第05節
「こんなものがあるなんて…」
「岩山の周囲を削り取って造られた塔…
これは確かに見落としてしまうところでした。」
トレイアの中心に出来た巨大な空洞を迂回し、さらに奥へと足を運んだ二人が目にしたものは岩山を削り取って造られたような姿の巨大な塔だった。
塔とは呼称はするも、外観がごつごつの岩肌のままであったことから遠目から見ても岩山の一角にしか見えないものだったことは二人にとっては盲点でもあった。その近くに寄ることにより、その内部をくり抜いた窓のようなものをいくつか見受けられることからはじめて、これがただの尖った岩ではなく、れっきとした建造物であるということを認識できるほどのものだった。
だがこの岩山を削り取った様相の塔にはいくつかの窓は存在してはいてもその出入り口ともいうべきものは見渡す限りには存在していなかった。
そして何より、何人もの進入を拒んでいるかのような深い堀が周囲に開けられてそこは孤島のような状態を見せていたことに塔に入る術もなく、二人は途方にくれたまま立ち尽くしていた。
「何とかしてこの中に入ることが出来れば、何かが遺されているかもしれない…」
「ですが、入り口らしきものがここからでは見受けられません…一体これは…!?」
「そうだね…
どうやって入れるのだろう…
…!!?」
塔を見つめるカミルだったが、ふと感じ取った気配に周囲を見渡す。
「?
カミル、どうかしましたか?」
「…
…誰か…近くにいる。」
「!!?
まさか、ここはもう廃墟になってかなりの時間が経っています。そんなところに…
もしや盗賊の類では…!?」
「しっ。あまり動かないで。」
アルティースの周囲を見渡すような動きを制し、カミルは気配を感じ取ったことを隠れる何者かに悟られることのないように身を動かすことなく目だけで気配を探る。
アルティースは魔力を感じ取ることはカミルよりは長けてはいたものの、周囲に誰かの気配を感じ取ることが出来るのは戦士としての経験からなのか、カミルのほうがこの場合では長けている。
見える範囲においては気配を放つ主の姿は確認できない。
これほど複雑な気配を発するものがアルティースの言う盗賊の類ではないことは確かである。
「これは…一体…??」
そう言いながらも、このときカミルは気配の出所を正確に感じ取っていた。
「そこにいるのは誰ですか!?」
気配の元を察したカミルはそちらに身を向けて声を張り上げる。
カミルの視線を向ける方向にアルティースも顔を向けるも、姿は確認できずにいた。だが、その方向にはカミルのいうとおりその存在はあった。
「…。
驚いたな…完全に消したつもりだったのだが…」
未だに姿は見えないものの、カミルの声に呼応する声が二人の耳に届く。
「…!?」
「私の位置をこうも正確に見つけられるとは…どうやら野盗の類というわけではなさそうだが…」
そう言って岩陰から気配の元であるものの姿がカミルの前に露にする。
その容姿はカミルと似たような甲冑ではあるが、肩部がやや大きめの造りになっており、腕部を隠すようにマントを垂らしたものを身に纏う一人の青年と呼べる姿がそこにはあった。
歳は二十代後半といった頃合だろうか、体格はマントに隠れてしまい判別はつかないが、かなりの長身である。顔立ちは鼻筋も高く、瞳は濃いエメラルドを思わせるもので、その輝きも凛としたものを伺わせていた。髪の毛は後姿から見れば女性とも思わせるほどに長く太陽の光に反射して輝かんばかりの金髪を無造作に背中辺りまで伸ばした、カミルやアルティースにも劣ることのないほどの美丈夫というべきほどの容貌をしている。
金髪の美丈夫はカミルの前まで歩み寄り、カミルたちに問いかけてくる。
「旅人というべきなのかな…?
