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FINAL MASTER  作者: 飛上
Act.07 蠢動の野心 ~Desire~
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第05節

ラクローン王都には港が二箇所存在する。

ひとつはラクローン王都第2区の西端から続く道を行くと主に漁師達の使用する船の入り江。もう一つは第2区と第3区を繋ぐ城壁の間に分岐する道をただ東に進めばラクローンのもう一つの玄関口とも言うラクローンの港が存在する。

こちらでは漁船もあれば、アファとラクローン間を行く外洋船が停泊するほどの巨大な港としての役割を果たしていた。第2区と第3区を区切る形でそれらの港からは運河という形にしてラクローン王都を横切っていた。

ラクローンがこのような湿原に囲まれた地に王都を築いたのもある意味ではこの入り江の用途性を活かすための地形を考慮しての上であるのではないかとも言われてはいる。

当然ながら、外洋船の荷揚げ、荷降ろしが頻繁に行われる東の港は本来であれば活気に満ち溢れるものであるはずであった。

しかし、現状といえば人通りもまばらで停泊する船の全てが帆を畳んでしまっている状態にあった。

すでに陽が傾き始め、王都にある建物からは徐々に明りが灯り始めていた。

ラクローンは夜になると急激に気温が下がることもあって、夜に人が街を行き交うということはほとんどない。

最早誰も行き交うはずのない道を一人港から歩く人影がある。

周囲に民家も何もない場所で足取りを止めた青年。ライサークは後ろを振り返ることなく口を開く。

「…この俺に何か用でもあるのか!?」

ライサークの言葉に一定の距離をとってライサークの尾行しつづけていた者は気付かれることを承知の上だったのか、足早にライサークの前へと駆け寄ってはすぐ背後に立つ。

「ふぅ、さすがに気付かれるか…。」

まるでライサークが気付くのを待っていたとでも言う素振りを見せながらライサークの前に現れたのは、軽装の甲冑に身を包んだ30代に近い男の姿だった。

ライティン特有の茶色の髪を無作為に伸ばし、同じく茶色の瞳をまるで獲物を狙うかのようにぎらつかせていた。

「見たところ、同業者のようだが…」

ライサークは男の姿を見て同じ傭兵であることを認識する。

傭兵という職業は同じ業種において似た雰囲気、匂いというものを有しているものである。

ライサークが感じたのもそういう部分が強かったことにある。

「ああ、ちょうど耳寄りの話があってな。あんたの姿を見つけてギルドから追いかけてきたんだ。」

ライサークの感じた気配は傭兵ギルドを出た時点から感じていたこともあって背後に立つ男の言うことに間違いはない。

男はそう言いながらライサークと距離を詰めてくる。

ライサークは未だに振り向くことなく、そのままの体制で首を傾ける。

「耳寄りな話だと?」

「ああ、ちょっとしたことで大金が手に入るっていういい話さ。」

「ほぅ…」

男の言葉を耳にしたライサークは身体を男のほうに向きなおす。

「…そんなにいい話があるのか?」

「…ああ。

それはな…」

ライサークが向き直ったことで男の口元がやや上がる。

「あんたを殺って賞金をいただくのさ!!!!」

やや間を置いて男は口を開く。その瞬間、弦の弾く音とともに風を切って飛んできた一本の矢がライサークの身体を突き刺す。…筈であった。

「!!!??な、何…!!!?」

男の目論見はライサークの注意をひきつけている間に離れた位置にいる射手によってライサークを仕留める、つもりでいた。射手の腕前は相当なものであったのだろう。実際に矢は的確にライサークの心臓を狙っていた。

しかし矢はシャフトの部分をライサークの手によって掴み取られたまま、先端と身体との距離を開けたまま静止していた。

「ば、馬鹿な…」

「…随分と小細工をする奴だ。しかし、詰めが甘いな。」

「ええぃ、くそっ!!こうなったら…」

当初の思惑を覆されてしまった男はやや狼狽する姿を見せるも、すかさず腰に帯びていた剣を抜き、指を口に当てて甲高い音を鳴らす。その音に反応して周囲の物陰に隠れていた数人の同じ傭兵といった姿がライサークを取り囲むような形で対峙する。

