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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT.10 血風の境界~Border~
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第15節



すでに陽は大地に還ってゆき、数時間余りが経過している。

この日、昼過ぎくらいから北の山々から流れ出る、分厚い雲によって崩れ去るほどにいかなくとも、それほど好天というわけでもなかった空は、日の落ちた後も月や星の明かりを覆い隠してしまい、周囲は深淵ともいうほどに闇に呑まれている。


城壁の各所に焚かれた篝火によって一定の視界は確保されてはいるものの、城壁の向こう、砂漠の方向は見渡す限りの黒色が広がっている。


「今度こそ、本当にやってくるのだろうか?」


マルス・ヒューバートは誰に告げるでもなく、何度目かの質問を繰り返す。


魔物の軍勢の、こちらへの攻撃を仕掛けてくるという素振りみせるだけの動きが連日に渡って行われることで、既に半数以上の兵士たちの士気が削がれていっている現状があるだけに、マルス自身も苛立ちを募らせる。


「彼の者が言うのです。今は信じて体勢を維持していましょう。」

「ううむ・・・」

少し訝しげな口ぶりを見せながら、未だ顔をのぞかせることのない月が存在するであろう方に顔を向ける。

本来であれば月が天頂にさしかかる頃合いであろうが、周囲はまだ静寂を保ちつつあった。


マルスの心境が疑念半分といった具合であるのは、傍らに立つ貴族の少女リーザに向けてというわけではなく、少女が信頼を寄せる傭兵の言葉にある。


“今夜、奴らは仕掛けてくる”


リーザはこの砦の長であるゼルフトと駐在武官であるマルスに、今宵に魔物の攻撃が始まるであろう旨を伝えはした。

しかし、既に別の方向から前日までに同様の予測めいた言葉を受けて迎撃体制をとるも、空振りに終わった事例が幾度もあっただけに、今回も「またか」といった感情が少なからず滲み出てしまうばかりか、当然ながら一介の傭兵の言葉、ましてや本人の勘という説明のつけようのないものに対して信憑性などがある筈もなく、二人して反応も薄いものであった。

それであったとしても今回、この場に戦列を整えさせることが出来たのは、単に“ファラージュ”の名を前に押し出したが故に過ぎない。


マルスとしては事の真偽はもとより、立場は違えども幼いころからの妹分が、自己の地位を利用したことで、今後、己の立場を危うくさせてしまうのではないか、と危惧する面もありはしたが、少女は周囲の反対を押し切って、事を進めるに至る。

それが効を奏し、この宵闇の中に迎撃態勢を整えさせることが適ったのだけは、むしろ僥倖といえるのかもしれない。


それほど時をかけぬ間に、空気の流れが変わりゆくことを感じ取ったヴァイスは、皆に声をかける。


「さあ、はじまるぜ。」


「「「・・・!!」」」


ヴァイスの言葉を確かめるべく、城壁の上で暗闇に手をかざしながら魔力の流れを探る。


「な、なんて数なの!!?」


サリアが感じとったのは、無限に迫ってくる凄まじいまでの数の暴力。それを前にして、思わず悲鳴を上げてしまいそうになるが、咄嗟にそれを喉の奥へと吞み込んでいく。

あまりにもの衝撃に身体中が震え、呼吸を忘れそうになってしまうも、程なくして何とか大きく息を吐く。


「カカカ・・・

数だけでいえばとんでもねぇものだな。」

「ハァ・・・ハァ・・・

まともに覗いてみたら、頭がどうにかなってしまいそうだわ。」

肩で息を切らしながら、サリアは全身で冷や汗が流れているかのような怖気を感じる。

「姐さん、無理をしない方がいいぜ。」

「ええ、ありがとうデュナ。」

傍に立っていたデュナも、サリアの姿に気を遣いつつも、迫り来るであろう魔物の気配に敏感になっていた。

「デュナの言う通りだ。こんなところで迂闊に魔力を消耗させるんじゃねぇよ。」

「けどヴァイス、向こうの姿や数は・・・?」


「そんなもん見えなくとも、砂漠一帯は魔物どものションベン臭ぇもんが充満していやがる。それだけ理解できてりゃ今は十分だ。」

「っ!?」


どこまでも続く黒い世界の中で確かに魔物の蠢く音が僅かに風に乗ってくるのを、少女の耳を刺激する。

ざわつく胸の鼓動を抑えるべく、僅かに震える手を胸に当てて気持ちを落ち着かせんと試みながら目を閉じる。

マルスとともに目を凝らして暗闇を見据えてみると、至る所に魔物の目らしき赤い光で埋められているかのようで、思わず後退りたい焦燥に駆られてしまいそうになり、自分の身体が無意識に震えているのが自覚できる。


「まさか、本当にここまで・・・!?」

「マルス兄様、皆に!」

「くっ、各自っ迎撃態勢!!!

