第05節
ゴブリンの集団に向けて二人の傭兵が痛烈な一撃を叩きこんだのは、ほぼ同時のタイミングだった。
ヴァイスの獲物は長尺ながら、穂先に刃が備わっているようなものが見受けられず、とはいえ打撃武器であるのであれば、先端に巨大な宝珠が嵌めこまれていることもあって、打撃には不向きな拵えなのではと一考させられてしまうだろう。或いは強力な魔力を律するための魔導師が持つ杖なのではないかという想像さえさせてしまうこともある。
しかし、魔導師の杖と言ってしまうにはあまりにも柄は太く、一般的な槍に近い長尺のものであり、どこまでも武骨な重みのある物々しさがある。加えて大柄で屈強な肉体を持つ男が手にする得物が魔導師の手にする物であるというイメージを完全に払拭させていた。
誰もが謎に思うその得物を手に一気に距離を詰めたヴァイスは、片手で振り上げると、ゴブリンたちにめがけて大きく左薙ぎに振り抜く。
得物の先端にある宝珠が一瞬眩い光を放つと、ゴブリンはまるで見えない刃物に触れたかのような斬撃痕を生じて、血肉を抉られるかのように消失しながら勢いよく次々と細切れとなって四散していく。弾けるゴブリンだったものは何処まで飛んだのかさえもわからないほどに、周囲のゴブリンを巻き込んで吹き飛ばす。
「そらよ!!」
ヴァイスはさらに距離を詰め、今度は右薙ぎに得物を振ってゴブリンをさらに十数体の身体を抉り、集団を文字通り削り取っては周囲に肉塊の山を構築していった。
たった一振りで十数体のゴブリンの身体を細切れに消し飛ばし、その衝撃は周囲のゴブリンをも弾き飛ばして宙を舞う。そんなあまりにもありえない光景に誰もが唖然とする。
それを上回らせるほど苛烈さを見せていたのが、反対側の女傭兵に斬り込まれたゴブリンの集団であった。
赤髪の女傭兵サランは女性としては長身の方ではあるが、体格としてはさほど一般的な女性と大きな違いはない。サランの体格とはアンバランスな重厚な斧槍は風を裂くが如き轟音を響かせて、一番手前のゴブリンを文字通り完膚無き迄に斬り潰す。その衝撃で飛び散る血肉は周囲のゴブリンのみならず、自身にもその多くを付着させるほどの勢いを見せていた。
さらに勢いづいた斧槍は、サランの身体を軸に回転させながら一歩前へ踏み込みながら奥へと薙ぎ込まれる。
斧槍の横薙は、容赦なく数体のゴブリンの身体を二つ以上に斬り割っては、更に周囲に血肉を撒き散らせていく。
「ほらほら!!まだまだいくよ!!」
血の滴る斧槍を頭上で振り回すと、付着していた血や脂が飛散する。その様子に後ずさろうとするゴブリンを容赦なく斬り伏せていく。
たとえ統率の取れたゴブリンであったとしても、ここまでの武威を目の当たりにすることで戦意的に怯みを帯び始めると、最早これまでのゴブリンと変わらぬものとなり下がっていった。
ましてや独特な艶やかさを持ちながら次々とゴブリンを薙ぎ倒す女傭兵の姿はゴブリンのみならず、味方の兵士でさえも思わず息を呑むほどであった。
「ぅゎ・・・引くわ
俺だったらあんな化け物二人とやり合いたくねぇわ!」
返り血は女傭兵の身体全てを朱く染め上げ、さらに妖艶な笑みを浮かべる姿は、二人の魔導師を守るように立ち振る舞うデュナから見ても、顔を青褪めさせるに十分なものだった。
「ほんと、出鱈目な強さよね」
サリアとしてもヴァイスの力というのはこれまでもこの城壁上で何度も見てきたものの、他の兵士たちを凌駕する身体能力に驚かされるが、新たに加わった女傭兵の躍動にも驚かせるに十分なものだった。
「サリアさん、デュナ様、こちらにも!!」
リーザの指す方向にゴブリンは集まりつつあった。
「チッ、ここはテメェらがいていい場所じゃねえんだよ!!」
デュナは大きく身体を捻ると、ゴブリンに向けて勢いよく手をかざす。
突如として風の流れは急激に勢いを増してゴブリンめがけて吹き荒ぶ。
風は鋭い刃の様にゴブリンを切り刻み、城外へと弾き飛ばしていった。
デュナは背後にサリアとリーザを立たせながら、襲い来るゴブリンの排除をしつつ、同時に飛矢の対応をこなしていた。
「デュナ、今度はこっちからも来てる!!」
「ったく、いくら雑魚でも限度があるぜ!」
集団からはぐれたのか、二体だけでこちらに向かってくるゴブリンに対し、デュナは槍を持つ反対の手を頭上にかざしてから、ゴブリンに向けて突き出し、小さく気合を込める。
またしてもデュナの周囲にフワッとした空気の流れが巻き起こると、風はゴブリンに向けて吹いていく。
