第13節
十数年ぶりの来訪者を送り出した灰色の世界を囲う岩山のひときわ高い位置に人の姿がある。
女性のように長く見栄えの良い艶やかな金髪は風をうけてゆっくりとなびかせている。
女性を思わせる容姿ではあるものの、それが男性であることは体格を見れば明らかではある。
この灰色の世界を故郷としてするトレイアの皇子、金髪の青年ヴァルカノンは送り出したばかりの来訪者が去ってゆく様を遠目から眺めていた。
その姿を見て何を考えているのかは誰にも推し量れるものではない。ヴァルカノンはただじっとトレイアを去ってゆく者達をみてふと懐かしさを覚えてしまうかのような言葉を口にする。
『この地獄へと変わり果ててしまった無慈悲なる世界よ、あなたは私の周りから全てを奪い去って行った。
私の愛するものまでも…
…偉大な存在にして哀しき竜の姫君よ、大いなるときの流れに逆らいてまで戻ることのない戦士を待つのか…
その流れる時を傍観してまで見つめ続けている先に何がある。』
それはヴァルカノンが幼少の頃、あるいはそれよりもはるかに遠い昔からある唄の一説だった。
おもむろにヴァリアスたちに伝えられていた唄を口ずさんで唄い終えると同時に金髪の青年ヴァルカノンの足下に巨大な影をうつしだす。
影は一層濃さを増し、やがてヴァルカノンの頭上において飛来したものはその巨大な姿をヴァルカノンの目の前に現す。ヴァルカノン同様、美しい金色の鱗に全身を覆われた巨大な竜の姿だった。
竜は小さな地響きを生み出してヴァルカノンの傍らに降り立つと、ヴァルカノンの顔を窺うかのような仕草で長い首を傾げる。
「…
これでよかったと言うのだな…?」
ヴァルカノンの言葉を理解しうるのか、竜はヴァルカノンのほうに長い首を捻り、その顔を向け恭しい態度を見せてから声にならない小さな啼き声を出す。
「わかった。お前がそういうのであれば私は何も言うことではない。
あとはあの者次第だ。」
ヴァルカノンも竜との意思を疎通させることが出来るかのように竜の長い首を小さく撫でる。その手を止めヴァルカノンは再び不毛な荒野が広がるトレイアの大地を見渡す。
すでに先ほどまでこの地に留まっていた客人の姿は無く、ただ山頂は風が吹き荒ぶのみでしかない。
「これでお前との約定は果たした。これよりは私の意に従ってもらうぞ。
それでよいな? 金色の竜ゴルディアークよ。」
ヴァルカノンの言葉を受けて金色の竜は首を落として身体を低くする。
その様子を見てヴァルカノンは竜の背に跨ると合図するように首を軽く叩く。
金色の竜は首を持ち上げ、天に向け一際大きな声で嘶くと、背中にある巨大な翼を最大限にまで広げて大きく羽ばたかせる。周囲に幾重にもの風の流れを生み出しては、ヴァルカノンを乗せた金色の体躯はゆっくりと天高く舞い上がる。やがて巨大な翼をこれまで以上に羽ばたき、僅かな間に姿を見失ってしまうほどに一気に雲を突き破り大空を疾駆していった。