第01節
Act.07 蠢動の野心 ~Desire~
サーノイドとの激戦の末、漸くラクローン王都に入ることが出来たガイナーたち。預言者に会うべく王城を目指すも、そこには幾多にわたる野心と陰謀が見えないところで浮かび上がろうとしている。 一方で、傭兵ライサークに忍び寄る影があった。
登場人物
ガイナー・・・17歳ライティン
メノアから旅をしてきた少年。
ラクローンを目指すも、クリーヤの惨状を見てカストの軍勢に参加してサーノイドを撃退する。
預言者に会うためにラクローン王都に入城を果たす。
エティエル・・・推定17歳ライティン
マールの少女
生まれながらに言葉を持たず、彼女の声を聞いたものはいない。
不思議な直感を持ち、難民が襲われようとすることをガイナーに伝える。
ガイナーと共にラクローン王都に入る。
フィレル・・・18歳ライティン
カストとともにサーノイドに対してゲリラ活動を続けていた少女。
ボウガンなど、特殊な武器を巧みに操る器用さを持つ。
ガイナーとエティエルの手助けをするべくラクローン王都に入る。
ライサーク・・・22歳ライティン
”ブラッドアイ”と異名を持つ傭兵。
素手での戦闘を得意とし、誰も真似の出来ない闘気を操る戦闘法を有する。
ラクローン王都にて単独行動に入るが・・・
ラクローン王・・・20歳ライティン
前国王の末子。
前国王、皇太子の死去により急遽即位せざるを得なくなったために政務などの経験は少ない。
ライサークとも少なからず因縁がある。
サレス伯・・・44歳ライティン
ラクローンにおける有力貴族にして現騎士団長。
政務を国王に代わって摂り仕切るゴルドール候と度重なる衝突を起こす。
ゴルドール候・・・58歳ライティン
ラクローンにおける有力貴族。
現在は経験浅い国王を補佐するという名目で政務の一切を摂り仕切るが、新たな国王に取って代わろうという噂がまことしやかに囁かれる。
仮面の男・・・年齢不詳
ゴルドール候の側近として働く男。
以前メノアにて現れた男と同一人物?
カスト…45歳ライティン
フィレルたちやかつての仲間たちとともにサーノイドと戦う者達のリーダー。
かつてのラクローン騎士団長。
ラクローンへを攻撃するサーノイドの軍勢を迎え撃ち撃退に成功するも、王都に入ることが叶わず、近隣の集落へと落ち延びた。
アリアン・・・25歳ライティン
出陣することのない騎士団に代わりサーノイドに向けて出陣した傭兵の軍勢の指揮を執る傭兵隊長。
ティリア・・・年齢不明
サレス伯に仕える密偵。
ライサークの動向を探っている。
ドミニーク・・・年齢不明 サーノイド
サーノイドにおいて高い地位を有するであろう存在。
全身に黒い甲冑を纏う巨漢。普段でも兜を取ることはなく、その顔を見るものは少ない。
自分の胴体ほどの刃を持つ巨大な戦斧を手にしている。
クリーヤの城砦でライサークとの戦闘後、いずこかへと消えたが・・・
テラン大陸北東部に位置するライティン達の興した国家ラクローン。その歴史は南部に位置するアファよりも歴史はさらに古い。
かつてクリーヤで戦い抜いた者達は戦いが終わったことを知ると、山を北に下り広大な湿原を抜けて海に面したこの地にライティン達による巨大な国家とした体制を築き始めていった。
大戦が終わったその頃、戦士も英雄と呼ばれた者たちもすでにいずこかへといなくなってしまっていた。そんな中、残されたライティン達を奮い立たせて今の王都のある位置まで導いた者の名、すなわちラクローンとは初代国王であった者の名前をとったものであると王都の公式記録には残されている。
何故、この湿原を選んだのかという部分に関しては未だに定かではない。
一説では“外部からの進入を困難なものとする”という考え方もあれば、“クリーヤの山を南に抜けることが当時は出来なかった。”などといった説が挙げられているが、いずれも確たるものを持ち合わせているわけではない。どのような理由があるにせよ、この地に新たな秩序が生まれたことだけは紛れもないことである。
広大な湿原を長い年月をかけて切り拓き、目覚しいばかりに発展した一大都市がそこには生まれていた。
ラクローンの国家体制としては絶対的な君主制を執られており、国王は代々一王家によって受け継がれてきた。現在の国王の代で実に87代にまで数えられる。
ラウナローアの北側に位置するために一年を通して平均の気候は比較的低いものではあるが南のアファと同様に四季というものは存在する。夏は穏やかな日々がつづくものではあるが、冬ともなれば周囲は一面の銀世界へと変貌を遂げることも珍しいものではない。
