第05節
すでに外の世界は深い闇の中に包まれていた。
入り口付近に灯りがあっては敵に見つけてくださいと言っているようなものとなるため、入り口はすでに外の世界と同調した闇の中だった。
ガイナーとライサークは星明りだけを頼りにお互いの姿を確認する。
「ライサークは…」
一度口ごもらせながらもライサークに言葉をつづける。
「ライサークはどうやってあの力を会得したんだ?」
あの力、ライサークが有する闘気を放つ力のことであることをライサークは理解していたのか、さほど間をおくことなく口を開く。
「これは親から受け継いだようなものだ。とはいえ、普通の奴らが会得できるようなものではないさ。」
ガイナーの意図をライサークは見通しているかのような言葉に一瞬、どきりとさせられたが、それでもガイナーはライサークに問いかける。
「それなら…
それなら俺には使うことは出来ないのだろうか…?」
ライサークに意図を読まれたとはいえ、それでも今のガイナーには問いかけずに入られなかった。今の自分の力量というものを熟知している上にどんな力でも貪欲に求めようとする意気が増していたのだから。
「・・・・・・」
ライサークは何もいわずに右手をガイナーの前に向け静かに眼を閉じる。
それほど時間も経たぬ間に右手からは淡い光が浮かび上がってゆき、右腕にわずかとはいえ闘気を具現化させたものが纏っているように浮かび上がってきていた。
それはまるで自身を決して焼くことのない炎をその手に掴んでいるようにガイナーには映っていた。
「…これは自分の念じる先に気を込めるだけのことだ。
そうだな…お前が剣に力を込めるのと同じことだ。」
「それだけ?」
「…それだけだ。」
ライサークの答えは想像していた以上に単純なことだっただけに思わず呆気にとられてしまっていた。
ライサークもマールの一件からガイナーの心情を薄々とはいえ感じるものはあった、その心情がライサークにとってもわからぬものではなかったからこそ、自身の力を見せたのかもしれない。
ガイナーは手にしていた剣を鞘から抜き放ち、剣を持つ柄に力を込めようと身体を震わせながら剣の切っ先を凝視しつづけた。しかし、何事も起こりえることなどないかのように剣は身体にあわせて小刻みに震えるのみで剣と柄の継ぎ目がカタカタと音を立てていた。どれほど時が経とうとも、それ以上のことは起こりえるべくもなかった。
「プハッ!!
…ハァ…ハァ…」
ずっと意識を剣に集中させていたことで自発呼吸を忘れてしまっていたその反動からか、普段よりも荒い息遣いを繰り返す。
「フッ…そんな簡単に会得できるものではないさ。
それでは俺の立つ瀬がなくなる。」
半ば呆れ気味に笑みをこぼしながらガイナーの様子を見守っていた。
「くそぅ…やっぱりだめか…」
何度も呼吸を止めて意識を剣に向けていたが、ひとまず剣を下ろし一気に空気を吐き出し、両肩を上下させながら呼吸を整えなおす。
「あせることはない。もしかすれば以外とお前は素質があるかも知れん。」
「…ハァ…ハァ…
ほんとうかよ…??」
根拠の全くなさそうに語るライサークにガイナーはただのお世辞程度にしか聞こえてくることはなかった。しかし、ライサークにはその可能性があるかもしれないと思い当たる節がわずかにあった。
初めてガイナーと行動を共にしたメノアの洞窟内での出来事。
ガイナー本人の記憶としては全くないということであったが、あの時封印から解かれてガイナーたちの前に姿を現した魔物を討ち倒したもの、ガイナーが放ったあの時の一撃は紛れもなく闘気を具現化させたものに相違なかったのだから。
「まぁあとはお前次第だが…そうだな、いま少し経験をつむことが肝要かも知れんな。」
「ハァ…ハァ…経験…」
たしかメノアを旅立つ前にも兄貴分だった青い瞳の青年にも言われたような言葉を耳にしたことに既視感を覚える。
メノアを旅立って一ヶ月ほどのものではあったが、まだまだそのくらいの期間で経験というべきものを積んだものとは思えるわけではない。
まして目の前の傭兵にとってはそれほどの期間など微々たるものに過ぎないだろう。
「ガイナー。」
「…え?」
不意にこれまでの雰囲気から一転して名を呼んだライサークにガイナーは顔を向ける。
「力を求めることは決して悪いことではない。しかし、求めた先に何があるのか…
それを見極めることも重要なことだ。」
不意に放つ赤眼の傭兵の言葉に一瞬戸惑いながらも反芻するように言葉を返す。
「何があるのか見極める…?
ライサークはそれを見極められるのか?」
ガイナーの目の前に立つ赤眼の傭兵は即答することなく、ガイナーの問いにゆっくりと瞳を閉じて間をおいた後に記憶の中を辿るように口を開く。
「…
俺もそれをずっと探しているのかもしれないな…」
「ライサーク…」
「だが、大事なのはお前がその力をどうするつもりなのか、ということにある。何より…」
「…?」
「フッ…俺としたことが、しゃべりすぎた。」
なぜ急にそんなことを話そうと思ったのか、ライサーク自身、理解しがたい思惑に駆られていた。
「今お前に必要なのはまず休息だろう。
今、出来ることをきっちりと行うということをしっかりと理解しておくことも大事なことだからな。」
「それは…」
「…重要なことだぞ。」
「求めるさき…」
今のガイナーにはライサークの言葉を理解することは出来ずにいた。
だが、それでも今、なにかをするべきだと頭の中で訴えているような気もしていた。
「さて、そろそろ俺は行くぞ。」
埒をあけようと呆然とライサークの言葉を受けるガイナーをそのままに、ライサークは歩き始めようと一歩足を踏み出した。
「ガイナー。」
「え?」
だがふと足を止め、顔を向けることなくライサークはガイナーに再び言葉を返す。
「…俺が戻る前に奴らが動き出したのなら、お前はそのままラクローンへ向かえ。」
「!?
どういうことだよ。」
「最悪の事態になるのであれば、もしかすれば本国は動かないかも知れん。そうなればこの山にいる連中の全滅は必至だ。」
少し言葉を濁すかのように語るも、ライサークはガイナーには思いもかけぬことを言い放った。
「…でもカストさんだっけか?
そんなはずはないって…」
実際、元ラクローンの騎士団長を務めていたともいうべき人物の言葉である。
現段階においてはガイナーとしてもそれほどの人物の言葉に偽りがあるとも思えなかった。「これからどうするのか、あとのことはお前が考えることだ。」
そこまでを言葉にしてすぐにライサークは闇深い森の中へと消えていった。
「本国が動かない…だって?」
なぜそんなことを言うのか、真相を聞こうにもすでにその当事者はこの場を去ってしまった。
ライサークの残した情報をどうすればいいのかもわからぬままにガイナーは洞窟の入り口の前で立ち尽くしてしまっていた。