第07節
「お父様、お父様っ!!!」
人馬の残骸をあとすぐにリーザは父親の許に駆けつけて、父親の意識を呼び戻そうとする。
その甲斐あってか、ラウスはうっすらと目を開ける。
「どう・・・なったのだ・・・・??」
戦いの最中意識を失っていたラウスは娘にいきさつを聞く。
「お父様、あの魔物は倒しました。もう大丈夫です。」
「そうか…」
もはやラウスに残された時間と、同様に魔力もわずかしか残されてはいないのだろう…
弱々しい声ではあったが、それでも未だ意識ははっきりしていた。
「ガイナー殿はどこに…??」
人馬の残骸を見ていたガイナーはリーザに呼ばれラウスの元に駆けつけた。
「ラウス様…」
「ガイナー殿、先ほどの答えだが、そなたが…私の許に来るであろうことはケイン殿から聞いていた…」
「ケインから!!!?」
「近いうちにガイナーという少年が私の許に来る、その時に私の調べていたものを用意して伝えてやってくれと…な…」
「…一体…何を…??」
「…あの時から、数多くの古文書や文献を読み漁っては過去に起こったことを調べ上げようとして…この場所に辿り着いた…」
「あの時…??」
ガイナーの疑問をよそにラウスは横たえていた前の石碑を指す。
「!??」
その行動にここに居た皆が目の前にある石碑に目をやった。
「これは…??」
石碑に彫られていた文面はライティンの言語ではない、いつごろ使われていたのかも不明な見たこともない文字で並べられていた。
「これには一体何て書かれているのでしょう…??」
「見たこともない文字だね…」
誰もが読み取ることの出来ない状態であったが…ただ一人…碑文を片言ながらも読み上げる者が現れた。
「…ここにおとずれしものよ…」
「「!!!!???」」
「…わが…なは…」
「!?
ガ,ガイナーさん、読めるのですか…??」
驚きを隠せないのはリーザだけではなかった。
「所々欠けていて良くわからないけど…」
ガイナー本人もなぜこの文字が理解できるのかわからなかった、それでも読める範囲を目で追いながらも碑文に目を通した。
一通り目を通した後に、
「…多分、こう書いてる…と思う…」
ガイナー自身、半信半疑な面持ちをみせながらも、碑文を読み上げる。
「われが遺せし力、人が使役するに余りあり、この世界にわが力を封じよ。
努々、力もとめることなかれ…
…!!!??」
言葉を発したときに、ガイナーとカミルの表情が変わったことは言うまでもなかった。
「力を封じよ…」
「あの封印のことだろうか…??」
「ということは、あの封印は…」
「メノアの封印のことではないのか…?」
「「!?」」
ガイナーとカミルは顔を見合わせたあとにラウスのほうに顔を向ける。
「やはり…そうであったか…」
「ラウス様はメノアの封印のことは…?」
「知って…おる。
ジェノア殿…より常に報告は受けていた。」
「じいさんに…?」
「その封印が解かれてしまったこともすでに聞いている」
「それは…」
あの時、仮面の男が封印を意図的に解こうとしていたことも、そこから現れた魔物を消滅させたこともラウスはすでに承知していた。
「ガイナー殿、おそらくこの世界には同じような封印がまだどこかにあるはずだ…
その封印が総て解かれてしまった時…」
「お父様…」
言葉を止めたラウスに悲痛な面持ちのまま、リーザは呼びかける。
「お父様!!
もうこれ以上は…」
魔力が尽きかかろうとしているラウスは今にも意識を失いそうになりながらも、身体を震わせたまま、ガイナーに言葉を続ける。
「…ラクローンへ向かいなされ…」
「ラクローン…?」
「ラクローンには預言者が存在する。その者に道を示してもらうのだ。おそらくそれが今出来る最良の道であろう…
なぜ…サーノイドが…
この世界に何…が起ころ…としているのか…
…」
「お父様!!!」
「許…せよリーザ…今は…」
リーザの叫びにラウスは残りの力で発した言葉は娘への謝罪だった。
だが最後まで言葉を発することは叶うことなく、ラウスは言葉を途切れさせた。させざるをえなかった。
そのままラウスの瞼は、そっと閉じていった。
これ以上、ラウスの口からは何も発せられることはなくなった。
「おとう…さま…??」
呆然とした面持ちで父の最期を看取ったが、リーザはただ父を呼んだ。
「お父様!?!