鐘を鳴らして周囲に知らせろ!!」


マルスの声とともに、魔物の攻撃が開始されることの警戒の鐘が響き渡ると、それに呼応して歩廊に立つ王国の兵士、傭兵はそれぞれの武器を手にとって身構える。


「怖いか?」

目の前の巨漢の傭兵の声に我に返った少女は、その男の背中に意識を向ける。


「大丈夫です・・・

なんてことは言えないですね。

怖くないと言えるほどに、恐れ知れずではいられません。」

リーザは震える指先をかざしてみせる。

「それでいいさ。見知らぬものを恐れることは悪いことじゃねぇ。

寧ろ虚勢を張ったままや、粋がったままでやられちまう奴らの方が多いくらいだからな。」

「・・・・・」

「だが安心していいぜ。

俺の背中を見続けているか、俺が見えるところにいる限り、嬢ちゃんの安全は保障されているようなもんだ。」

「ヴァイスさん・・・」

こちらに振り向くことなく手を軽く振るヴァイスであったが、その表情はこれまでと何ら変わりないものであるということは少女には理解できる。

それだけに、これまでの不安感もどこかへと吹き飛んでしまっていくかのような気分になる。

今のリーザにとって何よりも頼もしく、心強いものであった。


「そろそろお客さんの登場のようだね。」

昼間に見た時以上の凛とした面持ちのサランは、まだ全容を見せぬ暗闇に蠢くものの気配に口角を上げていく。


「弓隊、構え!!!

狙いなど不要だ、撃てば当たる。」


何処か大雑把ではあるも、的確な指示を下すゼルフト卿の声に呼応して、城壁の上ではキリキリと弦がひかれる音が連呼してゆく。


既に腸に響いてくるかのような地鳴りが徐々に砦に近づいてくるのが誰もが感じ取っている。


「放て!!!」


号令とともに弾かれる弦の音が響き渡ると、風を切って暗闇へと飛び去って行く無数の矢は、やがて各所で魔物の断末魔の声を木霊させていく。


「よしっ、第二射かまえ・・・「駄目だ!!!盾だ!!」

っ!!!!??」

続けざまに矢を放とうと指示を送る声は、巨漢の傭兵の張り上げる声に阻まれる。


「くっ・・・

大盾急げ!!!!」


声の主の言わんとすることを瞬時に理解したゼルフトは、直ぐ様に指示を送り直す。

咄嗟の動きに反応した盾を構える兵士たちであったが、一瞬の間の機微で明暗を分かつことになる。


「グハッ!!」

「!?

おいっ、しっかりしろ!!」


構え遅れた兵士は、暗闇から飛来してきたこちらと同数の矢の雨に対応できず、全身に矢を受けてその場に崩れ去る者も続出する。


「チッ、間に合わねぇか!」


「ヴァイス!!」

矢の応酬に素早くリーザは手を前へかざし、防御魔法を発動させようとする。

「よせ!!魔力はまだ温存しておくんだ。」

「っ!?

しかし・・・」


「・・・これくらいなら問題ねぇよ。」


振りかざす得物をそのままに、通常よりも幅の広い歩廊を胸壁のある位置まで駆け出し、空を斬るように横なぎに振りぬくと、瞬く間に飛来する矢を弾き返していくと同時に、いくつもの断末魔の声があがる。


それが壁をよじ登ってきたゴブリンであったことに、兵士たちは驚愕する。


「!?

ゴブリンだと!!」


慌てて臨戦態勢をとるも、既に至るところからゴブリンが現れ始めていた。


「くそぅ!!」

「こんな奴らに!!」


子鬼の襲来に一時は慌てる様子を見せはしたが、時とともに冷静さを取り戻して子鬼の対処に当たるが、同時に襲い来る矢の応酬に辟易するところは少なからず存在する。


「さぁて、お次は・・・」


すでに気配を察知していたヴァイスは、矢を弾きながら小鬼を薙ぎ倒すを繰り返していく。


「そらっ!ここも!」


巨漢の傭兵の振るう長尺の得物は、矢を弾くとともに城壁をよじ登ってくるゴブリンをも弾き飛ばし、血飛沫と肉片が周囲に舞わせていく。


「サラン、そっちからも来るぞ!!」

「ああっ、任せなっ!!」


威勢の良い回答そのままに、サランはヴァイスにも引けを取らないほどの長尺の武器を片手で軽く振りまわすと、胸壁の挟間から現れたゴブリンの一体の頭頂めがけて振りぬいた。


サランの手にする武器は、彼女の胴体を覆い隠せるほどの幅の巨大な刃を有する長柄の斧槍であり、刃の厚みもさることながら、それに見合う重量を伴う斧槍を軽々と振るう姿こそ、“剛腕のサラン”の由縁でもある。


勢いに乗った巨大な刃は、外壁を登りきったゴブリンの頭部を完全に破壊して胴体もほぼ原形を留めぬまま、床に刺さる。


「げぇ・・・相変わらず、えげつねぇ馬鹿力だな。」


その隙を突かんと、左右から襲いくるゴブリンであったが、瞬時に引き抜かれた斧槍から繰り出される薙ぎ払いによって一方は首と胴が、もう片方は胴体を抉られてながら血と肉を周囲に撒き散らせる。


