第02節
フィレルたちのゲリラとして陣取るというだけあって、洞窟の中はしっかりと足場は簡易ながらも舗装され、等間隔に壁面に小さいながらもかがり火を炊いていた。
洞窟の内部も3人が並んで歩くことも出来るほどに幅も広く、天井も剣を振りぬけるほどに高い場所も存在している。
クリーヤに点在する洞窟は天然のものもあれば、2千年前の戦いのときに人の手で造られたものも中には存在する。フィレルたちがアジトとして使用している場所もそのひとつであった。
ライサークはかがり火を見ながら、考えたことを口にする。
「ここ以外にも入り口があるようだな。」
かがり火の炎は小さいながらも直立に燃え盛るのではなく、一定の方向に向かって靡くようにして燃え続けている。それは壁面に付着した炎によって生じた煤の位置とも同じ事から、この洞窟には一定の風の流れが発生しているということである。
すなわち、洞窟の入り口はこの場所だけではないということだった。
「よくわかったわね。そりゃぁ、ここが見つかってしまってしまったら閉じ込められてしまうものね。だから別の場所にも出口は掘られているわ。」
これといって隠すことなく、フィレルはライサークの言葉を肯定する。
「そういやフィレルはいつからここにいるんだ?」
洞窟の中を物珍しそうに見回しながら歩くガイナーは好奇心を含めた上でのフィレルへの問いかけだったが、これもまたフィレルは包み隠さずに答えだす。
「そうね…もう1年ってところかしら?わたしはまだ参加したのが遅いほうだったけど、他のみんなはもう2年以上になると思うわ。」
「2年!!??」
ガイナーにはフィレルの応える歳月にやや声のトーンが上がる。
「そんなに…」
魔物の出没の頻度が上がったことと、サーノイドの脅威が知らされるようになってからすでにそれだけの歳月が経っている。その2年という歳月はガイナーの心底に深くつき刺さってしまっていた。
『何も知ることなく自分はただメノアのような辺境で怠惰な日々を送ってしまっていたのか…』
「フィレル、お前達のリーダー格はカストといったか?」
ガイナーの胸中をよそにライサークはさらにフィレルに問いかけた。
「え?そうよ。もしかして知り合いなの??」
「…いや…そうか。」
そういって言葉を閉ざすライサークに首を傾げるものの、とくに考えることなく先を急ぐことにした。
洞窟の中はまるでアリの巣を平面にして巨大化したようなイメージを成していた。ところどころに道は分岐され、その先には蔵となる部屋であったり、兵士達の寝所となる部屋であったりといくつもの部屋となる広場が点在していた。
ある程度の部分は人工的に造られたものではあったが、規模としては相当なものである。
洞窟の入り口から10数分ほどたった先にカストと呼ばれた者が待つ小部屋と呼べる場所にたどり着くことが出来た。
部屋の中は20人くらい納まるほどの奥行きを有し、壁には青を主体にした羊を模った図柄の旗が貼り付けられている。戦いに関しての作戦会議を日々行われているのだろうか、部屋の中央部に置かれている木製のテーブルには周囲の地図ともいう図面がいくつも散乱している。
そのテーブルに手を添えて佇む人物こそが、カストと呼ぶ、フィレルたちが活動するリーダー的存在その人だった。
「カストさん。」
カストと呼ばれた人物は、年齢からすれば40代に達したばかりといったものだろうか、口元にたくわえた髭があることによりもう少し歳は上に見えてしまうかもしれない。
瞳はライティン特有のこげ茶色、切れ長で端正な顔立ちに、顎鬚は胸元まで伸ばしている。髪はブロンドがかったものではあるが、やや白髪が混じっており、やや色素的に薄くも感じられる。
身なりは白を貴重とした金色の刺繍が施された襟元は青い白地のローブを纏った上品な貴族のような振る舞いを見せていた。
「フィレルか…よく無事に戻ったな。あまりに遅かったから、心配していたぞ。」
「ごめん、思った人数が確保できなくて…
それに…」
言葉を濁しながらもフィレルはマールの件をカストに報告した。
「そうか、マールを見てきたのだな。そのことはすでに報告は受けている。残念なことだった…」
「うん、あいつら絶対に許せないわ。それで…」
そう言いながらフィレルは二人を引き合わせるために少し右に身体をずらしてカストに二人が映るように図る。
「お前は…!?」
二人の男性を交互に見やり、ライサークの真紅の瞳を見たときにカストは一瞬表情を強張らせたまま、ライサークに問いかける。
「まさか…ブラッドアイか…?」
その言葉に驚きの声を上げたのはフィレルのほうだった。
「え?ちょっと…
ブ、ブラッドアイって…まさか…」
今更ではあるがフィレル自身、ライサークが別名“ブラッドアイ”と呼ばれる傭兵であったことに気付いたらしい。
「なんだよ。ライサークが“ブラッドアイ”って呼ばれているって知らなかったのかよ…?」
「ぅ…ブラッドアイって傭兵がいるとは聞いていたけど…まさかライサークのことだったなんて…」
フィレルの脳裏においてライサーク=ブラッドアイという図式も成立し、一呼吸の間をおいてライサークはカストの問いに口を開く。
「俺をそう呼ぶやつもいるな…ラクローンの元騎士団長、カストゥール。」
ライサークの発言にフィレルの驚きの声は再び起こる。
だが、そんなことは他所にカストはライサークの言葉に眉をひそめるが。
「…驚いたな…確か初対面のはずだと思うのだが…?」
「確かにあんたとは初対面だ。だが傭兵ギルドにいればいろいろと情報が流れてくるのでな。
最近、ラクローンを離れて活動をしているらしい…と。
まさかこういうことになっているとはな…」
「ふむ…」
ライサークの言葉に合点がいったのか、カストは一旦そこで話題を区切り、今度はガイナーのほうに顔を向ける。
