だ。お前が何故ここに来たのか。お前の行くべき道がどういうものであるのか。な。」
「・・・・・」
進む道が明瞭に見え始めていたガイナーではあったが、どこか複雑な思いを廻らせずにはいられなかった。
「うかない顔ね。やっぱりまだ気になる?」
フィレルは下から覗き込むような形でガイナーに顔を向ける。
「あの人の…ティリアって人の言葉の全てを信じるってわけじゃないけど。」
突然に近付いたフィレルの顔に驚く様子も無く、いつもの通りに応える。
「まあでも、ここまで来たら行ってみるしかないじゃない!?
何よりも、あのお城に入っていけるっていうんだから、これはこれで凄いことだと思うけどね。」
そういいながら前方に映る巨大な本城に目を向ける。
ガイナーはいまだに辿り着くことの無いままそこに在り続ける巨大な城を前にして、なぜか畏怖するかのような思いに駆られていた。
貴族の邸宅の並びが途絶え、しばらくの間王城までの道の脇に樹木が等間隔で植えられた並木道となり、その向こうには綺麗に整えられたかのような草原が広がっている。
やがて3人の前にこれまでのものとは異なる巨大な門が見えてくる。
王城への門は固く閉ざされ、門の脇には衛兵の役を担う者が武装した姿で立っていた。
「止まれ!!何者か!?」
衛兵としての役割の上の例に漏れることなく、王城を目指して進むガイナーたちの前を阻む形で立ちふさがり、手にしていた槍を構える。
「俺達は…」
一呼吸間をおいてから、ガイナーは自らを名乗る。
「我が名はメノアのガイナー。アファの魔導師ラウス様の言葉により、預言者様に目通りを叶いたくやって来た!!」
「アファ…」
「ガイナー…だと??」
ガイナーの名前を耳にして衛兵の表情が変わってゆくのが見て取れる。
「し、しばし待たれよ!」
ティリアが言っていたようにガイナーの名前は本城の人に通っていたということらしく、ややぎこちない部分を見せながら衛兵達は耳打ちをしながら幾度もガイナーの顔を覗く。
「本当にガイナーの名前が通っていたってことなのよね?」
「・・・・・」
フィレルの疑問を他所にガイナーはしばらくの間衛兵達のやり取りをじっと窺っていた。
「ガイナーと名乗っている者…」
「これは陛下の…」
「…しかし、このことを閣下はご存知なのか!?」
ガイナーの耳に入ってくる範囲で推量すればティリアの言動は城全体の者達に行き渡っていないようだ。
随所において不可解なやり取りを見せることにガイナー自身に猜疑心というものが生じて。いないわけではない。それでもガイナーとしてはティリアの言動を信頼する他に道はなく、それを疑ってしまえば全ての道を失ってしまう。何よりもこのような場所まで来ることも無いだろう。
程なくして衛兵たちはガイナーたちに対してこれまでの態度を一新させて応対しはじめる。
ティリアの言葉の確認が取れたということなのか、あるいは…
「ガイナー殿、どうぞこちらへ。王城までの馬車をご用意させます。お連れの方もどうぞこちらへ。」
「あ、ありがとう。」
衛兵達の変貌振りにやや呆気にとられてしまうガイナーたちではあったが、衛兵に案内されるままに王城の門を抜け、門の奥で待機してあった二頭立ての馬車に乗り、さらに続く本城への道を進み始める。
「サレスティンの愚か者め、おとなしくしておれば死なずにすんだものを…」
暖炉の前に置く揺り椅子に腰掛けながら、すでに老齢の域を呼ぶにはすでにその領域を超えてしまっている者がサレス伯爵の死の報告を受けて呟いていた。
頭髪はすでに白一色に変貌を遂げ、髭を無作為にたくわえたままではいるものの、着衣に乱れがあるわけでもなく、老人は常に貴族としての品格を疎かにすることが無かったことへの証でもあったことだろう。
「貴殿にしては随分と不手際ではあったな。ネヴィリィスよ。」
その傍らに立つ仮面の男、ネヴィリィスに顔を向けて腰掛けたままの邸の主はしわがれた顔には似合わぬするどい眼光を覗かせる。
「儂は貴殿にサレスティンめと手を結ぶようにと申し渡したはずだったはずなのだがな…
どこまでも番狂わせを起こしてしてくれるものだ。
それとも、これが貴殿の手の内の限界だと言うか!?」
「これは手厳しいお言葉です。
されど、伯爵は我々のことを随分と嗅ぎまわっていたご様子。あのまま放置しておけばいずれは閣下の成す事の妨げとなることは必定でしたゆえ。」
「ふん、まぁよい。それで、国王の居場所が突き止めることができたと言うのは真なのであろうな?」
「無論です。もうすぐ確認できることとなりましょう。さすればすぐにでも実行に移させていただきますれば。」
そう言いながらネヴィリィスは手にしていた短剣を前に出す。
短剣にはすでに何者かの血が付着したままだったことに邸の主は眉をひそめる。
「この短剣こそ、閣下が渇望してやまない国王の居場所へと私どもを導いてくれることでしょう。
今しばらくお待ちくださいませ。」
「よかろう。
国王に関しては貴殿に任せておく。」
「承知いたしております。どうぞ私めにお任せくださいませ。」
ネヴィリィスは閣下と呼ぶ老人に恭しく会釈をした後、静かに部屋をあとにする。
「…サーノイドと通じた恥知らずの国王め、もうすぐだ。もうすぐお前に相応しい罰を与えてくれようぞ。
この儂が…貴族たる我が手によって粛清してくれる。」
誰もいなくなった暖炉の置かれる部屋において老人の不気味さを漂わせるほどの笑みがこぼれていた。
「フフフ…まったくもって老醜とはこのことか。
私としては、あなたがこの国にとって成す事があろうと、誰をどうしようと知ることではないのですよ。
ただ、私の手に入れたいものさえ見つけ出すことが出来るのであればね。」
主たる老人の部屋を退出した仮面をつけた男、ネヴィリィスは部屋に残る主を蔑むように言葉を漏らす。
仮面の下に露にしたままの口元からは冷ややかな笑みを浮べながら。