第02節
「この先が王都市街…第2区です。」
傭兵たちの中で隊長を務めるアリアンはガイナーたちを部隊の中に紛れさせて第2区にまで案内していた。
これは先ほどまで戦っていた義勇兵の指揮者であった元ラクローンの騎士カストゥールことカストよりの依頼によるものであった。
戦渦に巻き込まれ、寄り辺のなき難民たちは本国の命によって第3区に留まりそれより先の区画、王都市街へ入ることを許されることはなかったのである。第3区に留まることを強制させられた難民達とは異なる立場であるガイナーたちを何とかして王城の内部に潜りこませようと義勇軍の長たるカストの画策したものであった。
「助かった。礼を言う。」
「いえ、しかし…
ライサーク殿、ご自身はくれぐれもお気を付けあれ。
―――――」
アリアンはライサークに近付き周囲に聞こえぬ形で耳元に囁く。
「…わかっている。」
「それであれば、結構です。」
ライサークもアリアンの言葉に頷き二人は別離する。
傭兵の一団は市街へ入ることなく、そのまま第2区の城壁に沿って進んでいった。
「ライサーク、彼は何て?」
「私事だ、お前たちに関係するものではない。」
「そうなのか。」
そう言いながらライサークはガイナーたちとは異なる方向に爪先を向け始める。
向く先はアリアン率いる傭兵達の一団と方向を等しくするものだった。
「ライサーク?」
「俺はギルドに用がある。お前達はこのまま行ってひとまず第2区で宿を探せ。あとで落ち合うことにしよう。」
「ちょっと、宿って言ってもここで別れちゃったらどこの宿なのかわからなくなっちゃうじゃない!?どうするつもりなのよ!?」
「…心配はいらん。ラクローンは初めてではない。ある程度の場所はこのまま市街に進むのであれば概ね検討はつく。」
そこまで言ってライサークは別行動をとるべく、歩き始める。ライサークの向かう先にはラクローンの海の玄関口ともいうべき港が存在している。潮風に誘われるように、ライサークは港のあるほうへと消えていった。
「ギルドに用って…なんだろう?」
「どうせ仕事の報酬でも取りにいくんでしょ。
さ~て、あいつが心配いらないって言うんだったら、あんな奴は放っておいて私たちも行くわよ。」
「お、おいフィレル、押すなよ。」
フィレルはガイナーとエティエルの背中を後押しするような体勢でラクローン王都第2区となる王都市街に向けて歩き始めた。
ラクローンは区画を巨大な城壁が波状に形成された堅固な造りとなっている。それだけに外敵からの防御においても優れている反面、その巨大な壁はラクローンの市民の待遇を区別するものということは同義でもあった。
第3区から第2区までの間にある長い道を抜けて堅牢な城門を潜り抜けると第3区とはまた異なる風景をもつ街並みがそこにはあった。
「ここがラクローン…」
港が近くにあるというだけあって、港とは少し離れたラクローンの市街においてもほんのりと潮の香りがする。
アファともよく似た石造りで出来た建物が数多く軒を連ね、王城までの長い道を石畳で舗装された道が真っ直ぐに敷かれている。
ラクローンの第2区は難民達の住処となっていた第3区とは大きく異なっている。石畳で舗装された道路が敷かれているということは同じではあるも、第3区では主に建立してから随分と年月が経っていることを容易に思わせるほどの木造の建物のほうが多かった。区画においても第2区のほうが綺麗に整理されている。アファとは違う点で言えば、建物の屋根の傾斜が高いものであるということだろう。
ガイナーには知るべくもなかったが、ラクローンは冬にでもなれば周囲を白く包み込んでしまうほどの雪が降り続ける時期がある。そんなとき屋根の傾斜があれば雪の重みに負けることがないように考えられていた。
建物よりもガイナーが気になったものは、街を行きかうラクローンの住人達においてである。街は活気というものがあまり感じられるものではなかった。
「なにボサッとしているのよ!?
