第04節
ラクローンの王都の南に広がる広大な湿原には多くの剣戟の音と血が噴出しながら断末魔の声が響き渡っている。
元はラクローンの騎士を束ねていたカストが率いる戦士達とラクローンに侵攻してきたサーノイドの軍勢との防衛戦を繰り広げていた。
戦況は地の利を活かして戦うカスト達がやや優勢に進めているが、数の上において圧倒的に不利な状況におかれるカスト達は時間が経つにつれ一進一退を繰り返すようになっている。
今となってはカストが率いる集団は正規の騎士というわけではない。そのほとんどが私財の限りを投じて雇い入れた傭兵や、クリーヤに点在する若者を集めた民兵と呼べる者たちである。
そんな阿鼻叫喚の地獄と呼べる中を一人の軽装を施した戦士が駆け抜けて行った。
湿原に差し掛かった時点で、幾度か襲ってくるオークと刃を交わすことになるが、ある程度の剣戟の後にオークを残したままその場からの離脱を図った。
クリーヤの山地に存在していたカスト達のアジトにおいて防衛戦にあたっていたはずの戦士マウストは持ち前の俊敏を活かして山地方面より侵攻するサーノイドの軍勢をカストに知らせるために単身駆けつけてきた。
「カストさん!!
カストさんはいずこに!!??」
すでに乱戦状態にあったこの場で一人の人物を探すのは容易なものではない。
「カスト様、あれはマウストです。」
常に戦局を見据えるようにしていたカストとその傍らに立つ戦士、常に護衛の任にあたっていたホーマが逆にマウストの姿を発見した。
「マウストが!?
なぜこんなところに…?」
本来ならアジトにおいてフィレルたちとともに行動しているはずのマウストがここに来るということは向こうにおいて何かがあったということではあると容易に割り出すことは出来るもののそれが一体どのようなものであるのかはわかるはずもない。
「マウスト。ここだ!!」
先に姿を見つけたホーマがマウストを呼び寄せる。
「カストさん!!!」
「一体何があった!?」
「一大事です。サーノイドの軍勢が我々の許にいた村人を狙ってきているという話が…」
この情報に関しては確かなものというわけではなかった。実際に知らせてきたのはサーノイドの動向を探るために出ていた先で保護し連れてきた青髪の少女である。
アジトにおいての敵の姿を捉えてはいたが現地において実際にその姿を捉えていたわけではなかった。
それゆえに伝えに来たマウスト自身半信半疑といってもいいものではある。だが、その言葉を信じて黒髪の少年が単身駆けつけていった。
少女のために剣を取るその少年をマウストは少なからず好感を持ちはじめてはいた。黒髪の少年ガイナーが少女の言葉を信じて駆けつけていったことにより自らもその知らせをカストに伝える役割を買ったのである。
「…そういうことか…」
だがカストの反応はある意味その情報が来ることが当然という感じではある。
これまでの戦闘は地の利を活かしていることで優位に進めることが出来た。だが数の上で圧倒的に不利な中、それでもこちらの優位が動くことが無いことにカスト自身疑念が生じ始めていた。
その疑念はマウストがもたらした報告によって確かなものへと変わっていった。
「奴らの狙いははじめから我々ではなく、民のほうだったのだ…
だが、なぜだ!?」
サーノイドの軍勢の狙いを看破したまではいいが、その狙いの本当の目的までは把握しきれない。
こちらの士気の低下を誘うというのであってもそれにしても手段が回りくどいものでもある。
「まるでなにかに踊らされているようなものだな…
我々も…敵も…」
カストの言葉は誰が聞いたというものでもなく、ただ、一人、自身に聞き返すようなものだったのかもしれない。
「カスト様!!!
城の方が…」
「!?
