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FINAL MASTER  作者: 飛上
Act,06尖塔の竜姫 ~Lime~
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第03節

ソルビナの東側の出口からは果てなき荒野が一面に広がる中、一筋の一本の道がずっと東へと伸びている。

その出口にて前足竜二頭を受け取ったカミルとアルティースは先日購入しておいた旅の荷物を載せ、自らも前足竜の背に跨り地平線の向こうから昇り始める陽に向けて進ませるために前足竜に付けられた手綱を振る。

手綱の動きにあわせて二頭の前足竜は太陽の光を真正面に浴びながら文字通り光に向かうかのように歩き始めた。

始めはゆっくりとした足取りの前足竜であったが、ある程度歩き慣れたからなのか、徐々に小走りに加速していき、乗り手の身体を揺らしていった。

「いい前足竜を調達できたようです。これほど快調なものもなかなかありません。」

前足竜の具合に調達してきた当人でもあるアルティースは感嘆の意のままに前足竜の揺れに身を任せる。

「この調子であればいま少しトレイアへの到着は早まるでしょうね。」

「…そうだね。」

アルティースの言葉にカミルはただ相槌をうつ。

「夕べはあまり眠れませんでしたか?」

カミルの様子にアルティースはカミルのほうに寄せて問いかける。

「大丈夫だよ。ただ…」

ただトレイアにあるものが何であるのか、カミルの期待と不安はすべてそこにある。

だがここまで来てしまったからには、これ以上見えざるものに対して考えるのは詮無いことに過ぎない。

意を決したかのようにカミルは前足竜の手綱を振り下ろす。

その勢いに前足竜は一気に勢いをつけて荒れた地面を蹴りつけた。

太陽が背中に当たるようになる頃には当初の予定よりもずっと先に進む運びとなった。


太陽が西の空に沈んでゆき、周囲は一気に闇が拡がっていった。

明るいうちでは見通しの良かった場所であっても、星の光だけではどうあっても見通しは狭まるために今夜はこの何もない場所で一夜を過ごすことになる。

「グルルル…」

これまでにないほどのペースで走りぬいた前足竜はややカミルを恨めしそうに見る感じで呼吸を荒げては、アルティースが用意した水樽に勢いよく首を突っ込み始めた。

カミルたちもまた、用意していたパンに干し肉を挟みこんで口に入れる。

トレイアまでの道は長い間使われていないのか、すでに舗装された名残すらなく、もはや道と呼べるようなものではなかった。

それでもこの道らしきものを辿って進めばいずれトレイアに辿り着くことできるだろう。それ以外にカミルには示された道はないこともまた事実である。

その道中に宿場というべき場所もない以上、こういった野宿がずっと続いていくことになるだろう。

空腹だった胃の中がわずかに満たされ、人心地ついたとき、カミルはふと訊ねてみる。

「アルティースは、トレイアに…僕たちの向かう先に何があると思う?」

不意にやってきた質問ではあったが、竪琴の手入れをしていたアルティースはやや間を置いて口を開く。

「この先にあるものの歴史を見るために…でしょうか。」

「歴史…?」

「ええ、トレイアには太古の時代より遺されたものがいくつも存在しています。

私はそういった場所に訪れて見聞を広め、自身の詩を創り上げたいと思っているのです。

これまで私が唄ってきているのは、古くから我々の祖先より伝えられてきたものがほとんどですから。」

これまでの歴史と言うものを記されたものは祖先より受け継いできた記憶をその地方その地方においての解釈によって遺されていったものである。

当然ながらそこには時代の中で空白の部分や、食い違う箇所も数多く存在するだろう。

その歴史のずれを垣間見えようと思うのであれば、諸国を巡り、それらの記録を編纂してまとめなければならないことになる。

トレイアに行くことが出来ればおそらく古代の多くの史跡を垣間見ることが出来ることになるだろう。

それがどのようなものであったとしても、たとえライティン達が伝聞によって記されたものとは違うものであったとしても。

「それらをいずれ編纂してこの世界の歴史として遺すことが出来れば、後の世にとってきっと役立つことがあるかもしれません。」

「ラウナローアの歴史か…

うん、アルティースのやることはすごいことだね。」

正直なところ、カミルにはアルティースの成すべきことというものがあまりにも大きすぎたものと思っていた。だが、その言葉に偽りがあるわけでもない。

「ありがとうございます。」

カミルの言葉が単なるお世辞に過ぎないものであったとしても、アルティースは素直にその言葉を受け止めた。

「人の歴史…か。」

カミルはそうつぶやきながら空を見上げる。

夜空には無数の星が瞬きつづけている。その星一つ一つにおいてもそこに歴史が存在するだろう。その中に一人の人間の歴史を垣間見ようと思えば、そのあまりにもの矮小さに思わず自笑してしまうほどだ。だが逆にその言葉にはとてつもない重みを感じざるを得ないこともまた揺るぎないものに感じられるのだった。

「さて、夜が明けたらすぐに出立します。今のうちに休息をとっておきましょう。」

「そうだね。

アルティース、僕が見ているから君は先に休んで。」

「よろしいのですか?

