第05節
「あそこだ・・」
そろそろ太陽が一番上にさしかかろうとしていたとき、二人の視界に岩肌にポッカリと空いた穴が視えはじめた。
だが、二人が見つけたのは洞窟だけではなかった。
「!?」
洞窟の入り口付近で人の姿を確認できた。
ただし、その姿はうつ伏せに倒れた状態でいたことが二人を驚かせた。
「大変、ガイナー!」
「こんなところで誰が・・・??」
二人はすぐさま倒れた人の許へ駆けつける。
洞窟の入り口で倒れていたのは戦士風の出で立ちをした青年だった。戦士風と裏付けさせたのは、身に着けていたものが、泥汚れが付着しているものの、金属を薄く延ばしたものを貼りつけたプレートと呼ばれる胸当てをしていたのみならず、青年の前には何度もの戦闘を繰り返したかのようなボロボロになった剣が転がっていたからである。
「どうしてこんなところに??」
ガイナーは周囲を見回してみたが、周囲には戦闘を繰り広げた跡とかは見当たらなかった。青年の身体には泥汚れのようなものはあるものの、魔物と戦って傷ついたような痕もみあたらず、むしろ行き倒れといったほうが妥当な線だった。
「わからないな・・・」
本当のところはどうであれ、まずは青年の意識が戻ってからのことと判断したガイナーは、青年の意識を確認すべく、近づいてみた。
青年の姿は陽に晒されていることによってガイナーに近いほどの長さながらも見事に輝きを見せる銀色の髪がきらめいていた。またガイナーが仰向けにさせると、銀色の髪の毛によく映える端正な顔立ちの青年の面持ちが窺えた。少し泥がついたままではあるが、女性でなくともふと振り向いてしまいそうなほどの耽美な青年である。
「しっかりしろ!!?
大丈夫か!?」
軽く体を揺すり、意識を戻すように促す。
「・・・・・ぅ・・」
身体を揺すること数回、青年の意識が朦朧ながらも戻りつつあった。
「よし」
ガイナーはザックに入れておいた水筒の蓋を口で開け、水を青年の顔にぶっ掛けた。
「ちょ、ちょっと、ガイナー」
あまりにも大雑把な行動にガイナーをたしなめようとするが、すでに遅く、突如水を注ぎ込まれた銀髪の青年は咽び始めた。
「っ!!?
ゴホッ・・ゴホッ!!」
案の定、水はわずかな量とはいえ青年の気管に入ってしまったのであろう。
青年は咳き込みながら水を吐き出す。
「もぅ、駄目じゃない!
そんな荒っぽいことしちゃ!」
「いや、こういったときってこうしたらすぐに気づくし・・・」
「そういう問題じゃないでしょ!!」
「あはは・・・ゴメン・・」
「もぅ、私に謝っても仕方ないわよ」
ばつが悪かったのか、ごまかし笑いを浮べているなか、ガイナーたちに近づく一筋の光のようなものが飛んできた。
「??これって、何かしら?」
光はサリアが差し出した手の平の上で止まるとおぼろげながらも人の姿を現し始めた。
「!!?」
一瞬驚きの表情を浮べてしまったものの、すぐにそれが妖精であると認識する。掌に乗るほどの大きさながらも、少女のような体躯に背中から生えている二対の半透明の羽をはばたかせながらまるでサリアを上目遣いで眺めているようなそぶりを見せる。
「そうだ、サリア、パンの実を妖精に渡すんだ」
ガイナーに言われたままにサリアは、腰のポーチから小さな袋を取り出すと、その中にある小さなアーモンド状の小さな木の実を妖精の前に出す。妖精はしばらくの間その木の実を眺めていると両の手でしっかりとパンの実を掴む。その姿がなんとも愛くるしいものだったのだろう。サリアの表情が綻んだ。
「妖精さん、この人を助けてあげて・・」
コクンと頷いたかのようなしぐさを見せたあと、青年の前に飛んでいくと妖精は青年の周りをぐるぐると飛び回り始める。それは、妖精が飛び回る軌跡から出る光る粉のようなものがその青年の身体に降り注ぐような光景だった。
しばらく飛び回ったあと、妖精はサリアの方の前に戻ってゆくと、一つの会釈でも交わしたかのような仕草をしてそのまま森の方に飛び去っていった。
「うう・・ん・・・」
ほどなくして、青年は意識を完全に意識を取り戻したようだ。
「ここ・・は・??」
