第07節
エティエルが先ほどまでいた部屋まで送り届けたガイナーは、カストのいた部屋に戻ることにした。
すでに出入り口で控えていた守衛はすでに休んだのか、入り口付近は閑散としていた。ガイナーは何も言わず部屋に入ろうとしたとき、ふと聞き覚えのある名前があがっていることにガイナーはその場で足を止めた。
“ともかく…あの男、”ブラッドアイ“から目を離すことのないよう…”
「!!?ライサークを…」
この洞窟から単身物見に向かったライサークをカストは監視するように命じていた。
「…一体なぜ??」
ふたたびライサークが去り際に言った言葉が脳裏をよぎってくる。
“ラクローン本国は動かないかも知れん”
ライサークを監視するように言うのはそのことに関係しているのだろうか?
少なくともカストは赤眼の傭兵に何かがあることを察知しているようだった。
「それでは早速…」
カストの部屋から足音ひとつ立てることのないほどに軽快な身のこなしをする男がすれ違い様にガイナーを一瞥するようにして去っていった。おそらく物見の役目を持ったものだろうと思われる。男が去った後もカストはいまだに部屋に残ったままずっとテーブルに置かれた地図と睨み合いをしたままだった。
今後の動きにおいて余程切迫したものなのか、あるいは本当にライサークのことがあるのか。カストの表情は晴れ渡ったものとは言い難いものだった。
「失礼します…」
ガイナーはひとまず何事もなかったように部屋に入ることにした。
部屋にはカストの他に離れた位置で守衛風の男が二人カストの両脇を固めるように付き従っていることにガイナーは部屋に入ってから気付いた。
「…どうやら、再会できたようだな。」
「カストさん…
はい、おかげでエティエルとまた会うことができました。ありがとうございます。」
「いや、礼には及ばない。」
「それと、ライサークは…」
ガイナーが訪れたことでカストは表情をやや和らげて対応し始めたが、ライサークの名を聞いたときに再び表情が一変した。
「…ああ、彼は3日で戻ると言っている。彼の実力は知っているつもりだ。彼が3日で戻るというのであればおそらく3日で戻るのだろう。」
ガイナーはライサークを見送ったことを告げようとする前に、カストからライサークが物見のためにここを離れていったことを告げられたが、カストの表情に違和感を覚えていた。
初対面といっていたはずだったが、カストはライサークの実力を過小に評価することをすることなく正確に捉えている。
とはいえ、やはり“ブラッドアイ”の名の大きさがうかがえる部分は多々にあったのかもしれないとこの時ガイナーは考えていた。
「どの道われわれは奴らが動き始めるまでは何も出来ないのだ。君も今は身体を休めることが肝要だろう。」
「はい…」
つい先ほども赤眼の傭兵に同じことを言われたことを今一度聞くことになったことにガイナーは苦笑する。
「あの…」
ガイナーは去り際に赤眼の傭兵が残した言葉と、入れ違いで去って行った男の指令との関連を聞いてみようと思いながらもすんでのところで口を塞いだ。
もしここでガイナーの思惑とは違う答えが返ってきたときに一体ガイナーはどうすればいいのか…
「…??
どうしたのかね??」
「い、いえ、なんでもないです。」
「…そうか。
ああ、そうだ。君の部屋を用意していなかったのだったな。」
「え?