…それではお言葉に甘えさせていただきますね。」

アルティースはカミルの厚意に遠慮することなく素直に従い、そのまま休息をとるために外套を敷いた地面に身体を横たえる。

幸いトレイアの気候は比較的温暖な地域でもあり、外套一枚あれば身体を冷やすこともなかった。


火の番と休息を二人で交代しながら夜を過ごし、再び朝日が進む方向に姿を見せ始めた時、二人は前足竜に跨り手綱を振る。


前足竜も休息をとったことによって息遣いと体力を戻したのか、勢いよく地面を蹴りだす。

見渡す限り草木が所々にしか存在しないほどの不毛な荒地にわずかに作られた道と呼ぶにはすでに荒れ果てた線の上を疾走しながら、カミルは不意に怪訝な表情を見せ始めていた。

「おかしいと思わないか?」

「どうしました?」

「見てくれ。

この街道はトレイアへと繋がるための道のはずだろう。

それなのにこの道は誰も通った形跡が全くない。」

これまで通ってきた道はソルビナに近いこともあったのか、ある程度は人の手によって踏み均しながら舗装されていたものの、先に進むにつれ街道はもはや誰も通ることのなかったかのように寂れたものだった。

二人は手綱を引き、歩を止める。

「妙ですね…

これではまるでトレイアへの行き来を行うものがいないということに…」

そこまで口にしてアルティースは不意に口を抑える。

その時アルティースは街で聞いたまことしやかに囁かれる噂をふと思い出していた。

「まさか…いや、しかし…」

ひとり自問自答を繰り返すアルティースではあったが、不意にカミルのこちらを訝るような気がしてふとカミルのほうに目を向けた時、アルティースの思惑とは異なりカミルの様子がただならぬものであることに我に返る。

「あの…どうかしましたか?」

「なにか近付いてくる。相当な数だ。」

「なにかが近付いて…

…!!?」

カミルの指摘でアルティースも周囲からなにかが近付いてくる気配を察知した。

周囲は見渡す限り不毛な荒地であるとはいえ、視野は十分にある。

未だに姿は確認できないもののこちらに向かってなにかが近付いてくるのは確かであった。

それも一つや二つではない。カミルが気配を見る限りそれは10体以上の数が挙げられた。

「囲まれてきているな…」

その状況においてすでに友好的なものではないということは明らかなものだった。

「おそらく、狙いはこれではないでしょうか?」

そういいながらアルティースは跨る前足竜の首を軽く叩く。

前足竜は草食動物の一種であるため、攻撃的な性質は持ち合わせていない。

故に野生の前足竜はたびたび他の魔物に襲われる対象となっている。

「そうとわかれば、むざむざとやられるわけにはいかないね。」

ここで前足竜を失えば、二人はたちどころに広大な荒野に放り出されてしまうことになる。もし前足竜の機動力を失えば、十分な食糧を持ち合わせていない二人はたちどころに飢えてしまうことになるだろう。

カミルは前足竜に跨ったまま、腰に帯びていた剣を抜いて身構える。

いざとなればそのままの状態で戦闘に踏み込むことになることを示していた。

「アルティース、すまないが、僕の剣の届かないところにいておいてくれ。」

「承知しています。」

そういいながらアルティースも腰に帯びた細身の剣を抜いてこれから起こるであろう戦闘に備えた。


カミルは眼を閉じて気配を探る。

やがてしずかな荒野に小刻みに起こる地鳴りを感じたとき、カミルは目を開き、前足竜の手綱を一気に振り下ろした。

「このまま駆ける!!」

カミルが駆け出したその瞬間、突如として地中からカミルの体躯ほどもある巨大なミミズのような形状をした巨大な魔物の姿が飛び出してはカミルに向けて襲い掛かってくる。

「っ!!!」

その姿に驚きを見せるも、すでに気配を詠んでいたカミルは魔物が姿を見せて襲い繰る瞬間に左手に掴んでいた剣ですり抜けざまに振り下ろす。


ズシャァッッ!!!


