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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT,03 深緑の聖女~Etiel~
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第08節

あれから一夜明け、再び世界は陽の光に照らされはじめた。

たとえ人生の終焉を待つのみとはいえ、訪れるそのときまで人という生き物は何かを食べずには暮らしていくことは出来ない。

陽が昇るのを迎えているような時間には小屋のあちこちから白い煙が小さな煙突から立ち昇っていた。


太陽が山の向こうから昇りきるのを待ってガイナーは再び昨日と同じ道をたどって歩いていた。

昨日と異なっているという点においては、ガイナーの着用する衣服が挙げられた。

これまでの旅路でガイナーが着用していた衣服にようやく袖を通すことが出来た。そして左腕には昨夜にマーキスから貰った先端が欠けて、剣先がむき出しのままになってしまう鞘に収めた剣を手にしていた。


森の中を突き抜けてゆく道の終着点となる泉には昨日と同じようにアクアマリンの髪をした少女が静かに佇んでいた。

少女は泉の縁に膝を立てた姿勢のまま胸元で手を組み、泉に祈りをささげる様子を見せていた。

「・・・・・」

木漏れ日によって水面が反射され光り輝かんばかりの泉の前において祈りをささげる少女の姿は昨日とはまた違う神秘性を含んだものに感じられた。

しばらくして瞳を開けた少女はその泉の前に立つガイナーの姿を目の当たりにする。

「おはよう、エティエル。いい朝だね」

ガイナーが来ることを予期していたのか、エティエルはすぐさまガイナーに向かって微笑みかける。

相変わらず、言葉を発することはなかったが、ガイナーにはそれで十分に伝わった。

「ここはとってもいいところだね。水は綺麗だし、なにより空気が澄んでいる」

エティエルは自身が気に入った場所だったのか、ガイナーの言葉に大きくうなずき、これまで以上に満面の笑みを浮べた。

「…そうか。

君のお気に入りの場所なんだね」

エティエルの考えることが伝わったのか、ガイナーもまたエティエルの表情に答える。

そのことにエティエルは静かに肯定を表すように首を立てに振る。

『まただ…また彼女の思うことがわかったような…』

ガイナーの心境を他所に、ふとエティエルは何かに気付いたのか、視線を木漏れ日の中へと向ける。

「…!?」

木漏れ日の中から現れたのは昼間においても輝きを放つほどの掌ほどの光の粒だった。

その光はふわふわと漂うように浮かんできてはエティエルの前で静止した。止まったことにより、光を失ってゆき、中からその掌に乗るほどの大きさの少女の姿を現す。

昨日と同じエティエルと戯れるようにして佇んでいた妖精であった。

エティエルは訪れた可愛らしい客を歓迎するように掌を向ける。

妖精もまたその掌の上にちょこんと乗り、迎えてくれた少女に軽く会釈する仕草を見せる。

「妖精だったのか…」

ガイナーはその小さな客人にも挨拶をかわすと妖精はそれに答えるようにやわらかく微笑む。

妖精の姿を見てからガイナーは腰のベルトに取り付けたままだった小さな袋のことを思い出す。

「そうだ、今日は君にこれを渡しておきたかったんだ」

袋から取り出したのは団栗にも似た小さな木の実だった。その木の実を掌に乗せたまま妖精の前に差し出す。

「あのときのお礼じゃないけど、こいつを受け取ってくれるかな?」

それはパンの実と呼ばれる妖精が好むといわれるものであった。


パンの実は人里離れた森の中に行けばいくつも生息しているのを確認できるほどで、それほど稀少なものというわけでもない。だがパンの実には棘でおおわれた栗のようないがに包まれている。妖精は棘のあるものを嫌う習性から自らパンの実を採ることが出来ないでいた。それゆえに旅人達の疲れを癒す代わりにパンの実を要求するようになったといわれている。

妖精はガイナーの差し出したパンの実をしばらくじっと眺め、やがて両手にはっしと掴んでエティエルの掌に戻ってきた。

ガイナーたちからすれば指で摘めるほどの大きさではあるが、妖精からすれば身体いっぱいで受け止めなければならないほどの大きさになる。

パンの実は外側は硬い殻で覆われてはいるが、その中身はとろっとした蜜と呼んでもよいくらいの果肉が詰まっていた。妖精は外殻の先端部分を必死にこじ開け、その中身をすするような感じで器用に食べ始めた。