うっすらと目を開けた時に青年の視界には黒髪の少年の姿が映し出されていたのだろう、青年はそのまま目の前の少年に瞳を向けると。
「きみ・・は?」
その瞳は銀色の髪と端正な顔立ちを持った青年に、完璧なまでのあつらえたかのような、蒼い瞳が開かれていたまぶたの下からあらわになっていた。
「へぇ・・」
思わずサリアも感歎の吐息をこぼす。
「俺はメノアのガイナー。あんたの名は?」
この世界において、苗字というものは余程のものでない限りは存在しない、よって初対面で名乗る場合は出身と名前と同時に名乗るものである。
「僕は・・カミル・・」
「カミルか・・」
無論、出身を名乗らない場合もよくある話ではある。出身を明かすわけにはいかない場合とか、出身が不明な場合とか。
ただ、カミルの場合どちらともいえないものであったが・・・
その理由に二人は愕然とせざるをえなかった。
「記憶がない!!??」
カミルと名乗った青年が意識を取り戻し、いろいろと聞きたいことがあったが、すでに昼の時刻をまわっていたのでとりあえず、三人はそのままパンと干し肉といった携帯食料を手に取ったまま話し始めていたのだが、カミルからの返答は二人を唖然とさせた。
「すまない・・名前は思い出せるんだが、なぜここにいたのかまったくわからないんだ」
「名前がわかるってことは一時的な記憶喪失なのかしら?」
「にわかに信じがたい話ではあるけどな・・」
「助けてもらったのに本当にすまないんだけど・・」
青年は記憶がないことに自責の念をあらわすが。こればかりは三人ともどうすることも出来ないでいた。
「どうするのガイナー?」
しばらくの間考え抜いた末にガイナーは一つの提案を出した
「よしっ、まず洞窟へは俺一人で行くことにするよ。
その間は二人でここにいてくれ」
「それは駄目!」
ガイナーの提案がわかっていたのか、即答で否定する。
「だけど、カミルを一人にしておくわけにはいかないだろ!?」
「でも一人じゃ危険よ、カミルさんを一人に出来ないのであれば一度村に戻ってから…
それに…」
「それに…?」
「…奥の封印はどうするつもりよ!?」
「う・・・」
サリアの言うことが正論だった。そのうえに完全に封印のことが頭から抜けていた。本来の目的は、この洞窟の奥にある封印を施している場所までサリアを連れて行くことにあったのだから・・
途方にくれたガイナーに助け舟を出したのはカミルのほうであった。
「要するに、僕が君たちと同行すればいい訳だね!?」
意外な提案がカミルから発せられたことに対し二人の口論が膠着する。
「でもカミルさん、その身体じゃ・・」
「身体なら大丈夫だよ、二人のおかげで十分に動けるよ」
「でも・・」
「君達二人に助けられたんだ、だったら、せめてお返しさせてくれないか?
何をするのかわからないけど、僕でよければ力になるよ。」
見た限りではカミルは戦士のような体躯である。しかしだからといってどれほどの力があるのかわからないのも事実である。
「俺達はこれからここに入っていかなければならない。けどここがどんなところなのかもわからない」
一応、危険なものであるということは示唆しておく。
「…なるほど、だったらなおさら僕も一緒に行くことにするよ」
「いいのか?」
「二人がよければ」
「よし、決まりだ」
「ちょっと、私何も言ってない!!」
サリアの是非などまったく聞かないままガイナーは洞窟に入っていく。
「もう・・」
少しふてくされた表情をしてみせたが、しぶしぶ納得をする他はなく、ガイナーについていくしかなかった。
「すまない、君には迷惑なことだったかな?」
「あ、いいのよ、でもカミルさん、身体も心配だけど、剣が・・」
サリアの指摘ももっともであった。カミル持っている剣に鞘が存在するわけではなく、むき出しの状態で柄を右手に握りしめたままだった。剣には刃こぼれどころか先端の切っ先がすでになく、もはや剣と呼べるような状態ですらなかったのである。
「大丈夫、これでも柄がしっかりしているから、どうにでもなるさ」