前足竜に跨ったままからのカミルから振り下ろされた剣は的確に巨大なミミズの魔物の頭部と思われる位置に寸分の狂いもなく斬りこんでいた。

先端に鋭い牙を有した巨大ミミズはカミルの剣によって中心から縦割りに切りつけられ、頭部を二つに割ったまま断末魔のごとき奇声を発しながら地面に突っ伏し、しばらくの間その場において胴体部をくねらせながらのた打ち回らせていた。

巨大ミミズが倒れるや否や、カミルの進路の真正面からは別の巨大ミミズが勢いよく地面を突き破り飛び出してくる。そのまま蛇が鎌首を上げるかのような姿勢からむき出しの牙を持つ口を開けながら頭部をカミルに向けて突っ込んでくる。

「くっ…」

カミルは前足竜の進路をやや左に逸らして。身を低くしてかわし、すり抜けざまに巨大ミミズの胴体部に一気に剣を振りぬいた。


ザシュゥッッ!!!


カミルの剣に二体目の巨大ミミズも胴体から真っ二つにされて地面に落下した。胴体を切断されながらも巨大ミミズは未だに生命力を有していたのか、しばらくの間その場において最初のミミズ同様に地面をのた打ち回る。

「すごい…」

走り抜け様にカミルの勇姿を垣間見ているアルティースはただ感嘆するほかはなかった。

カミルの剣さばきは普通の戦士とは大きく異なり、戦い方はまさに超越したものだった。

剣の本来の持ち味である“突く”“叩き斬る”といったものとは異なり、カミルの剣は文字通りその対象を“斬る”。

その領域に達するにはそれ相応の刀剣を用意することと、その剣に相応しい技量を必要とされるだろう。だがカミルの剣はごく一般的な剣に過ぎないことから、カミルの技量の高さが凄まじさがうかがえる。

「このまま振り切れればいいけど…」

眼前に現れては襲いくる巨大ミミズを薙ぎ倒し、そのまま前足竜の脚力に任せて距離をとり引き離しにかかるカミルたちの位置は巨大ミミズが出現した地点からはすでに離れてはいる。だが巨大ミミズもむざむざと獲物を取り逃がすまいと、その巨体を地上に晒しては蛇の如く蛇行を繰り返しながらその体躯に似つかぬ俊敏さで前足竜を追いかける。

巨大ミミズの速度はカミルたちが想像する以上に速く、積荷と人を載せたままの前足竜ではいずれ追いつかれてしまうことになることはもはや時間の問題でもあった。

「こうなれば…」

カミルより先を走っていたアルティースはカミルを先行させ、腰に付けた袋から小さな石を取り出す。

「アルティース?」

「大丈夫です。まぁ見ていてください。」

カミルがその様子を問う前に結果はその背後で生じた。

アルティースが手にしていた石は青白い光を見せる宝石のようなものだった。

それを一度だけ強く握り締めた後に、アルティースは追いかけてくる巨大ミミズに当たるように背後に向けて投げ込む。


バシィィィッッッ!!!!!


石は地面に転がる直前に強い閃光を放ち、その直後に周囲は分厚い氷の壁に覆われていった。

目の前に突如現れた巨大な氷の壁の前に巨大ミミズの一つは身を氷の刃によって貫かれ、また一つは氷の壁へと身体を激突させ、残りの巨大ミミズも行く手を遮断させられていた。

突如生み出された巨大な壁によってカミルたちは巨大ミミズの追走を振り切り、二頭の前足竜もまたミミズたちの食糧となることを免れた。


ある程度距離を取ったとき、前足竜の息を整えるために二人は手綱を引き、前足竜の脚を小走りにさせていた。

「アルティース、さっきのは?」

「これは魔石です。先ほどの石には氷撃系の魔法を封じ込めていたので、それを投げつけたのです。」

「魔石…」

魔石とは高位の魔導師の手によって強大な魔力を押し込めた小石である。

材質としてはただの石ころに過ぎないのだが、その力はその魔導師の魔力が込められた物であり、威力もまたその魔導師が自身の手によって放つものに匹敵するものである。

だが、石に自身の魔力を込める行為は相当の力量を有したものでなければ叶わず、それゆえに石の価値は非常に高価なものになっていた。

場合によっては自然に採掘された宝石よりもその価値は上がる時もある。

「やや高価なものでしたが、こんな時は出し惜しみしている場合ではありませんからね。」

「そうか、それは…」

「大丈夫です。これくらいの出費は折り込み済みです。だいいち、命の出費と比べてしまうのであるなら、はるかにましなものですから。」

「…そうだね。」

そういいながら二人は肩をすくめて笑みをこぼした。

アルティースの言葉どおり、金銭の問題で命が左右されるのであれば、その金銭は十分に活かした遣い方となることだろう。

当面の危機を回避させたカミルたちは、しばらくの間周囲への警戒を怠ることなく、再びトレイアへの道を進み始めていった。


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