第11節
「ともかく…
この村の者たちをなんとかして弔ってあげないと…」
「うん…でもどうやって?」
「こんな状況で死体を運び出すのは危険を伴う…
やはりここは、家ごと燃やすしかないな…」
「ああ…」
乱暴なやり方ではあったが、まだ小屋の中に毒霧が漂っている恐れもある。迂闊に近寄るわけにもいかず、ライサークの言葉に従って家ごと焼き払う他に手だてはなかった。
すでに陽が西の空に傾いていこうとしている中、3人は手分けして点在する小屋という小屋に火を点けていった。
火は静かに燃え始め、やがて家屋を貪り喰らうかのように一気に燃え盛り、すべてを炎に包んでいった。
「マーキスさん、村のみんな、ゴメン…きっと仇は討つから…」
空を見上げるガイナーには炎とともに複数の黒い煙が立ち上るのが見えた。
それは、まるで無念の中で最期を迎えてしまった村人が天に昇っていくための送り火ように見えたのはガイナーだけではなかったのかもしれない。
炎を瞳に映しながら、あらためて決意を見せるかのように剣を持つ手に力が込められた。
フィレルとライサークもまた同様の感情を湧き上がっていることだろう。
三人は三様にただ、じっと立ち昇る炎を見据えていた。
「あいつら…絶対に許さないから…」
「・・・・・・」
「…ん??…あれは…??」
手と同じように怒りに身体を震わせる中、不意に近付いてくる気配を察しながら、戻ってきた泉への道に目を向けたときだった。
それは前にも見た小さな光の粒が飛んでくるのを視界に捉えた。光の飛ぶ姿は以前見たときとは違いたどたどしいものだったが、明らかにガイナーを目指すように飛んでくるようだった。
しばらく光が近付いてくる様子をみていたが、光はガイナーまで届くことはなかった。
ガイナーの目の前まで来てあえなく地面に墜落してしまった光をガイナーはあわてて駆け寄る。
「!?
まさか…!!??」
墜落した先には光る物体はすでに光を失い、そこには人の姿が倒れていた。とはいうものの、その体躯は大人の掌に乗るほどのものであったが…
妖精の姿も人と同じように容姿や顔立ちに特徴はある。今ここに倒れている妖精は、先ほどまでアクアマリンの色をした髪を持つ少女とともにいたあの妖精に間違いはなかった。
「この子、妖精…」
フィレルは妖精の姿を見るのが初めてなのか、眼を丸くさせて珍しいものを見るかのように様子をうかがう。
ガイナーは両の掌に倒れていた妖精をそっとすくい上げ、呼びかける。
泉を汚されてしまったためか、村人と同じように毒の霧を受けてしまったのか、妖精は急激に衰弱したかのようにうなだれたままだった。そればかりでなく、姿を留めておくことも難しくなっているのか、ガイナーの掌に乗る姿はうっすらと透けて見える感じがする。
「まさか、この子も毒にやられちまったのか!!??」
ガイナーはそのまま妖精に呼びかけを試みること十数回。ようやく呼びかけが通じたのか、妖精はガイナーを焦点の合わないような瞳をうっすらと開けながら顔を向けた。ガイナーの顔を認識したとき安堵の念が込められたのか、妖精は姿の維持も叶わないながらもこれまでと同じような微笑を見せてくれた。
「だい…じょ…ぶ…か…?」
妖精がガイナーに顔を向けたその姿に一気に緊張の糸が切れてしまったかのように、ガイナーは身体をふらつかせ、膝を地面に付いてしまいそうになる。
「ちょっと、ガイナー!?」
「大丈夫、なんでもない…」
不安そうに見るフィレルを見て思わずそういうものの、すでに意識を失いそうになるほどの疲労感を漂わせていたことは誰の目にも明らかだった。実のところ、ガイナーの身体はまだ村に運ばれてからそれほど時は経っていない。ゆえに身体が本調子でないことはガイナー自身自覚していることだった。それでも妖精を落としてしまわないようにしっかりと手を添えたままにいた。
妖精はそんなガイナーの顔の前にゆっくりと小さな身体を近付けてフィレル以上に心配そうな顔をしていた。
「ゴメン…こんなことになって…」
ガイナー自身、何に対しての謝罪だったのか理解できていない。それでもそう言わずにはいられなかった。
言葉を持たない妖精がガイナーの言葉に応えようとしたのか、力を振り絞るかのようにして身体を起こそうとするが、ガイナーの掌の上で力なく崩れた。
「!!!?