ああ…はい…」
本来のガイナーの思惑とは裏腹にやや勘違い気味に言葉を発していたカストにあわせて生返事を返す。
「すまないがフィレルをここに呼んでくれまいか!?」
「はっ…」
カストのそばに控えていた一人が言葉を受けて部屋をあとにしていった。
「まさかここで寝るというわけにもいかないからな…」
カストは半分冗談交じりにうっすらと笑みをこぼす。
「カストさん、なにか用って…?」
「ああ、すまないなフィレル、彼を部屋まで案内してあげるといい。」
呼ばれてフィレルが訪れたときにガイナーの姿を見たときにフィレルはカストの用件をすぐに悟った。
「わかったわ。」
カストの言葉に頷いたフィレルはガイナーの肩をポンと叩いてから付いてくるように促した。
ガイナーはフィレルの後に続いて部屋をあとにした。
「それじゃこっちね。」
今度はフィレルの案内で今日のねぐらともいうべき部屋を案内されるまま洞窟の中を歩いていた。
フィレルの後を追いながらガイナーは洞窟の内部を観察していた。
ある程度は人工的に舗装されているとはいえ、やはり天井や壁面に至っては天然に出来た洞窟であることを示すような歪な部分が数多く見られた。
そんな洞窟の中で、ラクローンや各地から集った戦士達がこれまでサーノイドの軍勢と戦い続けている。
そのほとんどが金銭で雇われた傭兵といった部類ではあるだろうが、中には戦いなどとは無縁の生活を送ってきた者達もいる。
さらに近辺の集落の生き残りの戦うことも出来ない女、子ども、老人などもともに夜露を凌いでいるような有様だった。
そんな状況下において数の上で圧倒的に不利な中でも、ラクローンという国を護るために戦っているのだろう。
規模は違えどもこれまで辺境の村を護ってきていたと自負するガイナーにも感じられていたのかもしれない。
すでに夜も更け、周囲は静まり返っていたが、初めて入ってきたときの雰囲気は喩えようの無いほどの引き締まった緊張感が漂っているのをガイナーは肌で感じていたのだから。
ライサークのことをフィレルにも尋ねてみようとも思ったがここでもガイナーは思いとどまるに至っていた。
ライサークの残した言葉を口にしてしまうことで、ここに残って戦うものたちにどのような動揺を生じさせてしまうことになると思えば、慎重にもなる。
ガイナーにはこの重大な意味を持つであろう言葉を提示されたことが少し恨めしくもあった心情も少なからず持っていた。
“これからどうするのか、あとのことはお前が考えることだ。”
「…簡単に考えられることじゃないよ…」
「!?…何か言った??」
「いや、なんでもないよ…」
思わず口に出てしまったことを誤魔化すように態と咳払いをするような仕草を見せた。
フィレルもまたそれほど気にならない様子で再び歩を進めていったことにガイナーは安堵していた。
「ここを使ってくれていいから。」
フィレルが案内したのは先ほど入ったエティエルの部屋に良く似た造りで、通常の宿屋で用意されるような部屋よりもやや狭い感じの個室だった。
部屋にはベッドと、椅子にもなりそうな小さなテーブルがおかれるだけの簡素なものだった。ベッドも通常のものよりも小さなものではあるが、野宿をするよりも何倍もましなものではあった。
「いいのか?」
多くの兵士ともいうべき人たちがいる中で個室を宛がわれるというのは恐縮してしまうような待遇であるとガイナーは思っていた。
「カストさんの許可は得ているから問題ないわよ。
それじゃ今日のところはゆっくりしてくれてかまわないわ。もう遅いかもしれないけどあとで食事でも持ってきてあげるから。」
「ああ…ありがとう。」
そのままガイナーを残してフィレルは部屋を出ていった。
「ふぅ…」
やや足回りの低い小さなベッドに腰を下ろしてようやく人心地をつけたガイナーは肩にかかった重荷を下ろしたみたいに肺に溜め込んでいた空気を一気に吐き出すようなため息をこぼす。
この洞窟に入ったとたんにガイナーの頭の中に多くの情報が飛び込んできた。
ガイナーが目指す預言者のこと、ラクローンを護るためのカスト達の集団、ライサークの言葉、そしてエティエルとの再会。
考えをまとめる時間が欲しいと訴え続けるガイナーではあったが、今のガイナーの状況でそれは却下されてしまいそうな雰囲気を見せていた。
ガイナーの本能はすでに身体が心身ともに限界に近く休息が必須であることを告げていたのかもしれない。無意識の指令に抗う術もなく、急速に意識は遠くに追いやられるような感覚が瞼を開かせなくなったようにしたと思えば、そのままテーブルクロスのような感じもするベッドに身体を乱暴に倒してしまっていた、
「お待たせガイナー、お腹すいたでしょ?
大したものはないけどここに…??」
ガイナーの賄として用意した小さい固焼きのパンに獣肉の干物を挟んだものと水をいれたコップを小さなトレイに乗せたまま再びガイナーの部屋に戻ってきたフィレルであったが、当のガイナーは赤毛の少女を待つことが出来ないまま、意識を遠くに追いやってしまっていた。
「…はぁ、しかたないわね…」
ややため息交じりになりながらも手にしたトレイをテーブルに置き、ガイナーの身体にシーツを被せてからそのまま部屋をあとにした。