そう言ってサリアに刃先を見せた剣はボロボロで先端も失われているとはいえ、今の長さだけでもガイナーが持つ剣の長さとあまり変わっていないのである。柄もガイナーの持つ剣の倍ほどあり、姿からして両手剣の部類だったのだろうと見て取れる。
「カミルさんがそれでいいのなら・・・」
部外者を関わらせないでいようと思っていたサリアであったが、カミルの決意も変わらない様子だったので、これ以上は何もいえないでいた。
「ありがとう、それと…」
「…??」
「僕のことはカミルでいいよ」
洞窟は入り口から坂道となっており、山道を下っていくような感覚であった。当然ながら奥へ行くごとに光は届くはずもなく、一寸先は闇とはよく言ったものである。松明に火を灯けたガイナーはその火を天井に向ける。天井はそれほど高くはなく、剣を振り上げてしまうと天井に激突してしまう。天井が低いのであれば、上をとられてしまうことはないが、剣を振りぬくことも出来ず、戦闘における選択肢が少なくなってしまう。つづいてガイナーは洞窟の先のほうに松明を向ける。奥行きがあるため、先のほうは未だに光が届かないが、左右の壁も4,5人が並んでしまうと窮屈になってしまうほどである。
結論から言うと、この広さのまま洞窟が続くとなると、不意打ちを受けることはなくなるわけだが…
当然、挟み撃ちを受けてしまうとどこにも逃げ場がなくなってしまうことになる。
だが、カミルが同行してくれることになったので、ガイナーが前に、サリアをはさむ形でカミルが後ろに注意を向けることによって挟み撃ちの対策が取ることが出来たのは幸いだった。
下り坂のような道を過ぎると大きく右に曲がる形に道は進んでおり、再び下り坂になる。まるで山の中を螺旋状に降りていくような感覚だった。
それからまたしばらく進むと、道が二つに分かれていることを確認する。ガイナーはまず松明の灯りをどちらの道にも向けて進行方向を確認してみる。
「カミルにサリアはここで待っていてくれ」
ガイナーはまず左の方向に進んでみた。はじめ道幅は今までの道と変わらぬ幅であったが、しばらく進むにつれ、だんだんとその幅を減らしていった。天井も同様で、ついには普通に立った状態で進むこともままならなくなってしまったのである。
「さすがにこっちじゃないな・・・」
歩ける限界まで進みきると、ガイナーは踵を返し、もと来た道を引き返す。
カミルの持つ松明の灯りがみえはじめてきてから、二人に状況を説明した。
「こっちはだんだんと道が狭くなっていく、こっちに行ってみたほうがいいな」
そのまま三人はさっきまでの並びを変えずに右の道を選んで進んでいった。
右の道は左の道とは対照的に歩を進めるにつれ、左右の壁が徐々に遠ざかり、心なしか天井の高さも高くなっていった。もはや反対の壁が見えなくなるほどに広い道になったときである。
「!?
なんだ?」
松明の炎がかすかに揺らめき始めていることに気づいたガイナーは、後に続く二人に立ち止まるように手をあげてそれを促す。松明の炎が何もないのに揺らめくということは、そこに空気の流れがあるということにある。おそらくその先には洞窟の出口か、あるいは何かが存在することを意味していた。
「どうやら着いたのかな?」
「!?」
カミルも何かを感じ取ったのだろう、剣の持つ手に力が入る。
「何かが近づいてくるよ」
カミルの言葉にガイナーは耳をすませる。
ズズズ・・
ズズズズ・・・
何かが引きずられているような音が数度にわたって聞こえてくるのがわかる。数で言えば5つくらいだろうか・・
音は時が刻むにつれだんだんとこちらに近づいてくる。ガイナーたちは壁を背にして松明を音のするほうへ向ける。松明の灯りはやがてその音の正体を映し出す。
「!!?なにあれ!?」
その姿は緑ともいえなくもない青みを帯びた色をしたゲル状の物体であった。
その物体は意思を持つかのように3人のいるほうへ身体を引きずらせながら近づいてくる。ガイナーとカミルは剣を構えるが、ゲル上の生物の一体が突如引きずっていた体を浮き上がらせ一気に3人のもとに飛び跳ねてきた。
「!!」
「危ない!」
