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FINAL MASTER  作者: 飛上
ACT.10 血風の境界~Border~
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第05節


リーザライド・フォン・ファラージュがアファの西、通称“西の砦”に到着したのが昼過ぎの時間帯だった。

それから輜重隊が荷解きをはじめ、兵士たちに物資が配布されていく最中で城壁を視察する。

それからサリアと再会したころには、陽は徐々に傾きを見せていき、砂漠の方へと沈んでいこうとしている。

西日に照らされた砂漠は元々が赤い土壌のせいもあって、斜陽に映し出された世界は赤一色なものとなっていた。

その光景を目の当たりにしたファラージュ当主、リーザはこれまでに見たこともない世界に小さな畏怖を感じ取らずにはいられなかった。


「どうかしたの?」

再会を喜ぶのも束の間、リーザは赤く染め上げてゆく世界を前に意識を向けてしまっていた。

「いえ・・・この砂漠を見ていたら、なぜサーノイドが私たちを脅かすのか。ということを考えさせられてしまいました。」

「・・・・そうね。」

ズィーグ砂漠、ライティンたちは誰一人として入っていくことはない不毛の砂漠。

南北に並ぶ長大な城壁にはかつて通り抜けることのできた巨大な門扉が存在していたが、今となっては内側に巨石を置かれて、開けることはおろか通り抜けることなど何者にも適うことはない。

過去にアファ以上の栄華を誇った文明があったとも伝聞はあるも、先の戦争でその総てが一変した。今となってはどのような力が生じたものなのかは量るべくもないが、広大な平原が真っ赤に染まっているのが実像であることに疑う余地はない。

戦争の代償としては途轍もない爪痕に、人は恐れおののくに十分な光景が今もなお残されている。


しかし、その砂漠をサーノイドたちは越えてアファに向けて襲い来る。

もしサーノイドとの邂逅が、友好的であったのであれば、或いは今のような状況は生まれなかったのではないか、そう考えなくもない。

アファは元来、ライティンが主体ではあるも、他の種族が生活していないというわけではない。アファの歴史の中で、ファーレル、ヴァリアス、それよりは数の少ないながらもレミュータも入り混じった中で、そしてそれらの文化や知識を生かしたうえでアファ国は存在している。

ただ初めの一手を掛け違えてしまったがために起こった悲劇というのであれば、あまりにもお互いに残酷な運命で縛られているとも思えてしまう。


「そういえば、どうしてサリアさんがここに?」

ファラージュの邸を後にしたサリアは先に旅立った同郷の少年を追っていったものと考えていただけに、生じた疑問をそのまま目の前の女性に問いかける。

「私としても追いかけていきたい気持ちはあったんだけどね。

残念ながら私一人ではあの山は越えられないと思ったのが一つと、もう一つは、ここにいればいつか来るんじゃないか、そう思えたから。」

「・・・・・・」

サリアの論にリーザも言葉にすることはなかった。

確かに、山に不慣れな女性一人でクリーヤの山道を踏破するというのは、あまり現実的なものではない。そして遅かれ早かれサーノイドと接触することが確実なものである。であれば、ここで待つという選択肢もある意味では存在しうるのではないか。

少なくともリーザはそう思えていた部分もあった。

「でもやはりここだと・・・」


「おいおい、よく見たらスゲェいい女がいるじゃねぇか!」

「…っ!」

声のする方に振り向くと、そこには正規の兵士とは異なる容姿の男の姿が三人こちらに向かってくる。

「・・・

何か用かしら?」

「へぇ・・・」

無遠慮に近づく男たちにサリアは素っ気ない態度を見せるも、男はサリアの容姿を見回す。特にサリアの人並み以上に張り出されている胸に視線を集めては、舌なめずりを繰り返す。

そんな視線を敏感に感じ取れるのか、サリアは顔を顰めずにはいられないでいる。

さらに酒気に帯びている様子で顔全体も薄ら赤く、そんな吐息から出される酒の臭気がサリアを一層不快にさせる。

「悪いけど、酔っ払いに用はないの。飲むのなら他所でやって頂戴。」

「あぁ!?」

サリアの言い回しが障ったのか、男の一人がサリアに掴みかかろうと手を伸ばす。

「触らないでくれる!」

男の手をサリアは右手に持つ銀製のロッドで打ち据えるも、戦闘経験の差が出たのか、ロッドの軌道は空を切り、その腕をつかみ返されてしまっていた。

「っ!!

