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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT.10 血風の境界~Border~
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第11節

「バカじゃないの!!!

いきなり初対面の人になんてこと言ってるのよ!!!」


「ぇ・・・?

ぁ・・・」


不意に口に出してしまったことの指摘に、傍にいたフィレルが割と強めに肘で小突いてきたことで、ガイナーは我に返り漏れ出た言葉を省みるが、当の本人は既に眉を吊り上げてしまっていた。


「・・・・

こちらは当家のご当主であらせられます、ジュピタリス・マーズド・フォン・ヒューバート。アファ国侯爵様です。」


「し、失礼致しました。あまりにもよく似た人を知っていたもので・・・

じ、自分はメノアのガイナーと言います。」

ローザからの紹介を受け、慌てて取り繕っているかのような素振りではあるも、ガイナーは低頭の姿勢を見せながら自らを名乗ると、その名前にこの館の主は髭に触れる手を止める。


やがて一度静かに目を閉じると、主は一呼吸置いた後にガイナー達に顔を向ける。


やや老齢ともいえる容姿ではあるも、その佇まいや一連の動作に無駄がない精悍な姿勢を見せる侯爵は、ガイナーには貴族というよりもどこか武人とも思える風貌に見えてくる。


この歳にあってなお未だ衰えることのないかのような、ライティン特有の茶色の鋭い眼光でガイナーを射抜くように見定め、濃紺の上質な布地の上着を羽織る壮年の男性は右手でゆっくりと蓄えた顎髭に触れる。


「・・・・

此度は義娘と家人を救ってくれたことに先ずは礼を言おう。」


すぐさまに非礼を詫びた黒髪の少年の姿にジュピタリスと名乗った老貴族は、ガイナー達に向かって小さく一礼したときには、最初の威圧めいた雰囲気はどこかへと消え去っていた。


「ガイナーといったか。

ときに、私と似た者というのは、ひょっとしてジェノアという男のことではないかな?」

「!?

どうしてその名を・・・?」

ガイナーの表情で概ねの事由を察したのだろう。

主は一呼吸置いた後にガイナー達に顔を向ける。


「あの老いぼれはまだ健在か。

フフ・・・それと、そなたが・・・

ジェノアの拾い子であったというわけか。

ふむ、粗野なところはまだ見えてはいるが、なかなかの面構えのようだ。」

目の前の少年を品定めしているかのように、ジュピタリスはまた顎髭に手を添えながら、口端を上げていた。

「え?・・・・

あ、あの・・・?」


「そなたの親代わりであったジェノアとは、本名はジェノアス・アースド・フォン・ヒューバートという。」

「え?ヒューバート??」

「ジェノアスは我が兄の名であり、本来であればこのヒューバート家の当主、いやアファの国王になっていたかも知れん男のことじゃ。」


「!!!!!!???」


ジェノアに似た男ということで、もしかすれば親族であるのかもしれない。そういう予感はどこかに持っていたのだが、当主の発言は予想のそのさらに右上を飛び越えていくかのような衝撃だっただけに言葉に出ない。

じいさんに身内がいて、何よりもアファの国王になっていたかもしれない。

それだけで頭の思考が全て固まってしまいそうになる。

何故じいさんはアファから離れたメノアに根を下ろしたのか?そういったところに関する疑問は多々あれど、今のガイナーの状態では整理がつかず、聞くに聞けなかった。


「侯・・・」

ガイナーの姿にいたたまれなくなってしまったのか、一歩後ろにあったライサークは館の主の前に立つ。


「ほぉ、久しいな、ブラッドアイ。戻ってきていたとは知らなんだわ。」


「・・・ライサークはこの方と面識があったんだね。」


「そうだな。

あの時、メノアに赴いたのは侯からの要請もあったからな。」


「え?そうなのか!?」

「正確にはあの長老が侯に宛てて出した手紙をみて、俺に依頼をしてきたということだ。」


「そうだったんだ。」


あの時、故郷の島において、幼馴染の少女と、途中で出会った銀髪の青年とともに入った禁忌の洞窟に駆け付け、少年たちの危機めいた状況を救ってくれた赤眼の傭兵。

あの貧しくも平和な環境になぜ傭兵が訪れていたのかという疑問もあったが、ここに来て全てが繋がった感じがした。


すべてはあそこからはじまった事だけに、ガイナーにとっては忘れ得ぬものでもあった。



「マルスがウェスタリアに向かったと聞いたが・・・」

話題を変えんとして、ライサークが一つ咳払いをした後に、ジュピタリスに切り出すと、ジュピタリスもまたライサークの言葉に首肯する。

「義娘に聞いたか。

左様、此度は駐在武官として西の状況を見極めるために派遣させた。」


「なるほど。しかし、この時期にマルスが向かわねばならないという意図があったのか?」

赤眼の傭兵の言葉に老侯爵はしばし眉を顰める。


「お主の言う意図とは王家かほかの侯爵家からの、ということであろう?

