第09節
「ここにサレスティン伯爵に面会を求める者がいるというが。どこにいる!?」
宿屋の主人が応対した男たちは出迎えた主に開口一番、威圧めいた口調のまま詰め寄ろうとしていた。
はじめ宿屋の主は面会の返答を持ってきたサレス伯爵の使いの者かと思いもしていた。しかし、サレス伯爵のところは皆が無残な最期を遂げていることを聞き及んでいた主は剣を携えたままの3人の男の姿にやや不審な部分を持ちはじめてもいた。
「見たところ正規の兵士の方ではないみたいですが、あんた方はどちらの家の方かね?」
主人の指摘通り、3人の男たちはラクローン王城の兵士が纏う着衣とは異なるものを身につけている。その時点でどこかの貴族の私兵か、あるいは傭兵であることが見て取れた。
「そのようなこと、貴様の知ることではない。我々の問いにのみ答えよ!」
男たちは頑なに素性を明かそうとせずに主にさらに詰め寄ってくる。
「申し訳ないですが、どのような方であろうとも、素性の知れぬ方を客にお通しするわけにはいきませんな。」
「我々に逆らえばただでは済まんぞ。」
目の前の男たちが怪しい者故という訳ではない。一夜でも訪れた者は誰であろうともこの宿の客人である。
客人である以上はいかな理由があろうとも客人を第一に考える。あくまで宿屋としての矜持が目の前の男たちの言葉に逆らう。
正規の兵士でないことを見抜かれることは承知の上だったのか、猜疑心を持って応対する宿屋の主に男たちはただ黙ったまま威圧を加えているかのような態度でいる。
しかし、宿屋の主はそのような威圧に屈することはなく、毅然とした態度のままでいたことに男たちは苛立ちを覚え始めてもいた。
「チッ、面倒だな…」
細面の長身の男は宿屋の主の応対にやや舌打ちをしながら左右に立つ二人の男たちに手で合図を送るような仕草を見せると、やや赤みを帯びた髪をした男は宿屋の主の腕を掴んで壁に叩きつけるように押しやる。
「ぐっ…
ちょっと、あんた達っ何を…!!」
強引に宿の中へと入りこんでゆく男たちの理不尽な行為にロビーで一際大きな声を張り上げる。
その声に過剰に反応したのか、細面の男は宿屋の主の頬を叩くように手を振る。
「黙っていろと言った筈だ。これ以上、面倒なことにしてくれるなよ。」
「ッ…!?」
実力行使に出た男たちと渡り合えるほどの力があるはずもなく、宿屋の主はその言葉に言葉を詰まらせるほかは無く、ただ口内にたまる唾を飲み込む以外になかった。
しかし、宿屋の主の張り上げた声はガイナーたちがいた食堂にも聞こえるところでもあった。
「!?
どうしたんだ…?」
怪訝な表情のままにガイナーは席を立つと、入り口から近付いてくる3人の男の姿が視界に入ってくる。
「おい、こいつらじゃないのか?」
「ああ、多分な。」
3人の男たちはガイナーたちを品定めするような目をしながら、不敵な笑みを見せたまま、そのままガイナー、フィレルの前に近付いてくる。
「ちょっと何よ!?あんたたちは…?」
「おとなしく、俺達と来てもらうぜ!!」
「っ…!!」
フィレルに向かっておもむろに掴みかかってくるブロンドの男の手をガイナーはすかさず払いのける。
「こいつ…歯向かう気か!!?」
ガイナーの抵抗する姿勢を見せたことにより、赤髪の男は腰に帯びていた剣を抜き放っていた。
「・・・・・!!」
このときガイナーはこれまでの修練や旅の中で培ってきた戦いの勘というものが研ぎ澄まされてくるような感覚があった。
テーブルを境目にしながら距離をとり、じっと3人を見据える。
「こいつ!!」
ブロンドの男は手にしていた竿状の長巻をガイナーに向けて振り回す。
ガイナーは後ろに仰け反るような姿勢で長巻を避けるも、テーブルに置かれていた花瓶やグラスが床に叩きつけられ、周囲に甲高い音が響き渡っていった。
「フィレル!!」
フィレルはガイナーの意図を察したのか、エティエルを伴って階段を上ってゆく、ガイナーはこれ以上に進ませることの無いように階段の下で立ち塞がろうと男たちの前に対峙する。
「気取りやがって小僧が!!」
ブロンドの男はガイナーに向けて長巻を振り上げながら距離を詰める。
「くっ…!!」
振り下ろされる長巻を素早く回避するとすぐに、右拳を反対の手で包み込み、腰を大きく捻って肘を立てると、そのまま男の側頭部めがけて突き入れる。
「ガッ…!!?」
反動をつけて当て入れた打撃で脳を揺さぶられたブロンド髪の男は大きくのけぞる。
追い討ちを掛けるようにガイナーは右肩から勢いのまま体当たりで弾き飛ばす。
「ぐはっ…!!??」
ブロンドの男は痛烈な連続の当て身を受けたことにより、床面に倒れこむ。
ガイナーは剣術において比類なき素質を持つが、その他にも体術をも一通り学んでいた。それがここにきて実用することになっていたことに複雑な思いを浮かべるほかはなく、どこかで挑発めいた笑みもこぼしてしまっていた。
「このガキ…!!!」
ガイナーの挑発めいた態度に憤りを覚えた男は屋内にもかかわらず剣を大振りに振り下ろすもガイナーは軽快に軽く跳ねるように後ろへ飛んでかわす。
「何なの!!?いった…」
「!!!??
