第01節
Act. 05.混迷の王都~Laclone~
王都ラクローン
その南に広がる湿原と山地において戦いが繰り広げられている。
規模的に言えば小さなものではあっても戦うものたちにとっては大きな意味のあるものであった。
王都への進撃を阻むように対峙するカスト達義勇兵。
単身城砦に乗り込むライサーク。
非戦闘員を逃がすために戦うフィレル。
そしてガイナーもまたその戦いに身を投じていく。
一方、戦いを見守る王都にも動きが生じ始めようとしていた。
登場人物
ガイナー・・・17歳ライティン
メノアから旅をしてきた少年。
ラクローンを目指すも、クリーヤの惨状を見てカストの軍勢に参加する。
難民を襲わんとするサーノイドを迎え撃つべく、単身アジトから駆け出す。
エティエル・・・推定17歳ライティン
マールの少女
生まれながらに言葉を持たず、彼女の声を聞いたものはいない。
マールが襲われた時、フィレルの仲間である、マウストに助けられる。
不思議な直感を持ち、難民が襲われようとすることをガイナーに伝える。
フィレル・・・18歳ライティン
カストとともにサーノイドに対してゲリラ活動を続ける少女。
ボウガンなど、特殊な武器を巧みに操る器用さを持つ。
わずかな仲間とともにアジトに襲い来るサーノイドの軍勢を足止めするためにアジトに残る。
ライサーク・・・22歳ライティン
”ブラッドアイ”と異名を持つ傭兵。
素手での戦闘を得意とし、誰も真似の出来ない闘気を操る戦闘法を有する。
単身、ラクローンを攻撃するサーノイドの拠点とする城砦に乗り込み、ドミニークと対峙する。
カスト…45歳ライティン
フィレルたちやかつての仲間たちとともにサーノイドと戦う者達のリーダー。
ライサークとも面識がある。
かつてのラクローン騎士団長。
ラクローンへを攻撃するサーノイドの軍勢を迎え撃つべく、手勢を率いて湿原で戦闘の指揮を執る。
マウスト…21歳ライティン
カストとともにサーノイドと戦う戦士。
持ち前の身のこなしによって偵察や伝令活動を役割として持つ。
アジトと難民の現状を伝えるべく、カストの元に向かう。
ホーマ…24歳ライティン
カストとともにサーノイドと戦う戦士。
騎士団のときからのカストを上司として慕い、カストと行動を共にする。
イースラ…20歳ライティン
カストとともにサーノイドと戦う女戦士。
戦闘経験はなく、非戦闘員の護衛にまわる。
ハーク・・・22歳ライティン
イースラとともに難民の護衛に回る戦士。
少しばかりではあるが、医術の心得を持つ。
アリアン・・・25歳ライティン
出陣することのない騎士団に代わりサーノイドに向けて出陣した傭兵の軍勢の指揮を執る傭兵隊長。
ドミニーク・・・年齢不明 サーノイド
サーノイドにおいて高い地位を有するであろう存在。
全身に黒い甲冑を纏う巨漢。普段でも兜を取ることはなく、その顔を見るものは少ない。
自分の胴体ほどの刃を持つ巨大な戦斧を手にしている。
サーズ・・・年齢不詳 サーノイド
サーノイドの軍勢を指揮する司令官。
ラクローンへの攻撃の命を受けて進撃する。
性格はいたって残忍。
テラン大陸北東部。
広大な湿原が広がるこの地を東に進み海を面した地に、大戦を生き延びたライティン達の手によって興った国家がある。
法治国家ラクローン。
北部に位置するためにラクローン一帯の気候は比較的涼しく、生活においてはこれほど快適な気候はないだろう。
この一帯の湿原、山地において現在、いくつかの拠点に分かれながら戦闘が繰り広げられている。
大陸の総人口、あるいはラクローンの住人の総数からすれば双方合わせても規模の上では小さなものなのかもしれない。
だが、その戦いにおいてその法治国家の命運が分かれてしまうと考える者達にとっては非常に重大で大きな責務を課せられたものだったに違いない。
湿原から少し南下して山地に差し掛かろうとする地域においても一方的な追撃戦が行われようとしている。
