第01節
ガイナー達は既に戦端が開かれたウェスタリアを目指し夜を徹して駆けてゆくも、多くの魔物を率いるサーノイドの軍勢の攻撃にウェスタリアには激震が走る。
ここを破られることは即ちライティンの滅亡につながることになることを知る者たちは決死の覚悟で防衛に当たるも、魔物の攻撃は熾烈を極めんとしていた。
そんな激戦の中ウェスタリアの領主たるクローニ伯爵は仮面の男ネヴィリスの助言を受けて密かにある策を講じようとしていた。
登場人物
ガイナー・・・17歳ライティン
メノアの少年。ラクローン女王よりサーノイドとの和平の道を進むため、クレイドの地へ向かうも、西の砦ウェスタリアの救援を目指す。
カミル・・・推定20歳ファーレル
記憶をなくした銀髪の青年。ヴァリアスの少女ライムと共にガイナーと合流を果たし行動を共にする。
ライサーク・・・22歳ライティンとサーノイドの混血
別名「ブラッドアイ」とも呼ばれる、赤目の傭兵。
ラクローン女王の依頼により、ガイナーと共にクレイドを目指す。
フィレル・・・18歳ライティン
クリーヤでレジスタンス活動をしていた少女。
ガイナーと同行しクレイドを目指す。
エティエル・・・推定17歳ライティン
生まれながらに言葉を持たず、その声を聞いたものは誰もいない。
内に秘める膨大な魔力を有している。
ライム・・・推定16歳 ヴァリアス
トレイアの塔の中において現れたヴァリアスの少女。
その姿は現在のヴァリアスとは異なり、尖った耳と小さな角を有している。
小さな生命あるものに機敏で、護りたいという思いが強い部分がある。
ヴァイス(ヴァリサイヤー)・・・推定30歳 不明
フリーの傭兵。リーザたちをアファまで送り届けた後、西の砦で傭兵として腕を振るう。
デュナ・・・18歳 ファーレル
自称「風の悪魔」自らの腕を試すために旅する青年。
周囲に風を起こし、身軽さを武器とした戦法を得意とする。
リーザ(リーザライト・フォン・ファラージュ)・・・16歳ライティン
アファの宮廷魔導師を父に持つ少女。父亡き後は頭主として勤めるべく励んでいる。
サリア・・・・18歳ライティン
メノアに住む女性。ガイナーの幼馴染であり封印の魔導師。
ガイナーを追ってアファへと赴く。
サラン・・・・・25歳ヴァリアス
ウェスタリアにやってきた傭兵。
「剛腕のサラン」の二つ名を持ち、巨大な斧槍を軽々と振るう。
サイル・・・・・28歳ライティン
アファの騎士。ヒューバート卿の命によりガイナー一行と行動を共にする傍らで、ウェスタリアへの援軍の兵士を率いる隊長。
ミリィレア・・・・・・21歳ライティン
アファの女騎士。”ブラッドアイ”と呼ばれるライサークに憧れを持つ。
ベルグリッド・フォン・クローニ伯爵・・・・・38歳ライティン
ウェスタリアの領主
マルス・バーンズ・フォン・ヒューバート・・・・・24歳ライティン
アファの騎士。ウェスタリアへは駐在武官として赴任している、ヒューバート家の次期当主。
ゼルフト・フォン・ザグレブ・・・・・56歳ライティン
アファの騎士。ウェスタリアの防衛司令官。
ダッド・・・・推定25歳サーノイド
魔神将の一人。アファへの攻略を目指す。
メスフィル・・・・推定22歳サーノイド
魔神将の一人。
ヴァーレル・・・・年齢不詳サーノイド
魔神将の一人。
レクサウス・・・・年齢不詳サーノイド
サーノイドの王リューヴァインの弟。
ネヴィリス・・・・・年齢不詳
全てが謎に包まれた仮面の男。
テラン大陸は大きく分けて四つのエリアに分類される。
一つは大陸東部、クリーヤ山脈より南東に位置する巨大な平原と樹海が占める緑豊かな大地。
二つ目は大陸北部の広大な湿地帯。
三つめは北西部から大陸を東西に分断するように聳え立つ、長大に連なる険峻な山岳地帯。
