第07節
ゴゴゴゴゴ・・・・
再び地鳴りが部屋全体に響くと再び魔法円は光を帯び始めた。
「これは・・」
地鳴りの正体が魔法円の中から這い出てくる。それは巨大な人の形をかたどっていた。だが人の形をしているとはいえ人間ではないことは容易に理解できる。
その姿は天井に頭が当たるかとも思えるほどの大きさでその身体を覆うかのように外套でくるまれたかのような容姿である。そのため顔もすっぽり覆われた形で中身はどのようなものなのかこの状態では把握できない。
一般的な呼び方をすれば“巨大な幽霊”に近いかもしれない。
「なにあれ!?」
魔法円から出てきたものにサリアは驚愕の色を隠せないでいる。
「これが、封印されていたものか!?」
「そんな・・」
「ふふふ・・・ははははは・・・
これはいい・・・」
仮面の男は狂喜に満ちていた。
「封印されたものがなんであれ、あとはお前達のものだな。
せいぜいあがくがいいさ!」
そう言い放つとすぐに姿を消し、そのまま気配も消え去った。
「くそぅ、言いたい放題言いやがって・・」
「ガイナーどうしよう・・私が・・」
サリアの身体が小刻みに震えているのがわかる。意識を奪われたとはいえ、封印を解いてしまったわけなのだから無理からぬことではあった。
「サリア、今は何も考えるな。それよりも・・」
人の形をした魔物は徐々に全体像を現し始める。
「随分とでかいな・・
どうする!?このまま俺達も逃げるか?」
ライサークの提案も最もなのだが、だがここで逃げることを選んでしまうとそのうちこの化物が村に及んでしまうのではないか?
そうなると村の被害が尋常なものではなくなってしまう。いずれにせよ戦わなければならないのであれば魔物の行動範囲が狭いであろうこの部屋にいるうちに戦うしかない。これが最善であろうと考えた。
「戦うしか・・・ないか・・」
自問自答しつつも、ガイナーはサリアを魔物から遠ざけると。
「ライサーク、カミル、助けてくれるか?」
「大丈夫、協力するよ」
「それが依頼されたことだからな」
「ありがとう。二人とも」
戦う体制は決まった。あとはどうやって戦うか?になるのだが・・
形的には3対1の構図なのだが、その1が3人をつなげたとしてもなお大きいのだ。ここまで大きいとどこを狙っていけばいいのか・・・それにカミルとライサークの技量がどれほどのものなのかすら不明である。
「こうなったら、やるしかない!!」
ガイナーはまず自ら飛び込んで突きかかろうとした。初撃として右腕付近を狙おうとする。しかしガイナーの攻撃は意外な形で魔物を貫いた。
貫くというよりもすり抜けたといった表現のほうが正しいだろう。剣はまったく手ごたえを感じないまま剣とともにガイナーもすり抜けてしまったのである。
「!?なんだ?」
「これって、幽体!?」
「それって、物理的なものは一切効かないということじゃないか!!」
ガイナーは剣での戦いが専門である。このままでは何もできない。カミルも同様であろう。ライサークははじめから武器を持っているようには見えない。おそらく無手での戦いを専門としているのだろうが、これもまた同様に物理的な戦闘を専門としているに違いなかった。そうガイナーは考えていたのだが、ライサークの次の行動でその考えは払拭された。
「ここは任せろ!」
ライサークは拳を震わすかのように、力をためているさまを見せながら魔物を見据える。やがて、ライサークの拳から淡い光を帯びその光が集約されたときにライサークはその光を拳を叩きつけるように放った。
バシィィッッ!
光は魔物に直撃したときに弾ける。効果があったのだろうか、魔物は苦悶の声を上げるかのような小さく呻く。
「すげぇ・・」
効果があることを確認したライサークはそのまま二撃目、三撃目と光弾をぶつけていく。だが魔物もライサークの攻撃にずっと甘んじてはいなかった。何撃目下の攻撃を受けた直後に頭部の口と思われる部分からライサークめがけて火球を吐く。
ゴォォォッッ
すでに見切っていたのかライサークはすぐさまその場を跳びのく。
「たあぁぁっっっ!!」
ガイナーは再度斬撃を試みるが、結果はかわらない。
「くそっ、このまま何もできないのか!?」
ガイナーが近づいたためか、魔物はガイナーに焦点を合わせて火球を放つが、カミルが自身の剣で火球を弾いた。すかさずカミルは魔物に斬りかかる。この斬撃はガイナーのときとはまた違う結果を見せた。
ザシュッッ!
カミルの朽ちかけた剣は魔物の外套らしきものに確実に切り口を生じさせた。
「どうして!?」
自分の攻撃とあまり変わることは無いはずだというのに結果が違うことに疑問を持つが、その答えは幼馴染の声から返ってきた。
「ガイナー、剣に魔力をこめられればもしかしたら・・・」
「剣に魔力?」
「私がやってみる」
サリアはガイナーの剣に手を合わせると意識を集中させるために目を閉じ魔力を一転に集めようとする。サリアの手から剣へ魔力が流れていくのがガイナーにも感じ取れた。
「いいよ」
瞳を開き、ガイナーに促す。
「よーし、これなら」
ガイナーは三たび魔物に向かって斬りかかる。
ザシュッ!!
