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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT.10 血風の境界~Border~
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第09節

傭兵ギルドのある建物から少し距離のある路地を小走りに駆ける二人。そして少し後ろに二人を追いかける影がいくつもある。

市街から離れているがゆえに人通りもまばらで、この時間帯に人影は周囲にはいない。

追われる二人の脚は早いわけではなく、追われてからそれほど時間が経たぬ間に追い付かれ、取り囲まれるような態勢に陥り最早逃げ場がないことを容易に想像できる。

追われていた二人はいずれも女性で、一方は貴族の婦人そのものといった身なりに、もう一人はその使用人という容姿をしている。


「お下がりなさい。貴族であるこの方に対して、このような狼藉が許されるとお思いですか!!?」

黒髪の使用人の姿の女性は、貴族としての地位を傘にしようと、貴族の女性を庇う形で取り囲む男たちの前に立つ。


「ローザ・・・」

貴族の女性はローザと呼ぶ使用人の影に隠れるようにしながら、恐る恐る様子を伺う。


ローザの虚勢ともいえる姿に、男たちは一斉に不敵な笑みを浮かべつつも、じりじりと距離を詰めてくる。


「悪いが、その貴族様っていうのに用があるんでな。

心配はいらねぇ、別に命を取ろうっていうわけじゃねぇんだ。」

なんとか自身の主たる女性だけでもこの場から逃がせれば、と考えようにもすでに詰んでいる状態であることにローザも苦悶の表情を隠せない。


「用があるのはそちらのご婦人だけだ。そこをどいてくれりゃあんたには俺たちは何もしねぇ。」

「・・・っ!?」

無論到底信じるに足るはずもなく、ローザはにじりよってくる男たちとの距離が縮まらぬようゆっくりと後退るも、主である婦人がその場から動けずにいるためにいよいよ逃げ場が無くなってしまっていた。


「さあっ、さっさとその女をこっちによこしな!」

「ッ!!

おやめください!!」

業を煮やして襲い掛かる男の手を阻まんと男の腕を掴む。

「こいつ・・・」

必死の様相で振り解かれまいと抵抗するも、男女の力量の差に適うべくもなく、背後から取り押さえられてしまう。

「この、邪魔だって言ってるだろうが!!!」

それでもなんとか引き離さんとするも、ローザの抵抗は男を苛立たせるのに十分なものだった。

「静かにしてろ!!」

「あッ!!」

男の腕は、ローザの顔面を無慈悲に殴打するように振るわれ、その場に倒れ込んでしまう。

「ローザ!!」

貴族の女性の悲鳴めいた声が響き渡るが、それを嘲笑うように男は貴族の女性の腕をがっしりと掴む。

「いやっ、離してください!!」

強引に引っ張りこまれようとする女性の悲鳴が周囲にこだまする。


「ったく、大人しくしていろって・・・

ぐぁっ!!!!??」

貴族の女性を手元に引き込もうとした男は突然に背後から凄まじい衝撃を受けた。

大の男の身体がその場から十数歩離れた位置まで弾き飛ばされていったことに、一瞬何があったのか、誰も理解に及ぶことはなかった。


「!?な、なんだ!?」

「な、何をやってやがる!?」

「お、女と子供??」


突然のことに呆気にとられた男たちは、自分たちと貴族の女性の間に割って入り込んできたのが、まだ年端もいかないような少女の姿であったことに目を瞬かせる。


「あ、あなた方は・・・?」

更にローザに向かって駆け寄るもう一人の少女の姿は、ローザを抱き起こす。

このとき、アクアマリンの髪の少女は黒髪の少年のことを念じ、少年もまたその心の声ともいうものを感じ取っていた。


「この人に乱暴しちゃ駄目!!」

一人の男を体当たりで突き飛ばせた少女ライムは、立ちはだかるように両手を伸ばす。


「あ・・・?

一体何を言って・・・

あぁ・・・くそっ、子供だからって邪魔するな!

そこをどけぇ!!」


「!?」

男の迫りくる手に持ち前の俊敏さをもって素早く身をかわしながら、男たちを振り払う。

「くそっ、ちょこまかと・・・」

「前後から挟み込め!」


これまでなんとか男の執拗な手を振り払っていたライムであったが、これまでのように身をかわしながら距離を取るということにいよいよ適わない状況になろうとしているが、まだ余裕を失くしているわけではない。

