第01節
Act,03深緑の聖女 ~Etiel~
カミルと別れて一人ラクローンを目指すガイナー。
その行く手には長く険しいクリーヤの山々が続いている。
山道の半ばでガイナーは初めてサーノイドと相対することになる。
戦いの中、ガイナーを襲う大きな葛藤。
そんなガイナーに救いの手を差し伸べるのは…
登場人物
ガイナー・・・17歳ライティン
メノアの少年。封印が解かれて、「世界が終わる」といった謎の言葉を聞いたことによりメノアを旅立つ。
カミルと別れてラクローンを目指して、一人、クリーヤの山を目指す。
エティエル・・・推定17歳ライティン
クリーヤの集落マールに住む少女。
生まれながらに言葉を持たず、その声を聞いたものは誰もいない。
フィレル・・・18歳ライティン
クリーヤでサーノイドと戦う少女。自作のボウガンを持って戦う。
なにかと一人先走る傾向があり、ややトラブルメーカーな一面もある。
ライサーク・・・22歳ライティン
別名「ブラッドアイ」とも呼ばれる、赤目の傭兵。
素手での戦闘を得意とし、誰も真似できない闘気を操ることも出来る。
フィレルに雇われて同行している。
マーキス・・・65歳ライティン
マールの集落の住人。瀕死のガイナーを助けて世話をした。
エティエルのことをなにかと気を使う。
若草の薫風香り漂わんばかりに木々が立ち並ぶ緑のトンネルを冒険者は歩き続けていた。
この地域特有の高い位置に葉をつける木々のおかげで天井は高く、それほど圧迫感が感じられないことと、陽射しが木々によってさえぎられていたことによって身体への負担が少なくなっていたのが足取りを軽くしていたのかもしれない。
冒険者はただひたすらにペースを落とすことなく進み続けていた。
だが、それでも徐々に傾斜は上がってゆくと、これまでの足取りは一歩一歩の進みに気を抜けないかのようにしっかりとした歩みに変わっていった。道はそれ程にまでに角度を高めていた。
やがて木々のトンネルは出口を迎え、周囲の景色は緑豊かなものからごつごつとした岩肌をむき出しに晒した不毛な道に変貌していった。
それと同時に周囲への視野は格段に大きくなったのは言うまでもなかった。
傾斜の頂点に達したとき、冒険者はいったん足を止め、これまで歩いてきた道を振り返る。
すでに高い位置にいたためか眼下には先ほどまで抜けてきた森と、これまで旅をしてきた広大な平原が映し出されていた。
「ずいぶんと来たよな…」
額の汗を手で拭いながら、もはや見えるはずもないこれまで暮らしてきた辺境の島に視線をむける。
思えばわずかな日数の間にいろんなことが身辺で起こった。
酸素と同時にその思いを反芻しながら思い返していた。
冒険者の容姿は青年と呼ぶにはまだ幼く、とはいえ少年と呼ぶには大人びた風体を有していた。髪と瞳は黒い色をしていた。
その冒険者の名はガイナーと呼ばれていた。アファよりさらに南方に位置する辺境の島メノアから旅を続けている。
ここまでくる途中でともに旅をしてきた銀髪碧眼のファーレルの青年カミルと別々の目的地を定めたがゆえに、別行動をするようになってしまっていた。
それゆえガイナーはただ一人、ラクローンを目指して進んでいた。
ラクローンに行けばこの世界に何が起こっているのか、という手がかりを掴むことが出来るかもしれない。アファで得たその手がかりだけをたのみにこれまで歩いてきた。
アファからラクローンへ向かうには二つの道が存在している。
一つはアファの東に位置する港町エルダーンから発する船で行く海路。
もう一つは今ガイナーが歩いているこの山道である。
アファとラクローンには定まった国境というものは存在しなかった。
ただその二つの国と国の間を分断するかのように東西に山脈が連なっていた。
2千年前の戦いの後、アファとラクローンも戦後すぐに国交があったわけではなかった。
起因はその山脈となっていたことは言うまでもない。
この天然の境界線を切り開くのにライティンたちは長い年月を要したのである。