「・・・・・」

ライサークは手にしていた矢を地面に放り投げ、周囲を目だけを動かして把握しようとする。ライサークの前方には先ほどの男とその後方に2人立っている。背後にはさらに3人の男がライサークに剣を向けていた。

「皆で殺ってしまえ!!!」

男の号令でライサークの背後にあって一番近い距離に立つ男ががら空きの背中めがけて斬りかかる。

相手は素手であり、ましてや手負いである。何よりも人数においても圧倒的なものであるだけに本来であればどのように考えても男たちのほうに分があると考えてしまうことだろう。

しかし、男たちはライサーク、“ブラッドアイ”と呼ばれる赤眼の傭兵を過少に見過ぎていた。それが男たちの命運を分かつものでもあった。


シュッ!!!!


ライサークは後背から迫る凶刃の軌道から身を捻らせ、一太刀目をかわし、大振りで隙を晒した男の腹部めがけて拳を振るう。

「グボェ…!!!!??」

ズシンと重苦しいまでの衝撃は、隙を突かれ腹部を穿たれた男は胃の奥から体液を逆流させながらその場にうずくまる。

「てめぇ!!!」

間髪入れることなく斬りかかってくる者の剣に鉄甲で被っている右腕を当てて剣を弾き飛ばす。

ライサークの篭手は甲の部分に分厚い鉄板をはめ込んだ物である。これによって剣を有した敵に対して盾の代わりを担うばかりでなく、ライサークの拳をさらに重くする効果も重ね合わせている。

しかし、分厚い鉄板をはめ込んだ篭手というものは常人には到底扱えるような代物ではなく、それなりの筋力を必要とされた。

それ故にライサークの筋力の高さが十分にうかがえるものでもあった。

「…!!!??」

素手の状態で剣を弾かれてしまった男は何が起こったのか一瞬、動きを止めてしまっていた。それから瞬く間にライサークが側頭部めがけて蹴りを繰り出す。

ライサークのブーツにおいても手甲と同様の鉄板がはめ込まれている。それによってライサークから繰り出される蹴りは蹴り足の速さも相まることにより、まさに岩に打ち付ける鉄槌のごとくともいえる威力を生み出す。

放った蹴りによって風で紙くずが転がってゆくようにその場から吹き飛んでいった。

「くそぅ…相手は一人だぞ。」

男はライサークを倒すための用意を周到に行っている筈だった。にもかかわらず、思いもよらぬ苦戦を強いられることに苛立ちを募らせていた。

男は遠くに手で合図を送る。薄暗い状態ながらもその合図をうけた者は再びライサーク目掛けて矢を番え放とうとした。


カァン!!


しかし、この場においてもライサークの篭手によって矢は何処かへと弾き飛ばされて行った。

「ハァッ!!!」

ライサークは右拳に自らの闘気を集中させ、矢を飛んできた方へ向けて気弾を放つ。

少し離れた位置において小さな爆発と共に男の「ギャァ!!」という悲鳴めいた声が上がるのを皆が耳にした。

「ちくしょう…」

ライサークと対峙する者達は今更ながら、目の前のたった一人の男から出される威圧感に身が竦む思いを生じ始めていた。

「おのれ…!!!」

しかしライサークよりも屈強な体躯を有する者はその威圧感をものともせぬかのようにライサークに向けて巨大な斧を振り上げ、ライサークの頭上に振り下ろした。

斧は勢いのあまり地面の石畳に突き刺さるが、当初の狙いであった赤眼の傭兵にかすることもなかった。斧を石畳から抜こうと力を込める屈強な男ではあったが、すでにライサークは男よりも大きく飛び上がっては頭部に向けて目にも止まらぬ速さで蹴りを繰り出す。

「ブッ…!!!」

蹴りによって太い鼻を潰された者は鼻腔から大量の赤い液体を滴らせ、堅い地面に背中から倒された。

「こいつ…化け物か!!?」

次々と倒されてゆく傭兵たちを目の当たりにして始めにライサークの前に立った男は剣の握りを変え、恐怖で自棄になりながらもライサークに斬りかかろうと駆け出す。

「うおぉぉっっ…!!!!

