第03節
しばらく思考した末にカストから発せられた言葉はガイナーにとっては救いの言葉となりえるものだった。
「マールの生き残り…確か、マールに向かっていたマウストが連れて帰ってきたのではなかったか?」
「…!!!???」
「マウストが??」
「誰か、マウストを呼んで来てくれまいか?」
「はっ、ただちに…」
出入り口で控えていた男の一人がカストの言葉を受けてその場を離れていった。
「エティエルが生きているかもしれない…」
ほどなくして、4人が待つ部屋にマウストと呼ばれる男が呼ばれてやってきた。
歳は20代前半といった具合で背丈はガイナーとさほど変わらず、やや細身に感じられる。
瞳の色はライティン特有の焦げ茶色、頭の大部分をバンダナで被いわずかにはみ出た部分から髪の色がやや赤っぽい茶色をしていることがわかる。
装備も軽装で動きやすいものを身につけていて、やや飄々とした風体を思わせた。
「カストさん、お呼びとかで?」
「すまんな。少し確認したいことがあってだな。
マールから戻ったときに、そこの生き残りらしき者を連れ帰ったと言っていたはずだが…?」
「はい、マールから少し離れた森の中を女の子がたった一人でさまよっているといった具合だったのですが、連中の気配があったので、すぐさま保護したのですが…その…」
「エティエルに、彼女に何かあったのか!!!??」
含みのあるマウストの言葉に苛立ちを募らせてしまったのか、思わず声を荒げてしまうガイナーだが、ライサークに窘められて気を落ち着かせる。
「あのカストさん、この方は?」
「マールが襲われる前にそこで世話になったそうだ。
それで生き残った者を捜しているということだ。」
「なるほど。
いえ、何かあったというわけじゃなくて…」
一呼吸置いてからマウストは言葉をつづける。
「あんなことがあったからでしょうかね。
ただの一度も口を開いてくれないんです。
それでどうしたものかと思っていたところでして…」
「その女の子って青い長髪をしていたんじゃ…」
「ええ、ライティンとしちゃ珍しい髪と瞳の色をしている娘さんで。」
マウストの言葉でガイナーは確信めいたものを見出した。
「間違いない…エティエルだ。」
ようやく希望の糸を確実に手繰り寄せることが出来た気分がガイナーの中に生じていた。
「彼女は、エティエルは今どこに??」
エティエルの存在がここにいると確信したのならば、ガイナーとしてはいてもたってもいられず、すぐに姿を確認したいと考えるのも無理はなかった。
「今は個室で休んでもらっていますが…
お会いになりますか?」
「案内してくれるのか!!?」
「そりゃ、まぁ…」
そう言いながらカストのほうに顔を向けて裁可を求めようとする。カストも理解したのか、すぐさま裁可を出す。
「そういうことならすぐに会いに行ってあげるといい。今後のことはまた後ほど聞かせてもらうことにしよう。」
「よかったね。ガイナー。」
「ああ…」
「それじゃ、こちらへどうぞ。」
暗闇の中をさ迷い続けているような心情のガイナーにとってようやく一筋の光明を得たような気分だった。
カストから身元を保証されているからか、マウストは何の疑いも見せることなくガイナーを案内してくれた。
先ほど歩いてきた通路での分岐した道を進んでいくと左右に大小の規模に分かれた部屋が存在する。通りぬける際に目を向けてみると、無人の部屋もあれば、幾人かの戦士が居住しているように見える。ほとんどがはるか昔に人工的に創られた洞窟ということもあって、部屋と部屋の間隔はほぼ一定になっていることからここがカストたちの軍団の兵舎といった印象が強い。
戦士達の顔ぶれを覗いてみてもはじめから傭兵といったように戦いを専門としたものたちだけというわけでもなく、中には近くの集落からやってきたものや、ラクローンからやってきたもの、ひいてはアファからも参加してきたものもいる。
実際にフィレル自身が出身をアファと言っている。ここに集まる集団は人数的にいえば軽くガイナーの所属していたメノアの自衛団の倍以上と推測されるだろう。
