第11節
アファ国ではラウスの死が国王の口から公表されることとなった。
同時にその跡目を娘であったリーザが継ぐということも発表された。
サーノイドが襲ってくるというこの時期に国の重鎮でもあったラウスの死はアファの民衆には衝撃的なことだった。
その言葉にアファの民はラウスの死を悼み、その跡目を引き継いだ少女に慰めの言葉を募らせた。
一時は喪に服して鎮まりかえったような街並みだったが、日を追うごとに喧騒を取り戻していった。
そんな街並みとは正反対にしんと静まり返ったかのような雰囲気の中にあった邸宅がある。
旅支度をある程度済ませたガイナーはそんな邸宅の中庭を散策するように歩いていた。
リーザの屋敷は建物の中にはこのあたりの邸宅とは違い、それほどきらびやかに調度品などを飾ってはいない。雰囲気的にはガイナーの住んでいたメノアの聖堂に近いものがあった。
それでも屋敷の敷地内にある庭園には綺麗に整えられた芝生に涼をとるための水場とも言うべき人工池も掘られ、そのほとりには東屋なども建てられている。
その中庭の東屋に新たにこの屋敷の主となった少女の姿があった。
「おーい、り…」
ガイナーはリーザの姿を見かけた時点でその少女の名を呼ぼうとしたが、その様子を見てすぐにそれを呑み込んだ。
それは静まり返った中で流れる。一つの歌声…
唄っていたのは今東屋に立っている少女からだった。
聴衆がいるわけでもなく、少女はただ、空に向かって歌声を響かせている。
まるで父親に向かっての鎮魂歌のように。
リーザの瞳にはわずかに涙が流れていたのかもしれない。
ガイナーはそのまま離れたところでその歌声にしばらく聞き入った。
それから数日の後にガイナーとカミルはファラージュの屋敷を発つこととした。
「アファに立ち寄ることがあればまたいつでも訪ねてきてください。私、ガイナーさんたちをいつでも待っていますから」
「いろいろとありがとうリーザ。なにかわかったらリーザに知らせに来るから」
「はい…」
名残惜しい雰囲気がいつまでもつづくかのようなファラージュ邸の門前でこれから旅立つガイナーとカミルを見送るファラージュの新たな主となったリーザがいた。
「本当は私…」
リーザからすればラクローンへガイナーと供に行くことが望みであった。
しかし、アファとラクローンの道中がサーノイドたちに阻まれた危険な道中に一緒に行くわけにはいかなかった。
リーザも十分に承知していたので渋々ではあるが断念せざるを得なかった。
「それじゃ…行くよ」
「元気でね…」
「お二人とも、お気をつけて。
お二人にティーラのご加護があらんことを…」
アファの市街へと姿が消えてしまうまでリーザはいつまでも見送り続けた。
市街を抜け、街と城を囲む城壁に空けられた巨大な門を東にくぐりぬけ、再び平原に立った。
「俺はここから山道だな」
ガイナーはここから北へ進路を変え、クリーヤの山道を目指す。
「僕はエルダーンに向かうよ。そこからならトレイアの船も出ているということだしね」
「そうか…」
カミルはそのまま東へ進み、アファのもう一つの港町エルダーンを目指す。
「それじゃ、僕は行くよ」
東へとつづく道をカミルは歩を進める。その途中でガイナーはカミルを呼び止めた。
カミルもその声に振り向く。
「またどこかで会えるよな!!!?
それで手がかりを掴んだら、また一緒に旅しようぜ!!!」
ガイナーの言葉にカミルは口元を綻ばせながらも
「そうだね。きっとまた会おう。そしてまた一緒に旅をしよう」
これが最後ではないということをお互いに自分に言い聞かせるようにして二人は背中を合わせた。
そのまま振り返ることなく、二人はそれぞれの目指す道を進み始めた。
平原にまばらに立つ木陰でその一部始終を眺めていた。男がいた。
ヴァイスである。
「さて、俺も行くか」
自身の得物を手に取り、そのまま西へと爪先を向けて歩き始めた。
「ここからがはじまりだぜ」
すべてを悟っているかのように一人つぶやきながら西の地平へと影は消えていった。
風は北西から平原を撫でるように吹き抜け、草原に海原のごとき波を生じさせた。
だがその北西の空は、これから激しい嵐へと変貌するであろう薄暗い雲が覆いつくさんとしていた。