風には鋭い空気の刃ともいうべきものが含まれているのか、風を受けたゴブリンは瞬く間に切り刻まれてゆき、三人に達する前に断末魔の声を上げる。
「相変わらず凄まじい力ね」
サリアからすれば、目の前の細身の青年に対してもゴブリンを屠る二人の傭兵とある意味似たような感じを持っていたりもする。
ふと、サリアは隣に立つ少女に目を向けてみる。
たとえ魔導師としての素養があるとはいえ、貴族の令嬢として育ってきた境遇からみれば、目の前の光景にはさすがに言葉に詰まるものがあって、身が竦む様な思いなのではないかという気掛かりもあったが、その貴族の令嬢はサリアの思惑とは異なる部位に思いを馳せていた。
「そらよ!!」
また一体とデュナが手をかざして風を起こし、見えない刃でゴブリンを吹き飛ばしながら切り刻むのを見届けるだけの余裕が生まれていたリーザにはある疑問が生じていた。
「デュナ様の力ってどういったものなのですか?」
「はい?・・・俺の力?」
「リーザ?」
リーザにとっては魔法の力というものは、自己の魔力を得て魔法の理を示すための呪文を唱えて力を具現化する。ということが一般的な知識として持っている。
それに伴い精神力を消耗させることから、短時間での複数の魔法の使役は誰もが疲労の色を隠せるものではない。
ヴァイスが二人の少女に魔法の使役を極力控えさせていたのもそういった要因があればこそである。
しかし、目の前に立って次々と飛矢を弾き飛ばし、ゴブリンを寄せ付けぬ強力な風を起こす力を示している灰色の髪の青年が放つものには、僅かに魔力があることを感知させるものはあるも、リーザたちが使役する同等の魔法と比較してみたとしても、それほどの魔力でここまでの規模の力を繰り出されるというのは、魔導師としての知識としては俄かに考えにくいものがある。
何よりデュナは魔導師が行うべき呪文の詠唱を行っている素振りを見せたことが無い。
魔法の使役には魔力よりも唱えるための呪文を必要とする。魔法が強力になれば呪文の詠唱は長くなるのは必然で、周辺に影響を及ぼすほどの力となればその魔力は膨大なものとなる。
加えて魔法は魔力に個人差はあれども、その理を得ることが出来れば、誰もが使用可能であるのだが、それ以上に消耗するのは精神力である。
少しでも心が揺らぐと魔法はたちまち暴走し己の身に返って来る。まるで指先で針を立てるくらいの集中力を必要とする。
故にどちらを欠いても魔法を使役するには至らない。
魔力があり、かつ精神力の強靭なものがこの世界で言う魔導師と呼ばれる部類である。
魔導師と呼ばれる者達が有する知識の上での一般論を飛び越える力が目の前にあるという事実が魔導師として、或いは幼い子供が持つ知的探求心を擽らせてしまっても不思議なことではない。
「ん~、とは言ってもなぁ・・・」
やや悩むようなそぶりを見せながらも、デュナは手にした細身の槍でゴブリンの喉を鋭く突いて後方へとふっ飛ばす。
「ファーレルの場合私たちとは異なる力があるのよ」
リーザの問いに答えたのはデュナではなく、サリアの方だった。
サリアの言葉にリーザは目を丸くする。それはデュナ本人も同様なものだった。
「異なる力、ですか?」
「ええ、ファーレルは自然の力と共生する者がいる。と以前に聞いたことがあるの。その人によれば、ファーレルは私達の魔法のように自らの魔力を操るのではなく、自然界に存在している魔力で力を操ることが出来るんだって」
「おぉ、分かってるね姐さん。
それと精霊って聞いたことがあるかいお姫様?」
精霊という言葉にリーザは思考を巡らせる。
「精霊ですか?それって自然界に漂っている魔力の呼称では」
幼少より座学として教えられてきた話の上においては、万物においてあらゆるものに魔力は存在する、という文節がある。人に魔力が備わっていることはさることながら、家畜や魔獣、魚といった動物的なもの、そして木や草花、土や石、水、そして空気にも魔力は存在する。
人はそれらの魔力を有する獣肉や草花、水を体内に取り込み、或いは身に纏うことで自己の魔力を高めていくことが出来る。一般的に無機質的な物質に備わっている中で魔力の高い存在のことを精霊と呼称するものもある、と教えられてきていた。
「ああ、まぁ普通にそういう認識だな」
リーザの考え方に小さくデュナは頷いて見せる。
「ファーレルは自分自身の魔力を操る代わりに外部に存在する魔力を操っている。という風な考えで良いと思うわ」