今度こそ手ごたえはあった。
「よしっ」
魔物も反撃を行おうとしている。すかさずガイナーは第二撃を加える。カミルも同様に斬撃を与える。一時はひるみ始めた魔物だったが、サリアに視線を向けたのか、突如として一番近くにいる二人ではなく、サリアめがけて突進してきた。
「!?」
すんでのところでライサークはサリアの腕をつかんでその場を跳び退く。魔物に対してはこちらの物理攻撃が効かないのに、魔物はそれを可能としていた。
「ちっ、フェアじゃないな・・」
「ありがとう」
サリアからすればこれが初対面であり、初めて言葉をかけることだった。突然の助っ人に少し戸惑いは隠せないでいた。
「気にするな、それが依頼だ」
ライサークはサリアから離れて再び光弾を放つ。
バシィ
ほぼ中央に直撃した。魔物は再び苦悶の呻きをだす。しかし、それで逆上したのだろうか、再び突進を開始する。だがそれはライサークではなく、またしてもサリアに向かってのことだった。
「!!?」
ドカッ!!
今度は直撃だった。サリアは真正面から魔物の体当たりを受けてしまい、その場から弾き飛ばされてしまった。ガイナーはすぐさまサリアの前にいる魔物に斬りかかる。カミルとライサークもつづいてサリアから引き離した。魔物を二人に任せて、ガイナーはサリアに駆け寄る。
「サリア!?サリア!!」
床に打ち付けられてしまったときの傷だろうか、打撲のような傷が目立つ。完全に意識は失ってしまっていたが、鼓動はある。弾き飛ばされたときにサリアの首にかかっていたひとつのメダルがあらわになった。
「これは・・・」
ゴォォッッ!
魔物はカミルたちに向かって火球を放つ、カミルは剣でそれを弾き、ライサークは跳び退いてかわす。勢いのついたかのように魔物は再びガイナーとサリアのいるほうへ突進してくる。
「こっちが狙いかよ」
ガイナーはサリアを抱きかかえたまま体当たりをかわす。だが魔物の勢いはとまることを見せない。ライサークの光弾すら意にも介さずにガイナーに向かって突進を繰り返した。
「くそっ、完全に狙われてるな」
だが、かわしていくのもサリアを抱えたままではかわす速度も落ちてきているのも事実である。このままでは後数度の突進で直撃を受けてしまうことは間違いない。
「くっ、どうすればいい・・・」
“戦士よ・・・”
「!!?」
不意に何かの声が聞こえたような気がした。声というよりは頭に響いてくるようなものだろう。その声に一瞬でも気をとられてしまったのだろう、何度目かの突進をかわしたときである。ガイナーの足元が崩れてしまう。すでにサリアを抱えたままの状態で動き回っていたガイナーの足はすでに限界を越えてしまっていた。
「ガイナー!!」
「くそっ!」
カミルは魔物に斬りかかろうとするが、一瞬ではたどり着くことは不可能である、ライサークの光弾もすぐには放つことはできない。
ドゴォッッ!!!
轟音とともにガイナーたちは魔物の体当たりの直撃を受けた。・・・・はずだった。
体当たりを行っていた魔物は逆に弾かれていくかのように逆方向に吹き飛んでいく。
“全てが終わるその前に・・・”
二人は目を疑った。そこに立っていたのは間違いなくガイナーだった。一体何をしたのかわからないが、魔物を弾き飛ばしたのは事実である。サリアはガイナーの後ろで横たわっていた。
「ガイナー?」
カミルの呼びかけにガイナーは応えようとはしない。おそらく無意識のうちに行われたものであり、この部屋の中で何が起こったのか知るものは誰もいないだろう。
当のガイナーでさえも・・・
魔物も再びガイナーに向かって突進する。だが、今度はガイナーの手には剣が握られていた。剣は頭より上に振り上げられ、そのまま魔物に向かって振りぬかれた。
ズバシャァァッッッ!!!!
轟音とともに発せられた剣戟の衝撃波は魔物を完全に切り裂き、そのまま後方の壁面に斬撃の跡を残した。物理的な攻撃を一切効かなかった魔物が一刀のもとに両断された。一瞬魔物は何が起こったのかわからぬままでいたのか、やがて魔物は断末魔の咆哮をあげたまま闇の中へ消滅していった。
「すごい・・・」
瞬間の出来事だったのだろう、カミルはしばらくの間呼吸すらも忘れていたためか、収縮しきった肺に一気に空気を取り込む。
部屋中が静寂に包まれる、かに見えた。
だが、それも束の間で、地鳴りとともに再び魔法円が発動し始めたのである。
ゴゴゴゴゴ!!!
再び地鳴りと地震がおそい部屋全体を揺るがす、そして魔法円から発せられた夥しい光の渦はやがて一気に開放されたかのように氾濫し、やがてこの部屋全体を瞬間的に消滅させてしまった。その後に残ったものは、完全に塞がれてしまった広間への入り口と静寂と暗闇が残るのみだった。