第10節
「皆の者、心して聞いてほしい…」
さきほどまでガイナー、フィレル、そしてエティエルがいた広間に洞窟内の戦士から非戦闘員まで集められて、カストは口火を切る。
後に続く言葉は誰もが予想していたことではあるが、想像していた以上に周囲に緊張感が走っていた。
「決戦のときは来た。ついに奴らが動き始めた。」
緊張感とともに周囲にはざわつきも生じていた。カストはそのまま言葉を続ける。
「だが、ここにきて事態が大きく変化してしまった。」
「・・・・・・」
「奴らはすでに軍勢を二手に分け、この場所と本国の二に狙いを絞って向ってきている。」
このアジトが狙われているということを聞いたとき、広間に集まる人たちにどよめきが起こった。
これまで場所を特定されることなく、戦い続けてきただけに、アジトが敵に知られたことは少なからず動揺を生み出してしまう。
広間がどよめく中、カストは一同を制するために両手を前に掲げて場を静める。
「ここが狙われる以上、残念ながらこの場は放棄するほかはない。
すでに奴らの手はすぐにまで迫ってきている。それほど時間があるわけではないのだ。
皆の速やかなる行動を必要とする。」
そう言ってカストはそれぞれに役割分担を与え指示を出し始めていった。
その指示を受けて、広間は再びあわただしいものへと変わっていった。
「ここが正念場だ。われわれはこの戦いで奴らを打ち倒し、われらの同朋をわれらの手で守り抜く。それが出来るのはこの場にいる我々だけなのだ。」
おおっっ!!!!!
この言葉を皮切りにざわつきは一気に洞窟内を震わせるかのような声へと変わっていった。
「ついに来たのね…」
「・・・・・・」
事情を聞いていないエティエルはその声に驚きながら、ガイナーの服の袖を摘まんだまま、立ち尽くしていた。
この瞬間から洞窟内は今までにないあわただしさを見せていた。
戦士達は武装を固め、自らの得物をしっかりと手にしながら万全を期する。
非戦闘員は食糧や物資を運び出し、城砦に向いた出入り口とは正反対の方向に向けて洞窟をあとにしてゆく。
エティエルもその一行に加わっていった。
それぞれがそれぞれの意思で行動を起こしていた。
「ガイナー、そっちはどう?」
「こっちはいつでもいける。あとはここに入り込んできた奴らを迎え撃つだけだ。」
すでに本国を目指す軍勢を迎撃するためにカスト達が率いる戦闘部隊は遭遇するであろう地域へと進発していた。
この場に残ったフィレルとガイナー、あと数名の戦闘員はこの場を利用して少しでも数を減らしておこうと画策しようとしていた。
「この洞窟ならいくら向こうが数に勝っていても一気に攻めて来れないわ。」
「ああ…でも…」
「…何よ、なにか異論でもあるの?」
「…いや、そういうわけじゃないけど…」
フィレルの言うように大人数で襲ってくる敵を迎え撃つにはこの洞窟はうってつけの場所ではある、都合のいいことに奴らはここを目指してくる、そこを狙って各個に狙い撃ちにしていけば、この人数で足止めを行うことにも現実味が出てくる。
だが、ガイナーの中で何か腑に落ちない部分があることもまた事実であった。
「フィレル、奴らの姿が洞窟のすぐそばまで来ている!!」
「!!
…どうやらやってきたようね。」
「しかし、どうやってここの位置を正確に…!?」
フィレル以外の戦闘員である戦士達に動揺が走っているのが窺えた。
「そんなこと、今はどうだっていいわ。
やつらがここに来るって言うのなら、この場を利用して奴らを足止め、ううん、返り討ちにするだけよ。」
「そ…そうだな。」
フィレル強気な言葉に同じようにこの場に留まった戦士たちも少しは落ち着いた様子を見せる。
劣勢にある中、士気と地の利だけでも優位に立っておきたい部分が多分に存在する。
「でも気をつけてね。奴らは夜目が利くから、迂闊に灯を消したりしたら奴らの思う壷だから。」
しばらくして複数の重厚なまでの足音がすでに人のいないはずの入り口から迫ってくるのが聞こえ始めてきた。
「きたわね。まずは…」
フィレルと3人ほどの戦闘員は小部屋の入り口付近に身を潜ませて、オークの集団が迫ってくることを待つ。フィレルは自身で造り上げた弩を他の3人は小型の弓を構えて機を窺う。
オークは手当たり次第に小部屋を物色するかのようにして近付きつつあった。
フィレルたちが陣取るあたりはちょうど戦士達の寝所として備えていた部屋だけに、しばらく枝分かれするように小部屋の出入り口が並ぶ区画だった。
オークは最初の部屋とその次の部屋を覗き込み、誰もいないことを確認すると次の部屋の確認はしないままに進み始めた。
フィレルが狙い目としたのはまさにその部分にあった。
オークの集団があと5部屋分の距離まで近付き、ひとつの部屋の入り口を先頭が通り抜けたとき、一斉にオークの前に立ちはだかるように身を乗り出し、矢を射かけた。
ビュッ、ビュッ!!!!