「そちらの者は随分と若いな…君も傭兵なのかね?」
「俺は…」
「いや、こいつは傭兵ではない。」
ガイナーが応えるより先にライサークはカストに言い放った。
「傭兵ではない?ではなぜこんなところまでついてきたのかね?」
「それは…」
ここから先ライサークは答えることではないと判断したのか、ガイナーの一歩後ろに下がろうとしていた。ガイナーはライサークが下がるのを確認してからカストに自らを名乗り、これまでのいきさつをかいつまんで話し始めた。
メノアから旅立ち、世界に何が起きているのかを見るため、アファにおいて魔導師ラウスの導きによってラクローンへと向かっていることを…
ただ、この場においてもメノアの封印の話は伏せておくことにした。その場に居合わせたライサークもそれを感じたのか、言葉を加えようとはしなかった。
「そうか…ラウス殿が亡くなられてしまうとは…アファも大変なときだというのに…」
「ラウス様は亡くなる前に言われました。ラクローンに向かえと。そこにいけば今、世界に何が起こっているのかがわかると…」
「…なるほど、預言者のことか…」
ガイナーの結論を聞く前にカストには結論を理解していた。
「預言者のことを知っているのですか?」
「ラクローンの人間であれば当然だ。預言者とは、いわばもう一つのラクローンの王といってもいい存在だからな。」
「もうひとつの王?」
カストもガイナーに預言者について話す。
ガイナーがアファの魔導師ラウスの言葉によってここまで訪れたということがなければそんなこともなかったことだろう。
ラクローンの城には王家の血筋でもあるラクローン王と、もう一人、王に近い者として預言者が存在している。預言者という存在がいつ頃から現れたのか、その辺りは定かではない、しかしラクローンは常に預言者の言を受けて、これまで栄えてきたのも事実であるらしい。
「預言者とはいったい…?」
「その辺りは君がラクローンに行けばわかることだ。
君の事情は理解した。君がラクローンへ向かうというのであればラクローンまでの道中を案内させよう。」
「・・・・・」
「ガイナー、やっぱりラクローンへ向かうの?」
しばらく間を置いた後にガイナーはカストに自身の意向を伝え始める。
「だが、この山のサーノイドのやつらはラクローンを狙っている。こんなときにラクローンへは行くことはできない。
俺は…俺はあいつらを許せない。マールをあんな風にしたサーノイドのやつらを倒さなければ、俺は…この世界は…」
「…承知した。
ではガイナー、われわれに手を貸してくれるというのだな。」
暗黙の了解とも言わんばかりにガイナーの意向を汲み取り、カストはガイナーの言を完結する前に塞いでしまう。
「ああ…」
カストの言葉にガイナーの返事は決まっていた。
「だが、お前達には勝算はあるのか?」
「ちょっと、ライサーク。」
「かまわんよ、たしかに今は苦しい状況にある。おそらくこのままつづけば音を上げてしまうのは我々のほうだろう…」
「そんな…」
カストの言葉は同胞のフィレルにとっては絶望的な発言に等しいものだった。
このままではこれまで戦ってきたことがすべて無駄になってしまうのではないか?
そんな考えが脳裏を過ぎりもした。
「だが、勝機はある。」
「ほぅ…」
「それって…?」
「おそらく奴らは近いうちにラクローンへの総攻撃を展開するだろう。
そのとき、敵の主力をラクローン本国に残る騎士たちで食い止めてくれている間にわれわれの手でやつらの拠点を制圧してしまうことだ。」
絶望視していた状況において死中に活を見出すともいえるものだった。
「きびしい戦略ではあるな…ラクローンはこちらの思うように動く手筈はあるのか?」
「その辺りは問題ない。だが、引き付けておく役目とはいえ、敵は主力を差し向けてくる上に数においてもこちらより勝っていることだろう。おそらくラクローンの正規の軍とはいえども長くは保つまい…それを突破されてしまえばラクローンへは何もないのだからな。」
「タイミング勝負というところか。」
カストは黙って頷き、言葉をつづける。
「我々はその機会をうかがっている。情報によれば、敵は増援を呼んだらしく、おびただしい軍勢になっていると聞く、それでも全軍出撃して手薄になった城を制圧なり爆破させてしまい、退路を断ってやつらを挟撃する。」
「そっか、そうすれば…」
「はたしてそううまくいくものかな…?」
「…そうありたいとは思っている。」
しばらくの間、傭兵の返答を待っていたのか、カストは黙したまま傭兵と少年の顔に交互に向け続けた。
「ことの仔細は承知した。それなら協力させてもらうことにしよう。」
「ライサーク。」
「感謝する。」
傭兵としてここにいる以上、すでに契約はなされている。どんな無謀な作戦といえども、拒否権はなかったはずであった。それでもなお、カストに作戦を提示させ、カストもまた依頼主ではありながら、ライサークに是非を問う。だが、ライサークとしては提示を求めたものの、すでに応えは定まっていた。
傭兵としての誇りというわけでもない、ライサーク個人の意思としてラクローンへの攻撃を阻むつもりでいたのだから。
「よかった。ここで依頼はなかったことにするなんていわれたら私どうしようかと思ったわよ。」
「心配するな、一度依頼を受けたからにはやり遂げるさ。」
「うん、期待してるわよ。」
「他に何か聞いておきたいことはないか?」
カストはガイナーたちに質問を促したとき、ガイナーは無駄とわかっていても尋ねてみる。
「マールに、マールにいた女の子を知らないだろうか…?
ずっと探していたんだけど、見当たらなくて…」
「ガイナー…」
「マールの生き残り…」
ガイナーの言葉にカストは自身の顎に手を添えて黙したままでいた。