離して!」

振りほどこうにも男女の力の差が出てしまうのか、掴まれる腕に力が入りサリアは苦悶の表情を見せてしまっていた。

「お、おやめください!」

「っせぇ!!

ガキはすっ込んでな!」

あまりにもの様子に見かねたリーザも思わず声を荒げてしまうも、大きく振り上げられた腕に思わず身じろいでしまう。

「だ、誰か。」


「何だ?見覚えのある美人がいると思ったら、やっぱり嬢ちゃんじゃねぇか!」

「え?」

「あぁ?」

縋るような声の少女の耳に届いた声は、どこかで聞き覚えのあるものだった。

こちらに近づいてくる男の姿を見ると、そこには少女には懐かしい顔があったことに、思わず顔がほころんでいた。

「な、何だよお前は?」

こちらに歩み寄る男を見てサリアたちに絡んでくる男たちは、思わず後ずさりをしていた。目の前にまでやってきた男の体格はやや長身であった男たちすら超えており、この場にいる全員が見上げる形をとっていた。

「ヴァイスさん。」

「ふ~ん。」

サリアたちに絡んできた男たちを一瞥するとヴァイスは手にした長物で肩を叩くと、やや呆れ顔で嘆息する。

「ったく、女性の扱い方がまるでなっちゃいねぇ奴らだな。そんなことで上手く口説きおとせるとでも思っているのか!?」

「な、何を言って・・・

ぐぁ!!??」

ヴァイスの言葉に苛立ちを覚えながら憤りを見せた男だったが、不意にサリアを掴んでいた腕に鋭い痛みを覚える。

「だ、誰だ!?

な、何しやが・・・」

「こっちのセリフ。お前ら・・・姐さんに何やってくれてるわけ!?」

いつの間に姿をあらわしたのか、男は突如として腕を後ろ手に決められたまま、背後に立つ新しい姿に驚愕する。

灰色の長い髪を後ろでシンプルにまとめた長髪に、巨漢のヴァイスと並んでしまえば、どうしても小さく思えてしまう部分もあるが、全体的に細身であることが一層長身を際立たせている。

特長的なやや色素の薄い水色の目はどこまでも冷ややかに男たちを一瞥する。


「見たところ正規の兵士でもないようだし、ただの酔っぱらいの傭兵あがりだろ。

悪いこたぁ言わねぇ、大人しく立ち去りな。」

「なにを・・・っ!!!?」

ヴァイスに喰らいかかろうとする矢先に、男は身を留めた。留めずにはいられなかった。

自分を見下ろす巨躯からの得体のしれないまでの雰囲気、寧ろ大きいというだけで圧倒させるヴァイスからの気配は、男たちから戦意を削ぐに十分なものだった。

「ハァ・・・

俺はよ、お前さんたちの為を思って言ってやっているんだ。

俺は面倒なことが嫌いだからお前らにとかく何かするつもりもねぇよ。

ただなぁ・・・あいつが何をしでかすかわかったもんじゃねぇ。

今なら俺が抑えといてやれるだろうが、そういつまでもつづくのやら・・・」

「っ!?」

ヴァイスの言葉に、背後で殺気をむき出しにしたまま睨みつける細身の青年と目を合わせた時、視線だけで射殺すことが出来てしまうかのような凍り付いた瞳に男は息を呑む。

その刹那、ヴァイスは男の肩に腕を回して囁くように告げる。

「それにだな、あのお嬢さんを誰だかわかって絡んできているわけなねぇだろ?」

「な、何を言って・・・」

「ファラージュって言えばわかるんじゃねぇのか?」

「!!?」

その名に男は一気に酔いがさめたような気がした。

「この国でまだ過ごしていたいのなら、俺の言う意味がわかるよな?」

そこまで告げてから、ヴァイスはゆっくりと男の肩から腕を離す。

一瞬、呆けたような顔をしながらも、男たちはヴァイスを尻目に逃げるように走り去っていった。

「ふぅ・・・」

去っていく男たちを見ながら、ヴァイスは呆れ気味に嘆息していた。


「ヴァイスさん、お久しぶりです。」

久しぶりに懐かしい顔を見た少女の安堵する姿に、ヴァイスはこれまでの表情を一変させる。

「おう。どうだ、少しはいい女にはなっているみたいだな。」


「フフフ・・・まだまだ努力しています。」

「ハハハ・・・それは上々だ!