フィレルが作成していたボウガンから放たれた矢はひたすら真っ直ぐに先頭のオークに襲い掛かった。
「グゥァ!!!!」
矢は接近するオーク二体に刺さり、苦悶の声を上げながら額に直撃を受けたオークはその場で崩れ去った。
平地であれば距離が近くとも手にした盾を構えて矢をはじくことができたであろうが、狭い通路の中を進んできたオークは文字通り矢面に晒された。
何よりこの場所においてフィレルの弩は予め矢を番えたままでいられることから弦を引く音を出さないままでいることが出来た。
閉鎖された場所での弓の使用は弦を引く音が漏れる恐れがある。何よりも弩から放たれる矢は弓から放たれる矢よりも直線的にオークを捉えることが出来るようになっていた。
突然の不意撃ちを受けたオークの小集団は先頭が崩れ去ってしまったとき、わずかな間なれども歩みを止めてしまっていた。
その瞬間を見逃さずに奇襲を仕掛ける影が動き出す。
潜んでいたガイナーともう一人の戦士はオークの先頭集団めがけて槍を構え、横はいを狙って突進した。
「そらぁぁぁっっ!!!!」
ドシュッッッ!!!!!
崩れ去るオークに足を止めたオークめがけてガイナーたちは手にしていた槍をオークの胴体めがけて突きかかった。
深々と刺さった槍はオークの脇腹を的確に串刺しにし、その勢いのまま矢を受けたオークとは異なり仰向けに刺し倒す。
ガイナーのそこでとどまることはなく、次の動きを見せる。
オークに深々と突き刺さったままの槍から手を離すと、腰に帯びた円月刀を抜き、未だ呆気に取られたままのオークの咽笛に切りつけていった。
今までずっと肌身離すことなく身につけていた長剣とは異なり、それよりもはるかに刃渡りの短い円月刀を選んだのはこれまでのガイナーの戦闘経験のなせる業といってもいいだろう。
これまで通りに長剣で斬りつけていれば狭い通路の中での戦闘では支障をきたすと考えていたガイナーは、敢えて長剣を手放し、小ぶりながらも切れ味の鋭い円月刀を用意していた。
ブシャァァッッッ!!!
「グワァァッ!!!」
咽笛に深々と刃を突きたてられたオークは身体中の血を全て噴出すほどのおびただしい返り血を周囲に撒き散らした。すべての血を噴き尽くした後に、前のめりに崩れていった。
その円月刀は次のオークの首筋にも喰い突き、刃の半分まで沈み込んでいった。
こうなってはガイナーも円月刀を抜き取ることを諦め、そのオークの身体を蹴りつけ、その勢いを受けてオークの集団から距離を取る。
「ようし、ちょっと勿体無い気もするけど、仕上げはこいつで…」
ガイナーが仕掛けている際に様子を窺っていたフィレルがポケットから取り出したのは赤い色を帯びた小石だった。
その小石を手に瞳を閉じながらぎゅっと握り締め、念を込めるようにしてからガイナーがオークから距離を取ったことを見計らうように、オークが群がる方に放り投げた。
思わぬ奇襲の前に怯みがちなオークであったが、ガイナーたちに向かって怒気を帯びたままに反撃に転じようとするところにフィレルの投じた小石は割って入るように飛び込んでいった。
その瞬間、小石は閃光を放ちながら小石を起点として突如として炎の球が生じる。
「!!!???」
炎は周囲の空気を吸い込む勢いで巨大化し、一瞬にして先頭にいたオークの集団を焼き尽くす勢いで燃え広がっていった。
「グォォッッ!!」
灼熱の中を数匹のオークは悶えながらこれまでのオーク同様に崩れ去っていった。
「今だ、退くぞ!!」
出端を挫かれたオークではあったが、後続にいたオークの集団は戦闘態勢のままに襲い掛かってくるが、ガイナーの号令で先頭集団に一太刀浴びせただけでフィレルたちはその場を離れていった。
追撃体制に入るオークたちだったが、小部屋の入り口が並ぶ位置において再びの奇襲を恐れてか、追撃はすることなく歩みを慎重なものへと移行していった。
ひとまずオークの集団から距離をおいたフィレルたちは次の奇襲に備えてボウガンに矢を番える。
「フィレル、今のは…??」
「ああ、あれ。