確かに多少含む部分がなかったわけではない。

だが、あ奴がウェスタリアに向かうこと自体は、別段問題視するべきものは無い。

そもそも代々王家に選定されることもある門地である以上、その責務を果すことは我々侯爵家としては至極当然ではある。」


アファの侯爵家は代々国王に選定されるべく存在しているといっても過言ではない。

それは所謂ノブレス・オブリージュの精神に基づいている。

ジュピタリスには侯爵家である以上、国家や民衆の為に果たすべき責務というものが存在し、その精神は代々に脈々と受け継がれてきている。それは当代においても例に漏れることはない。


「ではマルスに付き従った者はいなかったのか?」


「何人かはついて回ることになるが、あ奴が率いるべき兵があるわけではない。

ニーナもそれを知ったことで不安を募らせてしまったのだろう。

今回ばかりはどうにも不憫な思いをさせてしまったようじゃな。」

ニーナのお腹に孫となる命が宿っていることをローザから耳にしたが、ジュピタリスとしても実際のところは喜び半分といったものではあったのかもしれない。



「知っての通りであろうが、ここ最近は王都の近辺が騒がしくてな。

家人のほうにも注意を促しておくべきと思っていた矢先のことだった。

オルトーの言い分としてはおそらくじゃが、ベルンターナあたりが仕掛けてきたことだろうて。

・・・・・愚かな真似を。」


「オルトー?」

「お主たちが取り押さえた御者のことじゃ。」

「ああ・・・」


「しかし、わからんな。

たしかにお主とマルスは知った間であろうが、そこまで気にする何かがあるのか?」


「ガイナー。」

「!?」

ここにきてライサークはガイナーの方に顔を向ける。

それはガイナーにラクローンでの経緯を侯爵に知らせることを良しとするか否かの是非を問うものであり、少年もこの場は赤眼の傭兵に委ねることとするために、小さく頷いて応えた。


「実は侯に知らせておくべき話がある。」


「ほう、何かね?」



ガイナーの首肯を確認してから、ライサークはラクローンにおける一連のサーノイドとの攻防の経緯、王家と貴族の情勢、そしてサーノイドとの停戦協定を結ぶための使節としての命を黒髪の少年が帯びているということを事細やかに話す。

それに加え、傭兵ギルドにおいて話が上がっているサーノイドのアファへの兵力集中が起きるかもしれないであろう旨を端的に話した。


そしてその証として、ガイナーがラクローンより下賜された銀製の剣と、封をされたままのアファ王家への書簡を見せたとき、ジュピタリスの目は大きく見開いた。


「確かにこの封の紋はラクローンのもの。」


一度長めの間をおき、テーブルに用意されたカップに口を付けた後にジュピタリスは大きく息を吐く。


「・・・・・

よもやラクローンにそこまでの意志の表れがあったとは正直なところ驚いている。

あそこはどこまでも種族間に関しては閉鎖的な考えを持っていたからな。」


「古いしがらみも未だに残ってはいる部分は確かにある。だがあの女王であればそういった考えは近いうちに払拭されるだろう。」

おそらく、近いうちに何らかの改革が施され、ラクローンは周辺地域の復興を含めて大きく変化していくことになるだろう。

表情には出さなかったが、ライサークの私見として女王の今後の対応に信じられるものがあるということを内に強く残していた。


「なるほど。しかし問題は、近いうちにあるサーノイドの大攻勢の可能性か。」


「ギルドでは大攻勢があると言い切る傭兵がいたと聞く。

そもそもサーノイドが何故ライティンを狙った行動をとっているのかというところが未だに引っかかるところではあるが、現状ラクローンへの軍事侵攻が頓挫したとなれば、奴らは戦力を集中させてくるに違いない。」


「ふむ。

正直なところだが、お前の言葉でなければ俄かには信じられん話しではあったな。」


ここにきて否定的な返答があるのではないかと、ガイナーは眉を顰めてしまっていた。

片やライサークはジュピタリスの言葉に眉一つ動かすことなく次の言葉を待つ。


「だが、事情は理解した。私の方からも何か調べてみることにしよう。

それと王家の方へは私から話を通しておくことにするということでよいのかな?」

「ありがとうございます。ヒューバート侯。」

「感謝する。」


「いや、むしろ礼を言うのはこちらの方なのだろう。

義娘の恩人への返礼といってはなんだが、しばらくはここでゆるりとされよ。

当家はお主たちを歓迎する。」

「色々と、ありがとうございます。」


ガイナーはジュピタリスへの謝意とあわせて安堵の息を漏らしていた。


この日の侯爵との会見はここで終わると部屋を後にし、ガイナー達は続けてローザに敷地内にある来客用の邸宅に案内されると、これまでの旅装を解くことが出来たことで、一先ずの休息をとることが適ったのはガイナー立ち一行においては上々のものであったことは間違いない。


「とりあえずは、よかったと思っていていいのよね?」

「そうだな。いずれにせよ現段階での俺たちの動きはそれほど変わらん。

それよりも今はアファ国内での俺たちの立場を少しばかり優位にしておく必要がある。

実際にラクローンからの使者としてクレイドに向かうといったところで、この国から信を得られねば、ウェスタリアも抜けることすら適わんからな。」


ガイナー達の今後の動きを考えれば、アファ国王への謁見を経た後、ウェスタリアを抜けてサーノイドの国といわれているクレイドへと赴き、サーノイドの王という者に会うこと。

未だに目途の立つようなものが何一つとしてない状態ではあったが、その歩みは着実なものとなっている実感はある。


「問題は・・・」


ガイナーとしての本来の目的として定められたこと。それは、預言者の遺した言葉、“封印を守れ”ということである。

ジュピタリスにはあえてそのことは伏せておいたものの、今のガイナーではどのようにして言葉にすればいいのかさえわからないままでいる。


「俺達だってわからないことが多過ぎる。

・・・けど、今は進んでいくしかない。」

「そうだね。」

「ま、仕方ないわよね。」


それからガイナー達はヒューバート家の厚意を受け、二日ほどの滞在をすることになるのだが、ガイナー達の予想に反して王家よりの使者より先に、ウェスタリアよりの使者が王都に到着する。


それはガイナーにとって、或いはラウナローアにこれから起こりうる激動の始まりを告げるものでもあった。


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