第02節
サーノイドの兵士に斬りつけられてしまった女性は少し傾斜の目立つ道の外れに立つ木の下で横たわっていた。
ガイナーは女性の意識を確かめるべく、傍によって確認する。
深手のために意識はないものの、脈は感じ取れたことにまずは安堵する。
それでも瀕死という状況に変わりはなく、女性は治療を必要としていることにかわりはない。
「イースラ…?」
周囲に魔物の影がなくなったことで姿を表したのか、別の場所に潜んでいたらしい女性の仲間らしき男が女性の意識をうかがうように寄り添っていた。
身体には女性のものとも似た皮製の胸当てを身につけ、腰に剣を帯びていた。
「深手を負っているがまだ息はある。」
「ちょっと見せてくれ…」
女性をイースラと呼んだ男はガイナーと位置を代えてイースラの症状を診て取ろうとする。
出血で赤く染まった傷口を、手にしていた手ぬぐいほどの布でふき取る。
斬り裂かれた胸当ての下から女性の白い肌が露になり、その中心には無慈悲なまでに大きな傷もまた姿を現し、その傷を男は確認する。
「…浅いものじゃないな、それに出血も多いようだが幸い内臓には達していないようだ。いまのうちに止血して処置をすれば…」
「そうか…」
男は医術の心得を有していたのだろう。そういいながら、手早くイースラと呼ばれた女性の傷にあたらしい布をあて、手にしていた包帯で胸を締める形で巻きつけていった。
「完全なものじゃないが、今はこのくらいしか出来ないな…」
今の状況でそれ以上喜んで入られないことも頭の中で理解しているが、それでも女性の命が今は消えていないことを心の底から喜びたかった心境はある。
だが状況がそれを許されるものでないことも承知している。ガイナーはすぐに男に呼びかける。
「ともかく、急いでここから離れないと。
オークがこの位置を仲間に知らせてしまったはずだ。すぐにでも追っ手が迫ってくる。」
「!?」
ガイナーの言葉に男は表情が強張ってゆくのが見える。
おそらく、この男は戦うための装備を身につけているとはいえ、実践の経験は皆無に等しい。ガイナーにはそう理解できた。
「ぅ…」
そんな中、男に身体を預けたままの女性が意識を取り戻しつつあった。
「!?
イースラ…気が付いたか…」
「…村のみんなは…??」
いまだに焦点があわず、視界がぼやけたままのイースラと呼ばれた女性は目の前にいるらしき人物に村人達の安否を第一に尋ねる。
「…大丈夫だ。うまく逃げ出している。」
イースラを安心させるために男は方便ともいうべき言葉を口にした。
これまでいた拠点から逃げ出した人々はいまだにこの付近で息を殺して潜み続けている。このまま手を拱いていてはいずれ追っ手によって蹂躙されることになるだろう。
「急ごう…」
ガイナーは男にこの場を速やかに離れることを告げる。
しかし、すぐ近くから新たな足音を感じ取り、足音のするほうに顔を向けた時、目の前に現した姿にこれまで以上の驚きを覚えていた。
「…エティエル!?」
ガイナーの前に現れたのは紛れも無くカストたちといた洞窟で再会を果たしたアクアマリン色の長い髪を持つ少女だった。
逃げる村人の危機をガイナーたちに知らせに戻ったあと、フィレルたちと行動をともにしているとガイナーはずっと思っていた。だが実際はガイナーが駆け出してからその後ろをずっと追いかけてきていたということになる。
露わになったままの足は山道の泥と枝葉でつけられた小さな傷がいくつも残されていることが痛々しく、アクアマリンの糸ともたとえられそうな細く長い髪を振りかざして駆けてきたのか、幾束にも乱れてしまっていた。
「・・・・・・」
エティエルはガイナーから目を向けたままじっと表情を伺う。
「…ごめん、俺から離れないようにしようとしていたんだよな…」
ガイナーの言葉にエティエルは静かに頷く。
「…そうだな。ともかく、すぐにでもこの場から離れよう。」
エティエルがここまでやってきたことにいまだ驚きはあるものの、ひとまずこの場を離れる必要がある。
状況を理解したのか、エティエルもガイナーの言葉にこくりと頷く。
「イースラは私が連れて行こう。」
自分が戦えないことを承知しているのか、男はイースラを身につけていた外套で包みながら抱きかかえて歩き出す。
「…ありがとう…ハ-ク。」
イースラは身体を預ける男の名を呼んで再び瞳を閉じた。
「…急ごう。」
ガイナーとエティエルも男につづいて未だ長い道のりを残す山道を歩き始めた。