早く宿を探すわよ。」
「あ、ああ…」
ガイナーの思惑など知る由もないかのように、フィレルを先頭にガイナーたち3人は第2区にある宿屋を探して歩き始めてゆく。
「なんだろう…この感じは…?」
ガイナーは周囲を見渡す感じを見せながら宿の看板が立っているのを舗装された道を捜し歩く。目に映る街並みはどこまでも厳格な雰囲気を思わせるものであるとともに、どこか寂しさを感じてしまう。
行きかう人の姿がそれほど多いものではないということもあるのかもしれない。以前に立ち寄ったラクローンと同等の国家でもあるアファの街並みと見比べてしまうとどうしても活気というものが見劣りしがちな部分があるのだった。
「どこか寂しげな感じがするのは俺の気のせいなんだろうか。」
「ん~、まぁ仕方ないんじゃない。ラクローンはここ何年もサーノイドの脅威に晒されていたんだから。皆、貝のように殻に閉じこもってしまいたくもなるわよ。」
どこか自問自答する感じで一人つぶやくもフィレルはその言葉を拾って告げた。
「でもそれはアファだって同じじゃないか?」
フィレルの言葉にどこか異論が見出されたのか、ガイナーは少し声を荒げてしまっているのを自覚できていた。
「そうなんだけどさ…
けどそんなこと私に聞かれてもね。」
自らの回答に明確なものがないのはフィレルとて同様だっただけに答えをはぐらかす。
フィレルに問いかけようとしていたガイナーではあったが、エティエルに肩をたたかれたことによりこれ以上の問答は起こることはなかった。
「エティエル?」
ガイナーの問いかけにエティエルはこれからガイナーたちが進むべき方向を指差す。
その方向にはガイナーたちが探していた宿屋を営んでいることを知らせる看板が掲げられ、風に乗ってカラカラと乾いた音を立てて小さく揺れていた。
「ふぅ、これでようやくベッドで眠ることが出来るな。」
「それもあるけど、なんと言ってもご飯よ、ご飯。
ここはラクローンだもの、やっぱりラクローンの海鮮料理が最高なのよ~!!
エルダーンのものとはまた違う味を楽しめるものね~!!」
「へぇ…」
フィレルの妙なテンションの意味がようやく理解しえたガイナーは小さくため息をこぼしてからエティエルの指差す宿屋の扉を潜ることにする。
扉を開けると、やや白髪が目立ち始めたそろそろ初老に差し掛かった容姿のした男、おそらくは宿屋を営む主人である者がドアの音を聞いて別の部屋からガイナーたちの前に現れて出迎えてくれた。
「いらっしゃい。珍しいね。この時期に旅人がやってくるとは。」
「こんにちは。三人…いや四人だけど、部屋は空いているだろうか?」
「今日はお客さんがはじめての客ですからね。問題ないですよ。
お部屋は個別になさいますかな?それとも一つでよろしいのですかな?」
「ああ、それなら…」
「二つね。」
ガイナーが応えるより早くフィレルが宿の主に言い放つ。
「フィレル!?」
「当然でしょ。もしかして私とエティエルの間に入りたいって言うんじゃないでしょうね?」
「ば、バカ。何言ってるんだよ!!
…親父さん、部屋は二つで頼むよ。」
「はいはい。ちょっと待っててくださいよ。」
そう言って宿屋の主は壁にかけていた鍵を取り、ガイナーたちに手渡す。
「お部屋はそこの階段を使ってもらってすぐの部屋の二つになっていますのでね。」
「ありがとう。」
鍵を受け取りガイナーたちは宿屋の二階にある鍵についた札にかかれた部屋番号と同じ部屋を目指す。
宿屋の主人が言うように、ガイナーたちに割り当てられた部屋は階段を上って最初の扉が向かい合わせになった場所にあった。
「それじゃ、ガイナーまた後でね。」
「ああ。」
そういいながらもフィレルはじっとガイナーの表情から目を離すことはなかった。
フィレルの表情はやや悪戯めいたものがあっただけに、ガイナーはやや訝しげに問いただしてみる。
「な、何だよ…?」
「ん~っとね…
もしかして…エティエルと一緒のほうがよかったのかなぁ…と!?」
「!!
なっ…!??」
このときのガイナーの表情はフィレルの悪戯めいた言葉を受けてどのような対応をしたらいいものかわからないといったものだったが、ずっと黙っているわけにもいかずにただその言葉を発した本人に怒鳴りつけるかのようにすることが精一杯だった。
「プププ…わかった、わかった。
それじゃ、ね。」
予想以上の対応を見せてくれたことにご満悦といった感じでフィレルはエティエルの背中を押しながらガイナーに用意された部屋とは向かいにある部屋へと入っていった。
「ッたく…フィレルのやつ、何を言い出すかと思えば…」
思いもよらなかった問いにようやく我に返ったガイナーではあったものの、心のどこかでほっとする部分もあった。
男女で部屋を割る以上、フィレルがこの場にいないのであれば、エティエルを一人にしてしまうことになる。その点においてはフィレルの存在があることは助かる部分は多く占められていた。
それでもフィレルの不意を突かれた発言にどこか居心地の悪さを感じながらも鍵を開け、部屋の中へと入っていった。
それからしばらく、ガイナーと向かいの部屋を宛がわれたフィレル、エティエルも久しぶりのベッドの感触を味わうかのように日が暮れる前までシーツに身体を預けた。