第09節
ガイナーたちとは少しはなれた場所には二つの人影があった。
二人は付近の警戒を一通り終えたあと、そのままガイナーたちの許に戻らずにいた。
「ほぅ…若いねぇ!!」
大木を背にしたままガイナーたちを面白半分に遠目から眺めていたヴァイスだったが、別の方向から突き刺さるようなまでの視線に顔を向ける。
「それで、この俺に話とは??」
ヴァイスの視線にはおどけた感じの自身とは対照的に深刻な表情だった。
青年は表情を変えることなく、じっとヴァイスを凝視し続けた立ち振る舞いをみせていた。
ヴァイスが顔を向けるのを待って話を切り出し始めた。
「あなたに訊きたい事がある」
「随分と深刻な顔だな。
だがそれは俺に応えられることなのか?」
未だにおどけた顔を見せるヴァイスに青年は苛立ちを覚えはしたが、青年はそのまま話を切り出す。
「あなたは何者ですか!?」
詰問するかのように青年はヴァイスに向け、質問を投げかけた。
「ふぅ…」
いったい何を聞いてくるのかと思いきや、といった感じで首を振る。
「まぁ何者って言われると、俺は傭兵稼業で食ってるヴァイス様だな。今回はラウスの旦那に雇われた用心棒なわけだが…
もっとも依頼者を死なせちまうような無能だがね…」
自虐的な返答に我ながらやれやれといわんばかりに、持っている得物を左肩に添え、掌を上にお手上げ状態の姿勢を示す。
「そういうことを言っているんじゃない!」
苛立ちから青年は声を荒げる。
「僕が聞きたいのは…
僕の、僕の名を知っているあなたは何者ですか!?」
その言葉にヴァイスはわずかに眉を寄せた。
「あなたはあの戦闘のときに僕のことをカミルと呼びました。
まだお互い名乗ってもいないというのにです。
つまりそれは僕のことをはじめから知っているということになる」
ヴァイスはため息をこぼし、頬を掻きながらそっぽを向く仕草をする。
まるで悪戯しでかして大人に怒られる子どものように。
「違いますか…?」
苦笑を浮べながらヴァイスは口を開く。
「いや…違わねぇよ…お前さんの名前はカミルだろ!!
たしかに俺は知っている」
「それじゃ…」
「だが、それだけだ」
「え…?」
「お前さんがどこで何をやっていたかなんざ、どうして俺が知っていると思ってるんだ!!?
というかどうしてそんなこと聞きたがる!?」
ヴァイスの指摘ももっともであったが、カミルは自身の身の上を伝える。
「僕にはガイナーに会うまでの記憶がない」
「記憶がない…?」
「そう、だからあなたに聞きたい!!
あなたは僕のことを知っているはずだから!!」
「む…!?」
核心めいた表情でそのまま畳み掛けるかのようにカミルは背中に背負っていた大剣をヴァイスの目前に抜いて見せた。
「そいつは…」
カミルの大剣を見たとき、ヴァイスは表情を真顔へと変えた。
ガイナーと出会ったときに手にしていたカミルの素性の手がかりとも言えるその剣は普通の鍛冶では手に入らない貴重な材質で造られている。柄の部分は両手で持てるようになっており通常の剣よりも長く造られている。大剣ではあるが、その先端はすでに欠けてなくなっていた。
「あなたはあの魔物に剣を刺すときに“この剣なら”と言った。
名前を呼ぶのと同様にあの時僕の剣のことも知っているような言葉だった」
カミルはさらに追い討ちをかけるように言葉を並べていく。
「つまり、僕の名前だけじゃなく、この剣のことも知っている。それほどの人が僕のことを名前だけしか知らないというはずがない」
しばらくののちにヴァイスのほうから大きなため息がこぼれてきた。
「なるほどね…ちとしくっちまったか…」
「ヴァイス…!?」
「悪いが俺からは何もいえないな…」
「!!??
何故答えられないんですか…!?」
思わぬ返答にカミルは怪訝な表情を見せる。
「悪いがお前さんに関しては俺から言えることはない、ということさ」
半ば逃げ口上に近い形でヴァイスはカミルに背を向け、ガイナーの許へ戻ろうとしていた。
「待て!
まだ話は終わっていない!!」
その声にヴァイスは立ち止まり、カミルのほうに向く
「なら聞くが、俺とお前さんがもし敵同士だったらどうするつもりだ?」
「敵…!?」
カミルは一瞬、無意識に身構えた。
「僕たちは…敵同士だというのですか!?」
一瞬強張った様子をヴァイスは見て取ると表情を緩ませる。
「ははは…だからもしもの話だよ…」
ヴァイスの受け流しに拍子抜けしたが再び口調を荒げる。
「ヴァイス!あなたは!?」
カミルの声に立ち止まり、カミルに背を向けたままヴァイスは独り言のようにつぶやく。
「お前はカミル。言えるのはそれだけだ。
話がそれだけならそろそろ戻るか。あの二人も心配してるだろうしな」
「ヴァイス…」
カミルはヴァイスを再度呼び止ようとしたが、徒労に終わった。
「くっ…!!」
ドガッ!!
苛立ちからか剣を持っていないほうの腕を近くの大木に憤りをぶつけるかのように殴りつける。
その瞬間、木の葉に溜まっていた雨水が一気にカミルに降り注ぐことになった。
「僕は、誰なんだ…!!?」
溜めていた雨水を一気に落とした大木はわずかに枝を揺らしながら葉をざわつかせるも、何事も無かったかのようにただその場に立ったままだった。
ようやく涙を拭うことが出来たリーザを見てガイナーはメノアであったいきさつを話すことにした。
「メノアにそんなものがあったなんて…」
リーザにとっては初耳なことばかりだった。
「結局、封印されたものが何だったのかわからずじまいなんだ…」
ガイナーはそのとき意識が失われていたことを悔やんだ。
「あの時、封印を解こうとする奴がいた。そいつがサーノイドだったのかはわからないけど…」
「でもそれはきっと、樹海で書かれてあったこととなにか関連性があるのだと思います。」
「…かもしれない。」
「先の大戦の頃に封印されたであろうなにか。
それをサーノイドは狙っているのだとしたら…
もしかしたら…」
「サーノイドは封印されたもののことを知っているのか?」
「わかりません、でも、その仮面の男というのが…
…!!」
言い切る前にリーザは思わず口をつぐんだ。
「どうしたんだ??」
「いえ…なんでもないです…」
それは憶測に過ぎないことだったが、リーザには言葉に出来なかった。
“仮面の男というのがサーノイドだったのか…”
ガイナーが不意に放った言葉はあまりにも危険な因子がはらんでいた。
「雨がそろそろ止みそうだ。お二人さん、出発準備だけしておけよ」
「は、はい」
「ああ…」
4人は雨上がりの露残る草原を進み、アファへの岐路をめざした。
ちょうど一日過ぎた頃、アファの城壁が4人の視界に映り始めた。
城壁を見たときにガイナーたちは一つの安堵感を覚えたようだった。