…ぁ!!????」

剣を上段に構えたまま一気に距離を詰め寄った瞬間、男の視界は突如として暗転する。

男よりも疾く踏み込んだライサークは右手で男の顔面を覆うように掴み、そのまま地面に叩きつける。

双方の速度が合わさったことによって地面に叩きつけられる衝撃は凄まじいものへと変化したため、後頭部から強くたたきつけられた男の頭部から赤いものが湧き出でるように地面に染み込み始めていた。

頭部からの出血によって男は小刻みに身体を震わせ何かを呻くかのように唇も震わせる。大きく開いた瞳はすでに瞳孔を開かせながら天を見上げていたが、それほど間をおくことなく身体をうなだれて動きを止める。


「じ、冗談じゃねぇ!!俺はこれ以上ごめんだ!!!」

数の上においては未だに分がある傭兵たちではある、しかし今となってはそんな数でこの劣勢を拭いようもないことを確信してしまっていた。この僅かな時間の中で弓で狙うものを含めてすでに5人も倒され当初の人員の過半数を割ってしまっていた。

残った者達はライサークの無言の威圧に屈したかのように散り散りになりながら逃げ去っていこうとしていた。

「やはりまだ俺を狙うものは絶たないか…

それとも…」

ライサークはここで言葉を止めた。やや思いに耽っているかのような表情のまましばらく地面に斃れる傭兵の成れの果てを見やり、頭を振る。

「フッ…今更あるはずもないか…」

やや自嘲気味に笑みをこぼしながら、頬に付着した血飛沫を乱暴に鉄甲がついたままの手で擦り付けるように拭いながら周囲に人の気配がないか見渡す。

すでに暗くなった辺りには人の気配は感じられることは無く、ライサークの前から逃亡を図った傭兵達の姿も見えなくなっていた。

逃げ去った者達をライサークは追おうとは思わない。

再び報復行動としてライサークをこれ以上追いかけようとは思うことはないことを確信していた。

彼らにとっては今後も傭兵を続けていくのであれば自身の名に傷がつくことを恐れる。もし大勢の人間を以って一人の人間を相手にして敗れたということが知れ渡ってしまったのであれば彼らの名は地に落ち、今後傭兵としての仕事においての信用というものを失うことになる。何よりもその相手が手負いであったということであれば尚更である。

片やライサークのほうは複数の傭兵相手に見事打ち負かしたということであれば彼の名はさらに大きなものとなることは必至であった。

しかし、ライサーク自身もこの場の出来事に対して功を誇るような者でもなかった。

これ以上ライサークを狙おうとするものの気配はなく、これまでの悲鳴や物音で人が集まってくる前にライサークもまた市街のほうへ走り去る。

王都において傷害や殺人といった行為は当然ながら重罪として扱われるものとなる。しかし、一般人に被害が及ばぬ限り、傭兵同士の戦闘ということであれば話は変わってくる。

おそらくこの場においての刃傷沙汰は傭兵同士の諍いということでまとまってしまうだろう。

傭兵という職業に身を置くことはそういったことが日常で行われるということを意味している部分も備わっていた。

ライサークが立ち去った後、すでに暗くなった物陰から一つの人影が姿を現す。

事の終始を傍観し続けた影は周囲の惨状を一瞥して後、じっと気配を殺しながらライサークの後を追うように王都市街のほうへと消えていった。


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