第09節
ズゥゥゥンッッ!!!!
重苦しいまでの響きが周囲に反響しては魔法の雷を身体に受けた巨竜は全身を大きく震わせ、身悶える。
全身にほど走らせてゆく痛烈なまでの電撃に巨竜は意識が混濁したのか、小刻みに頭を振る。
「手応えはあったが…?」
一度距離を取り様子を伺うヴァルカノンではあったが、一撃をもって仕留めることが出来るなどとは考えてはいなかった。
ヴァルカノンの判断は正しいもので、魔法の雷の一撃を痛烈に受けたドラゴンではあったが、時が経つにつれ意識を取り戻し、至近距離であったとしてもヴァルカノンに怒りの矛先を向けて口を開き、火球を吐き出す。
「ヴァルカノン!!」
どうあっても直撃するほかはないというべきものではあったが、火球はヴァルカノンに当たることなく四散していた。
それはすばやく火球とヴァルカノンの間に割って入ったカミルの大剣の一閃によるものだった。カミルの魔力を含む大剣はここにおいてもドラゴンの火球を両断した。
「…助かる。」
カミルの援護を受けたヴァルカノンは再びドラゴンの懐に潜り込み、今一度両腕に魔力を込める。
「デアライトニング!!」
瞬間に生み出された球状の雷は再びドラゴンの身体に直撃する。その巨体は再び雷による電撃を流れ走らせることによりその身を打ち振るわせる。
それにとどまらず、同時にヴァルカノンはそのままドラゴンに向けてさらに近づき、腰に帯びていた剣とは異なり、金色の竜を模った杖をドラゴンの腹部に向ける。
それはこの塔の内部へと入る際に鍵の役割をしたものだった。
「…
いいのだな?」
それが誰に対して、何に対しての問いであるのかをこの時点で知るものは当人をおいているはずもないものではあった。
ヴァルカノンは手にした杖に力を込め、杖の一部を捻るように回す。
ヴァルカノンの行為が巨竜を屠るに十分すぎるほどのものであったということを次の瞬間、驚愕を持って二人の中に知らされた。
ズシャァァァッッッ!!!!!!
「なっ!!??」
杖の先にある竜を模った部分から放たれた一筋の光はこれまでのものとは比較にならないほどの強烈な閃光を生み出したことによってその成り行きを見ていた者たちは光の世界へと一瞬ではあれども誘われ、視界を奪われた。
光は一瞬で消失していったが、その一瞬の閃光は巨竜のほぼ中心に当たる部分を貫いていった。
それにより穿たれたものが巨竜の心臓部であったために、その穴からはおびただしいほどの量の赤黒い液体を勢いよく噴き出し始める。
赤黒い液体から発せられる鉄の錆びた臭いと身肉を焼き尽くし焦げた臭いが周囲に充満させてゆき、三人の鼻腔に刺激した。
腹部を穿たせた当の本人は赤黒い液体のシャワーを浴びることなくその身を翻して距離を置いてその様子を見守る。
「む…!?」
完全に止めを刺したかに見えたが、巨竜は最後の力を見せたのか、あるいは目の前の敵と刺し違えることを選んだのか、ヴァルカノンに向けて巨大な口を開きその牙を持って報いるべく襲い掛かろうとしていた。
「ヴァルカノン!!」
その牙はヴァルカノンに触れることさえないままに、一本の剣によってそれは阻まれた。
襲い来るドラゴンに向かってカミルは飛び込み、手にしていた大剣を額に向けて突き刺す。
剣はこれまでいかなるものも弾き返してきた巨竜の鱗をものともせず額に突き刺さった。
突然のことに身体が反応していた。我に返ったときはすでにドラゴンにとどめの一撃を加えていた。なおも大剣を握る手に力が入るごとに深くドラゴンの内部へと沈んでゆくのを感じ取っていた。
「グオォォッッッ!!!!!!!!!」
巨竜は苦痛からくる咆哮とともに再びその場に崩れ去ろうとしたとき、カミルは剣から手を離し、身をドラゴンから遠ざかる。額に大剣を突き刺したままの巨竜はその身をのた打ち回らせては地響きを加えては床面を揺さぶる。
しばらくの間暴れ狂うかのごとき動きを見せてはいたものの、体に穿たれた巨大な穴と、剣を深く突き刺されたままの体制ではその身を四肢だけで支えることが出来なくなり、やがて力尽きてその巨体を地べたに這いつくばらせる。
そのままの状態で小刻みに身体を震わせてはいたが、ほどなくして巨竜が動きを完全に停止させた。
「ハァ…ハァ…止まったのか…?」
「おそらくはな…」
カミルとヴァルカノンはそれぞれ先ほどまで狂うが如き暴れる動きを見せながらも凄惨な最期を迎えてしまった巨竜の屍を目にしていた。
「お二人ともご無事ですか!?」
巨竜が倒れるのを見てからアルティースは二人の前に駆け寄り、巨竜の前に三人が並び立つ。
「うん。僕は大丈夫だよ。」
「…問題ない。助かった。」
「いえ、礼には及びません。」
お互いがそれぞれに助けられたことを謝す姿を見て三人は危機を乗り越えたかのような安堵感からか、かすかに口元を緩ませていた。しかし、その後に響き渡る声に表情は再び強張らせてしまう。
“戦士よ…”
「!!!??