そして最後に大陸西部に広がる砂漠地帯で、未だ果ての見えない不毛の大地でもある。
ズィーグ砂漠と称される地帯は、かつては緑豊かな平原であった。
しかし、先の大戦の折での大変動により、一帯の生命の悉くが消失し、あとに残されたのは文明のあった名残と一切の生命を拒絶させる不毛な砂地、そして膨大な魔力の残滓だけだった。
当然ながら、ライティンの中に砂漠へと好んで入ろうとする者などいる筈もなく、すでに何年もこの地に足を踏み入れない状態が続いた。
その為、砂漠に膨大な魔素が蓄積されてゆき、やがてこの地は魔物の巣窟へと変貌を遂げるほかに道はないものとなっていた。
そんな不毛地帯の境界とも言える位置、大陸のほぼ中心の山脈の挟間には、幅が僅かに一キロにも満たない回廊状の地形が存在している。本来であれば砂漠と平原を繋ぐことの適う唯一の道として位置づけられる筈のものであり、回廊の出口には長大な防壁が遺されており、おそらく先の大戦時において砦として築かれ運営していたものであると推測される。
それこそが、ライティンにとっての生活区画の境界線でもあり、生命の境界線でもあった。
防壁はライティンたちにとって砂漠からの侵入を防ぐための一大拠点として再利用する形で再構築され、この地は、兵士や騎士のみならず、それらの家族や多くの商人たちが出入りするようになり、小さな砦はやがて規模を大きくさせながら、遂には巨大な都市へと発展し、そこはいつのころからか“ウェスタリア”と呼ばれるようになった。
かつては巨大な防壁には、西側がまだ砂漠ではなかった頃に存在していた巨大な門の名残は残されてはいるものの、現在はその門扉は完全に巨大な岩で塞がれ、西の世界を遮断させる一因を担っている。
都市が大きくなる一因として、西側の世界から現れた人種、サーノイドは魔物の軍勢を率いながら、この地を目指し襲い掛かってくることが挙げられるが、逆説的に論じるのであれば、この堅牢な城塞は、幾度の攻撃にさらされようとも揺らぐことはなく、当時のままの姿で存在していることは、ライティンを脅かす存在が在りつつも、アファの民にとってこれほど安心感を与えるものは他にないというほどのものでもある。
しかし、堅牢な城壁に加え、巨大な都市に見合うだけの人員、防衛力に足る兵力、それを賄うに足る物資も十全に備わったものがあるが故に、ウェスタリアの人たちはどこか“この都市は陥ちることはない”という全く根拠のない安全神話のような概念を生み出してしまっている風潮が見え始めてしまっている。
少なくとも前線にて戦闘行為を繰り返す城塞に常駐する騎士や傭兵などには蔓延することはありはしないものの、結果のみを鵜呑みにする一部の商人や司政官といった者達の間、特にこの都市を運営する長たる者にとって、ここまでの備えを目の当たりにすれば、誰もが考えてしまうことも強ち否定することも難しくなり、蔓延る概念によって僅かに生まれた慢心はやがて城砦に小さな綻びを見せ始めようと静かに蠢いていた。
この日城壁は、これまでにないほどの魔物の数の攻撃を受けた。
世界に陽が昇り始めてくると、敵味方平等に周囲の様子が明るみになってゆく。
夜を通して行われた、万単位の数に上るゴブリンの攻撃によって、ウェスタリアの土色の城壁は赤く染まっていた。
それ以上の攻勢がなく、サーノイドの軍勢がこのまま引き上げるのであればこの上ないほどの士気の高揚に沸き立つことになるのだが、現実は大きく異なっている。
多くの者がゴブリンの返り血を浴びながら目にしたのは、砂漠のはるか地平まであるかのように見えてくる魔物の軍影であったが故に、高まるはずだった士気は一気に下がる一方で、夜通しの戦闘の疲労感がここにきて蓄積し始めていた。
そしてそれがまだ途上であるということを皆が周知するだけに、徒労感を募らせてゆく。