お父様っ!!!!」
何度も何度も父を呼び続けた。
だが、リーザの呼びかけにも応えることなくラウスは沈黙したままだった。
それでもなおリーザは必死に父親を連呼しながらもの目を開けさせようと身体を揺さぶる。
自身の身体が揺れるたびに、すでに視界はぼやけてしまっていた。
瞳から生じる大粒の涙は周囲に.はじけていた。
「リーザ、もうラウス様は…」
いたたまれない気持ちのまま、一番つらい言葉をガイナーは投げかけなければならなかった。
「おとうさまぁぁっっっ!!!!!!」
ガイナーの言葉にこれまで溜め込んでいた気持ちを爆発させるかのようにリーザは叫んだ。
父を失った娘の絶叫が周囲に響き渡り、樹海の奥へと掻き消えていった。
ただ嗚咽をつづける。リーザを3人はただじっと見ているしかなかった。
「くそっ…」
同様にガイナーにも悔恨の念が生じる。
だが生き残ったものたちにはラウスの死を悼む猶予は与えられることはなかった。
ゴゴゴゴゴ…
「「!!!!??」」
「な、何だ!!!??」
地鳴りとともに大地を揺さぶる感覚をこの場に居る全員におそった。
「いつのまにか霧が深くなっている…」
霧によってすでに出口が見えなくなろうとしていた。
「まずいな、急いでここから離れたほうがいいかも知れん」
「そのほうがいいかも知れないね。ここの空気がなんだかおかしい…」
漠然とだが二人には危険が迫っていることを察知していた。
ヴァイスの提案にカミルは賛同した。
「ガイナー、リーザ、急いでここから離れないと…」
「わかっている。けど…」
ガイナーたちが顔を向けた先には、未だに父親の亡骸の前で泣きじゃくる娘の姿だった。
「リーザ…つらいだろうけど、ここは危ない。」
ガイナーはリーザに続けて呼び続けるが、リーザは応えることを拒絶するかのように沈黙を、正確には嗚咽は続いていた。
「リーザ!
しっかりするんだ!!
こんなところで何かあったら、ラウス様は…」
リーザにガイナーの言葉が届いたのか、父親の身体を揺する手を止めることはしたものの、そのまま黙り込んだまま、ただじっと父親の亡骸を見つめていた。
危急な状況ゆえにガイナーはさらにリーザに呼びかける。
「…わかっています!!!」
これまでとは違ったはっきりとした声で応答した後にリーザはその場から立ち上がった。
「私なら大丈夫です。
このままここでなにかあってはお父様に申し訳が立ちません。
本来ならば、私たちがこんな危険な目にあわないようにするためにお父様は何も告げずにここまで来たのですから」
「リーザ…」
「お父様、このような冷たい場所で眠らせてしまうことをお許しください…
私はなんとしてもアファに戻ります」
父親の両の手を胸元に置き、最期の別れを伝えるかのようにつぶやいたリーザはそのまま3人のほうに顔を向け、再び口を開く。これまでのような弱々しい口調ではなく、はっきりとした態度に変わっていた。
そこにはアファの王族でもある気品すら窺えた。
「皆様にお願い申し上げます。
どうか私を、リーザライド・フォン・ファラージュをアファまでお連れください。
私は私の為すべきことをやってみます」
3人の返事は聞くまでもなかった。
「承知しましたぜ。嬢ちゃ…いや
お嬢さん。このヴァリサイヤーにお任せあれ!!」
「これでいいんだね?」
「構いません。今はここから速やかに離れるのが大事なのであれば…」
「わかった。行こう」
4人はラウスの亡骸を背にして、もと来た道を走り始めた。
霧はすでに4人の周囲を今にも覆いつくさんとしていた。