「俺のことをそこまで解ってくれるとは・・・
俺は感動だぜ、姐さん」
感慨深くデュナはサリアに親指を立ててみせる。
「別にデュナのことに限っての事じゃないわよ」
サリアの場合、幼い頃よりファーレルに知己があることが知識として蓄積されていたことが大きい。そして今頃その知己がどうしているのか、という懸念も浮かび上がらせていた。
「私たちの使う魔法とは大きく異なるのですね」
「おしゃべりもいいが、二人とも少し退がりな」
「「っ!?」」
いち早く飛矢の接近に気付いたデュナは手を前に大きくかざすと、今度は青年を中心に猛烈な突風が追い風となって吹き込み、飛んでくる矢をことごとく弾き飛ばしていった。
それを見越してか、再びゴブリンの群れが城壁から現れると、三人のいる方に向けて襲い掛かってくる。
「クソッ、キリがねぇな!」
ゴブリンの相手と飛矢の迎撃を器用にこなすデュナではあったが、どうしても一人でこなすとなれば一瞬とはいえどこかで手の届かない箇所が生じてしまう。デュナは歯噛みしながらゴブリンに向けて槍を向けようとするが、それよりも早くゴブリンに向けられた力がある。
「ライトニング!!」
素早く呪文の詠唱を終えたリーザは、ゴブリンに向けて指先を向けると眩い閃光と共に一条の光の蛇を解き放つ。
光はデュナとサリアの間を抜けて凄まじい速度で進んでいくと、そのままゴブリンの身体を貫くかのように直撃し、雷撃を受けた体は小刻みに震えて細胞を内部から灼かれ煙を吹いてゴブリンはその場に崩れていった。
「リーザ、流石ね」
「ヒュゥ・・・やるじゃん、お姫様!」
ゴブリンを相手取って立ち振る舞うサリアと、僅かとはいえゴブリンに隙を与えてしまいばつの悪い心境のデュナもリーザの動きに賛辞を送る。
更に間髪入れずに迫ってくるゴブリンに、リーザは慌てることなく再びゴブリンに腕を伸ばし指先を向けて雷光の魔法で対応する。
放たれた雷光から逃れる術もなく、先のゴブリンと同様に直撃を浴びてそのまま動くことはなかった。
「カハハ、いいぜ、その調子だ」
「へぇ、やるじゃないかお姫様は!」
左右に武威を見せる二人の傭兵もこの場に似つかわしくない筈の貴族の少女の活躍に賞賛を送りながら、また数体とゴブリンを屠っていく。
「フレア!!」
サリアもまた一体を自らの魔法をぶつけてゴブリンを打ち倒しては再び魔力を練ると、デュナが飛矢を弾くタイミングでゴブリンに魔法を放った。
「リーザ疲れはない?」
精神力の消耗が激しいものであるという認識はお互いに持っている。
なればこそ二人はいつでも互いの状態に気を配る。
「私は大丈夫です。
元より、覚悟の上でここにいるのですから」
サリアの気遣いを感じ取ったリーザは、僅かに顔を強張らせながらも、毅然とした風にサリアの方に顔を向ける。
おそらく全くの初めての経験であるならば、或いはリーザも卒倒してしまっていたのではないかとリーザ自身思うところはある。
この場よりもはるかに規模は下回るも、樹海の中にただ一人で入ろうとしてその中で見てきたものが今のリーザを立たせている一因を担っている。
ましてや父より門地を引き継いだことで自身に大きな責任が圧し掛かっていることもあって、この目でしかと見定める必要がある。そういった思いもあった。
「・・・・・そう」
サリアとしてもこれ以上何も言うことはなく、ただ目の前に迫ってくるものに立ち向かうように構えた。
「うおおっ、てめぇらの好きにはさせねぇ!!」
こちらの陣営に魔導師がいるということに近くにいた城兵たちにとっては、何とも頼もしい心持ちを得た気分になったのか、城兵たちも統率の取れたゴブリンに怯ませていた士気を取り戻して剣を振るい、一体一体と着実にゴブリンを倒していく。
何度か橋頭保を築くことに成功し、ある程度の集団で活動しようとしていたゴブリンだったが、城兵が士気を持ち直すことで、時が経つにつれて数を減らしていく。
陽が昇り始めるにつれて、ゴブリンの攻撃は未だ続くものの規模としては減少傾向にある。
しかし、未だに遠巻きに飛矢が飛び交い予断を許さない状況の中、二人の魔導師たちは強い魔力を感じ取っていた。
「!?これほどの強い魔力は・・・」
「お二人ともあれを!!」
「「っ!?」」
魔力を感じ取ると同時に、三人は力の感じる方に目を向ける。
同じくして多くの城兵が敵側の方向の宙に浮いたものを目視しては誰もが驚愕を顕にしていた。
「な、なんだ!?」
「人、人が宙に浮いている!!!」