周囲の土壌も湿原が多く存在することからここら一帯は水はけが決していいものとはいえず、農作物の収穫は沿岸の一部地域に限られる。しかしそれ以上に北から流れる海流による荒波に揉まれながら育つ魚介類といった水産資源が何よりも豊富なところであることも特徴的である。
漁や交易といった船を利用する産業や商売が盛んであることから、ラクローンではライティン達においては主神格である女神ティーラを崇め奉るよりも、海神ネプトゥヌスを崇めるものの方が多い。
実際に長い歴史の中、いくつかの例外はあるものの歴代の国王はティーラの神殿において戴冠式を行うのではなく、ラクローン郊外に存在するネプトゥヌスの神殿にまで赴き、そこにおいて行われているということも記録されている。
早くから国家としての秩序があったことからラクローンはライティンによる歴史の生き証人としてこれまで存在し続けていた。
そしてラクローンに居住する種族の全てがライティンによって形成されている。何よりアファと異なることは異種族との交流を一切受け付けない鎖国的な体制が挙げられる。
先の大戦時において多くの種族と戦うことになったライティンはいつからか異種族の存在を認めることを良しとしない考えが重きをおくことへと変わっていったことにより、いつの時代においてもラクローンの人々は異種族を受け入れるということをすることはなかった。
ラクローンという国において異種族は永住することはおろかラクローン王都へ入ることさえ許されることはなく、純血のライティンでなければ市民権さえ得られることはなかった。
それがラクローンにおいて誇れるものではありながら、同時に蔑むべき部分とも言うべきものであると言う者もあった。
閉鎖的な考えを持つ分、ライティンの種としての濃さはどの地域よりも高いことであることもまたラクローンならではではあるとも言えるのかも知れない。
大戦から二千年経った現在においてなお、玄関口とも言う港において寄港による滞在のみを容認してはいるものの、それでもラクローンにすむことを臨んだ者たちはラクローンの郊外、あるいは城壁の外側に居を構えるようになりはじめてもいた。
そういう経緯を踏まえながらもさらには異種族や住む場所を失ったものたちが次々と集まってきては集落を形成してきた。いつしかそこはラクローンでは第3区と呼ばれる場所ようになり、ラクローンの行政さえ関わるものも少ないいわばスラムといった区画となっていたのである。
当然ながら、普通に市民権を有する城壁の内にいる人々はこの区域に近寄ることはない。そのため、王都の市民からの迫害、王都の兵士たちの弾圧というものも少なからず存在していた。
対象的に同じライティンであってもアファの人々は異種族をいつの時代からか数多く受け入れる政策を執り始め、数多の文化や技術によって栄えることとなっていた。
しかし、両国家においても貧富や身分といった格差が生じていることは否定できない。
そんな中、ラクローンはいい意味合いも悪い意味合いも含め、大戦からの文化を継承し続けている国でもあった。
現在、第3区はこれまで見たこともないほどの大勢の難民によって密集されたものとなっていた。
それはつい先日までラクローン王都近郊の湿原において異種族、サーノイドと魔物の軍勢によっての戦闘があったことに起因がある。
サーノイドの軍勢によって王都は侵略の危機に晒されていたといってもいい。
それによってラクローンの近郊、遠くはクリーヤの山脈にあった集落を追われ命からがら王都まで逃げ延びてきたものたちがこの第3区に集ってきていることが要因である。
王都の中に知己があるものであるのならば、その者たちを頼ってゆくことも出来ようが、誰一人として頼るものが無い者はこの区域において留まることを余儀なくされるのであった。
難民でひしめき合う第3区の中を王都市街へと歩を進める集団が存在する。
難民ほど多数ではないが、それでも人数的にいえば500人は存在していた。
その者達のほとんどは人それぞれながらも武装した姿、報酬が発生することによって戦闘を請け負う戦いを職業とする者達、いわゆる傭兵の集団であった。彼らは先ほどの戦闘においてクリーヤの山岳地帯においてサーノイドの軍勢相手に必死の抵抗をし続けてきたカスト達義勇兵を救わんがために出撃し、見事にサーノイドの軍勢を撃退させることに成功して今まさに王都へと凱旋するところであった。
報告そのものは朗報と捉えてよいものではある。だが、正規の軍勢とは異なり傭兵が出撃することになったことにおいて些か疑問視される部分もある。
なぜ王都の中央の者達は正規の騎士団を用いることはなかったのか?