背後からの男の掴みかかってくる腕を僅かな動きで避けると、逆にその腕をつかみ取り、身を捻らせて力任せに振り投げようとする。


「こ、こいつ・・・

うわっ!!!!?」


男もまさか非力な少女、ましてや自分より体躯の小さい者の腕でどうにかなるとは思わなかっただろう。

しかし、ライムが咄嗟に起こした動きは、男を瞬く間に宙に浮かせたかと思えば、そのまま地面にたたきつける。


ライムはトレイアで目覚めてカミルと同行して後は、魔物との遭遇による戦闘はあれども、彼女自身による直接的な攻撃の機会というものは無いに等しいものだった。

しかし、何度かの遭遇戦においては自らの戦闘に加わったこともある。


近々の話で言えば、クリーヤの山地において、ガイナー達から距離のある位置から少女に向かって襲い掛かってきた巨大な熊の魔物がいた。ライムの近くには、エティエルとフィレルもいたこともあって、ライムとしてはその場を離れるという選択肢はなく、咄嗟に熊の太い腕を掴んではそのまま力任せに地面に向けて投げ落としたことがある。

普段垣間見えるものではなかったとはいえ、あまりにもの光景に誰もが目を見開いてしまっていた。さすがの赤眼の傭兵でさえ例に漏れることもなく、単純な力においては自己を凌駕するのではないかとも思わせた程であった。


「ぐへぇ・・・!!」


宙に浮く自身の身体に受け身をとることも叶わず、地面に激突した男の記憶はそこで途切れ、そのまま意識を手放した。


「な!?なんだよこの子供は!?」

「こ、こいつ・・・ありえねぇ力をもってやがる。」

「くそぅ・・・

こうなったら・・・」


そんな様子を目の当たりにしてしまった男たちは、動揺を隠せるものでもなく狼狽える者もあった。

それでも未だ数に分がある状況もあって、これまで手荒なことを控えていたつもりでいた男たちであったが、いよいよ自身の身に危機が及ぶことを肌で感じ取ったのか、腰に帯びた剣に手を掛けようとしたその時であった。


「っ!!!????」


一人の男に襲い掛かってきたのは瞬間的に突き刺さる衝撃、あまりにも鋭利にて真冬の海に突き落とされてしまいそうな感覚が男に襲い来る。

既に鈍く光る鋭い刃が喉元にあてられると、今にも身を斬られてしまうのではという緊張感のまま、その場から動くことも叶わず、剣の柄に添えた手を緩める。


「どういう経緯かはわからないけれど、その辺にしておいてくれないか?」


行動とは裏腹にやや温和な口調で綴られる言葉に、男は恐る恐る刃の持ち主に目を向ける。


目の前にいたリーダー格の男の喉元に剣を突き立てる者の姿を見たことで、他の男たちもその場に留まる。


「お、おい、シャルガ!!?」

「い、いつの間に・・・」


シャルガと呼ばれた男の喉に剣を向けたのは、銀色の髪に全てを凍てつかせるほどの鋭い眼光の氷のような色をした瞳を有した青年だった。


「くっ・・・」

「動かないでもらえるかな?

この場であまり血を見せたくはないんだ。」

「な、何を・・・」


「怪我はない、ライム?」

「カミル!!」

先ほど男を投げ飛ばした少女、ライムはその姿を見た時に満面の笑みを浮かべていたのは言うまでもない。


「くっ・・・お前らは・・・?」

シャルガはもしそのまま剣を抜く、或いは身動きを取ろうと僅かでも動けば、即座に首と胴が分かたれてしまう状況に、今でも男の身体からは冷や汗がとめどなく流れていく。


カミルの丁度背後の位置にいた男は何とか隙を伺いながら、斬りつけようと剣を抜こうとする。


「・・・やめておけ。

貴様程度の腕ではそいつを斬った後ででも、斬り負けるのが目に見えている。」

「!!!?」


突如として声を掛けられた男は、心臓が跳ね出してしまうのではないかとも思ってしまうほどの衝撃だった。

時を置かずにやってきた男の姿にシャルガをはじめ、この場の男たちは愕然とする。

「!!!??

ま、まさか、ブラッドアイ・・・?」


「俺を知っているというのは、光栄なことだが・・・」

「っ!?」

そう言いながら赤眼の傭兵は周囲を一瞥する。


「エティエル!」

アクアマリンの髪の少女が黒髪の少年の姿を見ると同時に自然と笑みがこぼれていた。

ガイナーとしても、今の状況にまだ整理が追い付いているわけではないのだが、エティエルの表情を見てまずは心を安堵させるも、少女が抱き起したままの女性の姿を見た途端、男たちに憤りを覚えていた。

「お前たち、一体何を・・・!?」

やや威圧めいた感じで男たちを凝視する少年を、ライサークは軽く宥めるように促した後、カミルが剣を向けたまま立ち竦む、シャルガと呼んでいた男の前に真っすぐ歩を進める。

「どうやら同業者とみてよさそうだな。

さて、こういった現場を見てしまった以上、こちらとしても放っておくわけにはいかない・・・

お前たちの依頼者の手前もあるだろうが、このまま立ち去ることを勧める。

ここに来てまだ俺たちと一戦交える。つもりは無いと思うがな。


・・・どうするつもりだ?」


「??