「こんなんじゃ、とてもじゃないがイケないねぇ・・・」


襲い来る小鬼を切断させながら、サランは舌で乾いた上唇を舐め、斧槍の先端で小鬼を穿つと、そのまま闇夜に穂先を向ける。

その直後に飛来してきた矢が、穿たれたままの小鬼に突き刺さり、ビクビクと身体を震わせながら動きを止める。


「ったく、あいつら敵味方見境なしだねぇ」


斧槍を振り抜いて穂先の小鬼だった肉片を抜き飛ばすと、やれやれといった口ぶりで刃についた血と脂が混ざった肉片をその場で振り放す。


剛腕の女傑の戦いぶりを目の当たりにして顔を顰めるデュナであったが、こちらにゴブリンが現れないわけではない。

女傑の戦いぶりを覗きながらも、手にする細身の槍で目の前の小鬼の胴を一刺しに穿っては、穂先から引き離さんと蹴り飛ばしていく。


「姐さん、俺の活躍見ててくれてる!?」

何体かのゴブリンを貫いた後、デュナは背後に立つサリアに振り向いて口端を上げる。


「バカッ!後ろっ!」

サリアが咎めるような声を荒げるより早く、デュナは空いた手を小鬼に向けて振りかざす。

「わかってるってーのっ!!!」


不意を突こうと背後から襲おうとした小鬼達は、デュナの目前で何かに当たったかのように動きを止め、同時に飛来してきた矢の雨も弾き飛ばしていく。


「え?」

デュナの一連の動きにサリアは目を丸くさせる。

小鬼達からすれば、なにか見えない壁に阻まれたかのような感覚に襲われたと思うことであろう。


「そうら、飛んでいきやがれ!!!」


ニヤリと口角を上げて、デュナは空気を押し出すような仕草で掌を前に突き出すと、小鬼たちを阻んでいた空気の壁とも呼べるものが、弾けるような勢いをもって小鬼は後方へと吹き飛ばされていく。

それが小鬼達にとって、これまでの小鬼の末路と同じ運命を辿るものであったと気付いた時にはすでに時遅く、城壁の外側まで飛ばされた小鬼はそのままはるか下の地面まで落下していき、血と臓物をぶちまけていった。


「ゴブリンどもを蹴散らせ!

ここに橋頭保を造らせるな!」


弓矢の援護を受けながら城壁にとりついたゴブリンの集団は、城壁を登頂するまでは成しえたものの、身は軽くとも成人よりも小柄な体躯では迎撃する兵士たちにとっては単なる的でしかない。

多少の抵抗はあれども、徹底的に駆逐されては歩廊上に橋頭保を打ち立てることもないままに、ゴブリンは砦の兵士の餌食となっていった。


「ったく、しつこい連中だねぇ・・・」


もはや何体目のゴブリンを打ち倒したのか数えることに億劫になったサランは、血と脂にまみれた斧槍を床に突き立てて周囲を一瞥する。


魔物の襲撃からすでに数時間が経過し、周囲の世界は徐々に明るさを取り戻していくと、今まで闇に閉ざされていたものが目に入ってくるようになった時、多くの者がその様子に絶句する。


城壁にはほぼゴブリンのものであった血と肉が累々と折重ねられ、南北に連なる長い城壁がまるで赤い河となって床に染みわたってゆき、さしもの女傑の傭兵でさえ漂う腐臭に顔を歪まさずにはいられないでいる。 

もっともそれはサランに限ることではない。


それがまるで生と死を分かつ境界線のような印象を受けるものは少なくはない。


しかし、その赤い境界線の向こう側、魔物の屍が広がる死の世界の上を踏み越えてくる魔物の軍勢を目の当たりにしたときのほうが、今以上の衝撃を受けることとなる。


「あぁ・・・」

「おいおい・・

マジかよ・・・」


誰もが夜通しにわたって討伐してきたゴブリンの数を考える。

既に千を越えて、万に近い数の小鬼を駆逐してきたといってもいい。

これまでのことで言えば、これ程の数を破ったのであれば、魔物の軍勢はたちどころに退いていくものである。

しかし、砂漠の向こうからは、それ以上の数の魔物が今もなお、この境目を越えんと迫ってきているという事実は、砦の兵士たちの士気を下げさせるに十分なものであったともいえる。


夜通しの緊縛した戦闘を抜けて体力も限界に近いところを迎える者もいれば、血と脂に塗れて最早切れ味など皆無に等しい剣を手に途方に暮れる者もいる。

誰もが万全の状態で朝陽を迎えられたわけではなく、今日ほど日の恩恵に虚しさを覚え、天を仰がずにはいられない朝はないであろう。


「これだけの数を一体どうやって・・・?」


「要するにこれだけ率いて来られる奴のお出ましってだけだ。」

「それほどの者が・・・」

「ただ、げんなりするのはまだ早ぇよ。

ここを凌がねぇことにゃ、俺達には後がねぇんだからな。」 


誰もがヴァイスの言葉に納得はいかずとも、考えずにはいられないでいた。


自分たちの世界が魔物に蹂躙されぬために。




「ここからが本番だ。」




砦の城壁は未だに流血を求めんと聳えている。



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