第06節
ライサークが闇の中へと消えていってからもここを発つ前に残した言にガイナーは引っかかる部分が多々あった。ことは否めなかった。
気にはなる。しかし、それを今考えてもどうにもなることでもなかったために頭の中を切り替えるように努めた。
複雑な思いを振り払うようにガイナーはずっと入り口付近で剣を正面に構えるようにしたまま精神を集中させようとした。
だが何かが起こるというわけでもなく、ガイナーの剣はやや力みがちな様子で剣がわずかにぶれるのみだった。
「…
プハッ!!!!」
ずっと息を止め続けていたのか、ガイナーは苦しさのあまり呼吸が小刻みになりながら肩を上下させていた。
「ハァ…ハァ…やっぱり駄目か…」
ライサークの言葉どおりに剣に向けて力を込め続けていたものの、先ほど聞いただけのものが出来るようになるはずもなく、ただ虚しく時を過ごしていくのみだった。
「もう一度…!!」
誰かに言ったわけでもなく、ただ一人掛け声のままに再び剣を構えなおしてそのままの体制を維持しつつ剣に力を込めようと意識を集中させる。
「・・・・・・・」
切っ先を見据えながらふとガイナーはライサークの言葉を思い出していた。
“大事なのはその力をどうするつもりなのか、それを見極めること”
これまでは村に危害を及ぼす魔物を撃退するために力を得てきた。
では村を出た今となっては…
サーノイドの兵士と戦ったときにガイナーは自分の力量がいかに小さなものだったのか思い知らされてしまっていた。
このままでいけば遠からず起こるであろうサーノイドとの決戦において勝てる保障というものがないかもしれない。
そのために自分の力になるようなものはどんなことでもやっておきたいという気持ちがガイナーのなかには強くなっていた。
「…
ハァ…ハァ…」
結局のところライサークのように闘気の具現化をするということは今のガイナーでは成しえることはなかった。
「ハァ…やっぱり経験の差なのかよ…」
ライサークに素質はあるとは言われたが、やはり経験の差というものは今のガイナーにとってはどうしようもないものだった。
やや落胆するかのように剣を持つ手を下ろしうな垂れるようにして立ち尽くしていた。
ガイナーの頭上にはガイナーを見守るかのように星々の光の渦で溢れかえっていた。
「随分と遠くまで来たと思っていたけど、星空はどこにいっても同じだな。」
暦を司り、星の動きを観測する星見所のように天文を司るような仕事のものであれば微妙な位置づけなどを指摘したりするものだろうが、ガイナーにとっては故郷で眺めた星空と変わりなく思える。
ガイナーは眺めながらふとメノアに残してきた幼馴染のことや旅先で別れた銀髪の剣士のことをふと考えてしまう。
「みんなどうしているかな…」
闇の中を無限に拡がる星空の瞬きはガイナーに郷愁を与えるに十分なものだった。
あれからどれほどの時間が過ぎていたのだろう。洞窟の中に反響していた人の話し声による喧騒などもすでになく、周囲に同調するように静まり返っていた。
「戻るか…」
ガイナーが剣を鞘に納め、洞窟の中に入ろうと爪先を向けたときだった。
洞窟の入り口には内部からのわずかな光を受けて人影を形成していた。そこに立っていたのは、これまでガイナーが探していたマールの少女の姿だった。
「…?
エティエル??」
部屋で休んでいたエティエルはガイナーの姿がないことに気付き、探していたのだろうか、ガイナーの姿を確認したときに安堵したような笑みをこぼした。
だが、顔をあわせるなりにガイナーは声を荒げてしまっていた。
「駄目だよ、無用心に外に出てきちゃ…」
サーノイドの巣窟となる城砦には距離があるというものの、付近に魔物が潜んでいるという可能性がないわけでもない。不用意に外に出たりしては襲われてしまう恐れもある。
「ぁ…」
ガイナーの声に驚いてしまったのか、エティエルは表情を曇らせてしまっていた。
「ごめん、大声出してしまって…」
再び口調を戻したガイナーを見てエティエルは再び笑みを戻した。
「さぁ、中に戻ろう。」
ガイナーの言葉にエティエルも頷き、二人はそのまま洞窟の奥へと入っていった。
目の前を歩いている少女の流れるようなアクアマリンの髪を眺めながら、ガイナーは今後のことに関して考えが巡りはじめていた。
エティエルとの再会は果たすことは出来た。
だがなりゆきはどうであれ、これからここでサーノイドの軍勢と戦ってラクローンへの攻撃を阻止する。これから向かおうとする場所が襲われるのを防ぐため、何よりマールの集落の人たちへの仇討ちと考えるからこそ、ここにやってきた。
だが、そのことによって本来の旅の目的からは大きく逸脱してしまっていることもガイナーは頭の中では理解している。
「今はここで戦うしかないさ…」
無意識ではあるが、ガイナーは自分自身に言い聞かせるようにつぶやいていた。
「でも…エティエルは…」
自分の名前を呼ばれたような気がしたのか、エティエルは再びガイナーに顔を向ける。
このままここにいることは先ほどまでガイナーの胸に顔を埋めたまま着衣を濡らしたアクアマリンの少女を巻き込んでしまうのではないだろうかという危険性が生じていることもガイナーには危惧された。
マールの惨状はおそらくエティエルも承知していることだろう。
だが、そのことで仇討ちを望んではいないかもしれない。
「俺は…」
立ち止まったまま思いにふけるガイナーを眺めながら首を傾げるエティエルだったが、そんなガイナーの手をふと重ね合わせながら。口を開く…
様な素振りを見せる。
“元気出して…”
「!?
…エティエル?」
目の前の少女は言葉を持っているわけではない。だがガイナーはふとエティエルがそういっているような気がした。自分がよほど深刻な顔をしていたのだろうか、これまでにないくらいに心配そうな面持ちだった。
「…大丈夫だよ。」
なんの根拠もない返答だったが、今はそれで十分だった。
そもそも目の前の少女のことで悩んでいたというのに、その少女に逆に元気付けられてしまっていたことにガイナーは思わず自嘲めいた笑みをこぼしていた。
灯されたかがり火は壁面に二人の影をゆらゆらと揺らしながらも色濃く写し出していた。