「この部屋です。」
「うん。」
マウストはエティエルがいるであろう部屋の入り口の前で立ち止まり、ガイナーに部屋の中へと促した。
部屋の中にはベッドと小さなテーブルのみという簡素なものだった。
マウストに案内されるがままに入った部屋の奥で探し続けていた少女はベッドを椅子代わりにしてうつむきがちにじっと佇んでいた。
「エティエル…!?」
少女はガイナーの声が聞こえたのだろうか、その声に頭をあげ部屋の出入り口に顔を向ける。
お互いの顔を見合わせたとき、焦燥にかられたかのような少年の顔が、翳りをみせていた表情の少女の顔が途端に光を得たような晴れた顔に変えさせるほどのものだった。
「・・・・・・!?」
「よかった…無事でいてくれて…」
二人が離れてからまだ2、3日ほど経っているくらいのものである。しかし二人にとっては何ヶ月も会っていないような気分にさせられていたことだろう。
エティエルの姿をみたことにガイナーは安堵したのか、壁にもたれかかるように手を添えたまま溜め込んでいた息を吐き出す。
エティエルもまた出会ったときのようにベッドから跳ね上がるように立ち上がり、ガイナーに身体を寄せてきた。
「え、エティエル…??」
しがみつくような勢いのまま身体をすり合わせてくるエティエルの行為にガイナーは一瞬戸惑いながら一旦体勢を変えようとするが、ガイナーの胸に顔をうずめたままのエティエルの肩が小刻みに震えているのを感じたとき、ガイナーはひとまず引き剥がそうとした腕に力を入れることをやめ、その場で立ち尽くしてしまっていた。
「…ごめん、心配かけてしまったね。」
震えている少女を宥めるように小さな肩にそっと垂らしたままだった片方の手を添え、もう片方の手でアクアマリンを溶かしたような長い髪を剥くように撫でる。
集落の惨状を聞いたのか、エティエルの閉じた瞳からは大粒の涙が浮かんではガイナーの着衣に吸い寄せられていった。
顔をうずめたままのエティエルに対しガイナーはただじっと目の前にあるアクアマリンの髪を撫で続けた。
やや低く感じる天井をじっと眺めながらガイナーの腕の中で打ち震える少女が落ち着くのをじっと待ち続けていた。
「どうやら探していた方であっていたようですね。」
事の成り行きをしばらく傍観させられていたマウストはさすがにいたたまれなくなってきた感じでコホンとひとつ咳払いをして存在を顕示して見せた。
その音でようやく背後に立っていたままのマウストに意識を向けたガイナーは、頭だけをマウストに向けてそれに応える。
「ありがとう。あんたのおかげでエティエルと会うことが出来たよ。」
自分がいない間に彼女を助けてくれていたことに対してもガイナーはマウストに軽くではあるが頭を傾けた。もしマウストがその場にいなかったらエティエルはどうなってしまっていたことだろう…
そう考えればマウストという男に礼を言い尽くせないくらいだった。
「いえ、礼には及びませんよ。
それじゃ私はまだ仕事が残っていますんで、ここで。」
そう言ってマウストは二人を残して部屋を後にしていった。
マウストがこの場を離れていってからしばらくして、ようやく落ち着きを取り戻したエティエルはガイナーに顔を向ける。
涙でガイナーの着衣を濡らし、潤んだままの瞳にはガイナーの存在があることを今一度確認するかのような思いを含めているかのようだった。
「・・・・・・」
「…もう、大丈夫だよ。
本当に無事でよかった…」
これまでのように何もいえないエティエルの思いを不思議と汲み取ることができたガイナーは、気休めに過ぎないとはわかっていても少女に言葉をつづける。
「もう怖い思いはさせないから…」
マールの集落の惨状に深い憤りを募らせていたガイナーではあったが、今はただ自分の胸元に身体を預けるアクアマリンの髪の少女とこうして再会できたということを純粋に嬉しいと思っている。
そのことがガイナー自身の中にわずかではあるものの、心にゆとりを生じさせていた。