何だ!!?」
まるで地獄の底から響いてくるかのような、まるでこれから地獄へと誘っていきそうな低い声がこの場に立つ全ての者の脳裏に直接語りかけてくる。
すでに冥府の門をくぐったものと思われていた巨竜が発していると思われるだけに三人の驚きは小さいものではなかった。しかし、さらに驚かされたのは頭に直接響き渡る巨竜のものと思われる声、そしてその言葉であったろう。
「!?
これは、…??」
「…僕を呼ぶ声?」
“我を屠りてこの先を目指さん者達よ…
その先にあるものは我らヴァリアスにとって希望そのものなり。
心せよ…、もしそれを絶たんとするのであれば…”
「ヴァリアスの希望…??」
“我が身に降りかかりし呪いをもって…”
最後まで言葉を並べることなく、声は断末魔とも言うべき咆哮によって遮られ、言葉は途絶えた。
巨竜の見開いたままの瞳の先には先ほど自らを屠った二人の青年の姿をじっと睨みつけているかのようだった。
「すまぬな…
赦せ…」
ドラゴンを屠った金色の杖を腰帯についた金具に掛けながら、息絶えたと思われるドラゴンを前にヴァルカノンの謝罪はそれに対するものというのではなく、また趣の違うものを見せているようにカミルには見えていた。
「…気にするな、独り言だ。」
「ヴァルカノン…」
カミルが問う前に結論付けたヴァルカノンを前にカミルはこれ以上問うことも叶わぬまま、立ち尽くしていた。
目の前のドラゴンはこれ以上動く様子を見せることはなく、これまで時間に逆らって存在してきたことへの負債を払わねばならなかったのか、ドラゴンの身体は瞬く間に腐敗してゆき、剣を通すことのなかった堅い鱗も爛れ落ちてゆく。骨は灰と化し、足元に溜まった液体も蒸発していった。
再び鼻を強烈に刺激する死臭だけを遺して…
床面にはすでにカミルが突き刺した大剣を残して何もない状態となっていた。しかし、この何もないはずの空間には最後に遺していった巨竜の言葉に未だ理解がしえない部分を有しながら漂わせている。
静まり返った世界が広がる中、カミルは疑問を反芻するように口を開く。
「この先にあるであろうヴァリアスの希望…」
「この先にあるもの…、それはもしかすれば…」
「アルティース?」
「そうですね。これほど力のあるドラゴンが守護していたもの…もしかすれば宝具か神具の類なのかも知れませんね。」
「宝具?神具??」
カミルにとっては初めて聞いたはずであろうアルティースの言葉に問い返す。
「ええ。ヴァリアスにおいては古い文明にあったこの地からすれば、その可能性もあると思ったので…」
そのままアルティースは記憶の持たないカミルに宝具の概要を伝える。
宝具や神具といった類は文字通りラウナローアにおいて存在していた神々の手によって生み出されたもののことである。あるものにおいては武器であったり、またあるものは魔法具でもあったりする。形状はさまざまではあるが、その力たるは今現在の世界においては到底生み出すことの叶わぬものでもあった。それゆえに、現在となってはそれらを手にするものなどいようはずもないものでもあったりする。
「…そんなものが。」
「ヴァルカノン、もしやとは思いますが、あなたの持つ杖、あれほどの力を有していたものであるのならば、それは宝具なのではないのですか…!?」
目の前においてドラゴンを一撃の下に屠った金色の杖、それを目の当たりにしたアルティースはそうした仮説を立ててヴァルカノンに向けて突きつけるかのように問いかける。
「・・・・・」
当の本人のヴァルカノン自身は肯定も否定するものでもない素振りを見せながら沈黙を保っていた。
「いかがですか?」
さらに促してくるアルティースに一呼吸置き、ヴァルカノンは返答を返す。
「それは単なる好奇心からなのか?それとも…」
「・・・・・」
ヴァルカノンは一度言葉を留めてから口を開く。
「…それともお前がレミュータゆえのものなのか!?」
「え…??」
ヴァルカノンの言葉にカミルは反対にアルティースのほうに顔を向ける。
「…やはり気付いていらしたのですね…。」
アルティースの言葉は淡々とした語り口であり、それは否定を意味するものではないものだった。
「お前の魔力はライティンのものとは質が異なる。そうなればレミュータであるという以外にあるまい。」
元来、ヴァリアスという種族は、個人差は多少あれども、レミュータはもとより、ライティンやファーレルと比べてみてもどちらかといえば魔力という点において劣る部分がある。
ドラゴンとしての力を色濃く遺した古い時代であるのならばそれなりの魔力を有したものもあったといわれている。しかし昨今の歴史の中でヴァルカノンほどの魔力を有したものはヴァリアスの中においては稀有なものではあったことは否めない。