ここはすでに滅び去った世界に過ぎない。こんな場所に一体何の用があって迷い込んで来たのだ!?」
「っ!?」
突如として現れたこの美丈夫に対し、カミルは無意識ながら身構えてはいつでも剣を抜ける体制をとろうとする。言葉に出してはいないが、目の前の金髪の男はカミルたちに対して無言の威圧を与えてくるかのような気を発し始めているのをカミルは感じ取っていた。
カミルのこれまでに培ってきたであろう経験とカミル自身の技量がそうさせるものなのか、目の前に立つ金髪の男の気配がカミルの内に警鐘を頻繁に鳴らしている。
少なくとも現段階においてこちらから戦う意思はない。とはいえどもこちらを敵、あるいはそれに近い認識で見なしていることは感じ取られる気配で明らかである。
だからこそカミルは目の前の美丈夫に対して気を緩めることなく対峙する。
「・・・・・」
「ほぅ…」
わずかに金髪の男のマントが揺らぐことにおいてもカミルはその動きを見逃すことなく睨み付ける。
カミルは目の前の金髪の青年にただならぬものを感じ始めていた。
青年が発する気はこれまでカミルが感じたことのないほどの異様さを見せている。
人が発する気配とはまるで異なり、まるで神掛かったものを含ませているかのようだった。
世界を凍りつかせてしまったかのような緊迫した空気が周囲に張りつめたその重みは、この場に居合わせる者に身動きを許さないほどであった。
わずかな挙動を見せただけで、一触即発の雰囲気を二人からは滲み出されていた。
「カミル…」
二人が放つ重苦しいまでの気配にアルティースは押し潰されそうな感じを覚えていた。
いまにも爆発させてしまいそうなその空気を先に断ち切り、敵意むき出しの気配をなくしたのは他ならぬ金髪の男のほうではあった。
「フッ…やめておこう。こんなところで無益な戦いを強いるなど馬鹿げているからな。」
マントの中から露になった金髪の男の両腕が顔の位置まで上がったとき、カミルもまた剣の柄に意識を向けるのを止め、金髪の青年の敵意ともいう気を感じられなくなるとともに張りつめていた身体に新鮮な空気を送り込む。
おそらくこの空気が断ち切られたことで安堵したのは他ならぬアルティースのほうだったことだろう。もしここで二人が剣を抜くことになったとき、自分はどの場所に立てばよかったのかが未だにわからずにいた。
「あなたは…!?」
初めに金髪の青年に問いかけられたカミルではあったが、逆にその青年に問いで返す。
「俺の名はヴァルカノン。今は、そうだな…お前達と同じ旅人といったところか…」
自らをヴァルカノンと名乗った青年はやや自分の立場をあやふやなままに言葉を濁す。
「僕はカミル。こっちはアルティース。」
「カミル…だと!?」
そのことを不審に思うことなく、自らを名乗るカミルだったが、ここにおいてもカミルという名に表情を変える者があった。だがそのことはすでにカミル自身にはなんら不思議とも思わなくなってしまってはいたが。
しかし傍らにいたアルティースはカミルの名よりもさらに言葉を上ずらせてしまうほどの声を上げていた。
「ヴァルカノン…まさか…あなたは“トレイアの黄金竜”だというのですか!!?」
「ほぅ…その名を知っている奴がいたのか…」
「それでは本当に…?」
「アルティース、黄金竜って…!?」
「その通り名が真実であるのなら…あなたはこの国の皇子ということになるはずです。」
「!?
何だって!!??」
アルティースの言葉に何よりも驚きを見せたのは他ならぬカミルであった。
ここに来てようやくカミルはその通り名の大きさを感じた。
「この国の…」
ここでヴァルカノンが肯定を示すことになれば、この滅びた世界の生き残りが存在することになる。
「…
もう随分、昔のことだ。この街の状況ではその名はすでに無いものだったのだが…」
ヴァルカノン自身もその言葉に別段否定的な態度を見せることもなかった。
「なぜ、あなただけが…?」
その時点で誰もが疑問に思うことをカミルは直接問いかけてみる。
「簡単なことだ。あの災厄の時にこの場に居合わせてはいなかった。
…それだけのことだ。」
「・・・・・・」
ヴァルカノンは二人の姿を見返しながらしばらくの間沈黙を保つも、やがてカミルに顔を向けて口を開き始める。
「…十年前になる。
ここにいた者たちは人が触れてはならぬものに手を出そうとしたために神の怒りを買った。」
「!!??