今からまだ500年ほど前に、お互いの国から旅立った多くの冒険者たちの文字通り生命を賭して切り拓いていったことにより、二国間は陸路によっての国交を行えるようになった。
その後も海路による交易も実現され、二国間の交易は最盛期を迎えようとしていた。
クリーヤ山脈、東はエルダーンのすぐ北の海岸から、西はズィーグ砂漠を超えたあたりまでに伸びて連なっているテラン大陸を分断するかのように聳え立つ巨大な山脈。
先人たちが切り拓いた陸路といえども、東側のわずかに標高の低い部分を抜ける以外に道は無かった。
東側にはアファの樹海に近い緑豊かな山々が連なってはいるが、西になればなるほど切り立った岩山や断崖が多く、草木もあまり育つことのない不毛の地となっていた。
さらに標高も西になればなるほど高くなり、天を突き刺す槍のような山が多数存在する。
その最たるものをライティンたちは霊峰アーシアと呼ぶ。
アファからであれば雲ひとつ無いよく晴れた日にうっすらと蜃気楼のように聳えているのが見える。
正確な距離や標高は不明ではある。そこは誰一人たどり着いた者はいなかった。
たとえ大空を飛びかう鳥でさえも叶わぬほどに…
だがクリーヤの山道は海路が確立されてからはここを通ってゆく旅人は少なくなってしまった。そのためか誰もが頻繁に通っていた頃とは異なってこれまで舗装されていた道はすでに荒んでしまっていた。誰も通ることの無かった道は現在となっては完全に何人たりとも通り抜けることが出来ない状態になってしまっていた。
別に道が途絶えてしまったというわけではない。サーノイドがアファに攻め込んでくるようになってから、魔物の一軍がアファとラクローンの山間部に陣取っているという噂がある。
それを確かめようと、自ら名乗り出た冒険者や傭兵を使って山に入っていった者は誰一人戻っては来ることはなかった。
それはサーノイドが山の中に存在するということを十分に裏付けていた。
同様に海路も魔物に襲われるようになってしまい、いつからかアファとラクローンの国交は完全に途絶えてしまっていた。
「さぁ、いくか!!」
いつまでも思いに耽っているわけにもいかず、ガイナーは踵を返して再び進むべき道に爪先を向ける。
その先にあるのはこれまで以上に険しいであろう山道がまだいくつも続くものだった。
自分自身を鼓舞するかのように声を張り上げて再び歩き出す。
すでに忘れられてしまっているといっても過言ではないアファとラクローンをつなぐ唯一の陸路、クリーヤの山道は冒険者を何年かぶりに迎えることとなった。
クリーヤの山道は馬車はおろか馬でさえも通ることが叶わず、完全に徒歩でのみ行動を許されるほどの険しい道がひたすらつづいていた。
山道を歩くということをひとまとめにするのであれば、ガイナーは山道を経験していないわけではない。
メノアにも山道というものは存在してはいたが、クリーヤの山々はメノアのものとは大きく異なり、はるかに傾斜も高く道も険しい。
「はぁ…はぁ…」
ひたすら山道を歩きづくめているガイナーの身体には、常に新鮮な酸素を欲していた。
このあたりの山道は平原と比べると気温が低く、歩いていれば肌寒さを感じることは無いほどではあった。歩きづくめている青年からすれば、肌寒さを感じるものではなく、額にはすでにじっとりと汗がにじんでいた。男性にしては長すぎて、女性にしては短いであろう収まりの悪い髪もまた同様に湿度を含み、髪の毛の一本一本がひっつき、無数の束となって垂れ下がっていた。
普通の人よりは鍛錬を重ねているガイナーの身体でさえ、クリーヤの山道は悲鳴をあげたくなるほどだった。
西側の山々に比べれば比較的傾斜は低いほうである。それでも東側の最も低い山とはいえ一歩踏み間違えればそのまま奈落の底に堕ちていってしまうような断崖も存在しているほどである。
ガイナーのこの先の道を危ぶんでいるのだろうか。クリーヤの空は先ほどまで晴れ渡っていたものとはうって変わって、いつしか黒い雲が覆い隠そうとしていた。