現にヴァルカノンは先ほどまでいたドラゴンに痛烈な一撃を加えていたことが裏付けられる。
「仰るとおりです。さすがにそれほどの魔力をお持ちであれば…ですか?」
「…そういうことだ。」
「アルティース、今レミュータって…」
ヴァルカノンとの会話の中に話の見えない部分を残したままでいたカミルだったが、ふと発した言葉をごく最近に聞き及んだことがあったこともあり、アルティースに訊ねてみる。
「…申し訳ありません。別に隠していたわけではないのですが…
たしかに私はライティンではなく、レミュータと呼ばれる種族です。」
「…そうだったんだ。」
アルティースが素性を隠そうとしていたことにはいくつか理由が挙げられる。
ラウナローア、特にライティンにおいてはレミュータそのものを毛嫌いするというわけではないものの、現に多種族と関わるということを好しとしない風潮もないわけではない。そういうことであれば、自ら混乱を招くようなことをすることは得策とは言えないものである。
ファーレルのように青い目を有するといった種族独特の身体的特徴があるわけではないことから、ヴァリアス同様にライティンの中に紛れたとしてもなんら代わり映えすることではなかった。
現にそうやってライティンの居住する地域においてはそういった種族が紛れたものは今となってはそれほど珍しいものではなかっただけに、アルティースもまた波風を立てぬようこれまで旅を続けてきていた。
「先の大戦のころであるのであればまだしも、今となっては種族といった隔たりはないようなものだからな。気にするほうが妙なものといってもいいかも知れん。」
「たしかにその通りです。」
実際のところ、この場に立つ者達というものは小さいながらもファーレル、ヴァリアス、そしてレミュータといった多種族の集まりが実現している。
「だけどレミュータ…、たしか封印を司る神の名前だったと思うんだけど…!?」
カミルからすれば旅を共にしてきた者がライティンではなかったことなどは、些細なことに過ぎないものだった。実際、カミルもライティンではなくファーレルである。何よりも素性の知れないものといえばカミルこそ最たるものであるという自覚が少なからずある。
むしろ“レミュータ”というその一語において関心を示していた。
その質問こそ、純粋に記憶を手繰り寄せるためのものであることをアルティースも知っている、それゆえにその問いにも快く応える。
「ええ、そのとおりです。我々の祖はあなたの言う知性と魔力を司るラウナローアの四柱神の一人、レミュータに由来します。」
「そういうことだったんだ…」
疑問が一つずつ紐解かれてゆく中、ここにきてカミルは漸くアルティースの博識さ、そしてその身に纏う強力な魔力に合点がゆく。同時にアルティースの旅の目的というものもうっすらと見え始めてもいた。
「それじゃ、アルティースの目的っていうのは…」
「ええ、以前にも言いましたが、私はレミュータとしての知識を元にこのラウナローアに存在する歴史的な意味を持つものを自らの目で見聞、探求し、それらを編纂していきたいのです。
そのためにはこういった場所においても足を踏み入れねばなりません。」
「…そして、宝具の所在を確固たるものとしておくというのではないのか?」
「え…!?」
「否定はしません…。そう取っていただいても結構ですよ。」
「アルティース…」
ヴァルカノンの指摘は完全にアルティースの思惑の全てを網羅していた。僅かに眉を潜ませるものの、アルティースもまた包み隠すことなく応え、ヴァルカノンにもまた先ほどの問いを返す。
「…そんなところだ。この『ゴルディアーク』はな。」
「ゴルディアーク…、たしかヴァリアスに伝わる金色の竜と同じ名なのですね。」
「そうだな…。さすがに博識なところは、レミュータならではといってもいいのかな!?」
「…恐れ入ります。」
「まぁいい。今はそのようなことは些細なことに過ぎないな。
どのみち、もうすぐ目的地にたどり着くのだからな。
先を急ぐべきだろうな。」
そういいながら、ヴァルカノンは阻まれることのなくなった先への道に爪先を向ける。
「…うん。」
「そうですね…。」
ここで論じたところで解決する糸口も見えているわけではないことを二人とも重々承知しているだけに、ヴァルカノンの言葉に素直に従い二人もまた先への道を進み始めていった。
「・・・・・」
そしてヴァルカノンの後を追う間、カミルは巨竜の遺した最後の言葉が頭の中から離れることはなかった。