片方は山地に集落を構えていたものたちの集まり。とはいってもそのほとんどは老人、子どもといった非戦闘員によって占められ、まともに戦える人数はわずかなものでしかない。
もう一方は人ではない生物、オークを従えながら追いかけてくる集団。
数の上では両者はそれほどの差はないとはいえ、戦力という点においては圧倒的な差が生じていた。
そんな中に、単身で難民とも言うべき集落の人々を救おうと駆けつける戦士の姿があった。
年齢は17~8歳ほどだろう。容姿はいまだに幼さがのこる青年となりきれたというわけではない少年の姿をしている。
山の道なき道をがむしゃらに駆け抜けていたためか、肌があらわになった部分を枝葉で軽く切ったような傷がところどころに生み出してしまっている。
それでも足を止めることなく収まりの悪い黒髪を振りかざしながらひたすら駆け抜け続けていった。
彼は元々、この戦いに参加するはずのものではなかった。だが、自身の窮地を救ってくれた集落の人々に少しでも報いたいという思いで戦いに身を投じていた。
黒髪の少年ガイナーが駆けつけた時、今まさに誰かが甲冑を纏う兵士に斬りつけられた瞬間だった。
「くっ…」
距離的に間に合わないと判断したガイナーは素早く筒状に近い状態の鞘から剣を抜きとり、その鞘を兵士の背後めがけて投げつける。
ガッ!!
鞘は兵士が剣を振り上げる腕に命中し、突如のことに驚いた兵士は振り上げた腕を下ろす。一時的とはいえ、兵士の動きを止めることに成功する。
兵士が筒状の鞘に気付き、こちらに振り向く。
振り上げた剣をおろした時、すでに兵士の命運は決まっていたのかもしれない。わずかな隙を生み出していたことが致命的なものであることを兵士は理解することはなかった。
わかったとしてもそれはどうにかなるものでもなかった。
ドシュッ!!!!
「カハッ…!!!!??」
ガイナーの剣は振り向きざまの兵士の咽笛を的確に捉えていた。
咽に剣を喰らいこんだ兵士は何が起こったのかわからぬまま、声にならぬ声を口と強引に穿たれてしまった咽からも吐き出しながらその場に押し倒した。
すでに骸へと変わり果てた兵士から剣を抜き取ることもなくガイナーはこれまでずっと駆け抜けてきた身体に新鮮な酸素を取り込みながら息を整える。
肩をゆらしながらも先ほど倒した兵士に斬りつけられて倒れたままの人の安否が気になるのか、その人の倒れる姿に目を向ける。
兵士に襲われていた者が女性だったことにガイナーは少しばかりではあるが驚きを見せていた。
「…ぅ…」
女性はサーノイドの剣によって胸元を朱く染めてしまっているものの、軽装ながらの甲冑があったことが幸いしたのか、わずかではあるが息はあったことにガイナーは小さく安堵の息をこぼす。
その女性を担いででも早急にこの場を離れたいという意図はあったが、すぐ目の前に新たにこちらに近付いてくる人影に気づき、そちらに意識を向ける。
近付く人影は武装されたオーク二体の姿だった。オークたちはサーノイドの兵士が倒されていることに気付き、兵士に剣を突き刺しているガイナーに報復を仕掛けようと今にも襲い掛かろうと駆け寄ってきている。
「ちっ…!?」
左右から挟まれる形にガイナーはどちらにでも対応可能な姿勢のまま一気に踏みだせるように足の裏に力を込める。
出来うることならこの場から離れて距離をとりながら戦いたいと思うが、背後に倒れている女性を放っておくわけにもいかなかった。
「グォォッ!!!」
いきり立つような叫びとともにオークはガイナーめがけて手にしていた棍棒を振り下ろす。
ビュッ!!
ガイナーは迫り来る棍棒に上半身をのけ反らすのみで回避しながら戻す身体に反動をつけて目の前のオークの胴体部を狙うように蹴りつける。
ガイナーの脚力ではオークは倒れることはないものの、攻撃にあわせて蹴りいれられたことでわずかに後ろによろめく。
その蹴り足でさらに反動をつけて反対側から襲い来るオークの棍棒が振り下ろされる前に身を低くした姿勢の状態からすれ違いざまに一気に剣を斬り上げた。
ザシュッ!!!!