しっかりしてくれ!!まだ…」
ガイナーは妖精置く手を片手にしてベルトに巻きつけていた袋に手を入れて中に入っている木の実を取り出そうとするが、その手が震えてしまうのか、袋の中のほとんどの木の実をこぼれ落としてしまう。
それでも一粒つまんだパンの実を妖精の前に運ぶ。
「ほらっ、君の好きなパンの実だよ。
これを食べたらきっと元気になるから…」
妖精は一度ガイナーのほうに目を向けて弱々しい微笑をうっすらと見せた。だがそれを最後に妖精は動くことはなかった。
「あ…ぁ…」
ガイナーの叫びも虚しく、掌の妖精は徐々に人の姿を維持できず、やがて光の粒と化しガイナーの掌から離れていってしまった。
「…くそっ!!!
どうしてっ!!!?」
すでになにもない掌は悔恨の念を込めるかのように固く握り締められ、そのまま地面へとたたきつけた。
ガイナーの中には村を襲った存在と、救うことが適わなかった自身への怒りをこめつづけ、拳を震わせながら地面に擦り続けた。
「ガイナー…」
なりゆきを見守るしかなかった赤毛の少女も赤目の傭兵にもガイナーと同じような感情がこみ上げてくるのを自覚していた。
「フィレル、俺への依頼は奴らと戦うことでいいんだな」
ライサークは今一度、確認するように改めてフィレルに依頼内容を問う。
「…うん、みんなと一緒にね。それが私たちの依頼よ」
「戦う…?」
二人の会話を耳にしたガイナーも反芻するようにフィレルに問いかけた。
「そう、私たちはここでサーノイドの奴らと戦っているの。ここでなら私たちもまだ互角に戦うことが出来るから…」
フィレルはこれまでのいきさつをガイナーに伝えた。
この山に陣取るサーノイドの軍勢とも呼ぶ存在の狙いはラクローンへと向けられていた。
ラクローン本国も騎士団と呼ぶものは存在しているものの、実戦経験もそれほどあるわけでもなく、何より、本国を防衛しながらの戦闘となると、一般人への被害も拭いきれない。
そこで一部の戦士や傭兵をかき集めて、サーノイドの陣取る山岳地帯で抵抗活動を続けている集団が現れ始めた。
これまではまだサーノイドの軍勢相手に地の利を得ていることもあり、ほぼ互角に渡り合うことが出来ていた。
それがフィレルたちであるということらしい。
だがサーノイドを撃退するまでには至らず、徐々に戦力を削ぎ落とされ続けている今となっては明らかに劣勢になっていた。
「それで私はアファまで新たな戦力として傭兵を連れて戻るところだったわけ」
「…そうだったのか…」
これから向かう先の状況がそこまで悪い状況とは知らずにいたとはいえ、村人も守れなかった不甲斐なさが募るのみだったが、今後のガイナーの行動はこの場で決まったと言ってもいい。
「だったらフィレル、俺も連れて行ってくれるか?」
「え?…う、うん、それは構わないけど…」
「いいのか?
お前はラクローンに向かうと言っていなかったか?」
「そうだけど、このまま黙ってラクローンに行くわけにはいかないよ。
俺はあいつらを許せない!!ラクローンへはあいつらをぶっ倒してからだ!!!」
言葉の語尾を一層強調させながら、剣の鞘を掴む手に力がこもる。
「それに…エティエルがまだどこかにいるはずなんだ」
サーノイドを許せないということもあったが、行方のわからない少女を探し出すこともまたガイナーが今戦い続けることが出来る理由のひとつとして確立されつつあった。
エティエルをラクローンに連れて行くこと、あの夜にうやむやになってしまっていたマーキスの希望をせめて叶えてやりたい…
「私は大歓迎よ!!」
「ありがとう…」
「お礼を言うのはこっちのほうよ」
「フィレル、それでは案内してもらおうか。お前たちのアジトとやらに。」
「うん、任せといて!!」
3人は未だに燻りつづけながら煙を残す家屋の残骸をあとに森の中へと消えていった。
既に陽は西の空に傾き、まるで先ほどの炎が焦がしたかのような空はそれをかき消すように闇が飲み込もうとしていた。