第06節
魔法具によって生み出された透明の足場を通り抜け、足場と同時に生み出された岩穴のような入り口を三人は潜り抜けていった。
内部の通路は狭く、三人はヴァルカノンを先頭に縦に一列になって歩き始める。
明りもなく、まるで洞窟の中を進むような感じにどこまで続いていくのかも見通しの立つことのないほどの通路を進むが、ある程度の距離を進んだとき、アルティースの中にふとした疑問が浮かび上がる。
「…おかしくはないですか?」
「アルティース?」
「この通路の長さです。すでにかなりの距離と時間を歩いていますが、一向にどこかに曲がると言ったようなものもなく、このままでは塔の端から端へと歩いているようなものです。いったいこれは…??」
アルティースの言うようにただひたすらまっすぐに進むこの通路は三人が見た塔の外観から推し量った長さを超えるものとなっていた。
「!?…
確かに妙だね。」
アルティースの指摘とは異なり、カミルもまた塔の内部へと入ったそのときから奇妙な感覚に襲われてはいた。
その感覚をカミル自身は以前にも感じた経験があるものであったことは現時点においてはいまだに伏せたままでいた。
以前、とはいえどもカミルが今ある記憶の中での範囲でのことではある。そう、ガイナーとリーザが傍らにいたあの樹海の奥に入り込んだ時に感じたものと似たような雰囲気を醸し出していることに。
「その答えなら、もうすぐわかるはずだ。」
「ヴァルカノン…」
先頭にいながら二人の言葉を聞いていたヴァルカノンは二人に振り返ることなく、ただひたすらに歩き続けていた。
ヴァルカノンの言うようにアルティースが生じさせた疑念はこの洞窟のような通路を抜けた時、晴らされようとしていた。
しかしそれは、さらに別の疑問を生じるものだったこと、そして三人はそれに驚きをもって迎え入れようとしていた。
「ど、どうなっているんだ…これは…!??」
暗い洞窟のような通路を抜け、ようやく視界が開けた先に映し出された景色は巨大な神殿を思わせるような構造をした巨大な空間だった。
天井は高く、さまざまな色のモザイクに模している床面は大理石で造られており、まっすぐに伸びた回廊を形成している。
その各所に階段が備わっており、徐々に上へと昇っていくという点においては塔という呼称にふさわしくはある。しかし、外観とは大きく異なるこの広大な空間に関しては別の説明を必要とする。
「この空間はおそらく我々がいた世界とは異なる空間に存在しているようだな。」
「違う世界!?」
ヴァルカノンはこの空間の異様さを違う世界と称する。たしかにこの空間をたとえるにそれ以外の言葉を見出すことは無いのかもしれない。
「いずれにせよ、ここで立ち止まっていても仕方あるまい。
ここはこの道に沿って進んでいくべきだろうな。」
驚愕をもって迎えられたこの空間をそう言いながらヴァルカノンは細くどこまでも続いていそうな大理石の床を歩き始める。
「うん…」
ここまで来て引き返すわけにもいかず、二人はヴァルカノンのあとを追うように続いていった。
床に鳴り響くブーツの音が小気味よく周囲に響き渡る。
その音が反響することもなく掻き消えていくことがこの空間の広大さを物語っていた。途中でいくつかの階段を上るも、道が枝葉のように分岐している様子もなく、進むべき方向はなんら変わることなく三人はただまっすぐに伸びきったままの回廊を進む以外に選択肢はないという状態ではあった。
「ここは一体何なのだろうか?」
「…くわしくはわからないが、おそらくこの奥には我々トレイア、いやむしろヴァリアスがずっと遺してきたものがあるのかも知れん。」
「ヴァリアスが遺してきたもの…」
「おそらくここは、ヴァリアスにとって聖地ともいうべきものなのだろう。」
「聖地…」
「もしかすればヴァリアスが遺してきたなんらかの宝物ともいうべきものがあったりするのでは…?」
「…あるいはそういうものなのかも知れんがな…」
「ヴァルカノン…」
このとき宝物と聞いたとしてもヴァルカノンはあまり興味を示すことなく淡々と応えていた。
その様子にカミルは不思議な感覚にとらわれようとしていた。