その表情は幸せいっぱいといわんばかりだったことにガイナーたちもまたほほえましく思った。

「ふふ、気に入ってくれたようだね」

妖精はしばらくの間他のものに目もくれずにパンの実を食べ続けていたが、ガイナーの持つ剣を目にしたとき、ガイナーから隠れるようにエティエルの肩へと飛び移った。

妖精の異変に気付いたのか、ガイナーは妖精に顔を向けるが、妖精はエティエルの頭に隠れるようにして様子をうかがうようなそぶりを見せていた。

エティエルは妖精の異変に気付いていたのか、妖精の方に目を向けた。

ほどなくしてガイナーに顔を向けると何かを訴えるような仕草を見せる。

「え…?

持っているもの…??」

はじめガイナーには何のことか理解できずにいたが、妖精が視線を向ける先にあった剣を見てようやく悟った。

妖精は棘や針など先端が鋭利なものを嫌う習性がある。ガイナーの剣は先端がむき出しにしたままの鞘に収められていたが故に妖精はガイナーに近付くことを躊躇っていた。

「ああ、そうか…

大丈夫だよ。これは君を傷つけるためのものじゃない。

これは…」

鞘に手をかけながら妖精に告げようとしていたものの、言葉を言い切ることが適わないままその先の言葉を模索するかのように黙り込んでしまう。

ガイナーの持つ剣は当然、妖精を傷つけるものではない。

それは言い切ることが出来る、しかし、これを使うのは…

魔物を倒すため…

敵を斬るため…

言葉に表すことはガイナーにあのときに感じた不快感を再び甦らせるに到った。

「…くっ」

ガイナーの心情を察しているかのように、泉の水面は風を受けて大きな波紋を生み出していた。


ガイナーのざわつくような心の中をそっと静めるかのようにガイナーの手にそっと小さな手が添えられる。

「…!!!?」

『元気出して…』

ふとガイナーの中に聞こえてくるような声、だが耳で感じたというわけではない。そもそもエティエルは言葉を発することが出来ない筈だ。

「エティエル…」

添えられた手から伝わってくるぬくもりがそういう風に感じさせたのかもしれない。

それでもガイナーはそれに救われたような気がしてならなかった。

しばらく訪れる沈黙を解いたのは小さな客人だった。

これまでガイナーが持つ剣に警戒心を抱いていた妖精はガイナーの顔を正面からのぞくように様子を伺う。

妖精の姿が視界いっぱいに入っていることに一瞬面食らったものの、心配そうな表情を見せる妖精に向かって言葉を放つ。

「ごめんな。大丈夫だよ」

憑き物が取れたようなガイナーの表情に妖精も笑顔に戻り。二人の周りを嬉しそうに飛び回っていた。


しかし、妖精がその動きを突如にしてとめたのはそれから間もなくのことだった。

ガイナーたちのいる泉の周囲に山からくる風が吹き抜けていったときである。

妖精は何かを感じ取ったのか、突如として動きを止めて風上のほうを向いたままこれまでとは違う、不快感をさらけ出すような表情に一変した。

「…!?」

ガイナーもまた風が運んできたであろう匂いに違和感を覚える。

おそらくガイナーがこれまでのいきさつにおいて感覚が研ぎ澄まされるようになったが故でのことだったのかもしれない。

「なんだこれは…!?」

風が運んできたのは身体を冷やしてしまいそうなまでの冷気に木々の匂いだった。

だが、その中にわずかであるが、鉄の錆びたような匂いが感じ取られた。

「なにか近くにいる…」

ガイナーの剣を持つ手に力が込められる。

旅人がクリーヤの道を抜けることがなくなっていることから、考えられるのは一つだけだった。

「エティエル。しばらくどこかに隠れてそこから動かないようにしてくれ。

もし、いつまでも俺が戻ってこなかったら、君は一人で村に戻るんだ」

ガイナーの言葉に頷くこともなくただじっとガイナーを見つめるだけのエティエルではあるが…

「…いいね」

もう一度念を押すように言い切ってから風上へと繁みを分けて駆け出していった。


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