フィレル!??」
突然のフィレルの叫び声にガイナーは僅かな間とはいえ、意識がそちらに向いてしまっていた。
その一瞬の隙を付かれてしまい、ガイナーは咽元に剣の切っ先があてがわれる。
「くっ…」
「ハッ、威勢はいいようだが、今はおとなしくしていてもらうぞ。その年で死にたいとは思わねぇだろう?」
「うぅ…!?」
程なくして、部屋に逃げ込んでいたはずのフィレルとエティエルが階段をゆっくり下りてくる。
そこには2人のほかにもう一人の姿があった。
全身を黒ずくめの着衣で身を包み、顔にまで巻かれた布によってどのような面をした者なのかも判別がつかないが、背丈はフィレルとそれほど代わり映えしない小柄な体系ではある。その容貌から女性ではないかと推測される。
その女性は片手でフィレルの両腕を後ろ手に回したままもう片方の手でフィレルの咽元に短剣を突きたてていた。
エティエルもフィレルの状況になす術もなく、その女性に従うように女性の前からやってきていた。
「フィレル…」
「ごめん…まさか部屋にまで入り込んでいたとは思わなかった…」
「ほおっ、そっちの首尾は上々のようだな。」
二階の部屋から侵入するものがあることを知らされていたのか、正面から入り込んだ男たちはニヤリとうすら笑いを浮べさせる。
「くそっ…」
なんとか動こうにも、咽元に剣を突き付けられている上にガイナーが下手に動くことならフィレルたちにも危害が及んでしまう。
どうにも動くことの出来ないガイナーのもどかしい表情を見て男はさらに口元を歪めた下卑た笑いに不快感を覚えずにはいられなかった。
しかし、その笑みは次の女性の動きによって凍りつかせていくことになった。
フィレルの咽元に突きつけられていた短剣を勢いよく放り投げ、その刃先は細面の男の剣を持つ手の甲に的確に突き刺さる。
「ぐぁっ!!!??
な、何を…!!?」
「ガイナー!!」
「っ!?」
突然の出来事に認識が出来ずにいたのはガイナーも同じことではあった。
しかし、後ろ手に固められていたはずのフィレルの手からガイナーに向けて放り投げられた鞘に入ったままの短剣を見てガイナーは瞬時に状況を認識する。
咽元に突き立てられていた剣が離れた隙にガイナーは放り投げられた短剣を受け取ると、鞘のついたままの状態で細面の男の延髄めがけて叩きつける。
フィレルの短剣は女性でも扱いやすいように軽量の物ではある。しかし、鞘がついたままの状態となるとそれなりの重量が伴う。
太い棒で殴りつけられたかのような衝撃を受けて細面の男も床と唇を重ねる状態に倒れこむ。
「くそっ、何なんだ!?」
どうしようにもなす術を奪われたガイナーたちであったが、突然の形勢が変わったことに素早く対応することが出来ていた。
しかし、突然の事態になす術を奪われた男たちは対応に遅れを生じてしまっていたが、それによって自棄になってしまったか、なおも赤髪の男は手にした剣をガイナーに向けて振り始める。
ガイナーは鞘に納まったままの短剣から銀色の刃を半分抜き出し、迫ってくる男の剣を受け止める。
「こいつ…」
強引に刃を下ろそうと躍起になる男であったが、突然の伏兵によって見舞われた衝撃に体制を崩す。
ガイナーと鍔迫り合いになっている隙にフィレルは赤髪の男に対して転がっていた椅子を手にして男の頭部めがけて勢いよく叩きつける。
「ぐぁっ!!?」
男の悲鳴とともに男に痛烈に強打した椅子はその衝撃に耐え切れることなく脚の部分と背もたれの部分が砕けて破片は男の周囲にばら撒かれるように散らばっていった。
「今のうち!!」
フィレルの言葉にガイナーは短剣を完全に抜くと、大きく振り上げ、剣の柄頭の部分を男に向けて叩きつける。
「げぅ…!!」
半ば呻き声に近い声にもならない声を腹の底から吐き出しながらその場で他の男と同じようにうずくまる。
突如としてやってきた戦士風の3人の男たちはそれぞれに打撃を受け、床に倒れたまま気絶した状態に陥らせた。
「はぁ…はぁ…二人とも大丈夫か!?」
「うん、私たちは大丈夫だけど…」
ガイナーたちからやや距離を置いてフィレルとエティエルは寄り添うように立っていた。
二人の無事にやや安堵の息をこぼしてガイナーは倒れこんだままの3人の男を一瞥しフィレルのそばに立つ黒い装束に身を包む女性らしき者に顔を向けた。
「まずは礼を言ったほうがいいのだろうか…?」
3人とも女性のほうに顔を向けると、一度投げはなった短剣を拾い上げてガイナーのほうに顔を向ける。
「それには及ばない。
これも任務の一つだ。」
「任務…一体どういうことだ!?」
「そうね、あの時は突然のことだったけど、私にも少し説明をして欲しいものだわ。」
「・・・・・」