既に宵の内に消えたゴブリンと同じ数の魔物が、砂漠に溜まる膨大な魔素によって生み出されることで、それらは既に砂漠に陣取る軍勢の中に取り込まれようとしていた。
「ダッド卿、やはりゴブリンどもでは奴らに大してダメージを与えられなかったようですね」
攻撃から一夜明けて、ウェスタリアからの戦況報告を受けた薄手のローブに簡素な甲冑を身に纏う魔導師でもあるメスフィルは、この軍を率いる総大将であるダッドに報告内容を告げる。
報告の内容にダッドはこれといって表情を変化させることもなく、メスフィルからの報告に対して口火を切る。
「元より、あれしきのことで落ちるとも思ってはいないさ。
寧ろ、これしきのことで落ちてしまうのであれば、これまで一体我らは何をやっていたのかと、問いたくなってしまうというものだ」
「ええ、確かに。
されど、たとえゴブリンとはいえども、あの数を凌いだという事実が残ってしまいました。
これでは向こうの士気をむざむざと上げてしまっているのではないでしょうか?」
サーノイド側としては、この一夜間の戦闘において、集めていたゴブリンの軍勢の大半を消失させてしまっていた事実はある。
それがサーノイドの軍勢にとってどれほどに影響を及ぼしたことになったのかと問われてしまうと、実際のところはさしたる影響を及ぼしているとは言えないでいる。
数の上では甚大な被害を及ぼしたかに見えるも、砂漠の膨大な魔素によって新たに生み出された魔物を組み込むことによって数は回復され、サーノイドそのものに人的被害が及ばない限りは、サーノイドの軍にとっては無傷に近いものである。
寧ろ、脆弱なゴブリンより、強大な魔物の誕生はサーノイドとしては単純な戦力の強化に繋がるものとなっている。
「メスフィルの言うこともよくわかっているつもりだ。
一晩中かけての戦いでゴブリンを屠ったことで奴らはあの城壁を守り抜いた、とでも思ってくれるのであればある意味で上々ではある。
だがさすがにそこまで楽観視するつもりもないからな。そこまでは期待せんよ」
そう言ってダッドは外套を翻しながら、従いゆく軍勢を見渡す。
既にいつでも襲い掛からんと唸り声を上げながら、完全武装されたオークの兵士たちが周囲に展開している。
いつ暴走が起こり得るのかもしれないほどの猛り狂う気配を帯びた軍勢には、凄まじいものをみせながらもきっちりとした統制が取れているのか、気配とは真逆でどこまでも整然としたものも見せている。
「元より、奴らの疲弊を誘うことこそが、ゴブリンどもを嗾けた目的だったのだから、目的という意味ではこれで達したことになったと言ってもいい。
あと何度か同じことを繰り返したのであれば、もう少し効果があったのかも知れんが、向こうとてそろそろ援軍が現れてもいい頃合いだろう、ここらで一区切りをつけて次の攻勢に移る方がいい。
今回で、あの城壁を砕くことにしよう」
ダッドの宣言にメスフィルと副官の任にあるアリストは一礼する。
「ヴァーレルはいるか!?」
「おう!ここに!!」
ダッドよりも頭一つ分ほどの巨躯を持つ隻眼の男ヴァーレルは、ダッドの傍まで近づくことなく、その場で応える。
「随分と待たせたようだ。
これより貴公の手勢をもって攻撃に当たれ!」
「心得た!
この時をどれ程待っていたか!!!
漸く一暴れ出来る時が来たぜ!」
待ちかねたと言わんばかりに、ヴァーレルは手にしていた長尺の獲物を一振りしてみせる。
ダッドは数歩ほど前に進み、従いゆく軍勢に向けて天を衝く勢いで手にした剣を掲げる。
「これよりライティンたちに対する武力による懲罰を開始する!!
我らが主、並びにわが一族の為、あれらを砕いて我々の未来を切り拓く!!」
高々とした宣言の後、剣を前方へ掲げた。
「全軍、前へ!!!」
号令とともに巨大な集団が一同に動き始める。