オークの肥え太った腹部を剣はその勢いのまま斬り込み、血と臓物が雑じる赤黒いものとともに外へと抜けていった。
「ァグゥ…」
一瞬何が起こったのかわからぬままにその切り口から大量の血しぶきを吹き出す。
口からは臓物が斬られたことによる血液とともにまるで地獄へと誘われていくかのような苦悶の声が吐き出され、自身で生み出した赤いシャワーを浴びるように全身を赤く染め上げて天を仰ぐように倒れていった。
仲間がやられたことにより、もう片方のオークはそのままガイナーの背後を襲う。
だが、その攻撃においてもガイナーの動きがわずかに勝っていた。
ズシャァッ!!!
ガイナーは振りぬいた剣を今一度振り上げるような軌道を描き、身体を捻らせながらそのまま背後のオークに逆袈裟に斬り払う。
ガイナーの腕力のままに斬り抜かれたオークは胴体に纏う甲冑をまるで布切れを断つかのように切り裂かれ、その下にある肉と臓物、そして骨格を砕かれながら先に倒されたオーク同様に血煙を噴き出させてゆく。前のめりに倒れながら小刻みに身体を震わしてはいたが、その動きを停止させるのにそれほど時をひつようとしなかった。
わずかな時間の間に二体のオークはこの黒髪の少年にあっさりと屍へと成り下がっていった。
「…!?
まだくる!?」
木々や繁みで姿は確認できないものの、明らかにこちらに向かってくる足音が二つあることをガイナーは感じていた。
木々を縫って近付いてきたのは先ほど倒した兵士と同様の甲冑を纏う兵士とその指揮下にあるオークの姿がガイナーの前に姿をあらわす。
「!?
貴様…やってくれたな…」
ガイナーの足元に転がる兵士とオークの屍を目にした兵士は明らかにガイナーに敵意を向けてきている。
体制を整える暇を与えられることもなく、ガイナーは連続しての戦闘を余儀なくされていた。
「…くそっ!!」
離脱を試みる意図がことごとく延ばされる事態に苛立ちを覚えるも、目の前の危機を打破するべく、すでに赤い液体を滴らせる剣を構えなおす。
これまで奇襲によって打ち倒してきたガイナーではあったが、正面から向き合った形での戦闘となると部が悪い状況にあることは理解できる。
何より、兵士は剣ではなく自身の背丈ほどの長柄に先端が鋭利な槍を、オークは棍棒ではなく、重厚な斧を手にしていた。
ガイナーの剣が通常よりも長尺であるとはいえ、槍を相手にしては長さにおいて勝る見込みはない。
打開策としては一気に敵の懐にもぐりこむ以外に手段はなかった。
「うおおおぉぉっ!!!」
ガイナーの突進を目にして兵士は槍の刃先をガイナーに向けて突き入れてくる。
自身の心臓を狙うかのような槍をガイナーはすばやく身を低くして回避する。
身体を屈めた反動を利用して一気に距離を詰めつつ、剣をこれまでのように突き入れる。
兵士も突きをよけてくることを予測していたのか、咄嗟の動きで槍を立て直してガイナーの剣をいなした後に石突きのほうでガイナーに向けてたたきつけるように振り下ろしてくる。
ガイナーも剣が兵士に届かないことを悟るとすぐに槍の間合いから外れるように横に跳んで回避しながら、さらに待ち構えるオークに剣を向けるようにして牽制をかける。
オークの斧は片手で持つように作られたもので長さ的に言うなれば棍棒とさして大差はない。
だが、あの鉄の塊とも言うべき刃に剣をぶつけてしまえばガイナーの剣のほうに負担がかかることは明白であった。
すでに奇襲をかけることも叶わず、二正面戦闘を強いられる状況に立たされた時点でガイナーの思惑は完全に外れてしまっていた。
“この状態で凌いだところでどうすることも出来ないか…”
サーノイドの兵士とオークと正面で対峙しながらいたずらに時を費やしてしまってはいずれ後続がやってきてさらに不利な状態に陥ることになるだろう。
こうなる以上、ガイナーに残された手段は一つしかなかった。
「まずは…」
ガイナーは阻むものがない左側に向けて駆け出し、この場の離脱を試みる動きを見せてみる。