その答えを求めようと考えるものも王都の住民も少なからず存在もしていた。
しかし、王都からこれらの回答がなされることは何一つないまま数日が過ぎ去ってしまっていた。
そんな不安を抱く王都の中を、まさに勝利を収めた傭兵たちは帰還の徒につく。武装した物々しい男たちの中に紛れながら進む者達の姿が見て取れた。
「王都の人たちもどうしてこれほど希薄なのかしらね!?」
周りに聞こえてしまいそうなほどの声を張り上げ憤りを口から吐き出す声は大柄な容姿の多い傭兵たちから見れば一際小柄な姿から発せられていた。
赤い髪は短く整えられ、瞳はライティン特有の茶色に輝かせている。皮製の軽装の鎧を身につけているとはいえ、小柄な人物は女性であるということを隠せるものではなかった。
少女の名はフィレル、先ほどまでサーノイドの軍勢相手に怯むことなく戦っていたものの一人である。フィレルの丈の短い着衣に巻かれたベルトの両脇には戦いに用いられた短剣と特殊な形状の小型の弩をぶら下げた状態に取り付けられている。
「仕方のないことだ。今でこそそれほどではないにせよラクローンはこの区画のせいで差別がなされていた部分も強く残されている。」
フィレルの言葉に冷静な面持ちのまま現状を語る黒髪の青年。
周囲の傭兵にも劣ることのなく、鍛え上げられた筋肉を浮き彫りにさせた屈強な腕を晒した戦士風の風貌。
何より特徴的なのは男の瞳が他のライティン達とは大きく異なり紅く鋭い眼光を有していることだろう。
男の名はライサーク。彼自身は”ブラッドアイ”という通り名で呼ばれる凄腕の傭兵でもある。
ライサークもまたフィレル同様にサーノイドの軍勢相手に戦いを繰り返していた。
その戦いにおいて新しく生み出された傷に宛がわれた腕や身体に数多く巻かれた布や湿布が痛々しく感じられるものの、それこそ男が戦ってきた場所というものがそれだけに凄まじいものであるかが伺えるものであった。
「差別って、同じライティンなのに…!?」
ライサークの言葉に新たに憤りを覚えるもう一人の姿、髪は同様に黒髪で男性にしては長く、女性にしては短い収まりの悪い髪形に同じ色をした瞳を輝かせた少年。
ガイナーと周囲からは呼ばれる少年もまたなりゆきとはいえ、サーノイドとの戦いに参加していた。しかし、ガイナーの本来の目的は異なるものであった。
ガイナーは南に位置するクリーヤ山脈を越えた同じライティンの都市国家アファよりさらに南に位置する辺境の島メノアからやってきた。
その目的はこの王都に存在するという預言者に会うためであった。
しかし、ガイナーは旅の途中、命を救ってくれたガイナーの傍らに立つアクアマリンの色をした髪にエメラルドのような瞳を持つ少女エティエルを救うため、クリーヤの山から逃れてきた難民を救わんがために先ほどまでの戦いに参加していた。
エティエルは元々クリーヤの山にあった集落の住人であった。
しかしその集落、マールはサーノイドの軍勢によって滅ぼされてしまった。あろうことか、その集落はサーノイドの将サーズの手によって毒を撒かれ、もはや誰も近寄れないほどのものとなってしまっていた。
辛うじて落ち延びることが出来たエティエルもまたガイナーと行動を共にすることでこのラクローンまでやってきていた。
「ライティンとはいえ、王都にいるものとそれ以外に住むものとは異なるという考えがこの国の者たちのもつ考え方が根強く残っているのさ。」
「はぁ、なんか悲しい人たちね。」
「・・・・・・」
「けど、もしこの国の王様に会うことが出来るんだったら、一言文句言いたい気分だわ。」
ガイナーやフィレルといったアファ方面から来たものからすればラクローンの体制というものを目の当たりにすればどうしても思う部分があることは否めない。
それぞれ内に鬱憤が溜まる中、ガイナー、エティエル、フィレル、そしてライサークといった異色の小集団は王城へと進んでいった。
預言者に会う。どのような者であるのかさえわからぬまま、ただそれだけのためにガイナーははるばるラクローンまでやってきた。
ガイナーからすれば何としてもという想いが外に漏れ出してくる。
傭兵達とともに、ガイナーたちは王都市街へと続く中門を通り抜けて行った。
その先にはラクローンにおいて市民権を有する者達が生活を営む場がそこにはあった。
この王都に在ると言われる預言者。その存在があることは誰もが知っていようとも、どのような姿でどのようなものであるのかはラクローンの市民でさえ誰もわからない。王族以外が会うことを許されず、これまでずっと秘匿され続けている存在に一介の辺境の少年が会いに来る。
本来出会うべくもないこの事態が古い歴史を持つ王都の運命を大きく揺るがすものとなることを誰一人として思うはずもなかった。