カミルが聞く限りヴァルカノンの語りようはまるでこの奥にあるものを知っているかのような口ぶりだった。
だがこのことで追求するわけにもいかず、カミルはただ黙ったままヴァルカノンのあとをついて歩く。
「しかし、ヴァリアスが私たちの住む場所とは異なる次元を行き来できるようなものを有していたというのははじめて聞きます。」
「…おそらく、ヴァリアスのものというわけではないだろうな。」
「!?…と言いますと?」
「…それは私よりも自分のほうが詳しいのではないのか?」
これまでのようにこちらに振り向くことなくヴァルカノンは言い放つ。
それを言われた当事者たるアルティースは肯定も否定もすることなくただ、押し黙るのみだった。
「それにしてもこの魔力は…?」
ここにきてようやくではあるもののカミルは魔力を感じてはいた。
塔の内部、もしくはこの異空間とも呼べるこの区域に入ってからは外部においてはかすかに流れているにすぎなかった魔力がこの周囲にたちこめているかのような感覚を有していた。
「本来収まるべきではない場所に全く異なる空間を生み出しているのです。魔力の膨大さは尋常なものではありません。」
魔力に敏感なほうではないカミルが感じていたものである。外部においても感じていたアルティースからすれば、この空間は魔力の海におぼれてしまいそうな感覚を有していたに違いない。
カミルとアルティースは終始、塔の内部の空間に驚嘆の声を出しながらもひたすらに前へと進んでいった。
入り口を抜けてからすでに十数回ほどの階段を上っていた。しかし、進む方向はただひたすらにまっすぐであったことから、どれほどの高さに達しているのかはわかりにくいものはあった。
終着点も出口も未だに見えない中、先頭を行くヴァルカノンはその先にある何かを感じ取り、不意に足を止める。
「む?」
「ヴァルカノン?」
「…この気配は…」
その場に足を止めたままヴァルカノンは前方につづく道に意識を向ける。
これまで進んできたような場所とはやや異なり、道幅は徐々に広がっていき、一つの階層といった感じを窺わせるものとなっていた。
しばらくの間立ち止まっていたヴァルカノンであったが、カミルたちに何も告げぬまま再び歩を進める。
ヴァルカノンが感じたものの正体はこれより先の階層に形となって具現化されていた。
「こ、これは…」
「なんという大きさだ…」
その先の階段を上りきるとそこは道というものではなく、広大な床面積をもつ区域となっていた。
その中央に位置する場所に、巨大な山のような存在に三人は息を呑む。
「これがドラゴン…」
近くによると、その山のような部分は爬虫類に似たような姿を見せていた。
胴体部より伸びる四肢と長い首と尾を丸めて身体を横たえたままでいる。
外観はやや青みを帯びた爬虫類や魚類が持つような独特の鱗で覆われた分厚い皮膚に首の周囲にやや鬣のようなものが残されている。
四肢には鋭い爪がそなわり、頭部にはすでに片方は折れてなくなってしまってはいるものの、剣を思わせるような巨大な角が存在していた。
「どうやらこのドラゴンはこの先にあるものを守護するために存在していたようだな。」
「…そのようですね。ですがすでにこのドラゴンは絶命して久しいもののようです。」
アルティースの言うように、この巨大なドラゴンはすでに絶命しており、やや腐臭のようなものも周囲に漂わせてはいた。
「…行くぞ。
まだここが終着点ではない。」
「あ、うん…」
すでに動くはずもない巨竜の屍を迂回して三人はその先を目指して進もうとしていた。
“グゥゥゥゥ…”
「…!!???」
地響きに近いうなり声が周囲に響き渡るのをカミルは耳に入ってくる。
「カミル…?」
「この竜…」
妙な違和感に内包された悪い予感を抱きながらカミルは恐る恐る屍竜に顔を向ける。
カミルの視線の先にあったのは地面を揺さぶるような地響きとともにその全貌を現した先ほどよりも高く聳える巨大な存在だったことにカミルは声を失ってしまっていた。
命の灯が消えていたはずのものは四肢をしっかりと地面に付けて三人に対峙するドラゴンの姿がそこにはあった。