伸びしろがあるうちはどんどん磨いていくといいぜ。」

「はい。」

リーザの快活な返事にヴァイスも大きく頷いて白い歯を見せるほどの心地よい笑みを見せた。

「意外だったわね。ヴァイスと知り合いだったなんて知らなかったわ。」

突然やってきた巨漢との軽いやり取りを見ていたサリアは思わず目を丸くしていた。

本来であれば不敬に該当してもおかしくはないものではあったのだが、リーザ自身の人柄があってのことなのか、或いは身分に対しての考え方が一般の貴族社会とは異なっているのか。ふと思案してしまいそうになる。

「はい。ヴァイスさんにはガイナーさんとともにたくさん助けられました。」

「ま、そういうことだ。」


「姐さん。怪我はないかい?」

ヴァイスとのやり取りにサリアは、傍らに細身の灰色の髪の青年がいたことに、声を掛けられるまで失念していた。

「デュナ・・・」

「やっぱりどこか痛むんだな。

あいつら今すぐぶっ殺してやる。」

デュナと呼ばれた青年はサリアの様子に怒りが再燃したように、男たちが去っていった方を向く。

「やめなさい。あんな奴らにいつまでも関わっていられないわ。」

少し言葉を荒げた感じを見せながらサリアはデュナを窘める。

男に掴まれた腕はまだ少しばかり痛むものの、時間が経てば引いていく。何よりいつまでも絡んできた男の為に気を揉まねばならないことの方がサリアにとっては不快なものであった。

「姐さんがいいなら別にかまわねぇけど・・・

今度俺の前に顔を見せやがったらあいつら・・・」

「・・・もういいわよ。」

「あの・・・ヴァイスさん、サリアさん。こちらの方は?」

リーザもまたサリアとデュナのやり取りを見て目を丸くさせていた。

「ハハ・・・こいつはデュナ。見ての通りファーレルだ。」


「おう。俺はデュナ。人呼んで“風の悪魔”と呼んでくれ。」

「はぁ・・・え・・・っと・・・」

「へぇ、ヴァイスの旦那にこんな可愛い子の知り合いがいるとはねぇ。」

名乗る際に近づいたデュナの姿を見て、リーザは思わず顔を強張らせてしまう。

巨漢のヴァイスと並んでしまえば、どうしても小さく思えてしまう部分もあるが、少女よりも頭一つほど背は高く、全体的に細身であることが一層長身を際立たせている。

それがリーザの表情にどうしても出てしまう。

「あ、あの・・・」

何よりも、リーザはどちらかといえば男性と接することが苦手な部類に入る。

時間を経てある程度親密さが積まれたのであれば問題ないのだが、初対面の男性を目の前にしてしまうとどうしてもおどおどした姿勢になってしまう。

貴族であり、社交的なところにおいても致命的なものではあったりするのだが、こればかりは性分でしかないのでどうしようもない。


「デュナ。いきなり不躾なことをしないの!!」

面識のあるヴァイスならともかく、初対面での接し方を逸していると見たサリアは、咎めるような言動を向けると、デュナと呼んだ青年は僅かに眉を傾けながらサリアに顔を向ける。

「けどよぉ、ヴァイスの旦那が言い寄るなんていうのは、ここいらじゃなかなかないもんだからさ。きになるじゃん。

あ、俺は姐さん一筋だぜ。」

そう言ってサリアに向けて、親指を立てる仕草を見せる。

「はいはい・・・いい子いい子。」

「なんか雑過ぎない?」

「ま、こんな奴だが悪い奴じゃない。何よりそれなりに腕もたつ。」

「旦那までどこか酷くない?」

先ほどまでの絡んできた男たちに向けられた視線を見てきただけに、ヴァイスとサリアとのやり取りで砕けた感じを見せるデュナに、リーザは強張ったものが弛んでいくのを自覚できた。


「さてと、こんな辺鄙なところで語るのもどうかと思うので、ここはひとつお姫様方をお救いした騎士を労うということで、某たちと一杯お付き合い頂けると至極の極みなんだが。」

ヴァイスの打ち出した提案を耳にした二人は、一瞬呆気に取られてしまうも、小さく吹き出しながら大きく頷く。

「では、私も少しばかり喉が渇きました。ヴァイス殿、私たちをくつろげる場所へ案内くださいませ。」

「御意にございます。それではさっそく案内仕る。」

ヴァイスの会釈に皆の声が明朗なものとなり、四人は城壁を後にする。


既に砂漠の果ては落日によって闇夜へと変貌していこうとしている。

それは四人の明朗さとは異なった顔を見せていることを感じ取っている者は誰もいない。


ただ一人を除いて。


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