触れてはならないもの…!?」
「神の怒り…」
「お前達も見ただろう、全てを破壊しつくし色を失った街、そしてあの巨大な空洞を…
あそこからは巨大な火柱が天を衝くかの如く噴きあがっていった。」
「・・・・・」
二人はあの空洞を思い出して息を呑む。
あの巨大な空洞から噴きあがってくる巨大な火柱。それだけでこの世界に起こった惨劇を想像できた。アルティースの揶揄したようにまさにあの穴は地獄へと続いていたのだ。
「それではここにいた人たちは…?」
「…火柱による高温と灰を受けたのだ。遺っていてもこの灰と同化してしまっていているだろうさ…」
あれから十年たった今、もはやこの惨劇に立ち会うことになったものは誰一人として残るものはないことを意味しているということは容易に理解しうることだった。
「あなたは…」
「ん?」
「あなたは…なぜそこまでここの事情に詳しいのですか!?
あなたは一体??」
「あれほどの火柱だ。おそらくトレイアのどこにいても見ることは出来たはずだ…」
「・・・・・・」
おそらくヴァルカノンの言は間違ってはいないだろう。
この都市をこれほどまでに破壊しつくした災厄のことを知るものはもう誰もいない。
「もうここには用はないはずだ。日のあるうちにここを離れたほうがいいだろうな。」
「…僕たちはここにいる人たちに話を聞きたくてここまでやってきました。
ここに僕の手がかりがあるのではないかと…そう思って…」
「手がかり…だと?」
「僕たちはこの塔にたどり着きました。ここに何があるのかはわからないけど…」
そういいながらカミルは天を衝くように聳える塔を一瞥する。
「…なるほどな…この塔に…」
「ヴァルカノンはこの塔を知っているのですか!?」
「さてな…
俺自身、中に入ったことは一度もない。」
「…そうですか。」
唯一の生き残りであるヴァルカノンであれば、この塔のことを知っていると思いながら尋ねてみたが、答えは期待に反したものであったことにカミルはやや肩を落とす。
「だが、興味はある。」
「え?」
ヴァルカノンは塔に目を向けたまま二人に語る。それは二人にとっては意外なことでもあった。
「お前達が望むのなら、この塔に入ってみるが…」
「え??」
あまりにもの言葉に二人はすぐに次の言葉を出すことが出来ずにいた。
そんな二人の様子を構うことなくヴァルカノンは言葉を続ける。
「この塔に入るには王族に伝わる鍵となるものが必要となる。
それがあればこの塔の扉は開くことができる。」
「鍵…」
そういったヴァルカノンは腰に帯びていたものに手をかけ、その姿をマントの外に晒す。
ヴァルカノンの手にしたものはドラゴンの頭部を象ったようなものを先端についた小ぶりの杖のような形状をしたものだった。
「それが…」
「見ているがいい。」
ヴァルカノンはその杖を天高くにかざした後に塔に向けて振り下ろす仕草を見せる。
その瞬間、何もなかった空間に雷のような閃光がほどはしり、周囲を白く染め上げる。
「…っ!!?」
光が消えていったとき、三人の前には塔へと続く一本の橋が架かっていた。
「…こんなことが…!?」
「この杖の魔力によって具現化された魔法の足場ともいうべきものだ。さて、足場が消える前に向こうに渡るぞ。」
「・・・・・」
二人は促されるままに具現化された足場に足を踏み入れる。やや半透明の薄氷を思わせる足場を渡り、同様にその杖の魔力によって生じた塔への入り口とも言うべきものへと誘われていった。