どうした!?何があった!?」
別の方向からの新たな報告にカストは叫ぶままに王都が存在する方角を見やる。
すでに王都が視認できるまでの距離にあったカスト達はラクローンの王都から近付いてくる影を見て取っていた。
影は単体のものというわけでもなく、ひとつの集団としてカストのほうを目指す形で近付きつつあった。
「数にしておそらく500はいます。」
「王都からの援軍が来たのでしょうか??」
「…いや。
それにしては騎士団の旗指し物が見当たらない…」
通常、軍隊というものであれば、その所属を確認するための旗をいくつか立てながらの行軍を行うものである。その旗がカストの方向からは全く確認できないでいた。
カストはその得体の知れない集団にわずかながらではあるが警戒心を強めていた。
集団はカストの警戒心を嘲笑うように目の前を通過してゆき、その先にて行われている戦場へ駆けて行き、サーノイドが率いるオークの集団に向けて手にしていた刃を向けていった。
「こいつらが我らに害なそうとするサーノイドが駆るオークどもだ。
これ以上は進ませるな。一体残らず葬ってしまえ!!!!」
全員が完全とはいえないまでも最低限の鎧装備を施し、各々持ち前の得物を有している。何よりもこの一団はカストが率いる戦士たちよりも屈強な体躯を有している。
指揮官らしき者の号令とともに、騎馬に跨って武装した戦士たちはオークに狙いを集中して戦渦の中へと次々と突っ込んでいく。
ときの声をあげながら騎馬隊は地べたに立つオークの集団を頭上から叩くように斬り捨て、槍を胴体に突き入れる。
一気に突撃をしていくことで無傷の集団はオークの集団を一気に蹂躙していった。
「あれは…」
「援軍だ!!!」
突如現れた騎馬隊の援軍にその様子にカストが率いる戦士たちの士気は否応なく上昇してゆくことは言うまでもなかった。
「オークに向かって…」
「やはり味方ということですね。」
その様子を見てマウストとカストに付き従うホーマも現れた集団を味方と認識した。
カストはただ黙して頷く。
「カスト卿はいずこか!!?」
王都からやってきた騎乗する一人からカストを呼ぶ声が聞こえてくる。カストはマウストと同様に位置を知らせるように呼応する。
騎乗していた戦士はカストの前で馬を降りて傅く。
「ご無事でなによりでした。」
「そなたたちは一体…??
騎士団というわけではないようだが…
…傭兵なのか?」
王都の騎士団ではないというのであればそれ以外に武装された組織といえば王家に仕える各諸侯の私兵かもしくは傭兵ギルドに所属する戦士たちくらいである。
事実、カストの一団の中核を占めるのももともとからカストの直参で従っていた騎士とカストの家に仕えていた私兵であった。
「ご明察の通りです。我等は王都に近づきつつあるサーノイドの軍勢を迎え撃つために編成された傭兵ギルドより派遣された者です。」
ラクローンの傭兵ギルドに所属するという戦士は自らをアリアンと名乗りを上げた。
「…助かった。」
「我々が望む騎士団の援軍ではなかったがこれはこれでよしとするべきか…」
ホーマやマウストたちは傭兵ギルドからの援軍に諸手を上げて歓迎する姿勢ではあった。
だが、カストは一点だけ腑に落ちない部分が残されていたためか、アリアンにその部分を指摘するような問いをつきつける。
「卿らは傭兵というのであるのならばその依頼主は誰だというのだ?」
傭兵たちにとってはどのような働きをしようともそれはすべてその働きによる報酬ありきがまず第一となる。つまるところ報酬のないところにおいて彼らが力を見せることではない。
それが国家の存亡にかかわるものであったとしてもである。
「残念ながら、依頼主に関してはカスト様であれども明かすわけにはまいりません。
されどもご案じくださいますな。この出陣は正当な依頼によるものです。」
カストの懸念を払拭させるようにアリアンは自らの正当性を告げた。
「そうか、いずれにせよ助勢感謝する。」
「はい、やつらにわれわれの意地を見せましょう。」
そのまま騎乗し戦場に突入しようとするアリアンではあったが、それを引き止めるものがいた。マウストである。
マウストはそのままカストに進言する。
「カストさん、こうなったら、避難する村人のほうは…」
「そうだったな…
アリアン殿か、諸君らの部隊の一部を割くことは可能か?」
「…!?
それは可能ですが。何か策でもおありで…?」
アリアンはカストの言葉に今ひとつ理解が得られず、首をかしげる。
「いや、そうではない。われわれがここで戦っている間に別の方面から民を伴っている一団がある。どうやら奴らはそちらにも手を伸ばしているという知らせが入ったところだったのだ、なんとかしてそこへの援軍をお願いしたいのだ。」
「民を…」
その言葉でアリアンはその集団が苦戦を強いられてしまうことを容易に想像できたことだろう。戦闘に参加することのない者を連れたままでの戦闘は何よりも厳しいものであることは護衛の任務などを主に務める傭兵としては承知のことであったのだから。
「承知しました。後続の一部をそちらに向かわせます。」
「それなら道案内は私が。」
マウストが案内を申し出る。
「お願いします。」
湿原における戦闘は思いもよらぬ王都からの来援により戦局は拡大の方向へと向かってはいるものの、再びライティンたちに優勢に傾こうとしていた。