な、何を言っている・・・」


「くっ・・・」

シャルガとてそれなりの場数を踏んできた傭兵の一人であると自負していた。

しかし、このわずかな間に形成が覆されてしまう現実から目を背けることも出来ず、赤眼の傭兵の拳に力が入るのを見たシャルガにはもはや選択肢はなかった。


「・・・わかった。

俺たちは引き上げる。」

その言葉を受けて喉元の刃は離れてゆき、シャルガは思わず安堵の吐息を漏らさずにはいられなかった。



「カミル!!」

地面に突っ伏したままの男を二人がかりで担ぎながら走り去る男たちを一瞥してから、剣を鞘に納めたカミルは、刹那に勢いよく抱き着いてきたライムに思わず破顔するも、やや呆れ顔を見せてしまう。


「ライム、何も告げずに急に走り出していっては駄目だよ。

みんな心配する。」

「むぅ~

ごめんなさい。」


ライムとしても、皆に告げる前に飛び出していったことにやや後ろめたいものもあったこともあり、素直に謝意を見せる。

「無事でよかった。」

「うん。」


「それで、これはどういった状況だったんだ?」

事態の収拾がライサークに纏められたことで、ガイナーとしては今一つ状況がのみ込めず、収まりの悪い黒髪を掻き揚げる。


貴族らしき女性とその使用人を複数で取り囲むと、使用人風の女性が顔面を殴打されてしまっている。その後はライムとカミルが中に割って入ったことによって事なきを得たような様子だった。

それらを整理してある程度理解したライサークは、ガイナーたちに推論を口にする。

「こちらの女性の誘拐が目的だった、といったところかな。」

「誘拐だって!?」


ライサークは貴族の女性の前に歩を進める。

「怪我はないか?」


「あ・・・わ、私は・・・

!?

ローザ!!」


ガイナーと同時にやってきたフィレルの介助を受けながら立ち上がった貴族の女性は、近くで倒れるローザの姿を見て慌てて駆け寄る。

男の殴打を受けてその場で倒れ込んでいたローザは、エティエルに抱き起されているも、頬を腫らしながら身動きが取れない状態だった。

「全くひどい連中ね。」

フィレルとしても同じ女性として、無手の女性が虐げられてしまった様を見て、当然ながらいい気分になるはずもなく、既にこの場にいない男たちに唾棄するように言い放つ。


「エティエル、何とかならないかい?」

ガイナーの言葉にエティエルは小さく頷くと、その場で胸元に手を組み静かに目を閉じる。

周囲に穏やかな空気が漂うように、淡い光がローザを包み込んでいく。


「これは・・・?」


何が起こっているのかもよくわからないままの貴族の女性であったが、ローザを包む光にどこか穏やかなものを感じ取れたのか、そのまま様子を伺う。

やがて静かに消えていくと、ローザの頬の腫れは何事もなかったかのように消えていた。


「ぅぅ・・・」

「ローザ!」


「ぁ・・・奥様・・・ご無事で。」

「ローザ!

あぁ・・・よかった。」

貴族の女性はローザの目覚めに涙を浮かべながら、ローザを抱き寄せた。




「危ないところをお助けいただきましたこと、誠にありがとうございました。

こちらの方はニーナ・フォン・ヒューバート様。

アファ六侯の一つ、ヒューバート家の次期当主の奥方様でございます。

そして私はその使用人を務めますローザと申します。」

ローザは主である女性に代わり、深く頭を下げる。


「ヒューバート・・・」

思っていた以上の貴族の名にガイナーとフィレルは息を呑む。

「なるほど、そういうことか。」

一人合点のいった面持ちでライサークは頷く。


「お礼ならこの子に言ってあげてもらえるだろうか?

彼女があなた方の危機を察知してくれて駆け付けたのだから。」

そう言ってカミルは目の前の緑髪の少女の頭を優しく撫でる。

少女もまた少し得意げな表情を見せながら、目を細める。


「だって、この子が危ないって思ったから。」

「この子?」

一同が何のことかと首をかしげるも、その言葉を理解できたのは、貴族の女性たるニーナだけだった。


「・・・わかるの?」

「うん。」

ニーナはそう言って自身の腹部をそっと撫でる。

「ニーナ・・・奥様、まさか!!?」



「やっと、やっと・・・授かることが出来たの。」

ローザの問いかけに小さく頷きながら、ニーナ・フォン・ヒューバートは僅かに頬を赤らめる。

「ニーナ・・・」


「え?もしかして・・・お腹の中に・・・?」

フィレルをはじめ、男性内でも漸くライムの言葉を理解した。


「だが尚更こんな時にこんなところに来るのは勧められたわけではないな。

どういうことなのか、話してもらえるだろうか?」


「そこの方、いくら助けていただいたといえども、あまりにも不躾ではありませんか!?」

「ローザ、構わないわ。」

ローザのやや咎めるような態度にニーナと呼ばれた貴族の女性は彼女を宥めると、ライサークたちに目を向ける。


「私は傭兵を探すためにここまでやってきました。」


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