カミルは壁沿いに後ろへ後退し、ガイナーはサリアの腕を掴みながら右へ跳ぶ。壁に激突したことによって形をつぶしたゲル物体は再び形を球体に戻しカミルに向かって飛び掛るかのように跳ねる。カミルもそれを察していたのだろう、向かってくる物体に対して剣を振りぬく。カミルの持つ剣はすでにボロボロで先端も折れたものであったが、ゲル物体を切断するには十分の切れ味を有している。カミルの手前でまっ二つになったゲル物体はカミルの左右に分かれて飛び散った、しかしその物体は形を小さくしたものの再び球体に戻って近づき始めた。
「!?これは…
ただ斬るだけじゃ駄目だ」
カミルは再び後ろへ退がるが、このままでは数が増えてしまうだけでどうにもならない。
「くそっ、なんだよこいつは!!」
ガイナーは剣を振ってゲル物体の接近を防いでいたが、この事態を収拾させたのはサリアの行動であった。
「・・・・・」
サリアはガイナーが剣を振るそばで先ほど同様の小声での呪文を唱えはじめ右に持つロッドに意識を集中させる。ロッドの先には淡い光が集まりだし、やがてその光は炎の玉に姿を変える。
「さがってて!!」
ガイナーの前に出るとサリアはロッドを前に突き出し、先端の炎の玉をゲル物体に向ける。
「フレア!」
炎の玉はロッドから離れ、ゲル物体めがけて飛んでゆき、ゲル物体を撃ち抜いた。炎の玉を受けたゲル物体はそのまま蒸発したかのように消滅する。
「フレアっ!!」
同じように2体、3体と、炎をゲル物体に撃ちこむ。ついにはゲル物体は周囲に影を残さなくなった。
「なるほど、ゲル物体はほとんどが水分で出来ているようなものだから炎が一番有効というわけだね。」
「よしっ、だったらカミル、俺達でサリアを援護するんだ」
「お願い」
ガイナーとカミルと壁でサリアを囲む形にしてゲル物体がサリアに近づかないようにする。
二人の剣戟でゲル物体はサリアに近寄れないでいる。その間にサリアはフレアでゲル物体を攻撃する。
ジュゥゥゥ・・・
泥を焼いて焦がすようなにおいを生じさせながら、ゲル物体は蒸発するかのように消滅する。全てのゲル物体の消滅を確認してから二人は剣を下ろした。
「ふぅ・・・
どう、ガイナー、少しは役に立ったでしょ!?」
「ま、まぁちょっとはな・・」
「あ~失礼しちゃうな・・」
得意げにして見せたものの軽くあしらわれた感じに不満で頬をふくらませていた。
「無理しなくてもいいよ、まだ震えてるだろ?」
「・・・っ」
不意を突かれた言葉に息を呑む。
「わかるよ。無理に得意気になったり、強がったりしてる時って何かあったときだもんな」
これまた追い討ちをかけられたかのような言葉だった。
「わかるんだ・・・」
言葉では得意気にしていたとしても、ガイナーの指摘どおりサリアは未だにひざが震えているのが見て取れる。ガイナーは昔からのサリアの癖のようなものを熟知していた。
「まぁな・・」
もしかすれば、“長い付き合いだしな・・”と続いていたのかもしれない。カミルがいたことで照れが生じていたのだろう、そのまま洞窟の奥に視線を向けてそのまま歩き始めたのでそこで言葉は途切れたままだった。
「サリア、疲れてない?」
カミルは、魔法を使ったサリアの状態を案じていた。
魔法の使役には魔力よりも唱えるための精神力を必要とする。魔法が強力になれば呪文の詠唱は長くなる。そのため魔力と同時に多くの精神力を消耗する。本来、魔力は人それぞれもっているもので、個人差はあれどもその理を得ることが出来れば、誰もが使用可能である。ただし、使用時に消耗するのは精神力である。魔法を使役するには力を具現化するために呪文の詠唱を必要とする。少しでも心が揺らぐと魔法はたちまち暴走し己の身に返って来る。まるで指先で針を立てるくらいの集中力を必要としていた。どちらを欠いても魔法を使役するには至らない。魔力があり、かつ精神力の強靭なものがこの世界で言う魔法使いと呼ばれる部類となる。サリアはその家系からなのか、魔力量は十二分に申し分がなかった。だからこそジェノアはサリアに魔法の知識と理を授けたのである。
「大丈夫、これくらいなら平気。ありがとうカミル」
「ガイナーも言っていたけど、あまり無理しないで」
「うん」
再びサリアを挟む形に隊列を戻し、先へと進みはじめた。