「!?…逃げるか!!?」
すばやく動きに対応する兵士は槍の刃先をガイナーに向け後を追う形で照準を合わせて突き入れる。
槍の攻撃は凄まじい速さをもってガイナーを襲う。だがこの場合はガイナーの脚力がわずかに優り、紙一重で槍をかわすことに成功する。
「逃がすか!!」
槍をよけられた兵士とオークは倒れた女性など見向きもすることなく、目の前より逃げようとする方を追いかけた。
少し距離を置いた地点でガイナーは再び兵士達に身体を向けはじめる。
「うおおおっっ!!!」
掛け声とともに兵士めがけて再び突進するガイナーを予測してか、兵士は槍を突く。
右に回避するガイナーを認識した兵士は突きから払いへと槍の動きを変化させようとした。だがガイナーが誘い込んだ立ち木がひしめくように立ち並ぶような地点で槍は持ち前の特性を活かすことを封じ込められてしまっていることを兵士が気付いたのは自らの身体にガイナーの剣の進入を許してしまったときだった。
「ぐぁ…おのれ…」
槍の初撃を回避された兵士はガイナーを追いかけて槍を薙ぐように振りぬいていた。
だが槍はガイナーに直撃をする前に乱立して生い茂る立木に阻まれて弾かれていた。
立木を盾にガイナーは兵士に向かって剣を振り下ろし、その白刃は兵士の首筋へと喰らいついていった。
その直後、剣を食い込ませた首からは凄まじい勢いのままに赤い液体を吹き上げ続けていく。
その勢いが弱まるとともに兵士は力なく倒れていった。
「ハァ…ハァ…
…!?」
再び息を整える暇もなく、もう一体残るオークを迎え撃つべく視線を向ける。
兵士よりも鈍足だったオークは兵士の屍を見た時に大きく息を吸い込み始め、空に向かって咆哮する。
「くそっ…しまった!!」
オークの咆哮はすなわち仲間への救援、および位置を知らせるためのものだっただけにオークを残してしまったことを悔やむ気持ちが脳裏をよぎる。
目の前のオークを打ち倒さぬ限りガイナーたちはどこまでも執拗に追撃を受ける以上、この場で倒してしまわねばならない。
一度付着した血のりを振り払い、オークに正面から斬りかかる。
オークはそのままガイナーの剣を身を返してかわすこともなく、左手に持つ木製の盾を構えて受け止めた。
ガキィン!!!
盾はガイナーの剣を真っ向から受ける。
「…っ!!」
盾にぶつけた衝撃がガイナーの腕に伝わってくる。ガイナーよりも腕っ節の強いオークはそのまま振り払う形で剣を弾く。
すかさずにオークは右手に持つ斧を袈裟懸けに振りぬいた。
「くっ…」
オークの腕に身体を仰け反りながら一歩後退するも遠心力を活かすかのように身を翻す。斧を振り下ろしたオークは決定打をあたえることが出来ぬままに斧を振り下ろした重みを受けてその場にとどまってしまっている。その隙をついてオークの肩口を狙って一気に斬りつける。
ズシャッ!!
剣はオークの右腕を深く斬りぬいた。
「グガッ…!!!」
右腕への斬撃に思わずオークは手にしていた斧を手からこぼしていた。
「…!!!」
斬りぬいた瞬間、ガイナーは両足を固定させるように踏み込みを強め横薙ぎの軌道の剣を痛烈なまでの突きへと形を変える。
ドシュッ!!!!!
「ァ…!!!?」
ガイナーの剣は大きく開いた口をさらに深く抉るように刺し込まれ、剣先はオークの頭部を突き破り、これまでに倒れていったオークたちと同様に赤黒いものを噴出していく。
「…っ!!?」
オークにあまりにも接しすぎていたために身体全体に血煙を浴び、付着した血の生暖かさと鼻につく鉄のさび付いたような匂いがガイナーに着衣を通して纏わりつく。
不快な思いを拭い去るのと同じように、すでに息絶えたであろうオークの骸から蹴り足で剣を抜き、空を切るように振りぬいて滴る血と脂を払い落としてから口元に残る血飛沫の跡を乱暴に拭い去り、呼吸を整える。いまだに残る血の臭いに眉をよせながらも倒れる女戦士のもとに駆け寄る。今はただ、女性の無事を祈るばかりだった。