アファにいたときに買っておいたやつなんだけれど、まさかあれほどのものとは思わなかったわ。」
フィレルの手にしていた小石には強力な魔法を封じ込めた魔法具と呼ばれるものだった。
魔法具は魔法使いの手によってさまざまなものに自身の魔法を封じ込めることによって生み出される。
その効果はその魔法にもよってさまざまな効力を有する。
フィレルが放り投げたものには“フレア”の魔法を封じ込められたものだった。
「まずはうまくいったわね。」
「ああ、だがこれでやつらは警戒しながら近付いてくる。これからは必ずしもうまくいくとは限らなくなる…
そうだな…あと2,3回が限界かもしれない…」
奇襲を受けたオークの被害は攻め込んでくる数からすれば微々たるものではあったが、このまま奇襲を受けていては窮地に追い込まれることはオークも理解したのだろう。
オークの歩みは周囲に警戒しつつ慎重なものへと変わっていたこともガイナーたちには折り込み済みのことだっただけにそれほど動揺はない。
だが今後は奇襲がうまくいくとは限らないということも折り込まれていた。
「そうね。ともかく、もうしばらくこの場を利用して奴らを…」
そこまで言葉を発してフィレルは言葉を止めてしまっていた。
ガイナーの背後に立つ人影を見てしまったために…
「?
どうしたんだよ…フィレル…?」
ガイナーもフィレルの変化を訝りながらフィレルの視線の先に首を向けたときの驚きの表情はフィレルのそれ以上のものだった。
「…ちょっと、どうして…」
「エティエル!!!??」
ガイナーとフィレルの前に立っていたのはマールでの唯一の生き残りのアクアマリンの髪の少女の姿。
非戦闘員として彼女はすでにこの洞窟を発って避難を果たしていたと思われていた。
それがガイナーたちの前に立っていたのだから。
「エティエル、どうして君がここに残って…!?」
「・・・・・・」
エティエルはただ、手振りのみで何かを訴えるかのようにしていたが、フィレルたちには何を言わんとしているのかは当然ながら理解することが出来ずにいた。
「…まさか、彼がここに残った、なんて言っているんじゃないでしょうね!?」
「おい、こんなときに何言っているんだ!?
…え!?」
「どうしたのよ…!?」
「…ここを出た人達が危ないだって!!?」
ガイナーの言葉にエティエルは頷く。
「ち、ちょっと、それってどういうことなの!?」
フィレルの言葉にエティエルは静に指を外に向ける。
「そっちは…
村人達を逃がした方向じゃないか!!?」
「まさか、奴らの狙いはそっちだというのか!?」
「でも、どうしてこの娘はそんなことがわかるんだ!?」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ…!!」
ここにいる皆がなぜそのようなことがわかるのかという疑問もたしかにあった。
だが、ガイナーには根拠はないものの、先ほどからあった胸騒ぎを覚えていたこともあり、しばらくガイナーは考えた末にフィレルに自身の考えを切り出す。
「俺が、村人たちのところに行く。」
「ガイナー…」
「ごめん、ここは…」
ガイナーからしても憶測でしかない以上、この場を離れていくという部分には懸念が残る。
「いいわ。ガイナーの思うとおりにしてみなさい。
こっちのことはそれほど心配することはないわ。
あと何回か奇襲をかけて、こいつで入り口を塞いでしまえば十分な足止めにはなることだしね。」
そういいながらポケットにある先ほどと同じ小石を見せる。
「わかった。ありがとう。」
「そうだな。こっちは私たちに任せてくれていい。」
そんな考えも承知した上でフィレルたちは快く送り出す。
「それとマウスト、すぐにカストさんにこのことを知らせて。」
「それなら急いだほうがいい。」
「承知した。」
フィレルの言葉を受けて一足先にマウストは洞窟を飛び出していった。
「それじゃ、行くよ。」
ガイナーは自身の剣を携え、フィレルたちを残したまま洞窟を後にした。
「・・・・・」
後を追いかけるようにエティエルもまた、ガイナーの後に続いていこうとしていた。